「最上秀一……!?」
咥えたタバコをポロリと落として、玉狛支部の林藤は顔を驚愕に染めた。
その様子を見た城戸司令は、表情を変えずに、しかし言葉には不信感を募らせて目の前の男に問うた。
「……君の差し金じゃないのかね?」
「……いやいや、流石の俺も――じゃなくて!
城戸さん、これはどういうことですか! こいつは一体――」
「……最上宗一の息子……そう言いたいのかね?」
――最上宗一。旧ボーダー創設メンバーの一人であり、城戸司令の同僚、林藤支部長、忍田本部長の先輩のあたる人物だ。
しかし、彼は約四年前に起きた第一次近界民侵攻の半年前にその命を落としている。
最上宗一を知る彼らは、目の前の資料に書かれている少年――最上秀一を彼の息子ではないのか? と考えていた。
しかし……。
「……君たちは、あいつに息子が居たと聞いたことはあるか?」
「……」
「……」
最上宗一に息子が居る、と断定できないのはそれが理由だ。
少なくとも、彼が生きていた時に彼の家族に関する話は今のところ聞いたことはない。しかしそれと同時に家族はいないとも聞いていない。
本来なら、名を騙る輩だと切って捨てるのが常であろう。
だが、そう断じることができないでいた。
それは――。
「似ているな」
「ああ。最上さんの剣と似ている」
相手の動きを読み、最適な動きで仕留める隙の無い剣術――それが最上の剣術。
今はS級隊員である迅悠一が受け継いでいる。
そして彼と迅の動きは不気味なほど似通っていた。
仮入隊の仮想訓練室でトリオン兵を葬る彼の動きは、忍田本部長と林藤は懐かしみを、城戸司令には疑念を抱かせていた。
「……取りあえず、この少年のことは秘密裏に調べさせる。
林藤支部長。詳しいことが判明するまで迅にこのことは言うな」
「……まっ、それが良いでしょうね」
最上宗一の死を最も後悔しているのは――おそらく迅だ。
『未来視』のサイドエフェクトを持っていたあの男は、誰よりも
そんな彼の前に『最上』と名乗る少年が現れれば――少なくとも、過去の出来事を思い出すだろう。
最上秀一の正体とボーダーに入隊した目的を得るまでは、彼ら三人は迅にこのことは黙秘することにした。
「忍田本部長。彼の力を早急に調べるためにも、ポイントの上乗せをしておいた方が良い」
「……そうですね。彼が何者であろうと、これだけの動きをする人間を他の訓練生と一緒にしておくのは、却って危険か」
結果、最上秀一のポイントは3800ポイントからスタートすることになった。
ある意味、これが原因と言えるだろう。
そんなことなど露知らず、上層部は最上秀一の正体を見極めるために動き出したのであった……。
◆
「ふわぁ……」
大きな欠伸を上げつつ、おれはゆっくりと体を起こし、固くなった体を解す。
どうやら昨日の防衛任務の後にした、小南との模擬戦の疲れが残っているらしい。
小南も負けたからと言っておれに挑み過ぎなんだよなぁ……。まあ、嘘吐いてからかったおれも悪いんだけど。
多分この分だと、小南もまだぐっすり眠っているだろうな。
ああ。そう言えば今日は城戸さんから本部に呼ばれていたんだっけ?
まったく、実力派エリートは人気者で辛いねぇ……。
「だったら、こんなところでダラダラしていられないか」
いそいそと出かける準備をしつつ、ふとおれに何の用だろうか、と考える。
特にここ最近気になる未来は視えていないし……。
近界に行ったあの子に関すること……でもなさそうだし。
ああ。そう言えば少し前に入隊試験があったっけ。
そこで大型新人が出たらしいけど……うーん。それに関係ありそうだ。ボスも何か隠していたし。
もしかしてあのメガネくん? いや、でも
うーん……流石の実力派エリートでも分かんないな。
「――さて、行きますか」
風刃――師匠の形見を手に、おれは久しぶりの本部へと向かった。
あっ、顔洗うの忘れてた。
◇
さて、本部に着いたけど……お!
「おはようございます沢村さん」
「ひゃあ!? 迅くん!」
次の瞬間、おれの視界は痛みと共に黒く染まりひっくり返る。
トリオン体のため、そこまで痛みはないが……どうやら今日は読み間違えたらしい。
なかなかに健康的なパンチを喰らった。
「迅くん。いつもセクハラ止めてって言ってるよね……?」
「はっはっは。そこに魅力的なお尻があって、つい……」
「訴えるわよ?」
おお、怖い怖い。
しかも今日は機嫌が悪いようで結構マジだ。
気になったのでチラリと視てみるけど――ん?
「ねえ、沢村さん。忍田さんって最近忙しいの?」
「え? ええ……何か大事なことを調べているみたいで……」
そう言う沢村さんの表情は、何処か憂鬱そうだった。
沢村さんの未来を視た結果、どうにも妙な物しか映らなかった。
いくつも枝分かれし、どの未来にも通じる……こんなことは初めてだ。
とある未来では、二人はおれの知らない人と楽しく談笑している。
とある未来では、忍田さんが凄く落ち込んで、それを沢村さんが慰めている。
他にも様々な未来があるが……どうやらおれと会ったことのない人物が中心となっているようで、これ以上詳しく見ることができない。
ふむ……今回呼び出されたのは、その謎の人物についてかな?
「なるほど……ありがとう沢村さん」
「え? え、ええ……って、ちょっと待って! まだ話は終わってな――」
さーて。遅刻する前に行かないと。
「迅悠一。お召しにより参上しました」
「ご苦労」
「――って、あれ? 鬼怒田さんや根付さん。唐沢さんたちは?」
いつもの感じであいさつをしたところ、どういうわけかこの場にいるメンバーが少なかった。とても重要なことだからと言われてきてみたのだが……。
さらに、どういうわけか忍田さんもボスも表情が険しい。心なしか城戸さんの表情も、いつもの仏頂面が三倍増しに思える。
おれは、先ほどの沢村さんを通して視た未来を思い出し、いよいよもってただ事ではないことを察した。
自然とおれの顔は引き締まる。
「――早速で悪いが、この動画を見て欲しい」
そう言って、城戸さんは一つの動画を再生した。
――そこに映っていたのは一人の少年だった。
スコーピオンを手に、最短距離でバンダーを斬り裂き。
さまざまな試験を、まるでできて当然とでも言うかのように淡々とこなし。
そして、A級の駿を圧倒的な力でねじ伏せる姿。
ただ……。
だが……!
「――彼の、名は……」
「…………最上秀一。奴の……最上宗一の息子である可能性が極めて高い」
告げられた言葉を、一瞬理解できなかった。
あの、最上さんに息子?
そんな筈はない、とは言い切れなかった。
だって、否定するにはあまりにも慣れ親しんだ剣がそこにあった。
まるで、最上さんがそこに居るかのように錯覚してしまいそうな……。
映像越しでしか見ていないけど、彼の動きを見る度に胸がざわつく。
「――ああ」
思い出した。おれが初めて、未来を視たくないと思った時のことを。
あれは、最上さんが死ぬ直前に見た
ムスッとした顔を浮かべる少年。
そんな息子に困った顔をする最上さん。
そして、そんな二人を微笑ましく見つめる――。
「――っ!」
「迅!?」
「おい、どうした!? すげえ顔だぞ!」
……自分でも酷い顔をしている自覚はある。
ああ。なんて悪夢だと思う自分が居る――それは、おれが恐れているから。
ああ。よくぞ生きていてくれたと喜んでいる自分が居る――それは、おれが安堵しているから。
彼は生きていた。
おれが殺しタ、あの人の大切な――。
「――迅」
――そこでふと、おれの視界に城戸さんの顔が映った。
「落ち着け……」
……。
…………。
「落ち着いたか?」
「……少しは。ありがとうございます」
「いや……これをお前に見せるのは酷だったようだ」
いつの間にか下げていた顔を上げると、そこにはこちらを心配して見つめる忍田さんとボスが居た。………どうやらおれは相当参っていたらしい。
おれは席に座り直して、改めて映像を見る。
……しかし、そこに視えた未来は不明慮な物ばかりだった。
「お前から見て、この少年は奴の息子に見えるか?」
「……正直、半々と言ったところです。でも、それくらいならボーダーの情報網でいくらでも――」
「そこなんだよ迅」
おれの疑問に答えたのはボスだった。
「どういうわけか、最上秀一の情報は隠蔽されている」
「隠蔽? まさか、得られなかったんですか?」
「いやいや。逆だよ逆。
宗一さんの息子だっていう情報は得られたさ。でもそれだけじゃない。
全く別の人間の、ボーダーとは関係ない人物が親だったり、大規模侵攻で死んだ人間、または攫われた人間が親だったり、中には近界民が親だっていう話や造られた自立型トリオン兵なんていう情報まである」
なるほど……それは確かに妙な話だ。
まだ混乱している頭でも、それくらいの話なら理解できた。
バレないように一つの真実を隠すのではなく、嘘の情報と共にばら撒いてどれが本当のことか分からないようにしたということか。
しかし、問題はそこじゃない。
この情報操作をした人間は、おそらく近界民に対して詳しいということだ。
「まるで、我々ボーダーが彼のことを調べるのを事前に察知しているような……そんな感覚を覚えた」
「絞り込むことはできなかったんですか?」
「無理だ。これでも絞り込んだ方だ。
だが、迅……お前のサイドエフェクトなら」
城戸さんの言葉に、なるほどとおれは頷く。
おれのサイドエフェクトなら、彼の未来から何か掴めるのかもしれない。
そして、彼が最上さんとどういう関係かを知ることができる。
だが、不安だ。
「……迅。今回の話、断っても構わない」
「え?」
城戸さんに告げられた言葉に、思わず声を出してしまった。
何故? 城戸さんは言っちゃあ悪いけどおれに対してかなりの不信感を抱いているはずだ。そんなおれに情けをかけるなんて……。いや、さっきは助かったけど。
どういう意味だろうか。そう思い忍田さんとボスを見るも、彼らも城戸さんの言葉に異存はないのか黙っているままだ。
「混乱しているようだな」
「いや、だって城戸さんいつもよりも優――」
「普段のお前ならこちらの意図を読み、己のペースで有利に事を運ぶ。だが、今回は私の言葉の意味を理解しようとし、後手後手に回っている――正直、らしくない」
「……」
それは、自分でも分かっていた。
だが、おれは……。
思わず、胸ポケットの中にある『風刃』を抑え込む。
「――最上秀一は近界民に対して強い恨みを持っている」
「……」
「理由は……理由は本人にしか分からないが――。
だが、もし……もし、彼が最上宗一の息子ならば――」
その先の言葉は、聞かなくても分かった。
もし、おれがそうであって欲しい未来なら……おれが過去に犯した罪は彼を苦しめていたことになる。
『風刃』を取り出す。
今までおれは、これを形見だと思っていた。
しかし、もしかしたら――本当は、彼の形見なのでは無いだろうか?
「……今日のところは帰れ、迅」
「ボス……」
「そんな顔じゃ、できることもできんさ。
……ゆっくり休んで、しっかり考えろ」
「……失礼します」
おれは、会議室を後にした。
◆
「――くそっ」
思わず、と言った様子で忍田本部長は拳を目の前の机に振り下ろした。
しかし、それで彼の心は晴れることは無く、逆にさらにくすぶることになる。
彼は、迅をあそこまで追い詰めたことを後悔した。
少し考えれば分かることだ。最上の死を誰よりも後悔しているのは迅なのだから。
だからこそ、彼は風刃を手にしたのだ。
「忍田本部長。反省なら、後でたっぷりとするが良い」
「……分かっています」
「ならば良い。
……迅が使い物にならない以上、今の段階で彼の扱いを決めなければならない」
冷酷な対応だが、今の彼にとっては逆に感謝したいくらいだった。
忍田本部長も気持ちを切り替える。
「
「ああ、それはそうだが……私はどうするべきだろうか。
監視の意味を込めて共に行動していたが……おそらく彼は私のことも恨んでいる節がある。これ以上は無理だろう」
「ふむ……なら、これからは忍田本部長は平常勤務に戻り、それ以外は今まで通りにしよう」
それから、と城戸は続けて。
「これからは、彼も戦力の一つとして数える」
「……!」
「……珍しいですね」
「別に君たちのように情に絆されてということではない。ただ、使えるのなら使う――それだけだ」
真の目的のためならば――かつての友の忘れ形見であろうと。
「――戦力の一つとして数えるのは、私も賛成だ。
だが、彼は目的がどうあれ、何者であれボーダーに貢献している。
そのことを頭に入れておいて貰いたい」
「……ふん。青二才が」
城戸司令は呆れたように、しかし何処か優しい声音でそう呟いたのであった。
今回で一応迅視点は終了です
想定していたよりも、迅視点が書けませんでした
キリの良いところでまた出す予定です
次回はいよいよ原作突入――なんですが。
その前にBBF&カバー裏風登場人物紹介をするかもしれません。
なるべく早く更新しますので、楽しみにしておいてください。