ランク戦ラウンド6夜の部。
ガロプラの襲撃を無事に退けたボーダーは予定通りにランク戦を続行。
そして今夜もまた、上位グループで激戦が、今始まろうとしていた。
その戦いを前に、勇足を踏んでいるのは──鈴鳴第一。
「うっはー、何だか緊張してきたー……」
「お願いだからいつものを起こさないでよね……」
太一の不穏な言葉に今がいち早く反応を示し、ジトッとした目線を向ける。普段の彼は、周囲の人間を巻き込んで被害を最大限に引き伸ばすという一種の超能力を持っており、近くに居れば居るほど不安に警戒心が増してしまう。
しかし、戦場に出れば彼もまた狙撃手。狙撃手らしく落ち着いた行動が……取れれば良いな、と思ってしまうのは彼の自業自得だろうか。
そして、そんな彼を笑って受け入れるのはこの二人。
「ははは……試合では頼りにしているよ」
「落ち着いて行けば良い」
鈴鳴第一隊長の来馬、攻撃手の村上。
二人は太一に穏やかな表情で励ましの言葉を送り、しかし次の瞬間には引き締めた顔で試合前最後の作戦会議を始める。
進行を務めるのは当然隊長である来馬。
「さて、今回戦う相手について改めて確認するよ」
初めに出したのは──影浦隊。
「前回生駒隊に負けたとはいえ、別に弱くなった訳では無い。依然として2位の位置にいる」
「と言っても今日の昼の試合で玉狛に並ばれましたけどねー」
同点の場合前シーズンにて順位が高い方が、順位が高くなる。
よって玉狛第二は現在三位である。
しかし、この先の戦績次第では逆転もあり得る。
「試合のログを見る限り、影浦隊自体に変化はない。でもやっぱりこの隊が全体的に隊員のレベルが高いんだ」
減点によりマスタークラスではないがその実力はランカークラスに並び、村上に勝ち越す実力を持つ影浦。そして北添と絵馬もそれぞれポイントが8000越え……つまりマスタークラスである。
影浦と村上がぶつかり合うと村上は勝ち越せず、来馬と北添が撃ち合えば来馬は押し切られ、太一と絵馬が狙い合えば太一は射抜かれる。
その事を彼らは十分に理解している。
だが……。
「なら、いつも通り四人で勝ちましょう」
鈴鳴第一は部隊で勝つ。その事を念頭に入れて、そして胸に刻み込んでいた。
村上の力強い言葉に三人とも頷いて応えた。
「大丈夫っすよ! 前回ハマった新戦法でどの部隊もイチコロっす!」
「あんたも援護するのよ……私もだけど」
太一の言葉に突っ込みつつ気を引き締める今。
「見つかったら相手をしないで合流優先。難しかったらそれぞれフォローしよう」
「了解……と言いたいですけど」
来馬の方針には従うつもりだ。彼の思い描く通りに試合を進めたい。しかし、その為には──他の部隊も手強い。
「そう易々と、見逃してはくれないでしょう」
村上が見るのは……生駒隊と最上隊。
来馬は彼の意図を読み取り影浦隊から生駒隊へと視点を変える。
「生駒隊は前回影浦隊に勝っている」
「試合のログを見ましたけど、アレって……」
今が思い出すのは、生駒隊隊長、生駒達人。
影浦と一対一で相対し、彼のマンティスに端から削られていた生駒。しかし突如弧月を構えて集中し──。
「生駒旋空もそうだけど、あの技を真似するのは無理だな」
「鋼さんでも無理かー」
村上の言葉により、前回生駒が見せた絶技の凄さが彼らの間で広がる。
「時間も無いしね──とにかく、生駒さんとの距離はしっかりと把握しておくように」
「了解」
そして最後に注意すべきなのは──最上隊。
「前回の試合から加入した唯我くんとヒュースくん。特に注意すべきなのはヒュースくんだ」
思い出すのは前回の試合で大暴れしたヒュース。
豊潤なトリオン。乱立するエスクード。扱いの難しいバイパーの強襲。そしてランカークラスの弧月。
もしフリーならどの隊も喉の奥から手が出るほどの逸材。
それが……よりにもよって最上隊に入った。
「……」
「……」
「……」
「……」
思わず沈黙する四人。ラウンド3では散々に振り回され思うように戦えなかった。その時のことを思い出しているのだろう。
特に太一は直接狙われて首を斬り飛ばされそうになっていた。
結局は熊谷に背後から斬られて未遂に終わったが……。
「……ヒュースくんは、エスクードで分断して点を確実に取る動きをしている。サポート力も高く、単体での強さも最上くんと同じくらいだ」
「合流してもしなくても厄介ですからね最上隊は……。相手をするより、点を取られる前に取る方が良いですね」
村上の提案に全員賛成の意を示す。
しかし。
「でも……それも最上隊が何処を選ぶか、ですよね」
今回の試合、よりにもよって最上隊が仕掛ける側であった。
◆
「皆さんこんばんは〜。太刀川隊オペレーターの国近です〜」
観覧席にほんわかとした声が響く。
その声の主の名は国近柚宇。ゲームが趣味であり、現最上隊の唯我とはチームメイトだった仲のオペレーター。
挨拶もそこそこに彼女は今回解説席にやって来たメンバーの紹介をする。
「今回解説してくれるのはNo. 1狙撃手の当真隊員と、昼の部にて東隊、玉狛第二とロースコアで激戦を制した二宮隊銃手の犬飼隊員です〜」
「よろしく」
「どうも〜」
奇しくも18歳組が揃い、軽快な空気が会場に流れる。18歳組の中でも緩い方だからか、緊張感があまりない。
しかしその事を気にせず、国近は実況を進めた。
「では、まずは〜……昼の試合で接戦をした二宮隊の犬飼くん!」
「うわ〜……国近ちゃんそれ聞いちゃう〜?」
開幕からの彼女のぶっ込みに犬飼は苦笑し、しかし言葉とは裏腹に口を開く。
思い出すのは、展示場で行われた東隊、玉狛第二との三つ巴。
東の得意ステージである展示場を選んだ事で、二宮はいつも以上に慎重になった──そして、それを利用したのが玉狛第二の三雲修だ。
「いや、ホント。メガネ君ってばイヤらしいというか姑息というか……」
「いい感じに踊らされていたよな二宮隊」
犬飼の言葉に当真がカラカラと笑いながら茶化し、それに国近が第三者視点からの解説を入れる。
「試合結果は2対2対1のロースコアで玉狛第二は負けたけど……」
「徹底的に点を取らせなかったな」
彼らの言う通り、玉狛第二は今までの積極的に点を取る姿勢から一転し、他の隊……特に二宮隊の獲得点を徹底的に邪魔をして減らした。
「最後はチカ子がメテオラでマップ破壊して東さん撤退。んでチカ子を抱えた空閑がバグワして隠れてタイムアップ」
「マップが小さい分制限時間も少ないからね……本当してやられたよ」
ちなみに、逃げ切られてしまった二宮の機嫌は大層悪かったそうな。
その前の試合の内容も内容だっただけに、彼の苛立ちも察せるというもの。
犬飼は普段通りにヘラヘラしているが……内心冷や汗をかいていた。
「さて、昼の話はこれくらいにして、これからの試合について話そっか」
「上位に上がって来た鈴鳴第一に影浦隊、生駒隊、最上隊だな」
「ははは、モガミンが部隊としてカウントされるのいわかんあるな〜」
「こらこら、そんなこと言わないの〜。うちの隊から移った子もちゃんと居るぞー」
その移った子は前回の試合で綺麗に心が折られた訳だが……どうやら今回の試合にも参加するようだ。その事について国近は特に言及する事なかった。
ただ、もし突っ込んで聞かれたら彼女はこう答えるだろう。
彼のプレイは意外とネチっこい、と。
「で、二人はこの試合どう見る?」
しかし実際には口に出さず、彼女は二人に尋ねた。
「普通に考えりゃ、狙撃手をどう使うかだな」
「ふむふむ。つまり?」
「──最上隊には狙撃手がいねえ」
当真の言う通り、今回の試合で狙撃手が居ないのは最上隊のみ。
隊の編成の時点で射程のアドバンテージを取られてしまっている。
「ヒュースはポイント的には攻撃手だが前回の試合から察するに近接寄りの万能手。んで唯我は拳銃使う銃手。最上が妙な旋空使うとはいえ、それでも狙撃手の有る無しじゃ動きに差が出るからな」
「でもそれも、マップ次第かもね。ギリギリまで選択しないみたいだけど」
現在表示されているのは市街地A。彼らはどうやらギリギリまで選択を待ち、他の隊へプレッシャーを掛けるつもりなようだ。それでも選択後に一定時間猶予があるためほとんど意味がないが……対策はある、とアピールしているとも取れる。
「それと、何気に面白いのはそれぞれの狙撃手のタイプが違うって所だな」
「というと?」
「合流してから援護する太一。ビシバシ一人でも点を取りに行くユズル。動きまくる隠岐」
『あ〜』
当真の言葉に感心したように声を出す二人。
彼ら狙撃手をどう使うかがこの試合の行く末を決める。そう断言した当真。
それに続くように犬飼も口を開く。
「近接もそれぞれ強いからね。遠距離の撃ち合いも楽しみだけど、近接の削り合いも見所かもね〜」
犬飼の脳裏に村上、影浦、生駒、最上、ヒュースの姿が思い浮かべられ、彼の言葉を聞いた観覧席の隊員たちも何人か頷いていた。
「なるほど〜……お! 最上隊がようやくマップを選んだみたいだね。選んだのは……」
当真、犬飼の予想を聞いた国近が相槌を打つ中、彼女の言う通り今回の戦場が選ばれた。
それを確認するべく視線をそちらに向け……。
「え?」
「は?」
「ん?」
ザワザワと観覧席が騒ぎ立つなか、三者三様の反応が実況席から発せられた。
選ばれたのは、【ボーダー本部】だった。
◆
影浦隊作戦室。
「ボーダー本部だ? そんなのあったのか?」
今回選ばれたマップを見た影浦の疑問。それはランク戦のそこまで真剣に打ち込んでない者や、比較的新参者なら真っ先に浮かぶものだった。
彼の疑問にデータを見つつ北添が答えた。
「うん、しっかりあるみたいだよ。でも採用率少ないみたい」
「あ? なんかあんのか?」
「オペレーターにとっては面倒クセー事しかねーからな」
不貞腐れたように答えるのは影浦隊オペレーター仁礼光。
彼女がこのような反応をするのは仕方ない。
何故なら、このマップは市街地D以上に縦に広いマップだからだ。
そして、戦場はボーダー本部のみであり……。
「……狙撃手殺し、だね」
必然的に屋内戦に限られ、狙撃手は本来の仕事ができない。
狙撃手用訓練室という広い空間もあるが……隠れる事は出来ないだろう。
そして、最上隊の狙いは恐らく絵馬たち狙撃手だ。
「取り敢えずユズルはゾエと合流しとけ〜」
「オレァ最上と遊ばせて貰うぜ。この前は遊ばなかったからな」
「あの時のカゲ、優しかったからね。ゾエさん嬉しい」
「ウッセーぞゾエ!」
ギラギラとした笑みから一転し、北添に噛み付く影浦。
その様子を笑いながら見物する仁礼の横で、絵馬はため息を吐いた。
影浦隊、試合前でも普段通りである。
◆
「大胆な事してくるな〜最上隊」
思わず苦言を零す隠岐に、水上が同意する。
「狙撃手が居ない故にできる手とも取れるなー」
「ああ、そうやな……これじゃあ、隠岐がただのイケメンになってしまう」
「いや、なんで?」
「別にイケメンじゃないですって」
「イケメンは! みんな! そう言うよな!」
「どうしたんすかイコさん。いつもよりウザいですね」
呆れ果てる水上と隠岐に、生駒は握り拳を作って叫ぶ。
「前回試合に勝ったのにモテへん!」
「はい撤収〜。時間も無いからさっさとマップ頭に叩き込んでください」
「おれ既に終わってます!」
「嘘つけ」
「いやホントですよ!?」
そんなアホなやり取りをしている男四人に生駒隊オペレーター真織は一言。
「真面目にやれや」
『はい』
声を揃えて答える四人。
と言っても、彼らの仕事は決まっている。
「取り敢えず、隠岐はさっさと合流な。俺でもイコさんでも、海でもな」
「了解です。ま、今回は楽させて貰いますわ」
「いや、働けよ」
生駒隊。彼らもまたいつも通りだった。
◆
「ボーダー本部!? クソマップじゃないですか!」
「おいこらボーダー隊員」
最上隊が選んだマップを見て思わず叫んだ太一に、今が突っ込んだ。
しかし、彼の叫びは正当なものではある。このマップでは太一はうまく動けない。
ぐぬぬと唸る彼に来馬が諭す。
「太一はぼく達と合流しよう」
「それもそうだな」
「う〜……分かりました」
来馬に慰められる太一を見ながら、村上は違和感を覚えた。
(何故最上はボーダー本部を? 狙撃手封じ……だけなのか?)
しかし、その違和感が解消される事なく──時は来た。
◆
そして。
最上隊、作戦室では。
「……」
ヒュースと唯我を連れた秀一が、無言で立ち上がり──試合へと臨んだ。
ラウンド6夜の部、四つ巴。
試合開始。