勘違い系エリート秀一!!   作:カンさん

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第71話

「──ふむ。なかなか連携が様になって来たな」

 

 最上隊の訓練室にて、最上隊の三人が集まっていた。

 どうやら連携の訓練を行なっていたようで、普段褒めないヒュースが及第点を出す程度には巧くなったようだ。

 ゼーハーと何故かトリオン体で息切れをしていた唯我と、いつも通りぼーっとしていた秀一は、彼の言葉に反応を示した。

 

「ど、どうしたんだい? ま、まさかまだ前の試合の事を引き摺って……?」

「……」

 

 二人の哀れみの視線にイラッとするヒュース。

 前回の試合で一番反省したのはヒュースだ。特殊なステージであるボーダー基地を使って優位に立とうとしたが、結局は生駒隊に負けた。

 そして最後は秀一とゴリ押しで影浦と村上を封殺。

 はっきり言ってプライドが傷ついた。

 だからこそ前回の試合結果を省みて、連携によるエースの撃破を中心に練習していた。

 特に、唯我と秀一の連携技は他の部隊に真似できないもので、仮想敵として戦ったヒュースにして「敵として当たらなくて良かった」と言わしめる程。

 故に素直に褒めたのだが……どうやら彼らに称賛の言葉は不要なようだ。

 

「……唯我。太刀川を呼べ。そして二人揃って斬られて来い」

「いきなり極刑宣告!?」

 

 太刀川の理不尽さをよく知っている二人は凄く嫌な顔をした。

 尤も、唯我は太刀川に見向きされていない為、戦った事はないが。

 しかしふとある事を思い出した唯我によって話題が切り替わる。

 

「そういえば、太刀川さん次の試合解説に呼ばれていたな」

「ほう。次の試合となると……明日の試合だな」

 

 明日の昼の部にて、太刀川は上位グループの解説を行う。そして、秀一たちは夜の部に試合を行う。リアルタイムでボーダーのトップの解説を聞けるとヒュースは興味深そうにし、唯我と秀一はそれぞれ不安そうにしていた。

 今となっては意味のない事だが。

 その試合の実況席には月見が座るため、杞憂かもしれないが。

 

 雑談を終えた三人は、それぞれ予定がある為隊室を後にした。

 秀一はランク戦室。とある男に呼び出しを食らっている。

 唯我は太刀川隊室。出水に用事があるらしい。

 ヒュースは雷蔵のおつかい。自分で動けと思いつつ律儀に従っている。

 その為、最上隊はその場で解散し──偶然にもライバルたちと遭遇することとなった。

 

 

 ◆

 

 

「……はあ」

 

 ラウンジにて雨取千佳は少し落ち込んでいた。

 ユズルの協力により鉛弾という直接攻撃できずとも仲間を助ける手段を手に入れ、そしてラウンド5では大活躍した。

 しかし、ラウンド6では反対に何もできなかった。最後は遊真に抱えられ逃げ切った。

 その事を彼女は気にしていた。

 修や遊真たちは気にするなと言っていたし、修に至ってはあの試合で勝たなかった事により、四人目の存在を悟られる事なく温存し、次の試合に臨めると逆に励ました程。

 

 しかし、それでも思うのだ。

 自分が撃てれば、点を取る事ができれば玉狛はもっと勝てる筈だと。

 そんな事を頭の中でグルグル考え──。

 

 

 

 ──今は、みんなの足を引っ張らないようにしようと結論付けて立ち上がり……。

 

 ──ドン。

 ──バシャ。

 

「あ!」

 

 誰かにぶつかった衝撃と何か溢れる音。

 それが聞こえた千佳が振り返ると、そこには服をジュースで濡らした少年が佇んでいた。

 しかもその相手が……。

 

「あ、も、も……最上、さん……!」

 

 

 ──ここに、ある意味最悪な組み合わせの二人が邂逅した。

 

 

「本当に、ごめんなさい……!」

 

 深々と謝る千佳。それを黙ってジッと見ている秀一。

 テーブルの上には千佳が買ってきた弁償したジュースが置かれており、それを挟んで両者向かい合って座っていた。

 しかし空気が重い。

 周りから見た印象も悪い。

 側から見れば目つきのヤベー奴が小さい子にジュースかけられた因縁つけて拘束しているようにしか見えない。加えてバリバリの城戸派である秀一と玉狛第二の千佳が同じ席に着いているという光景は、誰でも色々と察してしまう。

 結果、遠巻きに見る者は居るが割って入る者はいなかった。

 その事に秀一は気づかず、千佳は敏感に感じ取っていた。

 どうすれば良いのだろうと悩んでいると、秀一が動いた。

 

 目の前のジュースを飲んだ。

 そして息を吐いた。

 終わり。

 再び沈黙。

 

「えっと……」

 

 思わず声を出してしまった千佳だが、オロオロと視線を動かす。 

 なんて話しかければ良いのか分からず気まずい空気が続くなか──。

 

 ──狙撃、上手いな。

 

「え?」

 

 突如、彼女の狙撃能力を誉め出した。

 千佳はその言葉の意味を理解できず、とりあえず礼を述べた。

 狙撃手に狙撃を褒めてどうなるんだろうか……。

 そう思いつつも指摘する事なく秀一の言葉を受け止めて──。

 

 ──試合の時に、弧月を弾かれた時は単純に驚いた。

 

 続く言葉にドキッとした。

 彼の言葉で思い返すのは、ラウンド4。あの時、彼女は結局秀一を撃つことができなかった。そして、試合に負けた。

 前回の試合の時と同じように。

 動きを止めた彼女を気にせず、秀一はさらに続ける。

 

 ──鉛弾を使うようになってからは、さらに当てるようになった。アレにも驚いた。

 

 彼は当然のように玉狛の試合をチェックしていた事を、千佳に教える。

 彼が口を開くたびに、千佳の中で彼女自身自覚できていない感情が大きくなっていく。

 

 ──思えば、初めての試合もそうだった。的確に足場だけを崩して援護していた。

 

 秀一の言葉に違和感を覚えた。

 果たして、彼は本当にそう思っているのか。

 

 ──本当に、狙撃が、上手い、な。

 

 伝えたいことは他にあるのではないか? 

 ドクン、ドクン、と千佳の心臓が早く鼓動する。

 彼は何を考えている。それを知るのが怖い。

 

 ──それなのに、一回も得点がないのは……。

 

 秀一は決定的な事を言った。

 

 ──運が悪いな。(なんで本気で撃ちに行かないんだ?)

 

 建前と本音が千佳の頭の中を揺らし続ける。

 彼は気づいている。

 彼女が人を撃てない事、ではない。

 彼女が人を撃たない事を、だ。

 何故なら彼は言っている。試合で自分を撃ったじゃないかと。鉛弾という免罪符を使って人を撃ち続けているではないか、と。

 己の特異性を悟られないように。人から「アイツはズルイ」と思われないように。

 秀一の目がそう言っているように見えて、千佳はすぐにこの場から逃げたくなった。

 しかしそれをすると全て認めたのに等しく、そうなると彼女の性格上耐えられなくて。

 視線が下がり、ジッと虚空を見つめる事しかできずにいる。

 すると……。

 

 ──やはり気にしていたんだな。

 

 確信したかのように、秀一が口を開いた。

 しかし千佳はもうほとんど反応を示さなかった。まるで処刑台に立つ罪人のように沈黙している。その事に気づいていないのか、もしくはスルーしているのか秀一は口を開いた。

 

 ──気にしなくて良い。

 

 予想外の言葉を。

 

「え……?」

 

 秀一は続ける。口下手なりに、言葉を選びながら。

 

 君を見ていると自分を思い出す事を。

 そういう風に気にしすぎる事もあると。

 しかし結局意味がなかった事を。

 そして疲れて逃げてしまった事を。

 

「っ……」

 

 でも、自分を変えるしかない事も分かっていた。

 怖いという気持ちと、このままではダメだという気持ちで常に吐きそうだと。

 いつになったら変われるんだろう。変わったら良くなるのだろうかと。

 そう悩む度に──大切な人の、心配そうな顔が思い浮かぶ。

 

「あ……」

 

 千佳が、言葉を溢した。

 それを確認しながら秀一は続ける。

 

 いくら隠しても、彼らは気付く。

 そしてそっと見守ってくれる。

 それが嬉しくもあり、申し訳なくもあり──応えたいと思う。

 

「──」

 

 千佳の脳裏に──修、遊真、栞……他にもたくさんの人たちの顔が浮かんだ。

 彼らの期待に応えたい。守りたい。──役に立ちたい。

 そして何より、近界に行って兄と友達を取り戻したい。

 

(そう、思うと──)

 ──そう思うと。

 

(怖いなんてわがまま、言えないな……!)

 ──怖いなんてわがまま、言ってられない。

 

 彼の言葉と千佳の心がシンクロした。

 もう彼女の中に恐れはなかった。自分一人だけでは堂々巡りに陥り、答えの出なかった闇の中、漆黒の光がそっと自分を背中を押した。まるで、自分の存在を隠すかのように。

 彼もまた理解したのだろう。ガタリと立ち上がるとその場を後にしようとする。

 

「あ、あの! なんで……」

 

 なんで敵に塩を送るかのような事をしたのか。

 それを尋ねる前に彼は言った。

 

 ──後悔してからじゃあ、遅いから。

 

 それだけを言うと、彼は今度こそ歩き出す。

 千佳は、彼の言葉の意味を理解する。

 自分の力を発揮できなかった結果、それで負けたら後悔する。

 もっと言えば、この先本当の戦場で仲間が死ねば──自分は永遠に後悔する。

 彼は自分もそう思うからと千佳に伝え──同じ気持ちになった彼女は頭を深く深く下げた。

 

 ありがとうございます。

 もう怖がりません。

 自分はもう──悩まない。

 

 この日──一人の少女の中で、何かが変わった。

 

 

 

 ──あの子もぼっちなんだなあ。

 

 そして、この少年は何も変わっていなかった。

 

 最上秀一。年下には何かとマウントを取る。

 そして勝手に同類扱いした彼は「分かる〜」と言いつつ自分語りをして、結果的に玉狛第二を強化した。

 その事に気づく日は──永遠に来ない。

 

 

 ◆

 

 

「いやはや。道案内ありがとうございますユイガ先輩」

「何。ランク戦ではライバルだが、ボーダーにおいては先輩後輩! そうかしこまることないさ!」

 

 珍しい組み合わせの二人が、ボーダー本部の廊下を歩いていた。

 玉狛第二の空閑遊真。最上隊の唯我尊。

 どうやら、迷子になっていた遊真を唯我が助けているようであった。

 彼の言葉に嘘がない事は事実らしく、遊真は不思議そうな顔をする。

 

「アレですな。コネで太刀川隊に入ったにしては、イイ人だ」

「……ぬぐ。誰から聞いたんだい」

 

 遊真は近界にて様々な人間を見てきた

 権力を振りかざす者は大抵暴力で人を傷つけるし、傷つけられると弱い。

 そして、遊真が聞いていた唯我の人物像はそれらに近いものだった。

 だからこうして道案内してくれている事が意外だった。

 

「とりまる……あ、いや烏丸先輩」

 

 遊真は素直だった。

 

「ぐ……やはりそうか……!」

 

 拳を握り締めてプルプルと震える唯我。しかしそれ以上の事は言わなかった。

 少し前の彼だったら無駄に喚いて情けない姿を晒していたのだろう。

 ──それ以上に情けない思いをした為、唯我も思うところもある。

 

「とりまる先輩と知り合いなの?」

「知らないのかい? 彼は旧太刀川隊だったのさ。その後ボクが入って……まあ惨めな思いをしたさ」

「ふーん。でも自業自得ではある、と」

「君さっきからボクを滅多打ちにして楽しいかい???」

 

 ふう……とため息を吐いた唯我は。

 

「そんなことしても、情報は流さないよ」

「……へえ」

 

 認識を間違っていたと遊真は思っていたらしいが……どうやらそれでも尚間違っていたらしい。

 唯我は言う。

 

「ボクは最上隊の足を引っ張っている。だから、これ以上足を引っ張るわけには行かないんだ。だから──」

 

 情報を得ようと思うのなら、諦めてくれ。

 彼が真っ直ぐそう言うと、遊真ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「しかし目的地まで時間があるように思える」

「……あ」

「色々と聞かせて貰おうかな〜?」

「やめてくれ! ボクに腹芸は無理なんだ!」

「おれ達も勝ちたいからね。遠慮はしないよ」

「ヒー!? 最近のルーキー怖い!」

 

 ここまで全く嘘がなかった。全て本音だからか、話していて遊真はそこそこまあまあ楽しかった。

 怯える唯我に、笑いながら遊真は問いかける。

 

「秀一の事、心配なの?」

「──!」

「A級一位から最上隊に入るのは、なかなか勇気がいると思いまして……」

「ふむ……そうだな」

 

 予想外の質問に唯我は平静を取り戻し、なんて事の無いように言った。

 

「彼は助けを求めないからね。だったら先輩のボクが掴むしかないじゃないか」

「……」

「みんな、彼のことを凄い人だと言う。それは確かに正しいんだ。

 ……ボクは親に着いて行って色んな人を見たことある。

 そんなボクからしてみれば、彼はまだまだ子どもさ。ボク達と同じようにね」

「……」

「力不足で、烏滸がましいし、本人には期待されていないけど。

 それでも助けてあげたいと思ったんだ……。

 初めてだったんだ。ボクがここまで熱心に何かをするのは」

 

 その独白は──唯我以外知らなかった、彼だけの思い。

 もしくは最近ようやく自覚し始めた決意。

 それを遊真に明け透けに教えたのは──。

 

「だから君も全力で向かってきてくれたまえ──そのほうが、彼も喜ぶ」

「──ユイガ先輩、面白い事言うね」

 

 傲慢とも違う上から目線の言葉に、遊真は笑いながら返した。

 

 二人は目的地に着くまで談笑し続けた。

 主に秀一のことについて。

 

 

 ちなみに道案内で遅刻した唯我は出水にシメられた。

 

 

 ◆

 

 

「む……」

 

 ビニール袋片手に歩いているヒュースの前に人影が見えた。

 

「──では、次のランク戦ではよろしくお願いしますね!」

「はいはい了解! 全く、実力派エリートは人気者で辛いぜ」

「は、はははは」

 

 そこに居たのは海老名隊のオペレーター武富桜子と、玉狛支部の迅悠一、三雲修だった。

 櫻子の発言から察するに、ランク戦関係の話題のようであった。

 それを見たヒュースは、迅にランク戦の解説を頼んだのだろうと当たりをつけた。

 唯我曰く、彼女はランク戦の為に色々と裏で頑張っているとか。

 話を終えた桜子は迅達に一礼するとその場を後にした。

 

(しかし……)

 

 ヒュースは少し不思議に思った。現在彼がいるこの場所は、会議室の近く。

 桜子は迅たちを探しに来たと見れば良いが……彼らは果たしてどうだろうか。

 そう言えば鬼怒田は今日開発室に居ないと雷蔵が言っていた事を思い出し──。

 

「やあやあ、初めまして最上隊のヒュースくん」

「!?」

 

 いつの間にか目の前に迅が居り、ヒュースは思わず後ろに飛び退いた。

 ヘラヘラとしている迅だが、その足運びは──アフトクラトルの遠征メンバーに選ばれた彼をもってして油断ならないものだった。

 これが、元S級。

 一人だけで一部隊とカウントされる実力者。

 知らず知らずのうちに冷や汗が彼の頬を垂れる中、ズイッと前に出た者がいた。

 三雲修だ。

 

「ヒュース」

「お前は……ミクモ」

「一つ聞きたい事がある」

「──奴の記憶について、オレは何も答えないぞ」

 

 ヒュースは遊真とのやり取りを思い出し、前もって断りを入れる。

 そこには確かな拒絶があり、修はそれを予想していたかのように頷く。

 

「今はそれで良い──そこで一つ取引をしたい」

「取引だと? 馬鹿馬鹿しい。オレが乗る意味がないな」

「──!」

 

 予想外の指摘に、思わずピクリと反応するヒュース。

 どうやら、思っていた以上に油断ならない相手らしい。

 

「……やっぱり、空閑の時との話を守るつもりは無いんだな」

「……そもそも、オレは確約するとは言っていない」

「だったらここで確約してくれ、ヒュース! ぼくたち玉狛第二が君たちに勝ち、そして遠征部隊に選ばれた時、協力してくれると!」

「……何を言うかと思えば」

 

 ヒュースはため息を吐き、吐き捨てる。

 

「二宮隊、そして生駒隊に勝てると思っているのか。今のお前たちでは、空閑遊真が死ねば止まるお粗末な部隊だ。そして何より──」

 

 ──勝つのはオレたちだ。

 

「オレたちが居る以上、お前たちが遠征部隊に選ばれる事はない」

「いや、ぼくたちは勝ってみせる。君たちにも──二宮隊にも」

「──二宮隊にも、だって?」

 

 ヒュースは二宮隊の強さを知っている。そしていまだに勝てない事を気にしている。

 故に、今の修の言葉が癪に触った。

 

「あり得ないな。万が一にも、だ」

「ぼくたちは本気だ。──どうするんだヒュース」

「ふん。見かけによらず、人に噛みつくじゃないか──不愉快だ。お前とこれ以上話す事はない」

 

 それだけを言ってヒュースは立ち去り──。

 

 

 

 

「やるねー、メガネくん」

「──後は明日が来るのを待つだけです」

 

 彼らの会話を聞き取る事ができなかった。

 

 

 

 

 そして来るB級ランク戦ラウンド7。

 この日、昼の部は──大いに荒れる。

 




さてさて
次回ようやく玉狛第二四人目のメンバー発表です。

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