勘違い系エリート秀一!!   作:カンさん

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第70話

 ──カタカタカタカタカタカタ。

 

「修くん……?」

「──ッと、千佳か。訓練終わったのか?」

「うん。レイジさんこれから用事があるからって」

 

 玉狛支部にて情報収集をしていた修の元に、千佳が訪れた。

 かなり集中していたのだろう。彼女に話しかけられるまで、修は千佳の存在に気づきもしなかった。

 目の前の情報から意識が途切れると、ドッと体に疲れが襲い掛かり、ふう……と息を吐きながら時計を見る。……どうやら三時間以上カタカタしていたようだ。

 椅子を引いて立ち上がり、修は千佳に聞いた。

 

「今、みんな居ないのか?」

「うん。烏丸先輩と小南先輩は出かけているよ。遊真くんも本部でランク戦で、迅さんはその付き添い」

 

 そこまで言って、千佳はこの支部に一人、二人、三人……と()()()()()人数を数えた。

 

「陽太郎くんはクローニンさんと雷神丸くんと一緒にゲームしてて、栞さんはゆりさんと夕飯の仕込み。支部長はエネドラの部屋に居ると思う」

 

 実は、ランク戦シーズン中、玉狛支部に帰ってきた人間が二人居る。

 ミカエル・クローニンと林藤ゆり。修たちの先輩であり、旧ボーダーから居る古株だ。

 彼らは修たちを快く受け入れてくれ、今ではすっかり仲良くなっている。

 そして、彼らもまた当然……最上秀一の存在を知っており、大規模侵攻で記憶を失った事を知り──乱心した。

 その時の事を修はよく覚えている。ゆりは、城戸が残した写真を眺めている時のような寂しい表情を浮かべ、クローニンはまるで過去に起きた出来事を思い出すかのように顔を歪めた。

 

 だからこそ、秀一の記憶を取り戻そうとする修たちのことを応援した。

 中でも修が有難いと思ったのは──とある人の戦闘データ。

 それは……最上宗一の戦闘データ。

 かなり古いデータだが綺麗に残されており、まるで渡したい人が居て、いつかその人の役に立つように大切に残されているかのように細部まで拘っていた。

 正直、修は申し訳なく思ったが、最上宗一の弟子である迅がOKサインを出した為、使わせて貰った。

 

 そして修は思う。

 秀一の極致にあるのは最上宗一だと。何度も何度も見て、確信する。

 あの時に思った事は間違っていない、と。

 

 だからこそ修は積み重ねていく。

 備えていく。

 根を張っていく。

 絡めていく。

 

 その結果──最後のピースを手に入れた。

 ラウンド6では何とか東以外の目を欺く事ができた。試合後に東に呼び出された時、正直修は生きた心地はしなかった。何故なら、自分がした事は黒よりのグレーだからだ。

()()の強さをボーダーはよく知っている。B級ランク戦で参加している部隊であの試合の違和感に気付けたのは東だけだったのは、不幸中の幸いというべきか、むしろ彼にしか分からないというべきか。

 それでも何とか納得して貰った。東は言った。想定していなかった方が、固定概念に捉われていた方が負けなのかもしれない、と。

 

「修くん?」

「……何でもないよ」

 

 ただ、次に隙を見せれば東は正確に潰してくると思い、修は思考にハマってしまった。

 ──兎にも角にも、次の試合まで後少し。

 それまで修はできる限りの事をするつもりだった。

 

 彼は、千佳の視線を受け流しながら部屋を出て昼食を取り──再び情報収集に戻る。

 

 

 ◆

 

 

「さて、ジャンボたちへのリベンジの前に、オッサム達との試合がある。彼らもまた、油断ならない相手だ」

 

 最上隊に中位に叩き落とされ、そして上位に戻ってきた王子隊。

 彼らは次の試合の作戦会議を開いていた。

 

「色々と考えたけど、やっぱりマップは市街地Aにするよ」

「市街地Aってどノーマルじゃないですか! このマップだと前みたいにうちの部隊が……」

「落ち着け樫尾。王子にも考えがあるんだろう」

 

 ラウンド5の時の事を思い出したのか、樫尾が強く反発しそれを蔵内が嗜める。

 流石に無得点からの中位落ちは堪えたのだろう。

 だが、それは樫尾だけではない。王子もまたその時の事を忘れていない。

 

「……当然覚えているさ。その上でこっちが良いと思ったんだ」

 

 王子は、玉狛の戦術について解説する。

 千佳のアイビスによる地形破壊。空閑のスパイダー陣と鉛弾ライトニングによる狙撃。

 どちらも地形戦であり、凝ったマップを選んでしまえばどんな強い部隊でも玉狛の流れに飲み込まれてしまう。

 だからこそ、ノーマルなマップを選んで不確定要素を消す必要があった。

 

「加えて生駒隊……イコさん対策でもある」

「生駒さんの?」

「うん。あの新・生駒旋空を真正面から避けるのは難しい。でも、アレを使うには溜めと開けた視界が必要だ」

「なるほど……打たれ易い場所を予め知って備えるのが目的か」

 

 王子の考えを理解した蔵内の発言に、樫尾もようやく把握した。

 新・生駒旋空は集中力が必要だ。そして打つ為には最適な場所も必要。

 打たせない事は難しいが、マップを使って危険区域を設ける事で対処する。

 

「それでも壁越し旋空とかあるから気をつけないとね」

「分かりました!」

「後、影浦隊はいつも通りに。こちらから狙わずなるべく相手せず、できれば他の部隊と当てて消耗させる」

 

 狙い目としては生駒、空閑のエースと潰し合わせたい所だろうか。

 

「で、ぼくたちはまず最初にオッサムを潰す」

「三雲くんを?」

「うん。彼に時間を与えればスパイダー陣形が完成してしまうからね。そうなれば、クーガーは落とせなくなる」

 

 そして、他の二つの部隊は特徴から考えて陣形を積極的に崩そうとはしないだろう。

 生駒隊は隊員が揃っている為、いつも通りに動いてもある程度戦え、影浦隊は隊の特色がそのまま陣形潰しに繋がる。

 

「でも、三雲くんもそれを読んで初めからバッグワームをしたら……」

「こっちもバッグワーム着て探す事になるね」

「だが、今回は狙撃手が多い。その時は注意が必要だ」

 

 バッグワームを展開すると、両防御ができない。

 つまり不意の狙撃によりそのまま倒される事もある。

 動き回って目的の敵を探す王子隊からすればやり辛い展開だ。

 

「さて、今回の試合勝って行こう」

 

 そして、最上隊にリベンジだ。

 口に出さず、王子隊は心の中に闘志の炎を燃え上がらせていた。

 

 ◆

 

 

「いやいやフツーに感動したわ。太刀川さんと迅の一騎討ち。もうね、こうレベルが違うわ」

 

 ラウンジにて五人の男が居た。

 その一人、生駒が硬い顔面を感情という色で塗装して、しかし若干分かり辛い表情で先ほどの試合の感想を述べる。

 

「でもステージに入ってあんなにジロジロ見られたら気が散るだろ……」

 

 それにツッコミを入れるのは柿崎だ。偶然目に入ったモニターに珍しく迅がおり、太刀川とバチバチしている横で生駒が妙なポージングしながらカメラ目線で居るのを見て思わず突っ込んでしまった。それから流れでここまで着いて来てしまった。

 

「だが分かるぜ生駒ァ。正直俺もブルっちまった」

 

 柿崎とは反対に生駒に同意するのは弓場だ。

 次の試合に備えてランク戦に来た彼だったが、迅を見つけて思わず拳銃を取り出して獰猛な笑みを浮かべて喰らい付いてしまった。

 結果太刀川入れて四つ巴をし、太刀川が防衛任務に行くまでドンパチ楽しんでいた。

 

「他の隊員たちも盛り上がっていたな。みんなの戦いはいい刺激になる!」

 

 そして、それを無条件に肯定するのは嵐山。

 C級隊員たちにランク戦の手ほどきを教え、弓場たちの高レベルの戦いを見せて焚きつけたりと意外と計算高ったりする。

 

「ったく、人気者は辛いね〜」

 

 言葉とは裏腹に疲れた声を出すのは迅だ。

 何せ、四つ巴と言いつつ他の三人からよく狙われていた為、疲労度は一番高い、未来視があっても疲れるものは疲れるのだ。

 そんな彼に柿崎が水を差し出しながら労りの言葉を送る。

 

「ご苦労様。しかし空閑は良いのか? 付き添いだったんだろ?」

「大丈夫だってさ。友達の店に寄って飯食うって言ってた」

「友達……ああ、カゲか。あいつの家のお好み焼きは美味いんだよな」

「ん? 今から行くん?」

「やめとけ生駒ァ。俺たち上のモン来たら萎縮しちまうだろ」

「せやんな」

 

 ガリゴリとグラスの中の氷を噛み砕きながら、生駒はあっさりと引き下がった。

 どうやら言ってみただけのようだ。

 

「うーむ」

「どうした、嵐山?」

 迅と生駒が横で「生駒っち、それ俺が柿崎から貰ったやつ」「やだ、間接キス……!?」とアホなやり取りをしている中、唸り声を上げる嵐山とそれに気づく柿崎。

 柿崎の問いに嵐山は真っ直ぐな目で答えた。

 

「いや、次は大阪が良いかなっと」

「おい待て京都の次は大阪旅行考えてんのか???」

 

 柿崎の脳裏に思い浮かぶ、19歳組突貫京都旅行……! 

 逆ナンされる嵐山! その対処に追われる柿崎! 

 時代劇のスタッフに間違えられる生駒! その対処に追われる柿崎! 

 不良とメンチ切る弓場! その対処に追われる柿崎! 

 舞妓さんのお尻追いかける迅! その対処に追われる柿崎! 

 泊まった宿で始まる枕投げ! ブチギレる柿崎! 

 ああ! なんと楽しい旅行! 忘れらない思い出! 

 

「俺絶っっっっっっっっっっっっっ対行かないから!」

「な、なんでだ柿崎!?」

「なんだ? ブルってんのか柿崎ィ?」

「思い出したらブルったよ! 何だよお前ら! ボーダーでは大人顔負けの思慮深さがあるのに、県外に出たら全部忘れたかのようにはっちゃっけて! 大体……!」

 

 わーぎゃー騒ぐ三人を見て迅が思わず笑い、生駒がこっそりと耳打ちする。

 

「すまんかった」

「ん?」

「太刀川さんとのバトル、邪魔しもうて」

 

 どうやら、生駒は生駒なりに割り込んだ事を気にしていたらしい。

 

「良いよ、別に気にしなくて」

「そして俺が一人勝ちして申し訳ない」

「……言うねぇ」

 

 ここでも新・生駒旋空が炸裂したようだ。

 謝っているようで煽っているようで、しかし実際は天然な発言に迅は思わず口元をひくつかせる。

 しかしすぐに笑みを浮かべると……。

 

「でもまっ、次は負けないから」

「それはこっちの台詞や」

 

 そうやって挑発し合う二人の横で、未だに柿崎たちは騒いでいた。

 

 

 その後しばらくして、全員ナスカレーを食べて帰った。

 

 

 ◆

 

 

「うまうま」

「どうだ、うめーだろ」

 

 現在遊真は、ランク戦帰りに影浦に連れられ彼の実家でお好み焼きを食べていた。

 初めて食べた遊真だったが一発で気に入り、思わず影浦が笑みを浮かべる程に夢中になっていた。

 他のメンバーは北添、絵馬、村上だ。影浦隊は隊繋がり、村上はランク戦繋がりでここに来た。

 

「それにしても、ゾエさんは嬉しいよ。カゲがここまで面倒見が良いなんて」

「っるせーな!」

 

 そんな中、北添は嬉しそうに影浦を見る。どうやら普段から周りに当たり散らす影浦が、見た目小学生の空閑と仲良くしている事に感動を覚えているらしい。

 くすぐったい感情が刺さった影浦は嫌そうな顔をし、ぴっと指を刺す。

 

「こいつは特別なんだよ」

 

 影浦は語る。彼はサイドエフェクトにより、相手の攻撃を殺気の感情を読み取ってしまう。しかし、遊真はそれが無く、まるでメカや虫のように無感情で、彼との斬り合いはスリルがあって楽しいらしい。

 

「こんな事できるのは東さんくれーだ」

「無心の剣、か」

「ふーん……秀一はどうなの?」

 

 ふと興味を抱いた遊真がそう聞くと、影浦がジト目で彼を見た。どうやら、遊真の秀一への執着っぷりに呆れているらしい。

 しかしその事を口に出さずに彼は質問に答える。

 

「あいつの場合は逆だな。ガンガン感情を向けてくる」

「へー」

「だが、感情の種類とタイミングがグチャグチャだ」

「……」

「剣の攻撃かと思えば蹴り、弾かと思えば剣。攻撃してくるかと思えば下がる。おかげで何して来るのか読めねぇ」

 

 でもスリルはあるからやっていて楽しい。でも感情がうるさい。

 そう答える影浦に、遊真は既視感を覚えた。

 自分のサイドエフェクトで感じたのと同じだ。

 何を考えてそんなことしているんだろうと彼は思う。

 それも彼が記憶を取り戻し、友達になれば知ることができるのだろうか。

 

 

 

「そう言えば空閑」

「ん? 何?」

「こいつ、お前んとこの狙撃手に気があるみてぇんだわ」

「!?!?!?」

 

 全員食べ終えてまったりしていると、突如影浦が爆弾を突っ込んできた。

 絵馬が吹き出し、遊真が関心を示し、北添と村上が「あー……」と額を抑える。

 

「んで、次の試合で負けるつもりらしい」

 

 そして、浮ついた空気を切り裂いた。

 赤面していた絵馬は思わず影浦を見た。どうして、と言わんばかりに。

 

「だいたい何考えてるか分かる。どうせくだらねーこと考えてんだろ」

「……でも、オレたちは別に遠征部隊目指していないし。だったら、目指している雨取さんたちに……」

「それだけじゃねぇ──最上隊を潰そうとしていただろ」

「!!」

「……」

 

 前回の試合、ユズルは真っ先に秀一を狙った。

 一番狙い易かったというのもあるが、他意がないというには……普段自由にしている影浦隊にしては露骨過ぎた。

 それを聞いた遊真の顔色が変わる。

 

「まっ、別にそれは悪い事じゃねーが、単純につまんねーだろ、お互いによ」

「……」

 

 何も言えず視線を落とす絵馬に対して、遊真が口を開く。

 

「別に気にしなくて良いよ。いつも通りに戦ったらいいと思う。手を抜こうが、抜くまいが──勝つのは玉狛第二だから」

「……!」

 

 宣戦布告とも取れるその物言いに、ユズルの視線に力が入り──。

 

「そして──アイツに勝つのは、おれだ」

「──」

 

 こちらをジッと見る目に、ゾクリと背筋を凍らせた。

 そしてそれは──他の者たちも感じ取っていた。思わず腰元のトリガーに手が伸びる程に。

 

「……じゃ、おれはこれにて失礼」

 

 ゴソゴソとお金を取り出してテーブルに置くと、遊真は店を後にした。

 彼が去った後、絵馬は思わず言った。

 

「無感情に斬ってくる……だっけ?」

「……ちっ。ただ単に表に出ただけだろーよ」

 

 グシャリと千円札を握り締めて影浦が言い、絵馬は出入り口を見た。

 次の対戦相手の姿を。

 


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