「クロノスの鍵の誘導に成功したみたい」
ラービットたちが暴れているなか、ガドリンたちは目的地へと向かっていた。
そんな中、ガロプラ遠征部隊唯一の紅一点、ウェン・ソーがMから送られて来たデータを見ながらガドリンに報告する。レーダーにもその様子が写されており、敵戦力の動きが見て取れた。
「よし。一先ず最悪の展開にはならないな。このまま
「OK隊長」
「はい……しかし、その前に隊長。一つ確認したいことが」
「なんだ?」
「例の捕虜についてです」
ガドリンの部下、ラタリコフは一つの懸念事項を上げる。
それは、今回の任務を命じて来たアフトクラトルが
「『捕虜の生存を確認した場合、救出する必要は無い』とのことですが、それは邪魔であればこちらで処理しても良い……そういうことですよね?」
「……それがアフトの通達だ。会話の記録も取ってある」
「了解です。――!」
邪魔な場合……既にその
その言葉を飲み込んで、ラタリコフは自分の仕事を胸に刻み――視界の隅に
自分たちから見て左側。距離は80.その男は一つの刀型トリガーを持って、既に振りかぶっていた。
普通の剣士なら、絶対に射程が足りない。しかし、その男――迅の持つトリガーにはそれを覆す力を持っていた。
「――ふっ」
二閃。
しかし放たれた斬撃の数は八つ。
視界に写る相手に向けて
四方八方からの攻撃に、しかしガドリン達は完璧に対処してみせた。
三人全員が背中を合わせて死角を無くし、シールドを展開して防ぐ。結果、迅の奇襲は失敗に終わり、ガドリン達は壁抜けトリガーを使って黒トリガーの衝突を避けた。
「あらら……」
それを見て、迅は思わず感嘆の声を出した。それと同時に風刃の能力が相手に知られていることを理解した。……まぁ、風刃を使って大暴れしていたのはド忘れぼっちだが。
しかし、迅はしっかりと敵を
「忍田さん、敵の狙いは
『! 分かった!』
迅と彼に指名された数人のボーダー隊員たちは、冬島のトリガーによって転移する。
そんななか、上層部たちは表情を険しくさせていた。いまいちはっきりとしていなかった敵の狙い。それが今の情報で大体理解する。
「誘導装置……!」
「ま、不味いですよ! もし誘導装置が破壊されてしまったら……!」
ボーダーが今まで近界民と戦うことができた理由の一つに
しかし、もし
何としてでも阻止しなければならない。
「どうします? 外の戦力呼び戻しますか?」
冬島が、基地外部の隊員を呼び戻すか提案するが……。
「それ、あんまり良くないかも。あの人型のトリオン兵色的にそこまで強くないけど、数が揃うと面倒臭そうな色になる」
「内部の敵戦力はどうだ?」
「前の新型の奴らは試作機って感じの色。あの角の性能を調べるために今回出してきた感じだね。多分C級隊員は捕まえないと思うよ。でもあの空飛ぶ小さいのは別の色をしている。あまり放置しない方が良いかも。
近界民の方は、どいつもA級以上の良い色だ。特に髭のおじさんは忍田さんレベル。手強いと思うよ」
「……外の戦力は削れない。基地中部の敵戦力はこのままの人員で対処してもらう。外での押し負けが最悪の展開だ。立て直して押し返すぞ! 外の隊員に指示を送ってくれ!」
『了解!』
天羽のサイドエフェクトで見た敵の情報を加味して、忍田はこの状態のまま対応することにした。
冬島と沢村に指示を出しつつ、彼は思考を続ける。
(いくら改造ラービットが居るからと言って、侵入者が三人というのは少なすぎる。外にトリオン兵を指揮している者が居る筈だ。
それに……)
――
この二つに一体どのような関係性がある?
以前聞いたヒュースの話を思い出しながら、忍田は言い寄れぬ不安を抱いていた。
自分は、何を見落としているのか、と。
◆
「オラァ!!」
狙撃主を襲う犬型トリオン兵を、スコーピオンで真っ二つにする影浦。
銃手の護衛として配置されていた彼だったが、「うぜえ」と一言呟いてボーダー基地屋上に移動して迎撃に出ていた。影浦の活躍で次々と破壊されていく犬型トリオン兵だが、それに合わせるかのようにトリオン兵が送り込まれていく。
まさにイタチごっこ。斬っても斬っても減らないトリオン兵に影浦の苛立ちが募り――二つの影が下から跳んできた。
「ほいっと」
「駿くん!」
「すみません。お待たせしました」
「お、辻くんじゃん」
増援部隊の緑川と辻だ。
グラスホッパーで屋上まで跳んだ二人は、すぐさまトリオン兵を一掃していく。流石はマスタークラスなだけはあるのか、次々とその数を減らしていく。
「辻たちが来たということは……」
東が下へと視線を落とす。そこには彼がかつて率いていた教え子の……援軍の姿があった。
「アステロイド+アステロイド――ギムレット」
二宮の手の中で二つの弾丸が合わさり、一つの弾丸へと昇華する。
合成弾『
放たれた魔弾がトリオン兵たちが身を寄せ合って展開したシールドを砕き、装甲を抉っていく。
その隙を突いて銃手の犬飼が突撃銃からアステロイドを解き放ち、トリオン兵たちはハチの巣にされて機能停止に追い込まれた。
「ハウンド」
「韋駄天」
二宮とは別の場所では、加古隊が自分好みにチューニングしたトリガーを用いて敵を殲滅していた。
加古のハウンドはシールドを掻い潜ってトリオン兵に風穴を空け、黒江は目で追えない動きで両断していく。
「よし。犬型は攻撃手に任せて俺たちは下の奴らを叩くぞ!」
『了解!』
「お? 上が復活したみてぇだな。オレらも行くぞ!」
『はい!』
東の指揮の元屋上からの狙撃が回復し、それに伴って下に居る銃手組の攻撃も再再開された。
猛攻撃に晒される人型トリオン兵。被害を抑えるためか、徐々に後退し始める。
(初めの時ほど積極性が見られない……だがっ)
「何人かは下に降りてトリオン兵の追撃に出てくれ。このまま押し切りたい」
「分かりました」
相手の動きを見て真意を図ろうとする東。その傍らレイジに攻勢に出るように指示を出す。
左翼に展開していた狙撃手と護衛として攻撃手である緑川を残して、半数の狙撃手が下へと跳び降りた。
「二宮、下での指揮を任しても良いか?」
「了解です」
「え~。二宮くんが指揮するの?」
「不服か?」
「別に。でも面白くないわね」
隊が別れても昔と変わらない二人に、思わず東は笑いを零す。
あれがあの二人のコミュニケーションだと知っているからだろうか。
しかし此処は戦場。浮ついていると真っ先に落とされる。
東は加古に二宮のフォローをするように呼び掛け、別動隊に通信を繋ぐ。
「生駒隊、王子隊。人型は見つけたか?」
『こちら王子隊。まだ見つけてません』
『こちら生駒。なんも見えへん。今日のゴーグル調子悪ない?』
生駒隊の方から『なんでやねん』っとテンプレのツッコミが入る。
王子隊と生駒隊は当初、二宮隊たちと共に増援として送られる予定だった。しかし、次々と投入されていくトリオン兵を見て、東が彼らに人型近界民の索敵を命じた。
二宮隊と加古隊に命じなかったのは、彼らの方が適していると思ったからだ。足の速い王子隊と、そんな彼らと何度もランク戦をしている生駒隊。彼らなら連携を取りつつ素早く敵を捕らえることができる。そう思っての采配だったが――。
『ん――訂正。王子隊、敵影捕らえました』
どうやら正解だったようだ。
◇
「当たらない……!」
「奴さん。随分と研究しているみたいだな……」
Mを追跡する出水たちだが、状況はお世辞にも良いとは言えなかった。
何度も射手トリガーで追撃を試みるが、的が小さくすばしっこいため掠らせることすらできなかった。那須お得意の鳥籠も
加えて、出水が危惧していた通り、ボーダー基地のトリオンを使って逃亡しながらトリオン兵を召喚している。もしこれらが何も知らないC級隊員の元に行くとゾッとするのだが……。
「……!!」
『相変わらずデタラメね……』
秀一が
「最上! 前に出すぎんな! 分断されるぞ!」
だが、秀一自身は焦っているのか先ほどから一人突出気味だ。
ランク戦を経て突撃癖は治ったのかと思えば……人間、根元の部分は早々変わらないらしい。
ただ、声を掛ければ歩調を合わせようと走る速度を落とす程度の冷静さは残っている。
『あら? もう疲れたの? 私はまだまだイケるわよ?』
「……っ」
その度にMがトリオン兵を呼び出し、秀一が斬りに行く訳だが……。
本日六度目の光景にため息を吐きながら、出水はバイパーを放ちMを牽制する。
当たらないが。
そんななか、攻撃手のため手持ち無沙汰である熊谷がふと疑問を零す。
「ねぇ。このままアレを追っていても大丈夫なの? 他のラービットを追った方が……」
茶化すようにトリオン兵を出すことしかできないラッド。
大規模侵攻の時よりも強化されたラービット。
後者の方を優先した方が良いと感じる彼女の考えも間違ってはいない。
明らかに目の前のラッドは陽動だ。
時間を取られるだけなら無視すれば……。
しかしそれを出水は却下する。
「いや、ラービットは他の部隊に任せる。オレたちはこのままあれを討つ」
「でも……」
「秀一だって無敵って訳じゃない。普段はあんな破天荒な奴だが……負ける時は負ける」
「……」
「だから、オレたちはこれで良い。それに……」
――ボーダーにだって、強い奴はたくさん居る。
◇
重く、鋭い音が基地内の廊下に響く。
音の発生源は黒く染まった銃口から放たれた特殊な弾丸の物。
弱点を狙って放たれた弾丸は、しかし固い何かに阻まれて撃ち抜くことができなかった。
『あ?』
背後からの一撃に気づいたEが振り向く。
そこには二人の少年が居た。
銃をEに向ける少年は元々鋭い目つきをさらに鋭くさせて忌々しそうに吐き捨てる。
「ガラクタの分際で生意気にもガードしているのか」
「確かあれって近界民の黒トリガーだったよな? 前に見たのと違うぞ」
A級隊員。三輪秀次。米屋陽介。
基地内部に配置されていた彼らは、体を流動させる泥の王の傀儡と対峙していた。
『データにあるな……つまり――当たりか!』
機械仕掛けの悪意が、雪崩となって彼らを襲う。
――三輪・米屋。特殊ラービット・タイプEと戦闘を開始。
『奇妙な縁もあったものだ――そうは思わんか女?』
「……」
豪快に外壁を破壊して進むRは、簡単にボーダー隊員に居場所を捕捉された。
他の三体と違って便利な能力を持たない故の弊害……という訳でもなく。
こうして暴れればEやHよりも高く危険視され、強い戦士……それこそ自分のオリジナルを倒した彼らと戦えると思ったからだ。
だが、彼の前に現れたのはあの時の女戦士。
その眼にはボーダーとしての少女ではなく、幸せな日常を奪われた少女としての危うい光があった。
「アンタは……!」
『――ふむ。こういう状況の時、
少女――香取の目には、目の前のラービットがこちらを小馬鹿にし、嘲笑っているように見えた。
本来機械に感情なぞ無いが……。
『せいぜい楽しませてくれよ――女』
「スクラップにしてやる……!」
彼らに関しては当てはまらないのかもしれない。
――香取隊・東隊小荒井、奥寺。特殊ラービット・タイプRと戦闘を開始。
『見つけたぞ……裏切り者!』
「お前は……その角は……。
そうか。そういうことか……」
――最上隊ヒュース・プロドスィア。特殊ラービット・タイプHと遭遇。