勘違い系エリート秀一!!   作:カンさん

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第43話

 ――ある感情を受信してしまった。

 

 サイドエフェクトで相手が自分に対してどのような感情を抱いているのか、それが分かってしまう影浦。彼にとっては『クソ』以外の何物でもなく、この力のせいで知りたくないことを知ってしまう。

 先日も()()()()感情を向けてきた隊員にヤキを入れてやったところだ。それも二度も、だ。

 しかしそんなことはどうでも良い。彼にとって重要なのは、その後に出会ったとある少年たちのことだ。

 

 白い少年は言った。

 からかいにも動じず、ただこちらを真っすぐに見据えて。

 すぐに追い抜いてやると。

 

 黒い少年は言った。

 何故今になって上を目指すのかという問いに真っすぐな感情を向けて。

 ()だからこそ、自分はAを……上を目指したい、と。

 

 彼らの感情は、過去に影浦が何度も感じ取ったことがあるものだ。

 そう……彼が認めた――後に友となり、そして強き者となった彼らが抱いていたモノと。

 だからこそ影浦は、彼らに興味を抱き戦いと思った――だが。

 

(……ケッ。青い奴らだ)

 

 彼らの本当に強い感情は自分には向いていないことを知っている。伊達に長年この力に振り回されていない。その状態の相手と戦っても楽しくない。そう思ったからこそ、そのシンプルな答えがあったからこそ――。

 

「――よぉ、二宮。久しぶりにオレと遊ぼうぜ」

 

 こうして影浦は彼らにちょっかいをかけなかった。

 

 

 

 

 ――旋空弧月。

 

「――っ」

 

 最初に動いたのは秀一だった。

 ノーマル旋空を発動させた彼は、その刀身を思いっきり二宮に向かって振り下ろす。それに気づいた二宮は一歩後方に退がって回避する。

 

「そぉらッ!」

 

 その隙を突いて、影浦はメインとサブのスコーピオンを展開させ、それらを繋げ――マンティスを発動させると鞭のように振るわせて二宮の首を斬り飛ばそうとする。しかし堅牢なシールド()の前に阻まれてしまい、思わず舌打ちをする。

 しかしすぐにサイドエフェクトで受信した感情に反応すると、自分を斬り裂こうと素早い動きで接近してきた遊真のスコーピオンを受け止める。

 

「邪魔すんなチビ!」

「そうはいかないね」

 

 小柄な体格を活かして影浦のスコーピオンを掻い潜って、懐に潜り込もうとする遊真だが、相手は元ランカー。そう簡単に行かず、これまで強敵を打ち破って来た彼の刃は届かない。一進一退の攻防を繰り広げる攻撃手だが、それを見逃すほどこの場に居る二人の男は甘くなかった。

 

「アステロイド」

 ――バイパー。

 

 纏めて吹き飛ばそうと二種の弾丸が遊真と影浦を襲う。

 二宮と秀一の展開したトリオンキューブは同程度の大きさで、それらが一斉に襲い掛かってきたのだから、狙われた方は堪ったものではない。

 頭上から降り注ぐバイパーを遊真はグラスホッパーを用いて回避し、影浦はシールドでガードしつつ二宮のアステロイドを後ろに跳んで避ける。

 

「っ! おっと」

 

 グラスホッパーで跳んだ結果、秀一の射程距離に入った遊真は旋空の一撃を叩き込まれる。それを集中シールドで何とか受け止めるも体は吹き飛ばされてしまい……。

 

「――やばっ」

「落ちろ」

 

 そこには先ほど展開したアステロイドを傍に控えさせていた二宮が待ち構えていた。それを遊真に向かって躊躇なく放つも……。

 

「っ、シールド!」

 

 空中で体を捻って無理矢理態勢を整えると、二宮の弾丸を受け止めることに成功する。先ほど影浦たちに放ったため弾数が少なかったのが幸いした。シールドを破壊されたものの、遊真に大きなダメージは無かった。

 しかし、無傷とは言えずかすり傷を受けたのか薄っすらと頬からトリオンが漏れ出る遊真。それを見た二宮はこのまま乱戦を利用して物量で押せば削り取れると判断し――視界の端で見つけたそれに向かって速度重視のアステロイドを放つ。

 

「――!」

「……そう簡単に行かせんぞ、最上」

 

 この場を離脱して抜け駆けしようとしていた秀一は、苦い顔をしてバッグワームを解いた。どうやら先ほど遊真を吹き飛ばした時に点を取りに行こうとしたらしい。そのことに気づいた遊真はグラスホッパーを発動させていつでも動けるようにする。

 

『激しい攻防が繰り広げられるマップ中央! どの隊員も一歩も退きません!』

『珍しく影浦くんが二宮くん狙いね。いつもだったら面白そうとか言って空閑くんか最上くんに絡みに行くと思ったんだけど』

『影浦が何を考えているのかは知らないが……奴が二宮狙いなら、誰が落ちてもおかしくない』

 

 それだけ三人の攻撃手としての実力が優れているということだろう。二宮もそれを理解しているからこそ、誰一人この場から逃がす気はさらさらなかった。

 

『でも、一番不利なのは最上くんね』

『それはいったいどういうことでしょうか?』

『簡単な話だ。一人部隊のあいつには援護してくれる仲間が居ない。その点、他の三人はそれぞれ支援できる隊員たちが居る』

 

 現に、北で戦闘を繰り広げていた二つの部隊はそのままマップ中央へと移動していた。二宮が確実に勝つためにそういう指示を出し、影浦隊の二人はそれを追っていう。結果、すべての隊員たちが集結しつつある。ゆえに、秀一は合流される前に離脱しようと焦っている。このままでは囲まれて緊急脱出(ベイルアウト)だ。

 その点、遊真は臨機応変に動いている。状況を見て落としやすい者を見定めて点を取りに行っている。千佳の援護が期待できないからこそ、攻め気に動くことができていた。

 

『空閑!』

『どうしたオサム?』

『今からお前たちに指示を出す。――」

 

 ――だからこそ、彼は隊長から出された指示に思わず動きを止めた。

 

「――っ!」

 

 それを隙だと見た秀一が弧月で斬りかかるも、遊真はスコーピオンで防ぎ、すぐさま距離を取る。

 そして安全を確認すると修に抗議の通信を入れる。

 

『何を言っているんだ、オサム。あの時散々――』

『ごめんなさい、遊真くん。私がお願いしたの』

『チカ……でも、おれはやっぱり止めておいた方が良いと思う――チカに撃たせるなんて』

 

 そう。修は千佳の願いを聞き遂げた。

 自分が狙撃するから、遊真には誰か一人でも良いから隙を作って欲しい、と。初めは遊真と同じく反対していた修だったが――

 

『何もせずにこのまま負けたくない』

 

 と、強い意志を持って自分からそう言ってきた彼女に口をつぐんだ。

 現状を考えると確かに彼女の力が十全に発揮されれば勝つことができるのかもしれない。しかし、修としては千佳にそんな危険なことをさせたくないというのが本音だった。遊真も千佳の居場所が狙われて状況が悪化する可能性の方が高いとも言っていた。

 それでも、千佳は動くことを選んだ。

 他でもない、遠征部隊を目指している彼女自身が。

 

『遊真くん、それでも私……』

『空閑……』

『――分かった。隊長の命令に従うよ。で、誰を狙う……と言っても一人しか居ないか』

 

 狙撃対象である人物の攻撃を躱しながら、内心複雑な気分な遊真。本当なら、自分の手で取りたかったが――先を見据えるのなら、千佳に撃って貰った方が良いと判断する。

 

『よし、空閑のタイミングで撃ってもらうから千佳は――』

『あ、その前に一つだけ良い?』

『なんだ?』

 

 確実に当てるため、遊真は一つの提案をする。

 それを聞いた修たちは、確かにそれなら崩せるかもしれないと勝ち筋を見出し、それぞれ動き出す。

 

『う~ん。これ、明らかに時間稼ぎだよね』

『ですね』

 

 一方、二宮隊の二人は絵馬・北添の二人と戦闘に入るも膠着状態となっていた。

 いくらマスタークラスが二人揃っているとはいえ、視界も足場も悪く、向こうが徹底して距離を取るため攻めあぐねていた。

 加えて、珍しく影浦が二宮に噛み付き、そこに実力が未知数な遊真と秀一が居る。可能性は低いが、二宮が落とされるかもしれない。

 

『二宮さん、一旦合流して態勢立て直します? こっちもそっちもグダグダですし、このままだとモガミンが何するか分かりませんよ?』

『……北添たちを引きつけつつ、俺の方へ来い。ただしメテオラは使わせるな』

『犬飼、了解』

『辻、了解』

 

 突撃銃を撃ち続けていた犬飼は、隊長からの指示を受け取ると辻と共に移動し始める。

 

『……カゲさんの方に行っているね。どうする?』

『追うしかないでしょ。カゲには邪魔させるなって言われているし』

 

 そして影浦隊の二人は隊長のオーダーに従い、二宮隊を止めるべく追いかけた。

 すると自然に二つの部隊が戦場の中央に集結する形になる。

 

 

 

 

 月見から二宮隊、影浦隊がこちらに向かって来ていると聞いた彼は、どうにかしてこの場を離脱しようとしていた。ただでさえ強い二宮と影浦に増援が加わるとなると、僅かに残っている勝機が無くなってしまう。エースに援護が付くと厄介なのは、前の試合で嫌というほど味わった。

 影浦が二宮を狙っている今が動くチャンスなのだが……グラスホッパーを持っている遊真がそれを邪魔する。戦っていて気づいたのだが、遊真は乱戦が得意なのか、嫌らしいタイミングで襲撃してくる。おかげで牽制と警戒をしなければならず、サイドエフェクトの影響もあってか精神的な疲労が判断を鈍らせ始めていた。

 そして――それに気づいた者は容赦なくその隙を突く。

 

「ほっ!」

「っ!」

 

 グラスホッパーを使った遊真は高速で彼に急接近し、スコーピオンを叩きつけた。それをサイドエフェクトを使って見切った彼は弧月で防ぐ。ギャリギャリと互いの刃が侵食し合い、耳障りな音が響く、それを見た二宮が横からアステロイドを叩き込もうと動くが、それを阻むかのように影浦が噛み付く。

 それを横目で確認する二人。少しの間だけなら横槍がないと判断し、遊真は通信で千佳に報告する。

 

 撃て、と。

 

「――っ」

 

 狙撃銃を構えてスコープ越しに秀一を見ていた千佳は、震える手を無理矢理押さえつけて弾丸を解き放った。空気を切り裂き、木々の合間を潜り抜けていく。そして彼女の弾丸はそのまま――彼の弧月を弾き飛ばした!

 

「――!?」

 

 弾き飛ばされた彼は動揺した。何故なら、体感時間を速くしていたにも関わらず、彼の弧月を弾き飛ばした弾丸は見切ることができないほど速かったからだ。気が付いたら弧月に衝撃が走り、己の手から吹き飛んでいく。モノクロな視界でその光景を見て動揺し、彼は決定的な隙を遊真に晒してしまう。

 そのことに気づいた時には遅く、遊真のスコーピオンは彼の右腕を斬り落とした。

 

『ここで最上隊長、利き腕を落とされた!』

『ダメージはそこまで大きくないけど、ちょっと辛くなったわね』

 

 さらに追撃を叩き込もうとする遊真に、彼は舌打ちをしながら斬り落とされた傷口からスコーピオンを展開し遊真の剣戟を捌いて距離を取る。遊真はそれを追わず、通信を仲間へと繋げた。

 

『ナイスフォロー、チカ。後はこのまま――』

 

しかし、彼の言葉は途中で遮られることとなる。地面から生えたスコーピオンが遊真の足を突き刺し、そのまま心臓部を貫こうと刃が伸びる。

 もぐら爪(モールクロー)だ。

 すぐさま両手にスコーピオンを展開し、伸びる刃の先を受け止める。突き刺すために横幅を無くしたためか、一切の抵抗なく砕けるスコーピオン。足に空いた穴もそこまで大きくない。

 しかし、遊真は一瞬だけ気を逸らしてしまった。

 

「遊ま――」

 

 チームメイトの負傷に千佳が声を上げる――だが。

 

「――っ!!」

 

 視界に映った男に気づいた彼女は言葉を詰まらせる。

 まるで視線に圧力が宿ったかのような濃厚な闘気。視界に映った男――いや、悪鬼の鋭い眼光に、彼女は呑まれてしまった。

 本来なら迎撃するべきなのだろうが――彼女の頭にはそんなものはなかった。

 あるのは恐怖。かつて、大規模侵攻で感じ取ったそれと負けない()()に足が竦む。

 

「う……あ……!」

『千佳、逃げろ!!』

 

 そんな彼女を突き動かしたのは修だった。

 千佳の耳に彼の声が届き、真っ白だった意識に色が戻る。

 ライトニングを仕舞うと千佳は身を翻して走り出した。

 

「この……!」

 

 もぐら爪(モールクロー)で遊真の足に穴を空けた秀一は、千佳を落とそうと走り出した。当然それを阻止するべく遊真はグラスホッパーを展開するが……。

 

「――っ」

 

 チラリと一瞥した秀一がバイパーを起動し、遊真へと弾丸の嵐を叩き込む。グラスホッパーの反動で前へと飛び出た遊真は、シールドで防ぐが……。

 

(これは……!)

 

 一つ一つの弾丸が、確実にシールドに激突し、罅が入り、砕け散る。身を捻って回避する遊真だが、それすらも見切っているのか、全ての弾丸が彼を襲う。スコーピオンで斬り、受け止め、逸らすも、何発かは遊真のトリオン体を貫いていく。

 

『雨取隊員の援護射撃で最上隊長の腕を奪うことに成功した空閑隊員! しかし、最上隊員の反撃が玉狛を追い詰める!』

『あら? 最上くんさっきよりも動きの切れが良くなっているわね。まるでこの前の試合の最後みたいに』

『今まではダメージを受けてなかったから慎重に動いていたんだろう。しかし、利き腕を落とされてしまって焦りが浮かんだ』

 

 やられる前に、取れるだけ点を取りに行く――。那須隊に追い込まれた時も、彼は今と同じように防御を捨てて特攻を仕掛けていた。トリオンの温存もダメージも度外視した彼の動きは一転して獣のようで、狙われた者からしたら一溜まりもない。だからこそ、遊真の隙を突くことができたのだろうが……。

 それを傍から見ていた二宮。しかし今度は二人を止めなかった。

 

「犬飼、辻。お前たちは玉狛の狙撃手を取りに行け。影浦(こいつ)は俺がやる」

『了解!』

「舐めんな!」

 

 秀一……というよりも遊真の奇襲の心配が無くなった二宮は、犬飼たちに浮いた駒を落としに行くように指示を出す。その指示の裏には影浦を落とせる絶対の自信があり、言動とサイドエフェクトで感じ取った影浦が闘気をむき出しにして射手の王へと牙を剥く。

 

「くそ、このままじゃ……!」

 

 思わず悪態を吐く修。千佳の願いを聞き入れた結果、秀一にダメージを与えることには成功した。

 しかし、それは虎の尾を踏む行為だったようで、遊真は足を負傷し、千佳は捕捉されてしまっている。機動力の鈍った遊真では彼を完全に止めることができず、徐々に距離を詰められていく。

 このままでは……。

 

(――! そうだ)

 

 マップを見ていた修は一つの決断を下す。

 

「千佳! 北に逃げるんだ!」

『り、了解!』

『……! なるほど、そういうことね』

 

 修の指示を聞いた千佳は逃走経路を変える。突如左へと進路変更した千佳に疑問を抱く彼だが、倒せば関係ないと言わんばかりにバイパーを起動させて放つ。しかし、千佳の常識外れなシールドがそれらを防ぎ、攻撃した隙を突いて追撃を妨害する遊真。片足でしか踏ん張れないため、強い一撃はできないが気を散らすことはできる。徹底して千佳に近づかせない動きだ。

 

『――最上くん、追うのを止めなさい!』

 

 傍から見たら何てことはない撤退戦。しかし、オペレーターの月見はすぐに違和感に気づいた。

 すぐさま停止の声を呼び掛けるが――。

 

『聞こえていない……ああ、もう! 手の掛かる子ね!』

 

 サイドエフェクトを使用している彼の耳には月見の言葉が届かなかった。

 すぐさまキーボードを操作して警告文を送信しようとするが――。

 

『遊真くん、千佳ちゃん。影浦隊の射程圏内に入った。爆撃、来るよ!』

『分かった』

『了解!』

 

 宇佐美の警告が入ると同時に――衝撃。

 千佳の背後に、そして秀一たちの目の前で爆発が起きる。北上した()()()()をレーダーで察知した影浦隊銃手の北添による爆撃だ。霧と木々が吹き飛び、秀一は足を止め――遊真の襲撃を受け止める。

 

 このままでは玉狛の狙撃手を逃がしてしまう。

 すぐさま遊真を振り切って千佳を追おうとするが……。

 

「油断大敵だよ、モガミン?」

「っ!!」

 

 銃声が響くと同時に、彼が咄嗟に張ったシールドに衝撃が走る。さらに爆煙の向こうから放たれた旋空弧月の一閃が彼を後退させた。

 二宮隊の二人だ。最も浮いている駒である千佳を落としに来た彼らだったが……どういう訳か影浦隊の二人が阻むように移動していたため断念した。修もそのことには気づいており、だからこそこうして二宮隊に秀一を擦り付けるように指示を出した。一番ネックだったのは影浦隊の二人に見つかる可能性だが……どうやら見つけていないようでホッと息を吐く修。実際は絵馬が見逃したのだが……。

 動かされていることに気づいている犬飼だが、このまま放っておくよりもさっさと落とそうと次に浮いている駒である秀一を狙ったのだが……。

 

「……あらら。あの時みたいにギラギラしているね~」

 

 どうやらその判断は間違っていたようだ。

 秀一が彼らにとって獲物であるように、犬飼たちもまた彼にとって獲物なのだ。

 そして警戒すべきなのは目の前の彼だけでなく、爆撃に乗じて姿を暗ました白髪のアサシンも――。

 

『爆撃!』

 

 オペレーターの氷見が警告すると同時に追加の爆撃が降り注ぐ。北添のレーダー頼りの適当メテオラが次々と霧と木々を吹き飛ばす。密集された空間故に、普段のように大量のメテオラを放つことはできないが、爆撃に晒されている方からすれば一溜まりもない。ここまで派手にぶっ放せば捕捉するのは容易く、討ちに行こうと思えばできるが……。

 

(明らかに罠だ)

 

 爆撃に乗じて身を潜めている遊真は、影浦隊の二人の行動を読んでいた。

 もしこのまま北添を討ちに行けば絶対に狙撃手に撃たれる。

 そして相手が現状落としたがっているのは――遊真だ。北添の爆撃はレーダーに映っている秀一たちではなく、バッグワームで潜伏している遊真の隠れ場所を片っ端から壊して誘き出そうとしている。

 

(かと言って、このままあの三人の隙を見逃すのもな……)

 

 視線の先には二宮隊の二人相手に奮戦する秀一。攻撃手の辻に張り付いて、犬飼の射線上に辻を置いて援護をさせないようにしている。犬飼は角度を取りたいところだが、北添の爆撃と潜伏中の遊真を警戒して下手に動けない。

 なかなか隙を見せない相手。どんどん無くなっていく潜伏場所。

 どうしようか迷っている遊真の頭上に二つの光が霧の中を飛翔した。

 緊急脱出(ベイルアウト)の光だ。一つは千佳の物。そしてもう一つは――。

 

『ここで影浦隊長緊急脱出(ベイルアウト)! 二宮隊長の片腕を落とすも無念のリタイア!』

『でも結構削られているわね。久しぶりに傷を負っているところを見たわ』

『どうやらこのまま一番近い北添を取りに行くようだが……』

 

 それでも北添は爆撃を止めない。どうやらこのまま落とされるまで囮に徹するようだ。

 それをレーダーで見た遊真は、北添たちを諦めて目の前の敵に集中しようとし――違和感を抱く。

 

(――これって!)

 

 爆撃で()()()()()()()()()()()()()の中、遊真は急いで動いた。

 北添の爆撃には別の意味があったのだと、気づいたのだ。適当に見えて、ある一方向に空いた爆撃痕。その直線上には秀一たちが居り、足場は依然として悪いままだが霧と木々は一層されていた。

 射線が通っている。狙撃が来る!

 

「警戒し過ぎた!」

 

 グラスホッパーを使って遊真が飛び出すと同時に、メテオラが撃ち込まれ――その爆煙を突き破って狙撃弾が放たれた。

 弾丸はそのまま獲物――犬飼に襲い掛かり、シールドを粉砕して胸を穿った。

 

「集中シールドで相殺できない――アイビス……!」

 

 大量のトリオンを噴出し、戦闘体が崩れる。

 味方がやられたことで一瞬気が逸れる辻。その隙を突いて秀一がスコーピオンによる一撃を叩き込むも防がれ――すぐさま頭を後ろへと下げた。彼の鼻先を自分のではないスコーピオンが通り過ぎ、視界の隅で弧月を持った腕が飛んでいるのを見つける。

 辻の腕が遊真のスコーピオンで斬り飛ばされたのだ。辻は弧月を再展開して、追撃に映る遊真の迎撃に当たろうとして――腹部が弾丸で貫かれた。

 

(爆煙で視界が遮られたと思ったが……少し外れていたか)

 

 辻の予想通り、絵馬のスコープには再展開した弧月の鞘が映っていた。

 

(不覚だな――俺も、向こうも)

 

 辻と犬飼が緊急脱出(ベイルアウト)するのを見送る絵馬。

 別方向からは北添が緊急脱出(ベイルアウト)し、自分の仕事は終わったと判断するが――まだ終わっていなかった。

 彼が足場にしていた木の幹に一筋の傷が走る。

 

「――っ!?」

 

 突如起きた不可解な事象に絵馬の判断が遅れる。思わず傷の方を見てしまい、次の瞬間左足の腿から下を切断される。前触れもなく体のバランスが崩れ、倒れこむ絵馬。

 

「いったい、何が――」

『ユズル! 緊急脱出(ベイルアウト)しろ! 狙撃されてんぞ!』

「狙撃? 狙撃手は居ない――」

『最上の頭のおかしい旋空弧月だ! 生駒旋空の射程をさらに伸ばした奴だ!』

「そんな、アホみたいな……!」

 

 つまり、レーダーに映っていない自分を、狙撃位置を予想して攻撃したということだ。今は遊真の相手をしているのか旋空は飛んでこないが……。何時また撃たれるか分からない。

 絵馬はこれ以上やられる前に地面に降り立って緊急脱出(ベイルアウト)しようとするが……。

 

『緊急脱出不可』

『あ~くそ! 二宮さんが近づいてやがる!』

 

 既に緊急脱出(ベイルアウト)できない距離まで近づかれてしまっていった。元々ギリギリまでの場所から狙撃していたのだが、それが仇となったようだ。

 片足を失った状態で逃げてもいずれ追いつかれる。ならば……。

 

「カゲさんみたいに噛み付いてみるか」

 

 隊長に影響されたのか、または真剣に遠征部隊を目指している少女に感化されたのか。

 絵馬はアイビスを構えてスコープ越しに二宮を見据えた。

 

 

 

 ――試合の決着は近い。

 


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