「ありがとう、木虎! 助かったよ!」
「……
「あ。ありがとうございました……」
嵐山隊作戦室にて、修は木虎から指導……というよりもアドバイスを受けていた。
遊真や千佳の足を引っ張らないようにと迷走していた彼は、彼女の適切な指摘によって己を見つめ直し、自分に相応しい武器を手に入れた。そのことに感謝し木虎に礼を述べる修だが……彼らの関係は相変わらずだった。
「と言っても、ネタがバレたら一気に不利になることは承知しなさい」
「うん、分かっている」
「そう……」
彼女の助言に修は真摯な態度で従う。
その姿を見てふと思ったのか、それとも別の要因か。
木虎は、少し沈黙するが……ここまで言ったのなら、と口を開いた。
「……私がスパイダーの使い方を教えたのは三雲くんで二人目よ」
「……? そうなのか?」
「ええ」
ふと零した過去の話。
それが修にとってどういう意味を持つのか。そのことを理解していない彼は首を傾げる。
そんな彼を見て、彼女は言った。以前――数ヶ月前にスパイダーの使い方を教えた者の名を。
「最上くんよ」
「……え?」
「だから、三雲くんの前にスパイダーの使い方を教えたのは最上くんなのよ」
「――あ」
修は思い出した。それは、彼が通う中学校にイレギュラー門が開き、近界民の危機に犯された日のこと。
遊真がモールモッドを倒し、残りの一体を片付けようとしたその瞬間のことだ。彼がワイヤーを使って、素早い動きでモールモッドを真っ二つにしたのは。
「今でも思い出すわ。いきなり此処に来たかと思えば頭を下げて『スパイダーの使い方を教えてください』だなんて……まるで悪夢を見ていた気分だったわ」
ちなみに、その頃の彼はとにかく強くなるのに必死だった。研鑽を怠ればC級に叩き落されるので、遠征で太刀川たちが居ない間に新しい力を得ようと様々なトリガーに手を出していた。元々、他人に対するプライドがほとんどない彼は躊躇なく頭を下げることができた。それが木虎にとっては気持ちの悪いものに見えたらしい。噂とは正反対なので仕方のないことだが。
「……だが、アイツは――」
「……ああ、そうか。あなたは知っているのね、彼の記憶のこと」
「ああ。だから、最上にもスパイダーは効く筈――」
「――体感時間操作能力」
「……え?」
「確かにスパイダーの色を調節すれば見え辛くなるわ。見えても何かあると思わせることができる。その点は彼に対しても一緒。でも
「――あ」
相手に対しては障害物に、仲間にとっては足場になるスパイダー。おそらく、次の試合で玉狛は圧勝するだろう。
しかし、彼の場合は話が変わってくる。
彼はサイドエフェクトでスパイダーを見切ることができる。記憶を失っているが、スパイダーでの機動戦経験もある。そんな彼に、スパイダーは通用するだろうか?
「初見だったらまだ可能性はあるけど、多分あなた達と当たる時彼は絶対に
「……」
「そのことを頭に入れておいてちょうだい」
「……いや、ありがとう木虎。事前に知っているのと知らないのでは話が全く違う。助かったよ」
「……フン。せいぜい頑張りなさい」
その言葉を最後に、修は嵐山隊の隊室を後にした。
◇
「ふむふむ。二人とも面白いモノを見つけて来ましたなぁ」
「ああ。だが……」
「まぁ、そこら辺は後で考えようぜオサム。それよりも問題なのは……」
「本部で捕らえた近界民が、最上隊に入ったってことだよね」
本日収穫した情報を元に、玉狛第二は作戦会議を開いていた。
修のスパイダーと千佳の鉛弾狙撃は、今後の試合を有利に動かすことができる新たな手。
しかし、遊真が持ってきたのはライバルの新たな手。そして、それが何とも厄介なものだった。
「まぁ、おれはボスから聞いていたけど」
「え? そうなの?」
「なんで言わなかったんだ空閑……」
「いや、あの時はその可能性があるというだけで……」
『それに、ユウマは二人には試合に集中して欲しいと思っていた。あまり責めないでやってくれ』
「いや、責めているわけでは……」
……とにかく、次の試合もそうだがその先の試合の準備もしなくてはならない。
その近界民、ヒュースに関する情報が少ない現状、できることは限られてくるが……。
「おれが見た時は弧月を使っていたぞ。カゲウラ先輩に引っ張られて見れなかったけど」
「そうか……」
『大規模侵攻の際のデータを元に、使用する可能性のあるトリガーの予測を立てたらどうだ? 私のメモリーの中に丁度映像もある』
「それもそうだな。じゃあ、見てみるか」
という訳で、過去の映像を見る三人だったが……。
「射手トリガーを使いそう、ていうのは分かるが……」
「ふーむ……それ以外は分からんな」
「やっぱり、次の試合を見た方が早いかもね」
『それもそうだな』
(……しかし)
四人の視線は、相対するヒュースではなく横で戦う彼の姿。
ウィザの星の杖を避け、エネドラに風刃を叩き込み、ヒュースの蝶の盾を弾く。
それだけでも凄まじいのに、それが超スローペースで辛うじて見ることができるということに四人は改めて思った。
(本当、強いなこの人)
記憶を失っていない状態で戦っていたらどうなっていたのだろうか。
全員同じことを考えつつ、秀一がウィザを仕留め、遊真がエネドラにトドメを刺した所で、次の試合の作戦会議に移った。
◆
「隊服を作ろう」
「……なんだ、急に」
最上隊の作戦室にて、突如唯我がそんなことを言い出した。
秀一との模擬戦を行い、休憩していたヒュースは怪訝な表情で彼を見る。ヒュースの唯我を見る視線には「また妙なことを言うのか?」という感情が込められていた。
しかし、唯我はふふんと胸を張ってヒュースからの視線を気にせずに、幾つかの紙を取り出してバンッと机の上に叩きつけた。その紙には唯我がデザインしたであろう隊服のサンプルが描かれており、ヒュースと同じく休憩していた秀一は数枚手に取って眺める。
「いや、なに。先日ようやく結成……いや、完成した我が最上隊だが――」
「貴様がそれを言うのか」
「……なのだが! 僕は思うのだよ。今の最上隊は不完全だと」
「今完成したと言わなかったか?」
「やかましい!」
仲良いなーと秀一は二人を眺めて思った。見るからに取っ付きにくいヒュースに対して、唯我は自然体で接してそこそこに親睦を深めている。
ちなみに、秀一は未だにプライベートでヒュースに話しかけたことがない。ランク戦、模擬戦以外ではほとんど話しかけず……いや、話しかけることができず、もし作戦室に二人で放り込まれたら唯我が来るまで気まずい空気のまま過ごすことになるだろう。
慣れるまで長い。それがぼっちだ。
「ゴホン! それで僕は考えた。我々に足りないのは何か、と」
「貴様の実力」
「君はどうしてそう口が悪いのかなァ!? ちょっと強いからと言って!」
薄っすらと涙を浮かべてヒュースに抗議する唯我。しかし自覚しているのか、何処となく言葉に勢いと力が無い。彼らがこの部隊に入隊してからよく見る光景だ。
ちなみに、ヒュースの実力は秀一が驚く程に高い。弧月だけでなく、様々なトリガーを扱うことができる。しかし、まだ慣れていないトリガーがあるのか、秀一相手の模擬戦で探り探りに戦っている。それもあってか、秀一の勝率は9割くらいだ。
「で、それが何故隊服のデザインに繋がる?」
「……ふう。これだからエンジニア上がりは。君は、自分たちを見て疑問を持たないのかい?」
「……どういうことだ?」
額に手を当て、やれやれと首を横に振る唯我。
その小馬鹿にした態度にヒュースがピクリと反応する。しかし、事実とは異なるからか、それとも唯我に対して感情的になることを良しとしていないからか、彼は努めて冷静に対応する。
すると、待っていましたと言わんばかりに唯我の目がカッと開いて、ズビシッと秀一とヒュースを力強く指さす。
「君たちのその隊服! それ、旧ボーダーの訓練服じゃないか!」
「……それがどうした?」
「いいかい!? 僕たちは正隊員で、最上隊という未来のA級部隊だぞ!? それがこんな有り合わせの服で良いのかい!?」
力強く叫んだ唯我の言葉の槍が、有り合わせの服でランク戦を勝ち抜いてきた秀一を襲う!
「なんだ、そんなことか」
「そんなこと!? そんなことと言ったかい!? 隊服は、その部隊の顔なんだぞ? それをおざなりにするのは、朝起きて顔を洗っていないのと同じだ!」
「落ち着け、意味が分からん」
常にクールなヒュースが押され気味なこの状況に、秀一は乾いた笑いが出た。
しかし、唯我の言い分も的外れではない。むしろ今まで訓練服で居た彼がおかしいのだ。今までこれで居たし、戦闘員は自分一人だし……別に良いかと放置していた彼。己のことはとことん無頓着である。
取り合えず唯我の言いたいことを理解した秀一は、それでコレですか? と手に持った数枚の紙を見る。
「ああ、そうだ! 昨日、家に帰って夜遅くまで考えて来た!」
「その情熱を、己の研鑽に注げば良いものを……」
「自分で言うのもなんだが、なかなかの出来だと思っている。ヒュースくんも見てくれたまえ」
「……はぁ」
何を言っても無駄だと思ったのか、ヒュースは机に置かれている紙を適当に取る。そして、意外にも丁寧かつ詳細の絵を見て……。
「最上、続きの模擬戦をするぞ」
「んな!? 何故だ!」
「時間の無駄だ。それが分かっただけで良いだろう」
「どういう意味だ!」
せっかく考えて来たのにと憤る唯我と取り合わないヒュース。
しかし、ヒュースが時間の無駄だと断じるのも無理は無かった。何故なら……。
「……では聞くが、何故デフォルトでマントがある。バッグワームとかさばるだろう」
「む……だが、だったらこれなら……」
「……明らかに戦闘員の服ではない。貴族のものだ。舞台劇でもするつもりか?」
「だったらこれならどうだ!」
「なんで金色に輝いている。成金趣味か貴様」
唯我が持ってきた隊服のデザイン。そのほとんどが無駄の多いものだった。
デザインを重視するあまりに装飾が多く、とても戦闘服だとは思えない。というか、こんな服を着て衆目の目に晒されるのはごめんだというのがヒュースの嘘偽りのない本心だった。
「くそ……ならば君も考えたらどうだ! そんなに文句を言うのならッ!」
「別にこのままで良いだろう。丁度黒で統一している。なんなら、貴様がオレたちに合わせたらどうだ?」
「な、何を言う! それでは僕がC級に落ちたみたいではないか!?」
「誰もそう思わんから気にするな」
現状維持と改革を望む二人の口論が盛り上がるなか、ふと秀一が零した。
――これ、カッコいいですね、と。
それを聞いた二人は物凄い速さで振り向いた。唯我は歓喜で、ヒュースは信じられないという気持ちで。
彼は続ける。特にこの右腕が二倍くらいの大きさになっているデザインが良いと。この腕からバイパーやスコーピオンを出してみたい、と。
「分かるかい最上くん!? いやー、流石は我が隊の隊長! いや、ここは僕の後輩と言った方が良いか?」
「おい、待て、お前ら……冗談だろ?」
「冗談なものか! 最上くん。こっちはどうだい? これは父の書庫にあった歴史書からヒントを得た――」
「やめろ……! やめろバカども……!」
最上秀一。
嵐山隊オペレーター綾辻の歌や荒船隊オペレーター加賀美の創作品を、お世辞抜きで絶賛する感性を持つ男であった。
後日、月見の監修の元なんとか真面な隊服がデザインされた。
その時のことを彼女は後にこう述べる。
「ランク戦の作戦会議以上に白熱していたわ。
放任主義なところがある月見は、唯我と彼のセンスを知らない。
妙な所で距離を縮める最上隊であった……。
◆
「――今日の夜、襲撃を仕掛けるぞ」
そして、新たな戦いが静かに始まろうとしていた。