勘違い系エリート秀一!!   作:カンさん

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第60話

「……ふぅ」

 

 緊急脱出用のベッドに落とされた王子が息を吐く。その胸中にあるのは、表情に似つかわしくない程の……悔しさ。

 仕方ないと諦めるには、誇りがあった。常に試行錯誤し、工夫し、考えて、上位グループに残留し続けて来た王子隊だが……。

 

「先輩として、上位グループの厳しさを教えてあげたかったな……」

 

 残留するだけの力では、彼らには及ばなかった。それが得点として現れている。

 

「王子……」

 

 王子に声をかける蔵内。そしてその隣には樫尾も居た。

 蔵内は表情を変えず、樫尾は分かりやすい顔で彼を出迎えた。

 彼らもまた、王子と同じ気持ちだった。

 

 0得点。

 

 王子隊は、今回の試合で誰も落とす事が出来なかった。

 それがとても悔しくて……。

 

「──反省会は後だ。試合の行く末を見届けよう」

 

 だからこそ、彼らは胸の中に一度納めておく。

 今回の事を忘れないように。そして次に繋げるために。

 

 

 ◆

 

 

「現在、東隊が二点獲得。二宮隊は一点。最上隊は二点。王子隊は無得点となっております」

 

 確認の為、三上がつらつらと現在のポイント差を告げる。既に隊員全員が落ちてしまった王子隊に得点が入る事はない。緊急脱出する要因になり得るダメージを与えていない事も後押ししていた。

 上位グループの中でも安定してポイントを稼いでいただけに、観覧席に居る者たちの動揺は多い。しかし、それに構っていられない程の展開が、いま起きようとしている。

 

「ははっ。もがみんと二宮さんまたぶつかり合うのかっ」

 

 画面の中では、一触即発の空気。ピリピリとお互いの闘気がぶつかり合う。

 しかし、彼らは下手に動かず……否、動けずに居た。

 米屋が、いつ始まるか分からない激突に喜色の声を隠そうともせず、そんな彼の言葉を補足するように時枝が解説する。

 

「最上隊も二宮隊も、双方共に目の前の相手を墜とそうとしていますが、東さんを警戒していますね」

 

 時枝の言う通り、モニターの中のヒュースの表情は硬い。

 エスクードを展開して射線を塞ぎたいが、東の位置が分からない為それができない。

 下手をすれば自分たちが殺されやすくなるかもしれないし、二宮隊を王子隊の時同様横取りされてしまうかもしれない。

 

「現に、東さんは既に二宮隊の背後に陣取っています」

「二宮さんも東さんをよく知っているだけに、いつもみたいにガンガン攻められれねーな」

 

 しかしこの膠着状態も長くは続かない。

 すぐに痺れを切らし、()()をしつつ相手に仕掛けるだろう。

 

「東隊がどう動くかが、この試合の行く末が決まります」

 

 

 ◆

 

 

「さて、どう動く? 考える時間は少ないぞ」

 

 一方。潜伏している東隊は通信越しに次の動きを模索していた。

 現在までの流れは東隊に向いていた。いくら二宮や秀一が派手に動こうとも、終始戦場の動きを掴んでいるのは彼らだ。

 それを手放すか、モノにするのかは彼ら次第。

 東はそれを静かに見守る。

 

「このまま撤退ってのは性に合わないっスね。オレはこのまま追撃一択で」

 

 やる気満々に答える小荒井。元々前進的な性格をしている彼は、いつもこういう場面の時はこういう選択をする。

 それとは対照的な選択をするのは相棒の奥寺。常に可能性を考え慎重になり、二の足を踏む場面が多い。その結果、後手に回ることもあれば危機回避に繋がる事もある。

 ゆえに、小荒井は、奥寺は撤退を選ぶのだろうと考えていた。

 

 しかし……。

 

「オレも追撃に賛成です」

「え? マジ?」

「なんだ? 不服か?」

「いや、不服っていうか意外というか……」

「ふむ……理由を聞こうか奥寺」

 

 小荒井への小言を一旦止め、東の問いに答える。

 

「二宮さん、最上、ヒュースが残っている以上辻先輩を狙うのは確かにリスクがあります。それを回避するためにタイムアップ狙いをするのが、一番安全です」

 

 しかし……。

 

「でも、それだと勝てません」

「……」

「最終的に削り勝った方が逆転勝ちします。そして、悔しいですがオレと小荒井では隙を作る事はできません……」

 

 残ったのが辻ならともかく、他の三人だと逆に小荒井と奥寺は狩られる可能性がある。それに、ヒュースと二宮ならバッグワームを着て潜伏する可能性が高い。

 唯一読めないのは秀一だが……彼もまた相手をするにはリスクが高い。

 

「だから、我々が生存しつつ、点を取れるチャンスは今しかないんです」

「……」

 

 奥寺らしからぬ強気な発言に、東はそっと息を吐く。

 ラウンド2の試合後、奥寺と小荒井は少し落ち込んでいた。三部隊の集中攻撃にて東が落とされてしまった時、彼は自分たちの至らなさを実感した。

 東の言葉で引き摺らなかったが──反省し、次を考える力を鍛えた。

 

「──分かった。二人の決定に……判断に従おう」

『……っ、はい!』

 

 東の言葉に二人が応え……。

 

「それと人見、少し良いか?」

 

 東は、その先に備える。

 

 

 

『──行くぞ』

 

 ──動いたのは、ほぼ同時だった。

 

 秀一とヒュースがバイパーを起動し、それを放つ。

 辻を傍らに置いた二宮がハウンドにて弾を撃ち落としていき、両部隊の中間地点にて激突音とトリオンが弾けていく。

 まるで花火のようなその光景に、しかし誰も目を奪われることなく、意識は常に別の方へと向いていた。

 

 

 そして、最も早く気付いたのはサイドエフェクトを持つ秀一だった。

 彼の視線が辻を……否、辻に襲い掛かる東隊の二人に向けられた。

 バッグワームを着て二宮と最上隊が撃ち合うのを待っていた二人。この戦場に居る誰もが分かっていたタイミングの不意打ちだ。

 ゆえに備えていた。ゆえに準備していた。ゆえに獲ろうとした。

 

 二宮が、辻が、東が動き──。

 

「──点を、獲らせて貰うっ」

 

 

 ◇

 

 

『東隊が仕掛けてくる』

 

 エスクードで複数のバリケードを作り、二宮からのハウンドから身を守りながらヒュースは言った。バイパーで迎撃しながら秀一は無言で彼の言葉に耳を傾ける。

 二宮の追撃で東隊を逃してしまった最上隊。潜伏している三人を探し出すには、まず二宮から墜とさなければならなかったが……流石はB級一位。角度を取ろうにも弾幕の圧力が高く、二人揃って居ないと攻撃を防ぎ切れない。初手に防御姿勢を見せてしまったのが原因であり、東がどこに居るのか分からないのもまた、二の足を踏む要因となっていた。

 

 かと言って二宮隊に有利とも言えず、攻撃の手を緩めれば反撃される事を理解してトリオンを消費し続けている。

 

 完全なる膠着状態。故にヒュースはこの隙を狙って東隊が動くと予測した。

 

『その時に仕掛けるぞ』

 

 仕掛ける──それは、試合前に決めていた二宮対策。

 それを東隊が出てきた主観に仕掛けると言っていた。

 しかし、秀一には一つ懸念があった。

 

 二人同時にフルアタックしたとして、そこを東に狙われるのでは無いか? と。

 それに対してヒュースは表情を変えず応えた。

 

『ああ。分かっている。だから正面以外の射線は予め塞いでおいた』

 

 ヒュースの言葉に、秀一がちらりと周囲を見渡す。すると確かにヒュースの言葉通りに、家屋とエスクードによって正面以外の射線が塞がれていた。

 だったらもっと早く仕掛けて、その後に東隊を探せば良かったのでは? そう問いかけるとヒュースは秀一の疑問を切り捨てる。

 

『それでもアイビスで壁抜きする可能性がある。ステージを選んだのは東隊だ』

 

 そうなるとこれから仕掛けるタイミングでも──。

 

『いや、それもまた違う。東隊は、膠着状態のオレ達か二宮隊、どちらかを崩してから狙撃する。そして、エスクードでこちらの射線を切っている以上、狙われるのは二宮隊──そこをオレ達で一掃する』

 

 この時になって初めて秀一は理解した。

 先ほど、ヒュースは東隊の動きを予測したと言っていたが……それは違う。ヒュースは、そうなるように戦況を導いていた。

 東の思考、現在の東隊の方針、二宮隊。それらを計算に入れて……確実に勝つ為に。

 

 

 ◇

 

 

 秀一とヒュースの豊潤なトリオンによる暴力が全てを吹き飛ばす。

 

 秀一のメインサブを備えたフルアタックアステロイド。

 ヒュースのバイパーとアステロイドによるフルアタック。

 

 四つの光源が全員の目を惹きつけ──全てを穿つ。

 

「な、なんて大胆な!?」

「ほっほー。こりゃすげぇ。トリオン強者二人のフルアタとかヤベーな」

「瞬間火力は二宮さん以上ですね」

 

 トータルトリオン量ボーダー最高レベル。フルアタックを超えた超火力。

 その威容に観覧席では驚きの声が上がっていた。

 

 当然、それに晒されている者達は堪ったものではない。

 地面や家屋をガリガリと削る最上隊必殺の一撃。東が覗いていたスコープからトリオンの光が輝き、通信越しに部下たちの押し殺した声が聞こえる。

 

「ちっ……!」

「くっ!」

 

 二宮と辻もまた、その火力に思わず苦悶の表情を浮かべていた。

 二宮はともかく、辻のシールドは端から削られていき、さらには彼は東隊にも意識を割かなくてはならない。

 二人の視線が交差し、すぐさま判断が下される。

 辻は、二宮に対して小さく頷いた。

 

 

「──くそ!」

 

 シールドが砕かれアステロイドで全身を貫かれながら、小荒井は弧月を辻に向かって振り下ろす。ヒュースはともかく秀一がアステロイドを使うのは予想外だった。彼の戦闘スタイルはバイパーによるシールドのすり抜けと弧月による強力無比な剣技。それらを無視した選択に、思考に乱れが生じる。

 奥寺もまたシールドで弾丸を防ぎながら小荒井のサポート。小荒井の方が近く当たる確率が高い為。しかしそれを容易く受け止められ、返す刃が小荒井の首に迫り──。

 

『──戦闘体活動限界、緊急脱出』

 

 辻の弧月は空を切り、無防備な胴体を──狙撃が貫く。

 

「──不覚だな」

 

 撃たれる直前、辻は見た。最上隊の弾幕の隙間を縫うように放たれた狙撃がまっすぐ自分の腹部を貫いたのを。

 東の技術には舌を巻く。

 だが、彼の隊長も負けていない。

 辻は短く言った。

 

「此処に居ます」

「わかった」

 

 辻の遠隔シールドが二宮をガードし、一瞬最上隊のアステロイドを防ぐ。

 瞬間、奥寺がバッグワームを展開するよりも早く、二宮のハウンドがハチの巣にした。

 

「……! すみません、東さん!」

『戦闘体活動限界。緊急脱出』

 

「先に落ちます」

『トリオン漏出過多。緊急脱出』

 

 辻を見送るのは、体の端からあちらこちら削られ、右腕を失っている二宮。

 彼の持ち前の防御の硬さと最上隊の狙いが四人全員だった事が幸いし、何とか生き残る事ができた。

 そして、その幸運と部下の献身を彼は最大限に使う。

 奥寺が緊急脱出するのを見届けることなく、ハウンドを上に向いて放ち雨のように最上隊へと降らせる。そして自分は先ほどの東の狙撃から位置を特定し、射線を建物で遮りながら移動。その片手間に速度の速い三分割した速度の速い大玉を最上隊に放つ。

 

 その結果……。

 

「ちっ……!」

 

 二人は追撃の手を止め、空からのハウンド、正面からのアステロイド、そして遠方からの狙撃の対応に追われて退がらなくてはいけなかった。

 

「──連携不足だな」

 

 ヒュースが零すように愚痴を吐いた。

 先ほどの同時フルアタック。四人を狙った事による二宮への圧力が減ったのと、秀一とヒュースの弾が打ち消しあい、弾幕に穴が開いた結果──御覧の有様だ。

 そして極め付けは堕とせると一瞬でも思ってしまった慢心。それが二宮の反撃を許してしまった。

 

 結局三部隊に一点ずつ加点され点差は埋まっていない。

 依然として、東隊有利だ。

 

「よくやった二人とも。後は見て覚えるんだ」

『え……東さん、それって』

『今は試合中よ。後で聞きましょ』

 

 人見が奥寺を窘めているなか、東はスコープ越しにこちらを見据える男と視線を交える。一直線にこちらを見る彼を見ながら、東の頭の中では様々な未来がシミュレートさえていく。

 

(最上隊がこちらを無視して二宮狙いなら……もう一点獲れるな。

 逆にこちらを気にして消極的となると……決着は着かない。撤退の可能性も考えるか)

 

 しかし、東はその基本的な思考を捨て──最上秀一を見る。

 彼はいつだって予想外の動きを見せて、ここまで這いあがってきた。

 そして、彼の動きを東はすでに予想し備えている。

 ゆえに、問いかけるのでは確認の意味も込めてこう言う。

 

(さあ……どうする?)

 

 

 

 秀一は、ヒュースに言った。東を獲りに行こう、と。

 

『なに……? 何を馬鹿なことを言っている!』

 

 二宮に聞かれないように内部通信でのやり取りに切り替える。

 しかし、その間にも二宮からのハウンドが絶え間なく襲い掛かる。エスクードで壁を作り身を隠し、時には回避しながら彼らは言い争った。

 

『このまま二宮を倒す方が確実だ! 東を討ちに行くのなら、その後が良い。そもそも、試合前から東を無理して倒さず撤退させると決めていた筈だ』

 

 ヒュースは正論を言い続けた。この試合で東を捕捉できた者は居ない。それは二宮でさえもだ。

 だからこうして撃ち合う事ができるし、倒す可能性も少なからずある。

 ここで東を獲りに行くのは、どう考えても下策だった。

 

 秀一は彼の言葉に言い返せず押し黙り──建前では無く本心を言った。

 

 秀一は言う。唯我は東に落とされてしまった。なら、隊長として取り返したい。

 

「アホな事を言うな」

 

 しかし……! 

 

「情に流さられて、勝率を下げる気か」

 

 ヒュースには届かない。

 秀一はヒュースへと視線を向けた。ヒュースは秀一へと視線を向けなかった。

 視線をヒュースから下へ、そして二宮、最後に東が居る方角へと向けて……。

 

 ──どのみち、このままだと二宮を落とす事はできない、と彼は言った。

 

「なんだと……?」

 

 東を抑える事が出来ていない今、もし二宮を落とす一歩手前まで追い込んでも……横取りされて撤退されるだけだ。

 そうなるくらいなら──。

 

「──勝手にしろ」

 

 ヒュースは──もう反論しなかった。

 秀一も、謝罪も確認もせず意識を遠方へと向ける。

 狙うのは──このランク戦で最も倒しづらい相手、東春秋。

 

「バイパー──エスクード」

 

 ヒュースは、背後に向かい、そして引き戻して二宮へと向かうように設定された弾を放ち、その後に秀一のジャンプ台としてのエスクードを展開。

 それに秀一はお礼の言葉を送る事なく、そしてヒュースも何も言わず、秀一に追撃をさせないようにアステロイドを展開し……しかし、二宮に放つ事はなかった。

 二宮は、秀一を一瞥もせずその場に佇んでいた。しかしその表情はとても分かりやすく、非常にイラついていた。

 

「最上を行かせて良かったのか」

 

 アステロイドを解除し、サブのバイパーを起動させて待機させるヒュース。彼の言葉に二宮は舌打ちをした後に答えた。

 

「……二つ、言っておく。あの男には試合後に伝えておけ」

 

 ──東さんを舐め過ぎだ。

 

「今の奴では勝てない。無策で突っ込んで獲れるほど安いポイントじゃないのさ……東さんは」

「……ふん」

「そしてもう一つ」

 

 二宮がトリオンキューブを作り出した──それも、二つ。

 彼の冷たい視線がヒュースへと向けられ。

 

「──俺を舐め過ぎだ」

 

 魔弾の王の怒りがぶつけられた。

 


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