そういえば三雲と焼肉行ったな。
ふとその事を思い出した秀一。
何故思い出したかと言うと、月見から説教を受けていた時、こちらを見ていた目がその時と同じだったからである。肉でも食いたくなったのだろうか。
さて、そんな事を思い出している秀一だが、ガロプラの襲撃より一日経っている。よく分からず防衛戦に参加させられたが、意外と給料が良かった。少しウハウハ気分である。
しかし浮かれてもいられない。敵からの侵攻があろうとランク戦は止まらないのだ。防衛戦のせいで一日無駄にしてしまった。一応の対策は練っているが、相手が相手だ。
次のランク戦……つまりラウンド6の相手は次の通りである。
暫定二位影浦隊。
暫定四位生駒隊。
暫定五位鈴鳴第一。
どの部隊も強敵である。特に、生駒隊、鈴鳴第一のログを見た時は驚いたものである。
どちらの部隊も、もし秀一が一人で突っ込めば狩られる一手を持っていた。
ヒュースも思案顔で次の試合について考えていた。トリガー構成的に、ヒュースも狩られる可能性が十分にある。
そして影浦隊もまた油断ならない相手である。
前回の試合では秀一を直接狙って来ていなかったが、今回の試合ではガンガン攻めてくるだろう。生駒隊に対するリベンジ、という見方もある。
「もういいか?」
ふと声を掛けられる。どうやら次の事を考えすぎてぼうっとしていたらしい。
声の方へと顔を向けると、そこには端末を持ったヒュースが眉間に皺を寄せて立っていた。どうやら次の試合の対策が難航しているらしい。手伝おうか? と尋ねると断られる。
「情報が漏洩するとすべて水の泡だからな。お前はいつでも臨機応変に動けるようにしておけ」
酷い言い草である。しかし、先日の焼き肉の一件を聞いてからヒュースは疑心暗鬼になっているように見えた。防衛線の時もそそくさと退去するかのように、秀一を回収していた程である。
時折「玉狛の……」やら「眼鏡……」とブツブツ呟いている。今度月見に隊服にオプションを付け加えるように進言しようかと、彼は思った(のちに怒られる)。
ヒュースの独り言が一通り終わったところで、彼は訪ねる。
お前の対策は良いのか、と?
ヒュースはボーダー隊員との戦闘経験が少ない。トップクラスの腕を持つ雷蔵といい勝負ができるとはいえ、ランク戦となると話が変わってくる。
もっと直接的に言うと、生駒、影浦対策が不十分だ。連携技を決めれるほどに練度を上げれば突破できるかもしれないがそれは相手も同じ話。
だからこそ、秀一の協力の元ヒュースは対生駒、対影浦の立ち回りを学んでいる。
主に秀一を使って。
「元々生駒の伸びる旋空は使えていたが……まさか影浦のスコーピオンの合成も使えたとはな」
サイドエフェクト様々である。
といっても、無理やり動きを真似ているため、実戦ではあまり使えないが。
ちなみに、本人は合成弾とはまた違った感覚だと語っていた。それを聞いたヒュースはバグと一言呟いてため息を吐いた。秀一は傷ついた。
「しばらくは作戦を煮詰める。お前はランク戦でもしていろ。……申し込んでくれるもの好きが居れば、な」
言外に邪魔だから出ていけと言われる秀一。
しかしその言葉の意味を理解することができなかった。
何故なら怒っているからである。
ヒュースの今の物言いは明らかな挑発行為。普段なら売られた喧嘩は、セールスを断れない主婦のようにズルズル押し売りされてクーリングオフしたいのにできない状況に涙するだけだったが、今は違う。しっかりと財布を持って自ら扉を開くほどに元気が有り余っている。
秀一は言った。今から弧月のポイントを一万超えさせてくる、と。
「お前、どうでも良い事で本気を出すな……」
やはりアホだ、とヒュースが呆れ──。
──本気を出せないまま後悔するのはもうコリゴリだから。
去り際に言った彼の言葉に、押し黙った。
秀一は既にこの場に居ない。
だからこそ口に出す。
「それは──」
死ぬと分かっていても、同じ事が言えるのか?
相手が居ない。答えは返ってこない。
普段とは違う沈黙が部隊を包み込んだ。
◆
相手してもらえない。
本気を出せないまま秀一は後悔し始めていた。
大見得切って飛び出して来たのは良いが、
逃げるな。対戦する責任から逃げるな。お前らが今まで積み重ねたポイント、その全てとはいかずとも少しだけこの弧月に取らせる。と叫びたいくらいだった。前に叫んだのはいつだっけ。
そう考えている間にも時間は過ぎていく。
誰か居ないかと視線を向ければ散っていく隊員たち。ぼそぼそと聞こえる「またあいつか」「こえーよ……」という声。
もうこうなったらヒュースに謝って負けを認めるしかないか。そもそも勝負などしていないが。
そんな風に考えていた時だった。
「何ギラギラしてんのよアンタ」
声をかけてきたのは、彼と同じB級隊員──香取葉子だった。
『じゃあ、とりあえず10本勝負ね』
相手居ないならアタシとやりましょ。
そう言われた秀一はほいほい着いていきブースに入る。怖そうな人だと思っていたけど結構優しいのでは? お気楽にもそう考える秀一に対して香取は……。
(イライラする……)
完全なる八つ当たりだった。中位に落ち、負けが続いているせいなのもあるが、先日遊真に言われた言葉が呪いのように頭にこびり付いているからだ。
ゆえにストレス発散の為にランク戦に来て──秀一を見つけた。
本来の目的を考えるなら関わらず自分よりも弱い相手を狩れば良かったのかもしれない。
だが、彼の姿を見て、遊真の言葉を思い出して、自分の惨めな姿を思い出して──気が付けばトリガーを手に挑んでいた。
こいつメッタメタにして、スカッとしたい。
単純な思考で、短慮な行動。
しかし彼女を止める者はいない。
通信超しに最低限の言葉が返って来て、それと同時に転送。
市街地を模したステージに降り立つと同時に、香取はグラスホッパーを使って多角的に跳ぶ。
秀一の戦闘スタイル相手に、直線的な動きはご法度。彼のサイドエフェクトの前では、いくら速くても巧くても見切られる。故になるべく視界から外れるように動き続ける。
かといって、無暗に突っ込みにも行けない。
メインの弧月にサブにスコーピオンとバイパー。ボーダー隊員のなかでも珍しい構成であり、彼と似た構成を組んでいるのは王子だが……そのスタイルは違う。
王子はその場に適したトリガーを選ぶ対応力を求めたスタイルに対して、秀一は自分の得意を無理矢理ごり押す攻撃的なスタイル。気質的には影浦に近いだろう。
他にも生駒旋空や合成弾と手数が多く、相対する香取からすればふざけるな、と言いたくなる程理不尽に強い。
だが、その分弱点は知れ渡っている。
グラスホッパーで跳びながらハウンドを明後日の方向へ向けて放つ。ゆくゆくは追尾性能が発揮され、曲射攻撃が秀一に襲い掛かるだろう。そして、そのタイミングに合わせて、香取自身は死角から攻める。
以前はこの攻略法を駆使して6:4に持ち込んだ。その戦績事態にもむかつくが、今日それを塗り替えるのみ、だ。
グラスホッパーを踏み鋭く移動し、弧月を持った手……右後方へと回り込む。弾丸は左後方から向かっている。下から掬い上げるようにスコーピオンを切り払い、弾丸も同時に秀一に襲い掛かり──。
「……は?」
「戦闘体、活動限界」
機械音が耳に響くと共に、自分の体がベッドに投げ出される。
だが、香取はすぐに起き上がる事はできなかった。何が起きたのか理解できなかった。
……いや、見えてはいた。ただ、彼女の感情が理解できなかった。
──旋空が一回発動し、弾丸と香取が無造作に切り払われた。
まるで香取の動きが分かっていたかのように、体が反転し刃が光る。
それは、昔三浦が弧月の参考にと入手したデータに、しかしレベルが違いすぎてお蔵入りになった一人の男の剣技と同じもの。
それが、それを、秀一は当たり前のように使ってきた。以前は使っていなかったのに。
呆然とする香取に通信が入る。
──試合はまだ始まったばかり。
結局、動揺から抜け出せなかった香取は惨敗。
彼女の行動ことごとくが捻じ伏せられ、後半には無造作に家ごと旋空で斬られていた。初めにあったイライラは消え、しかし虚しさが残り、取り繕っていた仏頂面は歪みに歪んでいた。
ランク戦を終え、二人は何となくロビーで向かい合っていた。周りの隊員たちは避けて二人だけの空間ができあがる。
気まずい沈黙が続く。しかしそれも長くはもたない。
先に口を開いたのは香取だった。
「
記憶を失い過去の自分を乗り越えようとする秀一を、停滞を続け下がり口調の香取が煽る。
「周り見る限り、アンタとやれそうなのはいないけど……なに? 雑魚狩りでもしに来たの?」
自分の行動を棚に上げ此処に居る意味はないと言外に伝える。
「まぁ、アタシには関係ないけどね。アンタが何で今更Aを目指して必死になっているのか」
必死になれず憧れるが、それを聞くことができない。
「ホント。ブラックトリガー手放さず、そのままS級のままで居なさいよ……」
「そうすればいいじゃん! 近界民倒すなら、その方がいいじゃん!」
建前を叫ぶ。
「アンタ、何がしたいのよ……」
本音が零れる。
「本気で頑張っている奴の邪魔して、何が楽しいのよ!?」
親友を想って感情をぶつけ──。
──それは、自分と関係あるのか?
冷たく、突き放された言葉が香取の怒りにぶっかけられた。
その言葉で空白が生まれ、香取の言葉が止まる。その隙を突くように、秀一の言葉が押し込まれる。
秀一は言う。
──自分はやりたいことを本気でしている。
──それを他の誰かにどうこう言われる筋合いはない、と学んだし、ブレてはいけないと知った。
──もし気に食わないのなら、力でねじ伏せろ。
「……は? なにそれ? 見下してんの?」
負け惜しみのように香取がそう言えば、秀一はコクリと頷いた。
自分は実際に行動に移した。良い結果も悪い結果も出ている。
その結果に不満を垂らし、見て見ぬふりをし、投げ出さない。そう決めている。
だから、アナタの言葉は届きません、と秀一は珍しく先ほどの香取の言葉を拒絶した。
それを受けて彼女は──。
「──ああ、そう。確かにアンタの言う通りね」
「……」
「どうせアタシは今の結果に不満を言って、知らんぷりして、投げ出そうとしているわよ」
「……」
「悪かったわね。本気出している奴に、適当な奴が偉そうな事言って」
まるで言い訳するかのように、しかし肯定しているわけでもなく、秀一の言葉を繰り返して形だけの言葉を放つ香取。必死に表情を取り繕い、香取は秀一に背を向け──その背に一つの問いが投げかけられた。
いつ本気を出す?
「……」
後悔してから?
それこそ大切な人──染井華が死んで
「──っ!!」
香取は振り返った。表情を歪めて。
「アンタ!!!」
香取は──怯えていた。
「今!!! ……今──なんて……!」
秀一は一言断りを入れて、その場を立ち去った。
俯く香取の視界には真っ白な地面と、己の甲も刻み込まれたポイント。しかしその数字は秀一と戦う前と比べて1000も下がっている。
彼女は思った。
痛い代償だな、と。
それと同時にこう思った。
自分の幼馴染は──このポイントと比べて、なんて重いんだろう。
──死ぬのは、アンタだけじゃないから。
──染井華が死んでから本気を出すのか。
「そんなの……そんなの……!」
分かりきっている答えを、彼女は口に出すことはできなかった。
「聞いたわよ秀一くん。なんであんなこと言ったの?」
A.向こうが煽ってきたから。
「あの言葉は?」
A.祖父からの受け売り。
「とりあえずお説教ね」
「!?」
──秀一、ヒュースと喧嘩して以来沸点下がる。
自分香取大好きです。