――加古望。
A級六位の加古隊の隊長であり、感覚派射手。靡く長髪と口元の黒子が特徴の、セレブな女性を連想させる容姿をしている。しかし実家は普通の家庭だったり。趣味は炒飯作りであり、多くの隊員が彼女の前で倒れた。
女子で構成された彼女の部隊は、全員が
そんな、感覚派自由人と某所で呼ばれている彼女は、とある一人の少年のことが気になっていた。
その少年の名は最上秀一。
入隊時の仮想訓練で、最高記録である緑川の四秒を更新した大型ルーキーだ。
正隊員ならば、正直なところ一秒切りを果たすことは容易い。しかし、それを訓練生がしたのだから、当時の衝撃は今でも覚えている。
当然、そんな彼を放っておく筈も無く、彼が正隊員となったと同時に勧誘をしようとした隊は多かった。彼女ももし彼が
――でも、あれじゃあねえ……。
しかし、彼を勧誘する隊はいなかった。
いや、いなくなった……が正しいだろう。
彼は、防衛任務に出られるや否や、信じられないほどの過密なシフトを忍田本部長に要求した。登校時間以外のほとんどを「希望」の文字で埋めていた人間は彼が初めてだった。忍田本部長が説得しなければ、おそらく彼は壊れていただろう。己を焼く黒い炎に。
最上秀一は近界民を恨む、バリバリの城戸派。
他者に興味が無く、彼の瞳に映るのは復讐対象である敵だけ。
そんな彼を気軽に隊に誘う者はおらず、そして着いて行けなかった。
今でこそ改善されていたが、あれは酷いと彼女は思った。
防衛任務で組んだ隊を置き去りにして近界民に突っ込み、オペレーターの声を無視して全てを斬り刻む。
まさに悪鬼と呼ぶに相応しいその姿に、彼に注目していた者たちは次第に離れていった。
結果、彼と組むのはB級上位陣と本部所属のA級部隊、そして忍田本部長だけだった。
彼が暴走しても実力的に抑えられる人間が、彼らしかいなかったからだ。
それでも、彼の突貫癖は治らず、結果自分たちが彼よりもトリオン兵を倒すことで対処していたが。
当時を思い出し、加古はため息を吐いた。
同じ隊の女子たちは、そんな彼に恐怖と苦手意識を覚え、トリオン兵を相手にするよりも疲労を感じていた。
ちなみに玉狛支部の隊員は対象外である。
「……そう考えると、三輪くんって凄いわよねえ」
だが、そんな彼を変えた者が居た。
三輪秀次だ。
噂では、戦闘中にモールモッドにやられそうになった彼を助け、その後戦線離脱してブチ切れたとか。ちなみにこの噂の出所は米屋である。
それ以降、最上は三輪の指導の元改善されていった。今では連携を取ろうとする動きも見られるようになった。それでも戦闘になるとこちらの声は届かないが。
ただ、どうやら彼は同じ境遇である三輪だけは特別なようで……。
加古はつい思い出してしまい、フフッと笑ってしまう。それを隣で聞いた黒江双葉が不思議そうにするが、何でもないと誤魔化して本部へと歩を進める。
最上秀一は、ある日突然射手のトリガーを使い始めた。
おそらく手数を増やそうと考えての行動だろうが、彼女はそんな彼が微笑ましかった。
聞くところによると、最初は三輪隊と組んだ時に使用したが、あまりにも拙く三輪がまともに使えるまで使用禁止にしたらしい。最上は言う通りにし、それ以降使っているところを見たことがないと米屋は言っていた。
すると彼は、なんと三輪隊と組む時以外に使用し、実戦の中で敵に当てる練習をしていた。もちろん本部の仮想訓練室でも練習していたが、どうやら彼は早く物にしたいらしい。
そして早く三輪隊の役に立ちたい、と。
そんな彼に加古は思わず色々と助言をしてしまった。己のスタイルと同じであったために、教える事が多く、少し楽しかった。
「思えば、あの頃から本格的に変わり始めたのかもしれないわね……」
「どうしました加古さん?」
「ううん、何でも……。ねえ、双葉。最上くんのことどう思う?」
加古は、確認の意味を込めて黒江にそう尋ねた。
すると、彼女は苦虫を噛んだような険しい顔をして呟く。
「……あの頃ほどではありませんが、苦手です。
以前行われた試合を見て、幾分か和らいだものの……」
「そうよねぇ……」
あの試合以降、彼は勧誘を受けているものの、やはり初めに植え付けられた印象は中々晴れず。今でも彼に恐怖を抱いている者が多い。
特に女性隊員にはそれが顕著で、一部を除いて彼は苦手意識を持たれている。
可愛いのに勿体ない、と加古は思った。
ちなみに、彼は勧誘を断っているらしい。
噂では三輪に対する忠誠だとか、着いて来れる者が居ないからだとか。色々と囁かれている。
「あの、加古さん。気になっていたのですけど、本部に何の用ですか? 今日は防衛任務も無いはずですけど」
「いえ、ちょっと聞き込みをね」
「……聞き込み?」
黒江の言葉に頷いてそう返し、彼女はさらに歩く。
向かう先は色々とある。
◇
「はぁ~い三輪くん。ちょっと聞きたいことがあるのだけど?」
「――!」
本部に着き、まず彼女が訪れたのは三輪隊の作戦室だ。
彼女は相手の了承を得る前に部屋に入ると、早速用件を口にする。ボーダー広しと言えど、彼に向かってそんなことができるのは彼女くらいだろう。
「……何か用ですか?」
「ええ。少し聞きたいことがあってね――でも、今は」
加古は三輪が慌ててひっくり返した用紙を素早く取る。彼女は見逃さず、そして直感で面白いものだと判断しての行動だった。加古は軽く紙面に書かれた文字、写真をその綺麗な瞳に収める。
三輪はそんな彼女の手からバッと奪い返すと、非難がましく加古を見た。
しかし加古はニマニマと笑みを浮かべており、三輪は手遅れだと判断した。
「……三輪くん、彼女でも欲しいの?」
「……いえ」
「……それに書かれているのって、フリーのオペレーターよね?」
「……はい」
「……最上くんのため?」
「――用件はなんですか?」
「うふふ。そう怒らないの。でも、そこまで過保護だと少し引くわよ?」
「…………」
帰ってくれ。
視線でそう訴える三輪を無視し、彼女は用件を伝えた。
「最上くんのこと……というよりも三輪くんに対する疑問かしら?
三輪くん、初めはあんなに最上くんのこと嫌っていたのに、どうして戦闘中に説教するくらい彼のこと気にかけるようになったの?」
ボーダー内において、三輪と最上の間柄は師弟関係、一部では兄弟(発生源は槍使い)と認知されている。傍から見れば、彼らは近界民に恨みを持つ城戸派の代表二人。そう思われるのは無理もないし、事実彼女もそう思っている。
しかし、それと同時に疑問も抱いていた。
加古は三輪と元チームメイトだったことがある。そんな彼女から見た、三輪が最上に向ける感情は決して良い物ではなかった。
だからこそ、彼の行動に驚いたのだ。
三輪は、加古の問いに対してしばらく黙っていたが、答えないとこのまま居座るのだろうと思い、それなら正直に答えてしまおうと判断した。
「……加古さんもご存知の通り、あいつには力はありますが他が全然ダメです。
獲物を殺すことを考え、己の感情のままに刃を振るう……そんな獣のような奴でした。そして、あいつはそれを良しとし、戦略、連携を軽視する――つまり、昔の俺です」
三輪が彼を初めて見た時、感じたのは苛立ちだった。
全てを近界民を殺すためだけに費やし、それ以外はどうでも良い。そんな彼のスタンスに三輪は過去の自分を見ている気分だった。
東隊に入る前の自分は力が全てだと愚考し、しかしそれは師によって違うのだと、間違っていたのだと教わった。
戦略も、連携も……仲間も自分には必要だということを。
「初めは、そのまま自滅すれば良いと思っていました。
ただ、あいつが――」
「……三輪くん?」
「……すみません、少し嫌なことを思い出しました」
「……そう、ごめんなさいね。嫌なことを思い出させて」
「いえ……」
加古は、三輪の言いかけた言葉の先を知らない。
だが、話の途中で彼の瞳に浮かび上がったのは強い怒りだった。
おそらく、三輪が彼に対して態度を改めたのは
「お邪魔したわね」
「いえ、自分も息抜きにはなりました」
「あらそう。それは良かったわ。オペレーター探し、頑張ってね――お兄ちゃん」
「……」
最後にムスッとし三輪の顔を拝んで、加古は三輪隊の隊室を後にした。
◇
途中別行動をしていた黒江と合流した加古は、ラウンジに向かっていた。どうやら、そこに加古の探している人物がいるらしく、黒江には話を通してもらっていた。
「あら、木虎ちゃんじゃない」
ラウンジに向かう途中、加古は一人の少女と出会った。
ボーダーの顔と呼ばれる嵐山隊のエース、木虎藍だ。
彼女は加古に気付くと丁寧にお辞儀をして挨拶すると、その視線は加古の隣の黒江に向いた。
「こんにちは、双葉ちゃん」
「…………どうも」
しかし黒江の挨拶は素っ気なく刺々しい。それを受けた木虎の表情は固まってしまった。
木虎の対人欲求は年上には舐められたくない。同年代には負けたくない。そして年下には慕われたい。なので、年下に冷たくされるとけっこうダメージを受けるのだ。
加古はそんな二人に苦笑し、そういえばとあることに気が付いた。
「木虎ちゃん、ちょっと聞きたいことがあるのだけれど……時間ある?」
「え? ああ、はい大丈夫ですよ」
「……では、私は先に失礼します」
「……」
ラウンジへと歩を進めた黒江に、木虎はまたもやダメージを受けた。
これは悪いことをしちゃったな、と加古は木虎を慰めつつ回復を待った。
「で、聞きたいことって言うのは最上くんのことなんだけど……。
あの、木虎ちゃん。女の子がそんな嫌そうな顔しないの」
先ほども言ったように、彼女は同年代に対しては負けたくないと思っている。そしてそれは、相手が強ければ比例するように強くなる。
おそらく彼女は彼に対して強いライバル意識を持っている。加古から見た木虎は、そんな感情を抱いているように見えた。
「……はい。それで、聞きたいこととは?」
「最上くんのことどう思っている? ちなみに好き嫌いじゃなくてね」
「……そうですね」
木虎は言いかけた言葉を飲み込み、加古の質問に自分なりに応えようと暫し考える。
「自分のことをよく理解していると思います」
「あら、意外と高評価」
加古は驚くが、木虎は当然の答えだと言う。
木虎から見た彼は、正しい努力をしていると思っている。
「彼は『トリオン兵を如何に早く、多く倒せるか』という目標があります。
それに対して、彼はスピードアタッカーがよく使うスコーピオンを選び、そして自分の物にしました」
「あら? でも彼のスコーピオンのポイントは低いわよ?」
「彼は必要ないと判断したんでしょう。あくまで彼の相手はトリオン兵であり、加えて入隊時には己のスタイルを確定させていました。
サイドエフェクトによる見切りを応用した一撃必殺。そして出水先輩や那須先輩級のバイパーと合成弾。実戦で練習をしていた時は腹が立ちましたが、結果物にしているので言いたくても何も言えません」
ここまで彼の長所を聞かされて、なるほどと加古は納得した。
確かに彼がランク戦をしている姿はあまり見たことが無い。そして彼はそれを意味が無いと判断した。
確かに自分のことを理解している。
思いの外に彼の高評価を聞いて驚いていると、木虎は「ですが……」と言葉を続ける。
「反対に、他人に対しての理解が乏しいかと」
「あらそう? 彼、三輪くんに対しては従順だけど」
「仲が良いことと理解は別です。
……加古さんもそのことには気付いているでしょう?」
「……ええ、そうね」
木虎の言葉に、加古は肯定して返した。
理解が無いから、彼は他人と関わらない。
理解が無いから、常に心の奥で独りで戦っている。
どれだけ三輪が不器用ながらも教えようと、彼自身が歩み寄らなければ――本当の意味で変わる日は来ないだろう。
「まあ、つまり彼はまだ未熟と言うことです。まだB級ですし」
「ふふふ……相変わらずね木虎ちゃん」
本音半分強がり半分の言葉に加古は笑って返す。
木虎は一通り加古の質問に答えたからか、仕事があるからと嵐山隊の作戦室へと帰っていった。……その際にそれとなく黒江のことを聞いて。
◇
ラウンジに着いた加古は、黒江ともう一人の人物を探し、すぐに見つけた。
黒江と談笑している少年――緑川の元に向かう。
二人は加古に気付いたのか、こちらに向かって手を振った。
「来てくれてありがとうね緑川くん」
「別に良いよ加古さん。約束通りランク戦してくれるなら」
相変わらずの緑川に加古は苦笑し、黒江は呆れた目をして彼を見た。
加古は早速緑川に最上について聞くことにした。
少し前に、緑川は最上秀一に対して目標だと言っていたことを、彼女は黒江から聞いていたのだ。
それを本部に行く途中で思い出した加古は、黒江に緑川とのつなぎを頼み、己は三輪の元に行った……というわけだ。
緑川は、加古の言葉に快く頷くと、当時のことを思い出しながら語りだした。
「えっと、多分最上先輩が入隊して一週間経ったくらいかな。その時に俺、ブースに入った先輩にランク外戦挑んで10-0で完敗しちゃったんだ」
それもまた最上が注目されることとなった要因だが……加古が気になるのはそこではない。どうして緑川はその
最上秀一は緑川との一戦以来ランク戦をしていない。つまり緑川が彼と戦ったのもそれっきりのはずだ。
「言っちゃあ悪いけど、彼以上に強いスコーピオン使いなら他にもいるわよ? 風間さんとか、影浦くんとか」
「まあ、確かにそうなんだけど……あ、そうだ!」
どうやって説明すれば良いのか。
そう悩んでいた緑川だったが、何か思いついたらしくポケットからスマホを取り出して、一つの試合の
それは、緑川と最上のランク外戦であり、彼は訓練生用のスコーピオンで緑川の首を飛ばしていた。
その動きは無駄のない動きで、動画内の緑川は何が起きたのか分からない。そんな顔をしていた。
その後数試合の
「凄いわね」
「ええ、まあ確かに……でも駿。これがどうしたの?」
しかし黒江は分からなかったらしく、目の前の幼馴染に問うた。
訓練用のトリガーでA級隊員を圧倒するのは確かに凄い。しかしそこに彼が最上に憧れる理由を見出すことができなかった。
その答えは、加古が答えた。
「彼、全ての試合で全く同じ動きで緑川くんの首を斬り飛ばしているわ」
「え……あっ!」
「普通、そんなことをすれば対策されて終わりだけど――実際に戦った緑川くんはどう思った?」
「……凄いと思った。相手の動きを完璧に見切って、自分の力を通すその姿に」
緑川は入隊して浅いとはいえ、その実力は確かな物だ。
最上が入隊するまでは、入隊時の対近界民戦闘訓練の最速記録の保持者は彼だったのだ。そんな彼が訓練生に良いようにやられた時の衝撃は計り知れない物だったのだろう。
そして緑川は、彼に追いつきたいと思い、いつもこの試合を見返して己の刃を研いでいる。
思っていたよりも成長していた彼に、加古は微笑ましいものを見る目で緑川を見ていた。
「……でも、そうは思わない奴も居たんだよね」
「どういうこと?」
しかし、緑川は急に面白くない顔をして、つまらない物を見る目をして虚空を眺めた。
そんな発言に黒江は気になったのか追及すると、緑川は前置きにつまらないことだけどと言い……。
「最上先輩はサイドエフェクト頼りのズルい奴って言うつまんない噂流していた奴が居たんだよ。
そいつ、最上先輩と同時期に入ったのか知らないけど、嫌に敵視していてさ。ラウンジで取り巻き相手に笑いながら話してた」
黒江はそんな噂を聞いたことが無かったからか、驚いた表情を浮かべていた。加古も聞いた事が無く、そして何故その噂が無くなったのか――目の前の緑川を見て察した。
――まるで主人の外敵を排除するワンちゃんね。
手に持ったジュースを飲みつつ、嫌なこと思い出したと呟く緑川に苦笑する。
「で、俺が最上先輩のことで話せるのはこれくらいだけど……加古さんこれで良かった?」
「ええ十分よ。今度時間を見てランク戦をしましょう」
「やった! 楽しみに待ってるよ!」
緑川のその言葉に、加古は笑顔で返した。
◇
その後も、加古は色々な隊員に聞き回った。
しかし、どれも目新しいものは無かった。
分かったのは、彼を自分たちの隊に入れたいと思っている者、彼を怖がっている者が大部分だということくらいだった。
「……やっぱり、私の知りたいことを知っているのはあの人たちかしら」
そう呟く加古の声音には、それを為すことが無理だと言う確信があった。
どういうわけか、彼らは最上秀一という人物に対して一定以上の距離を置き、しかしいつも監視をしている。
おそらく、そこに何かがあると踏んでいる加古だが――あの男にはお見通しなのだろう、と彼女は手に持った紙を見る。
そこには、県外でのスカウト活動を命じる勅令が書かれていた。
(大人げないわね……)
ため息を吐いて加古はそう思った。
脳裏に暗躍が趣味と宣う男を思い描いて。
次話を投稿した後、原作に突入します。
次回は上層部、並びに迅視点でお送りします。