「へー、次は鈴鳴と那須隊とかー。くじ運悪いなぁお前」
もぐもぐと餅を食べながら太刀川隊の
その言葉を受けて確かにそうだ、と彼は同意して頷いた。
今回の試合も、前回と同じように彼は集中して狙われるだろう。それだけ彼が警戒されているというのもあるが、それ以上に那須隊、鈴鳴第一は大量の得点を得るのが難しい。
最上隊の戦闘員が彼だけのせいで、他の二つの部隊が取れる最高得点は生存点を含めて6点。対して彼の場合は8点。上に追いつくには多くの点が必要で、この中で最もその可能性があるのは彼だ。前回の12得点が大きい。
そんな彼に点を減らされたくない彼らは、恐らく真っ先に彼を狙うだろう。
――と、昨日月見にそう説明された。
「――まあ、その分君が
「評価されるだけの価値を持ってない奴が何言ってんだか……」
「ちょっとぉ!? 出水先輩、それは流石に酷過ぎじゃありませんかねぇ!?」
親のコネで無理矢理A級になった彼の言葉は空しく、出水の耳には届かなかった。というよりも受け止める気がさらさらないらしい。
彼としては、防衛任務の際にお世話になっているので構わないのだが。先ほども稼がせて貰ってホクホク顔である。
「そう言うなら、ちぃたぁ強くなる努力しろよ」
「ふっ。出水先輩。『強くなる』だとか『努力』なんて言葉、ボクには似合いませんよ。ああいうのは才能の無い人や弱いやつのためのものなんですよ?」
「じゃあお前にぴったりじゃねえか!」
「痛い!」
ドゲシッ! と出水が唯我を蹴飛ばした。
今回はトリオン体では無いからか、彼は強く吹き飛ばされた。
痛みに呻くチームメイトを無視し、出水は彼の方へと向く
「で? 今日は何しに来たんだ?」
こんな美味い餅持ってきて。
そう問いかけられた彼は、いくらか言いづらそうにしながらも用件を言った。
今回のランク戦で注意するのはそれぞれのエースである那須と村上だ。彼はその対策として、那須と同じようにリアルタイムでバイパーの弾道を設定できる出水に仮想敵になってもらおうとお願いしに来たのだ。
だが、何故彼は言いづらそうにしたのか。それは……。
「ん? でもお前、ランク戦の間は訓練は休まさせてくださいって言わなかったか?」
そうなのである。あの日、A級を目指すと決めたとき、彼はランク戦に集中するためにA級隊員たちとの特訓を休まさせてもらったのである。太刀川が不満そうにしていたが、彼の気持ちを汲んだ風間のおかげでこうして彼はランク戦に挑むことができた。
だからこそ、彼はこうして申し訳なく思いながらも出水に頼んだのだ。
(なるほどねー……で、村上先輩の仮想敵は……寺島さんあたりか?)
「ああ。分かった。引き受けてやるよ」
彼の考えを読んだ出水は申し出を受け、彼は礼を述べる。
しかし――。
「……お前には一番やるべきことがあると思うぜ?」
そう言われた彼は不思議そうな顔をし、それを見た出水は『何でもない、忘れてくれ』と手を振った。
二人は早速と言わんばかりに訓練室へと向かい、ソファーの下で伸びていた唯我は起き上がりながら神妙な顔で二人……いや、彼の背中を見る。
彼は、先ほどの出水の言葉を理解していた。というよりもランク戦が始まり、彼が負けた時に出水が一人呟いていたのを聞いただけである。
「……彼は、何時になったら共に戦う仲間を手に入れるんだろうね」
いまだ
◆
『へえ、
そう言ってエネドラはケラケラと笑う。
彼の視線の先には先日行われた玉狛第二のランク戦の映像が流れており、その試合内容が映っている。
特に彼が気に入っているのは戦闘員が一人しか居ない漆間隊の動きのようだ。己のトリガーを駆使してなるべく落とされないように戦い、敵を翻弄するその動きは見ていて飽きないらしい。
逆に最上隊の試合はつまらないとのこと。曰く『勝って当然の試合で、暴れているだけだ』とのこと。生前の彼なら考えられない言葉だ。蹂躙することを好むあの残忍な性格は、どうやら角トリガーによる副作用みたいだ。
「なんか、前よりも自由になっているな……」
そんなエネドラを見て修はそう零した。
本来ならもっと厳重に監視するべきなのだろうが、ラッドの体では外に出ても犬のおもちゃにされるだけであり、そもそもトリオン切れで動けなくなるのがオチだ。
『あー? なんか文句でもあるのかよ雑魚メガネ』
「いや、別に無いけど」
相変わらず口が悪いな、と思いつつ彼は己の端末でとある試合を見る。
それは、エネドラがつまらないと一蹴りした彼の試合だった。
修は、彼の
しかし――。
(あいつも、強くなっている。多分、このままじゃ……ボクは空閑の足を引っ張ることになる)
先日の試合でも、彼は千佳を守り切ることができず鈴鳴に落とされた。遊真が村上に何とか打ち勝ったおかげで、ラウンド2は勝利に終わったが……。
彼はそれ以上の勝利を以て、一気にB級中位トップに躍り出た。
(ボクも強くならないと)
自分に何ができるのか。
そう考えながら、修は次の試合の作戦を練っていく。
◆
出水との特訓を終えた彼は、本部の通路を一人歩いていた。
先ほどまで出水のバイパー、合成弾を相手に奮戦していたが、やはり射手としては向こうの方が何枚も上手で、こちらの攻撃を当てることができなかった。
加えて、彼は万能手であり、トリガー構成に空きがあまりない。すると必然的に撃ち合いになると手札の少なさが露見してしまう。出水はバイパーの他にアステロイドやハウンド、メテオラも使う。那須はバイパーを主軸にして戦うが、あまり変わらないだろう。
対して、彼はメインにメテオラ、サブにバイパーと射手トリガーが二つしかない。恐らく撃ち合いになれば那須のフルバイパーに競り負けてしまうだろう。
やはり彼が那須を倒すには攻撃手の距離まで詰める必要があるようだ。または生駒旋空で射手の射程外から攻撃するか……。
それにしても、と彼はため息を吐く。
もしこの試合で警戒すべき相手が那須だけだったら、トリガー構成を変えることができたのにと思う。
彼が警戒すべき相手は那須だけではなく、鈴鳴の村上もだ。
№4というだけの実力はあり、
人の脳は、睡眠を取った時に記憶の整理や定着を行うが、村上はその機能が常人よりも優れている。大まかに言えば学習能力が高いということだ。
過去に彼と戦い、ボコボコにされたことからもこのサイドエフェクトの厄介さが窺い知れる。さらに彼の記憶に無い自分が、弧月を用いて戦ったことがあるらしい。その時の戦績は4対6と負け越している。恐らく、その時の戦いも学習済みだろう。生駒旋空も言わずもがな。
加えて、彼にとって村上の戦闘スタイルは最も苦手とするものだ。最速かつ最適な動きで相手の急所を突く短期決戦型の彼は、弧月とレイガストを用いた堅実に戦う村上と相性が悪い。動きを知られているのなら尚更だ。さらに記憶を失ったことで幾分かの弱体化もしている。
思っていたよりも苦しい戦いになりそうだ。
――だからこそ、彼はこうして対策を立てようとしている。
彼の着いた先は開発室。鬼怒田開発室長の居る部屋だ。しかし今回彼が求めている人は彼ではなく、ここに努めているとある男性だ。
その男の名は寺島雷蔵。エンジニアになる前は元アタッカーであり、レイガストを作った人物だ。彼なら村上と同じスタイルで戦うことができるのではないか? と月見から助言を貰い、紹介してもらった。……何故か会う日、時間を詳しく決めさせられたが。時間の厳しい人なのだろうか。
月見からはアポを取っていると言われたが……やはり初めて会う人間は緊張する。
一度深呼吸して彼は扉を開けて中に入った。
「うん、誰だ――って最上ぃ!!??」
すると、彼は驚きの叫び声で出迎えられた。嬉しくない。
中に入った彼は頭を傾げつつも、目の前の鬼怒田開発室長に挨拶する。しかし鬼怒田はそんなことはどうでも良いと言わんばかりに視線を勢いよく部屋の奥にある扉を見ると、そちらへと走っていく。
「おい、最上が来るのは六時じゃなかったのか!?」
「え? はいそうですが……」
「あいつもう来ているぞ!!」
「え!? まだ時間まで一時間あるんじゃ……」
「良いからさっさとそいつをトリオン体に換装させろ! バレたらどうなるか分からんぞ!」
どうしたのだろうか? と彼が不思議に思っていると、鬼怒田が肩を躍らせてこちらに来ると。
「来るのが早いわアホ!」
そう言って脳天にチョップを喰らわした。
トリオン体になっているため痛みは無いが、その理不尽な行為に彼は目を白黒させる。
遅れるくらいなら早めに来た方が良いと思ったのだが、どうやらいらない負担を掛けたようだ。出水との特訓が早く終わったというのもあるが……次から十分前に行くようにしよう。
ガミガミと説教をする鬼怒田の言葉を右から左に聞き流しながら心の中でそう思っていると、奥の扉がガチャリと開き、横幅の大きい男性が現れた。
「待たせたね最上くん。もう入って良いよ」
恐らく彼が寺島雷蔵なのだろう。イメージと違った容姿に彼は少し驚いたが、直ぐに気を取り直して鬼怒田に一つ礼をして、彼に続いた。
部屋に入った彼は、軽く辺りを見渡す。トリガーを開発、改良している場所だからかそこそこ広い。隊室にある訓練室のような空間もあり彼は興味深そうに観察し始めた。今のいままで実験でもしていたのか、部屋の奥には彼よりも少しだけ年上の少年がおり、こちらをガラス越しにジッと見ている。パーカーを深く被っており顔は良く見えないが、何となくそう思った。
「……クロノスの……鍵……」
何か言っているようだが何も聞こえない。彼はとりあえず会釈して、雷蔵に促されるまま椅子に座った。
「で、月見さんから頼みたいことがあるって聞いたけど、用件はなんだい?」
そう聞かれた彼は雷蔵に訪れた理由を話した。
次の試合でレイガストと弧月を上手く使う相手と戦うこと。
その対策として、元弧月の使い手にしてレイガストの制作者である雷蔵に仮想敵として相手をして欲しいこと。
それらのことを話すと、雷蔵はいささか険しい表情を浮かべて次のように答えた。
「正直、僕に頼むのは間違っていると思うな」
理由としては、雷蔵は戦場から離れて時間が経っており、彼相手では練習になるかどうかも怪しい。それに、エンジニアは常に多忙な身であり、相手をする時間を取れるかどうか怪しい。
そう言われて彼は疑問に思った。なら月見はどうして雷蔵を紹介したのだろうか。
「多分、レイガストについて教えろってことだと思うよ。彼女からそう聞いているし」
と、雷蔵は彼を試していたことを明かした。
どうやら月見はそのことに自分で気付いて欲しかったようである。結果は御覧の通りだが。
「雪丸が居れば良い対戦相手になってくれたと思うんだけど、今は県外でスカウトしているしね。じゃあ、とりあえずレイガストについて教えようか」
雷蔵がそう言うと、彼はレイガストについて説明を受けた。
◆
彼が帰った後、雷蔵は息を吐いてガラス越しに居る少年――ヒュースの方へと向く。そして備え付けられたマイクを取ると、彼に聞こえるように声を出した。
「もうトリオン体を解いても良いよ」
「……」
すると、ヒュースは雷蔵の言うようにトリオン体を解除し、彼の頭から角が生えた。正確には隠されていた角が現れたと言うべきか。
ちなみに、先ほどのトリオン体にはパワーは無く、ここから脱出する力は無い。姿を変えるための非戦闘員のためのトリガーの物だ。
部屋から出たヒュースは、彼が去っていた方を向きながら雷蔵に言う。
「本当に記憶を失っているのだな」
「うん。君を見た時に記憶を取り戻すか冷や冷やしたけど、問題ないみたいで良かったよ」
「クロノスの鍵は、何をしに来たんだ?」
「ん? 次のランク戦の対策だって」
「ふん。あの原始的な訓練のことか」
どうやらランク戦のことは知っているらしい。雷蔵から教えられたのだろうか。
少し黙っていたヒュースだったが、何かを決意したのか雷蔵の方を見る。
「約束を果たして貰った――次はオレの番だ」
「……あれ、本気だったんだ」
「ああ。一目見て確信したからな――約束通り一つだけ情報を教えよう」
雷蔵はピタリと動きを止めてヒュースを見る。
彼の表情は読み取れない。しかし、彼を見て何かを感じたのだろう。頬に冷や汗が垂れている。彼は幾分か呼吸を整えると――次の言葉を発した。
「――アフトクラトルは、再度
雷蔵は思わず息を飲んだ。