「迅隊員が仕掛けたスパイダー陣に誘い込まれた樫尾隊員。離脱を図るも迅隊員に阻まれます」
「なっはっはっはっはっ! これは仕方ない! 迅が騙すように張ったんだからな」
迅が作り上げたスパイダー陣は、敵に見つかり易いように作られていた。
例えば、屋根と地面を縫い付けて高所に居る狙撃手にも発見し易くしたり。
例えば、胸より上の位置にあるスパイダーを多めにしたり。
そこに加えて、修が前々回に使った赤い糸を組み込めば、誰もが修のスパイダーを見つけたと思うに決まっている。
──よく見たら分かるではないか?
しかしそこに秀一が疑問を一つ投げかける。
遊真のワイヤー殺法の為に作られるスパイダーと見つけられる為に作られたスパイダーなら、違和感を感じて警戒するのでは無いか?
彼の言葉に太刀川はなるほどと言いつつ、しかしそれは無いと断言する。
「誰もスパイダー使ってないから違いなんて無い……とは流石に言わねえ。お前の言うことも分かる」
彼の言葉を肯定してから、「だけどな」と前置きをして太刀川は言う。
「アイツが敵に居ると思うと、疑心暗鬼になり過ぎて見落としが増える」
「……」
「迅なら未来視でこっちの動き全部分かっている。未来が分かっている奴はどう対応してくるのか。こっちの作戦が崩された後のリカバリーは……ほら、考えれば考えるほどキリが無い」
ランク戦において、対迅悠一の戦略を練るのは無理に等しい。
最高の未来を思い描いても、誰よりも先読みしてしまう人間が居れば、これで良いのか。別の作戦が良いのではないか。そもそも作戦自体が不要なのではないか。
誰もがそう考えてしまうし、王子もまたそのドツボにハマる前に当初の作戦を進めつつ、臨機応変に対処しようと自分達の部隊への負担を減らすように動いた。
結果、初歩的な騙しの一手により最悪の事態となった。
「それにしても三雲の奴は面白いな。見ていて面白い」
「……?」
どういう意味かと秀一が尋ねると、太刀川は軽い調子で言った。
──それを聞いた観覧席の者達が驚きざわめいた。
◆
エスクードジャンプで回り込み、二刀のスコーピオンでジリジリとクモの巣に追い返す迅。弧月で受け太刀する樫尾に自由を許さず、ダメージを嫌って後退させる動きを徹底していた。
「っ……!」
グイッと糸に絡む感覚を背中に感じた樫尾。すぐさまハウンドを放って迅を追い払おうとするが……迅は涼しい顔で上体を右左にササっと動かしてハウンドをやり過ごすと、そのまま撫でるようにして樫尾の左腕の上にスコーピオンを走らせる。
深くはなく、しかし広い傷からトリオンが漏れ出す。さらにいつの間にか頬にも斬り傷ができていた。
「……!」
樫尾の頭に血が昇る。まるで、いつでも落とせるのにギリギリ生かしているかのような攻め。
──舐めるな。
離脱を考えていた樫尾は、一転して迅に斬りかかる。ハウンドを先行させて、足を止めてから弧月を叩き込む算段だった。
(受け太刀すればスコーピオンは折れる……!)
樫尾の思い描いた通り、迅は先ほどのように身のこなしのみでハウンドを回避する。
──ここだ。
そこに、上段に構えていた弧月を思いっきり振り下ろし──ガキンっと硬い音が響いた。
やったっと思い通りの展開に樫尾は笑みを浮かべ──異変に気づく。
彼の弧月が止まっている。それも、受け太刀に弱い筈のスコーピオンによって。
「な──」
──なんで!?
動揺した隙を突いて弧月を弾き飛ばす迅。
ゆらりとスコーピオンが揺れ、ダメージを喰らうのを嫌った樫尾はグラスホッパーで距離を取り、弧月を再生成する。
樫尾は迅からの攻撃をギリギリで凌ぎながら……いや、生かされながら相手の力量にただひたすら肝を冷やしていた。
攻撃が当たらない。
したい事ができない。
常に思考させられ余裕がない。
──これが、元S級隊員。
とんでもない人間を相手にする事になったと、思わず冷や汗が垂れる。
『樫尾』
そこに隊長である王子から通信が入る。
樫尾が彼に報告してから少し間が開いていた。どうやら彼もまた予想外で、考える時間が必要だったようだ。
樫尾は弧月をオフにしハウンドで迅との距離を確保しつつ王子へと耳を傾ける。
『今他の部隊が寄って来ている。下手をすれば包囲されるのは君だ』
「っ……!」
『だから、そうならないようにワンテンポ遅れて合流する』
蔵内からの報告により、北西から迫る反応は生駒と水上と判明している。真っ直ぐにスパイダー陣へと向かっている。
そうなると上から来ている反応は影浦隊となり、単独で動いている事から影浦だろうと王子は当たりを付けていた。
これらの敵を王子と蔵内が挟み込み、樫尾の孤立化の回避、そしてできれば離脱して修の捜索に移りたい所だが……。
(そう上手くいかないだろうね)
王子の予想は当たり、試合はさらなる展開を見せる。
◆
「ちょちょちょ!? これってどういう事!?」
マップ北西端に転送された北添は、影浦と合流する為にマップ中央に向かって行った。
絵馬がスパイダーを確認した際、影浦はいの一番にスパイダー陣形の攻略を決めた。意外にも自分が楽しむのは二の次にし、取りやすい点から取りに行く事を決断。
その事に珍しいと思いつつも北添は隊長の判断に従って、オペレーターの指示の元戦場を走っていたのだが……。
「なんでこっちにスパイダーがあるんだ……?」
影浦が取りに行った筈の修が張ったスパイダー陣が、マップ北西部に居る北添の目の前にあった。マップ中央の影浦の所にある筈なのに。
北添の報告を聞いた影浦隊の動きが止まる。
『どういう事……?』
『おいユズル! お前あのメガネ見たんだろ!?』
『……いや、正確にはスパイダーだけ』
薄々と察し始めた途端、北添に向かって弾丸が襲い掛かる。
シールドを張ってガードし、撃ってきた方角を見ると──居た。
「っ! 三雲くんこっちに居たよ!」
『んじゃぁ、こっちのは偽物って訳か……』
『……』
そうなると、修の元に玉狛が集まる事を考えると、こちらのスパイダー陣形は囮だという事が分かる。
影浦の思考に 空白が生まれる。
──このまま突っ込むか。ゾエの方に行くか。
──どちらを選べば勝てる?
『他の奴らも来てんぞ! どうすんだ!?』
──どうする?
影浦の思考に空白が生まれ、迷いが生じる。
『良いよカゲさん。ゾエさんの方に行って』
そんな彼の迷いを断ち切ったのは絵馬だった。
「……良いのか?」
『早とちりしたのはオレだし、気しないで』
珍しく部下の意見に耳を貸す影浦。態度も普段のように横暴ではなく、思慮深い。
その事に皆が違和感を感じつつも、指摘しなかった。
絵馬はそれ以上にやる気に満ち溢れている。影浦の問いに迷いなく肯定し、そして──。
『──こっちでオレが点を稼ぐから、そっちは頼んだよ』
負けたくないと思った燃える感情が、影浦の背中を押した。
影浦は鼻を鳴らして笑うと転身。そしてそのまま北添の元に向かった。
「せいぜい掻っ攫ってこい」
『そっちこそ』
それぞれの牙が、それぞれの獲物へと喰らいつきに行った。
◆
「──なんや。メガネじゃなくて迅やんけ」
「ちょっと隠岐くん? どういう事?」
『うへ〜……これは釣られましたわ』
生駒、水上はスパイダーを斬り払いながら巣の中に進み、樫尾と遊んでいる迅を見つけた。
修が居ると思ってやってきた生駒隊は、迅を発見して玉狛の作戦を察しつつも普段通りに構えていた。
『とりあえず、隠岐。狙撃地点に着いたら援護頼むわ』
水上は内部通信で指示を出す。
右手に弾を出し、迅の動きを注視しながら頭の中で攻略法を立てる。
『イコさん曰く迅さんに狙撃効かん。海が来たら囲って獲りに行くで』
『本当にあの人に狙撃効かないんすか? 未来視ってのも凄いなぁ』
『一人を囲うのあんまり好きじゃないっすよねー』
隠岐が迅に対して畏怖しているなか、海は一人不満を漏らす。
そんな彼の言葉に対して、心情はともかく生駒が引き締めるかのように言った。
『そうは言っても仕方ないやろ。なんせ──』
──相手は実力派エリートや。
(くそ、生駒隊が既に……!)
視界に生駒隊を捉えた樫尾が苦虫を噛んだ顔をする。
迅を相手にしながら生駒隊に気を向ける余裕が彼にはない。王子たちが来るまでなんとしてでも生き残らないといけない。
そう考えた瞬間だった。
「──!」
ピクリと表情を動かした迅が、エスクードを展開。
そしてその展開先は……樫尾の踏み出した足先。
「うわ!?」
前に出ようとして足を引っ掛けられた樫尾はそのまま転倒。
そして迅は大きく仰け反って頭を後ろに下げる。
──その数瞬後に走る新・生駒旋空。
樫尾と迅の頭上スレスレを伸びた弧月が通り過ぎ、迅たちと生駒隊の二人の間に新たに展開されたエスクードが水上の弾を防いだ。
「おいおい。距離を取りつつ囲うんじゃなかったのか?」
役目を終えたエスクードを消しながら迅が生駒隊に話しかける。
それに対して生駒は毅然として言い放った。
「お前にそれは愚作過ぎるやろ」
「かと言って、アドリブにアドリブを乗せた即興は効かないでしょ」
生駒は──水上の立てた作戦と全く違う動きをした。
そして水上もそれを予想して彼の攻撃に続く動きを見せた。
──だが、それでも超えられない。
おそらく、この試合で最も迅の事を知っているのは生駒だ。
故に、彼との戦い方を知っている。
そして、迅もまた生駒という男をよく知っている。
「……!」
そして、迅をよく知らない樫尾は彼らの言葉の応酬の意味を理解できない。
だが、迅の行動の意味は理解できる。
樫尾を転倒させて新・生駒旋空の斜線から外し、エスクードを展開し水上のハウンドと
バッとすぐさま迅、生駒隊から距離を取りつつ狙撃の射線から逃れる立ち位置に着く。
(──情けない)
樫尾は己の弱さに嫌悪し。
(そして、恐ろしい……!)
目の前に立つ男の強さに呑まれつつあった。
◆
──ドドドドドドド!!
「くっ……」
自分の放つのとは違う重いアステロイドに、修は思わず後退した。
耐久力に定評のあるレイガストといえども、トリオンに差があると破られてしまう。
北添のトリオン能力は並みの隊員よりも高く、彼の使っている銃トリガーもまた威力が上がるように調整された代物。とてもではないが、修がこうして撃ち合えているのは、事前に張ったスパイダー陣形の存在が大きい。修が陣形の中へと逃げていけば逃げるほど北添は歩みを慎重にせざるを得なくなる。
もっとも……。
「ホイっと」
──ズウウウウウ……ン。
北添にはメテオラ(擲弾銃)がある。
これにより修のスパイダー陣形を破壊しながら進軍している……のだが。
『おいゾエ無茶すんなよ! 玉狛のチビ助にやられっぞ!』
「いやー、マップ端に追い込まれてる時点でほぼ詰んでるし……それに空閑くん出て来ないからまだ近くに居ないのかも」
スパイダー陣形を嫌って遠回りするとエリアオーバーしてしまい、かと言って大人しくしているとスパイダーがどんどん増えてい気玉狛が有利になっていく。
故に北添は己の命をチップに玉狛の妨害を選んだ。
『狙撃が来るかもしれねーぞ?』
「それこそどんと来いさ。雨取ちゃんが撃って来ても、空閑くんが来ても情報は得られる。だからしっかりとオペよろしくねヒカリちゃん」
『……ったく、お前ら。アタシが居ねーと何にもできねーな!』
相変わらずで、しかし心優しいオペレーターに心の中で微笑んだ。
そして対照的に、家屋の影から出てきてアステロイドを放ってくる修には
(今までの三雲くんの性格的に、ここで仕掛けてくるのはおかしい)
北添は修のことを正しく評価していた。
弱い駒だと見下していない。秀一のライバルだと色眼鏡で見ていない。
勝つためには何でもする人間は、勝てると思った時の行動力が凄い。
だからこそ、彼の行動の意味を北添は読み続ける。
読み続けて読み続けて……──彼は既に負けていたのだと、この怒涛の数秒間が思い知らせる。
(雨取ちゃんが狙撃をする時、レーダーに映るはず。この場面でアイビスは無いだろうから、鉛弾に気を付けなくちゃ……)
北添はレーダーをチラッと見て、メテオラでスパイダー陣形を壊そうとして──ガシャンッと何かが壊れる音が、己の手元から聞こえた。
「は……?」
視線をそちらに向けると──擲弾銃に穴が空き、そこから崩れ壊れる光景が目に映った。
それを見た北添の胸に飛来したのは驚愕──ではなく、懐かしさ。
それは、かつて己がA級時代に何度も喰らった絶技。
それは、チームメイトの師が得意とする優しき弾丸。
発射されず暴発した銃内のメテオラが爆発し、北添の左腕が消し飛ぶ。
しかし、彼に己の腕との別れを惜しむ時間はない。
「狙撃で武器破壊!?」
動揺が追いつき、つい口から飛び出る。
そして、その時を待っていた修が動き出す。
手に持ったレイガストをシールドモードからブレードモードにし、北添へと突っ込む。
「っ……!」
それを見た北添が、右手に持った突撃銃を修に向け──遠方か放たれた神速の弾丸が北添の銃を貫いた。
トリガーを引くも、既に破壊された突撃銃は本来の仕事をせずに音を立てて崩壊。
「スラスター・オン!!」
そしてそのまま修のスラスター斬りにより体を真っ二つにされ……。
「ごめん、ゾエさんやられちゃった」
チームメイトに遺言を残して──緊急脱出した。
◆
「……ちっ。全部てめえらの掌の上って訳か」
北添が倒されてすぐに、影浦は辿り着いた──遊真と千佳、そして修が揃った玉狛第二の布陣に。
スパイダー陣形は既に貼り直されている。三人ともトリオン残量に余裕がある。──戦意は、溢れ満ちている。
影浦が問う。
「三人なら勝てると思ってンのか?」
それに遊真が答えた。
「それを確かめてみたら? これからの戦いでさ」
影浦は──笑わなかった。
代わりに──いつかの日に、遊真に言ったあの言葉を再び叩きつける。
「Aに上がりたけりゃ──オレ達を倒してみやがれ」
獣の如き唸り声が戦場に響き──牙と牙がぶつかり合った。