ワイヤー陣の中、縦横無尽に動き回り攻め立てる遊真。
サイドエフェクトを駆使し、襲い掛かるブレード全てを弾き返す影浦。
トリオンの光がキラキラと輝き、それに呼応するように剣戟の音が鳴り響く。
『うわ、えぐいな。カゲじゃなかったら対応できねーな』
解説席に座っている太刀川が思わず呟いた。
攻撃手一位である太刀川から見ても、遊真のワイヤー陣殺法は喰らいたくない程度には強い。並みのアタッカーでは対処もできず、そのまま殺される。しかし、感情受信体質の影浦は、前もって攻撃される箇所が分かっている為、遊真のスコーピオンに己のスコーピオンを合わせて、防御する事ができている。
少なくとも、その場で
『……』
太刀川の発言に対し、秀一はこう言った。
今の遊真の相手にいっぱいいっぱいだと、いずれ負ける、と。
その言葉に太刀川が興味を示す。
『ほう、どういうことだ』
彼の問いに対して、秀一は簡潔に返す。
すぐに分かる、と。
秀一の言う通り、影浦と遊真の戦況に変化が起きた。
影浦が、目の前の遊真とは別方向からの感情を受信し、体が反応する。
それと同時に、遊真が後方に下がると同時に、空から多数の漆黒の弾丸が降り注いだ。
千佳の鉛弾ハウンドだ。
トリオン探知で撃っているのか、影浦に向けられる感情が薄い。
が、感じる感情なぞ無くても、その雨の厄介さは嫌というほど理解させられる。
数が多すぎる。
「ちっ……!」
影浦はその場を駆けて鉛弾ハウンドから逃れようとする。
家屋を盾にし、発射地点である千佳の元へと向かうが。
「アステロイド!」
「とーぜんお守り付きか」
三つ目の感情と小さな弾丸を斬り捨てながら、影浦は舌打ちをした。
遊真と遊ぶ前から感じていた二つの感情。それを感じていたからこそ、影浦は3対1だと最初に気づき、それでも勝つ気でいた。
しかしこうして応対して思うのは──苛立ち。
思うように動けないというのは、存外ストレスを感じる。
そしてそれが相手の狙いだというのは分かっている。先ほどの弾丸に紛れて、遊真が消えた。
おそらく不意打ちをしてくるのだろう、と影浦は警戒する。先ほどの戦いで遊真は不自然なほど感情をぶつけてきた。普段ならまったく見せないくせに。その答えは、この場面への布石。
──それを確かめてみたら? これからの戦いでさ。
「いやという程、分かってるよ……」
脳裏に先ほどの言葉が浮かび上がり。思わず言葉が零れた。
「──はぁ、仕方ねえ」
ここでようやく影浦は、遊真と戦っているという意識から、玉狛と戦っているという意識へと切り替えた。
ギロリ、と影浦の鋭い視線がターゲットへと向けられる。
◆
「旋空──」
「エスクード」
弧月を構えた瞬間、生駒の踏み締めた足裏の地面からエスクードが生える。
態勢を崩された生駒の旋空はあらぬ方角へと放たれ、斜線上の家屋が切り裂かれていく。
「あかん。悉く読まれてる」
「イコさんが旋空放つ度にズッコケてますからね」
「ここ吉本やったかなぁ」
「戦場ですよ」
「でも芸人にとっても吉本は戦場──」
雑談を始めた二人に突っ込みを入れるかのように、樫尾のハウンドが放たれるが、二人は楽々と対処する。それを見た樫尾が顔を顰めつつ、すぐに視線を迅へと向けて弧月で斬りかかる。
「完全に迅の掌の上やん」
「弾と旋空だけじゃ、崩せんな……かと言って隠岐に撃って貰っても効かんし」
どうしたものか、と水上が弾を生成しながら考えあぐねていると、オペレーターより警告が入る。
『トリオン反応探知! 警戒しいや!』
真織の言葉と同時に、生駒たちの後方にて弾丸の嵐が上空へと放たれる。
ハウンドによる曲射攻撃だ。しかしそれだけではない。
「なんやこれ。えらい数多いな」
生駒の発言の通り、ハウンドが次々と上空へと放たれていく。
第二陣、第三陣、第四陣……。
断続的に放たれたハウンドの弾幕は、それぞれ異なる高度にて軌道を曲げ、生駒隊へと襲い掛かる。
それを二人分のシールドで防ぎながら、水上が悪態を吐く。
「やっらしいな! ゲリラ豪雨かいな!」
大まかなトリオン探知のせいか、下手に動けば逆に被弾するため身を潜める生駒隊。
その隙に王子隊が動く。
『樫尾』
「おっと、これは──」
王子からの通信により、樫尾が背後に下がると同時に迅の四方にエスクードが生成される。
その一瞬の後に物陰から飛び出してきた王子のハウンドが放たれ、しかし視線誘導で放たれた弾丸はエスクードという壁に弾かれる。
それを見た樫尾が読まれたと苦い顔をし、しかし王子は動揺しない。
そのまま次の一手を放つ。
「旋空──」
トリオンを開放させながら伸びる斬撃が放たれ、さらに上空を蔵内が放った合成弾が弧を描き──そのままあらぬ方向に突き進み、誰も居ない場所へと墜落した。
それと同時に王子の旋空弧月がエスクードを斬り裂き、彼方から放たれた弾丸が宙に舞うエスクードを貫いた。
ガランと半分になったエスクードが地に落ち、王子はその先にいる迅を見る。
そして思わず言葉が出た。
「まさか無傷とはね」
上体を低くさせ、展開させていたバッグワームを解きながら迅が立ち上がる。
その表情は不敵に微笑んでおり、樫尾は思わず自分たちと彼の力の差を強く感じた。
(伏せながらバッグワームを展開することで、
その光景を見ていた生駒隊は、ハウンドの雨を凌ぎ切って狙いを迅に絞る。
「迅を倒さんと何も始まらん。さっさとやるで」
「それが良さそうですね。隠岐、狙撃ポイントに移動したら言うてや」
生駒の判断に水上は従い、先ほど王子の攻撃に合わせて狙撃をした隠岐にさっさと移動しろと支持を出す。
『了解ですー。はぁ……まさかアレでも当たらんとは』
ボヤキながらも移動をする隠岐。
一方、王子隊は蔵内が合流し、全員が固まって迅を生駒隊と挟む位置に陣取る。
(さて、どうしようか……時間をかければ玉狛が揃ってしまう。そうなると勝ちの目はない。かといって迅さんを倒せるとも限らない……先に生駒隊を獲りに行くか……?)
王子はこれからの展開を考え、今後の動きを考えるが、迅のサイドエフェクトが頭にチラつきいまいち考えが纏まらない。
どのような選択肢を取っても迅の掌の上のような気がしてならない。
そして、戦場を一人眺める絵馬は息を潜め……。
「……」
ただひたすら、ターゲットの隙を伺っていた。
◆
千佳は狙撃距離から中距離へと移動していた。
影浦に対して狙撃が機能しなくなった為、ハウンドの使用を命じられたのだが、遠距離からでは遊真に誤射する可能性がある為、視線誘導で狙える距離まで近づき、修と共に弾トリガーで援護しようとするのだが……。
「……っ」
覚悟は決めていた筈だった。
みんなに撃つと宣言していた。
秀一に背中を押して貰った。
しかし、彼女の心があと一歩のところで足を止めた。
それを見た修が千佳に指示を出す。
「千佳、無理に普通のハウンドを撃たなくて良い」
「え……」
「鉛弾ハウンドでも十分牽制になる!」
「っ……」
──また、気を遣われた。
変われない自分に千佳は自己嫌悪する。足を引っ張っている事が苦痛だった。
だが、ここで何もせずに突っ立っていては格好の的だ。
修の指示に千佳は頷くと、片手を上げ、そこに黒く染まったハウンドを生成し──。
「隙だらけだぞオラァ!」
遊真を弾き飛ばし、その一瞬の間にマンティスを千佳に向かって放った。
普段の影浦ならしない一手。しかし今回の試合は違う。
玉狛に負けるわけにはいかない。
故に、泥臭く勝利を狙う。
鉛弾とハウンドを使用している千佳はシールドを張る事はできない。回避も間に合わない。
何もできないまま、やられる。
千佳の頭の中が空白に呑まれ──目の前に見慣れた背中が現れた。
「ぐ……!」
シールドモードのレイガストでマンティスを防ぐ修。
しかしマンティスはすぐにその軌道を変え、修のレイガストを持っていた腕を肩ごと斬り飛ばした。
出血するかのように、トリオンが漏れ出て、修のトリオン体にヒビが入る。
「修君!」
「オサム!」
千佳が駆け寄り、遊真が影浦に肉薄する。それによりマンティスが解除され、二人は再び激しく激突した。
しかし、彼女の視線は修……正確には、自分を庇って堕ちかけている修しか見えていなかった。
「私のせいだ……私の……!」
自分のせいで負ける。二人が手伝ってくれているのに。
二人の想いを無駄にすることが、今までの頑張りが無駄になるのが、嫌だった。
「っ!!」
だから、撃たなくてはならない。
「ハウンド!!!!」
掲げた腕にハウンドが生成される。
それを遊真と戦っている影浦へと向けて、感情を受信した彼が眉間に皺を寄せてこちらに振り返り、しかしそれに構わず彼女は──。
「千佳」
だがそこで、すんでのところで修が彼女の腕を掴んだ。
千佳の視線が、緊急脱出寸前の修へと向けられる。
二人の視線がぶつかり、千佳の瞳が揺れ、修の真っすぐな瞳が彼女の姿を映した。
「──気にしなくて良い」
──気にしなくて良い。
「ぁ……」
修は──秀一と同じ言葉を彼女に送った。
しかし意味は真逆だった。
つらかったら足を止めていいと、休んでいいと、立ち止まらせる言葉を送った。
人は、背中を押して貰えば確かに前に進める。
しかしその先に崖があれば、人は落ちる。
人は、崩れ落ちそうな時支えてもらう事ができる。
しかし足を止めてばかりでは前に進められない。
──支えてもらい大地をしっかりと足踏め、しっかりと前を見据えて進む事が大切だ。
焦ってもいけない。臆病でもいられない。
千佳の視界がクリアになっていく。青かった顔も元に戻る。
それを見届けた修は──。
「任せた、千佳」
『戦闘体活動限界、緊急脱出』
そのまま戦場から姿を消した。
しかし、千佳は心を乱さなかった。
背中を押され、支えられ、そして託された。
一度を目を閉じて、深呼吸し──千佳は再び待機状態のハウンドを構える。
『遊真くん!』
「っ!!」
内部通信で遊真に警告を送ると同時に、影浦は感情を受信した。
先ほどのガタガタの乱れ切った感情ではなく、澄んだ真っすぐな感情。
舌打ちを一つして、影浦はマンティスを千佳に向かって伸ばした。
しかし、千佳はそれを固定シールドを展開する事によって弾いた。
そしてそのままハウンドを──発射。
分割数は20×20×20──計、8000。
膨大なトリオンにものを言わせた弾幕。それが、適当な方角に散るように放たれ──ハウンドの視線誘導は発動し、一気に襲い掛かる。
「くそが!!」
思わず悪態を吐きながら、影浦はフルガードをしながら回避行動を取る。
先ほどまで足をつけていた地面を、背後の家屋をハウンドが穴だらけにしていく。
誘導半径を見切って走るが、数が数だ。影浦の背中や足にハウンドが着弾し、穴を空ける。
だが、それでも影浦は逃げ切るつもりだった。本職の射手に比べれば狙いが甘い。逃げ切れれば反撃ができる。
そう、考えていた。
「悪いね影浦先輩──点、貰うよ」
サクッと影浦の心臓をスコーピオンが突き刺さる。
影浦の回避する方角に陣取り、ハウンドに気を取られていた所を一突き、
パキパキッ……とトリオン体が崩れる中、自分を刺した後離脱遊真に向かって、最後の置き土産のマンティスを伸ばそうとして。
千佳の放った分割無しの大玉ハウンドが、影浦を蒸発させた。
影浦隊、一点獲得。
玉狛第二、一点獲得。