勘違い系エリート秀一!!   作:カンさん

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単行本派の方はネタバレ注意です


第32話

「なるほどなあ……」

 

 彼の対面の席に座った生駒は、残っていたきつねうどんを啜りながらそう呟いた。

 

「つまりレベルアップしたいんやな」

「なんでそうなんねん」

 

 己の隊長の発言を聞いた、生駒隊シューター水上敏志は突っ込みを入れる。

 

「だってそうやん。勝てないなら、勝てるまで強くなる。それってまさにレベルアップ。ゲームでもよくある」

「本人結構真剣に悩んでいるのに、そんなこと抜かしていたら()()ポイントごっそり獲られますよ?」

 

 和気藹々と己を置いてけぼりにしていく二人を見つつ、彼はカレーを口に入れた。

 こういうシチュエーションには慣れている。

 昔から友達の居ない彼は、こういう大衆食堂で己のぼっちさ加減を見せつけられ、そして勝手に落ち込む。相手がリア充なら尚更だ。

 ゆえに、彼はこういう時は無心になることを心掛けている。

 

 そもそも、彼は生駒に自分の悩みを話すつもりが無かった。

 しかし、生駒は少し強引に彼から話を聞きだし、他の生駒隊の面々を先に送らせて、こうして自分は真剣に腰を据えて相談に乗った。

 親切心から来るその行動に、彼は強く言うことができず、結果こうして生駒と水上と対面することとなった。

 

 だが、もしかしたら興味があったから話を聞いただけなのかもしれない。

 自分の思い過ごし、または勘違いだと思いつつ彼は水を飲んだ。

 

「いやいや、そうはならんて」

「なんでですか?」

「だって――モカミンからは、夏ん頃のプレッシャーを感じひんもん」

 

 ピタリ、と彼の動きが止まった。

 そんな彼を何処か真剣な眼差しで見る生駒は、次に面白くなさそうにため息を吐いた。

 

「チラッと記録(ログ)見たけど、なんやねんあの動き。なんでモカミン本気出さんのん? 弧月も置いて来て、合成弾も使わず――まるで縛りプレイでもしているみたいや」

 

 鋭い、と思った。

 しかし、それと同時に的外れだとも思った。

 

 今日行われたランク戦で、彼は一切手を抜いていない。でなければ、間宮隊と遭遇した時に彼はそうそう緊急脱出(ベイルアウト)していたはずだ。

 彼は覚えている限りの最高のトリガー構成で、覚えている限りの最強の技で戦った――筈だった。

 

 だが、目の前の生駒には……いや、彼の強さを知る者のほとんどは疑問に思っていたのかもしれない。

 

「……まあ、人に言えないんならそれでエエわ。でも、やらないで後悔するより、やって後悔した方がエエで」

「何時になくキビしいなぁ」

 

 しかし、生駒の言葉を否定はしなかった水上。彼もまた、思う所があるのだろう。

 

 確信を突かれた彼は、表情に影を落とす。

 やはり、己の知らない自分と向き合わなくてはならないのか。()の自分の全力はたかが知れている。

 生駒や月見の言うように、妥協をしていてはAにはなれない。

 

 ――だが、やはり……。

 

 そんな風に落ち込んでいる彼を見かねたのか、生駒は一つの提案をする。

 

「なあなあモカミン。明日、ちょっち俺と模擬戦せえへん?」

 

 

 

 

 翌日、彼は生駒に言われた通りに彼らの隊室に訪れていた。

 何が何だか分からないまま約束をしてしまったが、早くも後悔し始める彼。

 何故なら、こうやって他人の隊室に入るのに慣れていないからだ。

 三輪隊を除けば、彼が他のボーダー隊員と接触するのは戦場と食堂くらいだ。そして彼が夢想する和やかな会話は無く、あるのは定時連絡と雑談を耳にするくらいだ。

 仕事モードと言うべきか、彼は防衛任務に着くと普段のぼっち少年から一転して、戦場に立つ一人の戦士となる。すると、普段は声を掛けることができない女性隊員にも臆することなく――しかし冷淡なもの――接することができ、外面だけは理想の社ちk……ボーダー隊員だ。

 ゆえに、ボーダー内において、彼と心を通わせている者は驚くほど少ない。

 彼はいつも全てが終わった後に悶えている。

 

 さて、そんな彼の今の心境がどうなっているのかは……もう分かるだろう。

 

「見たよ最上ちゃん、昨日の試合の記録(ログ)! あのハウンドの嵐を掻い潜るとか相変わらずヤバいなあ!」

 

 そう言って彼の背中をバシバシ叩くのは、生駒隊アタッカー南沢海。お調子者でムードメーカーである彼は、此処にやって来た彼を迎え入れると、昨日行われたランク戦についての感想を言った。そのようすからは、彼の悪い噂を気にしている素振りが見られない。

 そしてそれは彼だけではないようだ。

 

「ごめんなぁ最上くん。うちの隊長が無理矢理」

 

 申し訳なさそうに謝るのは生駒隊オペレーターの細井真織だ。手を合わせて、半ば無理矢理彼との模擬戦を取り付けた生駒について謝罪する。

 謝られた彼は、内心どぎまぎしながら別に気にしていないと返す。なお、サイドエフェクトで五分ほど落ち着く時間を確保した模様。

 ボーダーに所属する女性は全員可愛らしい子ばかりなので、話しかけられるといつも素っ気ない態度を取ってしまう彼。それもまた、彼がオペレーター陣から怖がられている理由だ。

 

「それと海!! 最上くん困ってるやろ! いい加減にしとき!」

「えー。でもこの機会に後輩と仲良くなりたいんだけど……」

「阿呆! ただでさえうちらの隊長が迷惑かけているのに、あんたがさらに迷惑かけてどうするんねん!」

「騒がしいと思ったら……来てたんやな最上くん」

 

 細井と南沢が騒がしいやりとりをしていると、部屋の奥から一人の優男が現れた。

 生駒隊のスナイパーの隠岐孝二だ。

 彼を置いてけぼりにしている生駒隊の二人に呆れながら、隠岐は彼に近づき。

 

「とりあえず、イコさんが待っているから行こうか」

 

 そう言うと、未だにコントを繰り広げている二人を置いて、彼は隠岐に着いて行った。

 それにしても……と彼は生駒隊の面子を思い出す。

 ユーモアがあり、人望高そうな生駒。的確な突っ込みをする水上。イケメンの隠岐。人懐っこい南沢。可愛く明るい細井。

 傍から見て良いチームで――自分とは正反対の世界の人間だ。

 あのリア充オーラに充てられると浄化されてしまいそうだ。

 などと、しょうもないことを考えながら彼は模擬戦室に向かった。

 

 

 

「よう来たな! 最上秀一!」

「いや、呼んだのあんたやん」

 

 辿り着いた先には、トリガーを起動し終えた生駒が仁王立ちで待ち構えていた。そんな彼に隣の水上が突っ込むが、弧月を腰に差している生駒の姿は中々様になっている。

 

「さて、昨日言ったように模擬戦する言うたけど……今回モカミンに使うてもらうんわこのトリガーや」

 

 そう言って生駒は一つのトリガーを彼に渡した。

 ボーダー隊員なら誰もが持っている普通のトリガーだ。何か特別な仕掛けでもあるのかと疑問に思っていると、生駒が説明する。

 

「そのトリガーには俺と同じ構成にチップでできとる。

 メインには弧月、旋空、シールド。サブにはシールド、バッグワームや」

「ちなみにそれ、おれのトリガーや」

 

 隠岐がそう補足をして、生駒は早速起動してみぃ、と促す。

 彼は言われるまま「トリガー、オン」と呟き、トリオン体へと換装される。

 いつもの旧ボーダー時代の黒服ではなく、生駒隊の隊服に包まれた彼は、久しぶりの弧月に触れた。

 

 ――久しぶり?

 

 ふと感じた違和感に彼が戸惑っていると、彼のトリオン体を見た三人が感嘆の声を出した。

 

「ほー。なかなか似合うやん。そのゴーグルも迅とお揃いみたいでええ感じやん」

 

 そう言われて、彼は自分がゴーグルを付けていることに気が付いた。

 何となくクイッとゴーグルを上に上げると、ますます迅に似ていると生駒に言われた。

 しかし、彼はふと気が付いたことあった。何度か生駒隊とは防衛任務を組んでいる。記憶が確かなら、その時にゴーグルを付けていたのは生駒だけだったような……。

 

「欲しいなぁ。こんなにゴーグル似合う男なかなかおらんで」

「欲しい理由そこですか?」

「うーん。本部長に頼んで、戦闘員五人でも良いようにルール変えて貰おうや」

「イコさん。それじゃあマリオの負担がデカいんとちゃいます?」

 

 ……特に理由は無さそうだ。

 

「――さて、模擬戦始める前に二つルールがある」

 

 1、戦闘開始時は、お互い60m離れること。

 2、相手を倒す時は旋空弧月で。

 3、勝負は十本勝負。勝っても負けても恨みっこ無し。

 

 それを提示した途端、生駒隊の二人は異議を唱えた。

 

「イコさん、それは流石に……」

「最上くんに不利すぎちゃいます?」

「ええんや。これもモカミンのため」

 

 そう言って二人を黙らせると、生駒は彼を真っ直ぐ見据える。

 

 

「受けるか受けないかも、強くなれるか強くなれないかもモカミン次第や。どうする? 尻尾巻いて逃げるか?」

 

 そう問われた彼は、正直逃げ出したかった。

 このルールは生駒に有利過ぎて、逆に彼には不利過ぎる。このトリガー構成なら尚更だ。 

 だが――。

 

『上を目指すなら、それなりの覚悟が必要よ』

 

 月見の言葉を思い出す。

 此処で逃げれば、自分は一生逃げ続けるだろう。そして未来の自分と向き合うことも出来ない。

 Aを目指すと決めた。己を超えると決めた。――変わると決めたんだ。

 

「――良い目や。早速戦ろうか!」

 

 彼は静かにお願いします、と頭を下げた。

 

 

 

 

『模擬戦一戦目、開始』

 

 所定の位置に転送されると同時に、生駒はこちらに向かって真っ直ぐ駆けて来た。流石B級三位の部隊を率いる隊長なだけはあり、動き出しは彼よりも素早い。

 だが、彼にはサイドエフェクトがある。正面からの攻撃なら見ることができる筈だ。

 彼は民家の屋根に上り、奇襲されないようにして己も生駒に向かって駆ける。

 すると、すぐに相手を視認し、彼はサイドエフェクトを発動させた。

 

 

 ――しかし。

 

「遅いで、モカミン」

 

 視界が横にズレ、彼のトリオン体は破壊された。

 

『第一戦目、勝者生駒』

 

 

 

 再び転送された彼は、何が起きたのか分からなかった。

 サイドエフェクトを使ったかと思えば、いつの間にか斬られていた。最後に視界がズレていたことを考えるとそうなるだろう。

 旋空を使ったのは分かっているが、何時使った? 普通の状態では見えないということだろうか。

 彼は初めからサイドエフェクトを使い、生駒に向かって駆ける。しかし、加速した世界での自分の体の動きは酷く重い。

 本来なら数十秒の時間を数分で感じる。

 

「お、今度は真正面からか」

 

 道路上を走りながら、彼は40m先に居る生駒の動きを凝視する。

 防衛任務の時に何となく見ていた旋空弧月。あの時は特に何も思わなかったが、今こうして相対すると分かる異常性。

 彼は、何時でも動けるように構え――目を見開いた。

 

 生駒が弧月を振り抜いた動きは良く見えた。

 彼が旋空弧月を使用した瞬間も見えた。

 だがそれでも……。

 

『第二戦目、勝者生駒』

 

 彼の剣を避けることはできなかった。

 

 

 

生駒達人はボーダー随一の旋空弧月使いとして有名だ。

 その理由は、彼の旋空弧月の発動時間に秘密がある。

 旋空の効果時間と射程は反比例しており、効果時間が短いほど射程は長くなる。太刀川や他のアタッカーたちはだいたい一秒くらい旋空を発動させて、15mの長さで振るっている。それに対して生駒は0.2秒くらいまで絞って発動させて、彼の旋空弧月の最高射程距離は40m。ガンナーに匹敵する距離であり、素早い剣速と旋空とのタイミング合わないと使用することができない――彼だけの技だ。

 

 

 

『第三戦目、開始』

 

 もちろん、彼もそのことを知っている。

 別に調べたわけではなく、初めて会った時に話していたのを覚えていただけだ。まあ、彼も一応アタッカーなので何時か知っていたと思うが……。

 

 二回連続で斬られた彼は、厄介だと思った。

 今までサイドエフェクトを使って戦っていた彼は、()()()()()()()()()()()()()という癖がある。ゆえに、備えるまたは防ぐという行為が苦手で、太刀川や風間たちによくその隙を突かれてポイントを搾り取られていた。

 その悪癖のせいで、彼は生駒の旋空弧月の餌食となっていた。

 サイドエフェクトを使わなければ、気付く前に斬られる。

 サイドエフェクトを使っていても、彼の旋空弧月は見てから避けるには体が重い。

 加えて、射程距離が向こうが勝っているせいで……。

 

「近寄らせんで――『旋空弧月』」

 

 こうして、近づく前に一刀両断される。

 トリオン体が破壊され、再構築されるなか、彼はサイドエフェクトを最大限使用する。

 すると、数秒のインターバルが数十分へと延び、彼に落ち着く時間と考える時間を与える。

 

 距離が空いていると、彼はどうやっても生駒に勝つことはできない。

 いつものトリガー構成なら、バイパーなり合成弾なりを使って上から落とすのだが、今の彼の手札にそれは無い。

 一番確実なのは、やはり接近戦だろう。生駒もそれをさせない動きしていることから、彼の勝機はそこにあることを示している。

 だが、彼の距離まで近づくには、生駒の距離を乗り越えないといけない。 

 そのためにはバッグワームを使うのが定石だが……。

 何となく、あの男には通じないと思った。バッグワームでの奇襲くらいなら、今までに何度も喰らっている筈だ。それを今さら……。

 しかし、彼には他に手が無い。ならば、それを実行するだけだ。

 

 彼はサイドエフェクトを解いた。

 

『第四戦目、開始』

 

 開始早々に彼はバッグワームを使用し、生駒を中心に回り込むようにして近づく。

 相手から見えない位置から見えない位置に動き、なるべく死角から斬りかかろうと駆け抜ける。

 こちらがバッグワームを使ったことは当然相手も気付いているのだろう。

 生駒は警戒しながら歩いていた。

 

「う~ん……モカミンの足の速さなら、此処等辺に居そうやけど……」

 

 ドキリ、と心臓が高鳴り、彼は踏み出そうとした足を引っ込めた。

 こちらの目論見はバレていると思っていたが、まさかだいたいの位置を把握されているとは思ってもいなかった。

 彼はぐっと弧月を握り締める。相手との距離は25m。今なら、飛び出して距離を詰めれば、ギリギリ旋空を当てられる。

 どうする……?

 

「……来ぉへんなぁ――なら」

 

 ザリッと生駒は足を開いて旋空を放った。すると、彼の視界の先にある民家やビルが一斉に両断され、そして次の瞬間生駒はこちらに向いた!

 マズイ、やられる!

 彼が跳び上がるのと、生駒の旋空が民家を両断するのは全くの同時だった。彼の足は膝から下が無く、トリオンが漏れていた。

 

「おっ、意外と近くに居ったやん」

 

 生駒が再度弧月を構える。

 彼は破れかぶれで旋空を放ち、しかし彼の一撃は届かず生駒の旋空によってまたもや斬り裂かれる。

 

「はよ気付きぃやモカミン。このままやと、俺の決めポーズが十個完成するだけになるで」

 

 

 

 

「イコさん容赦ないなぁ」

 

 四戦目が終わったところで、隠岐は呟いた。

 

「まあ、最上くんは確かに剣の腕なら生駒さん超えているけど、旋空の使い方はそこら辺の攻撃手とどっこいどっこいやからなぁ」

 

 伸びる弧月、またの名を生駒旋空。

 彼の代名詞たるその技の凄さを彼らは良く知っており、そして頼りにしている。

 だからか、今の状況に対して然程不思議に思っておらず、それどころか当然のことだと思っていた。

 トリガー構成、先ほど生駒が提示したルール。あれで生駒に勝つなど無理にも程がある。初めから勝敗は決まっていたようなものだ。ゆえに、彼らが見るのは別の物。

 

「それにしてもイコさんも、珍しくややこしいやり方するなあ。

 自分の技教えるなら、こんな形でせんでもええのに」

 

 そう、生駒の狙いは彼に生駒旋空を教えることだ。

 だからこそ攻撃手段を弧月のみにし、生駒は40m以上近づけさせないようにした。

 そうすれば、自ずと辿り着くと考えたからだ。

 生駒を倒すには、生駒旋空だと。

 しかし、隠岐は己の隊長の回りくどいやり方に疑問を抱いているようすだった。

 

「そら、最上君が素直じゃないからっしょ」

 

 隠岐の疑問に答えたのは水上だった。

 

「昨日の夜も、今日来てからもずっとムスッとしとるやん最上くん。

 やっぱ三輪以外やと教えを乞いたくないんかなぁ」

「プライド高いのも考え物やな」

 

 実際はプライドのプの字も無いコミュ障なのだが、噂のせいで気付かれる日は来ないだろう。普通に教えて貰えない彼はいささか不憫だ。

 まさか彼もこのような勘違いのせいでボコボコにされるとは思っていなかっただろう。

 ――ただ。

 

 今回ばかりは、彼にとって都合が良かったのかもしれない。

 

「――ん? なんか、空気変わったか?」

 

 

 

 

 生駒に勝つにはあの異様に伸びる旋空弧月が鍵だ。

 第六戦目で、ようやくそのことに気が付いた彼は一度生駒の射程距離から離れる。

 例え勝機を見出したからと言って、漫画のような奇跡的な展開が起きて勝てるはずがない。このまま突っ込んでも、自分が旋空を放つ前に先に斬られる。五回も斬られると流石に分かる。

 彼は、早速右手に持った弧月を右へと振り抜いた。

 

「お、ようやく気付いたな。でも……」

 

 だが、やはりと言うべきか扱いが難しい。

 体感速度を操作するサイドエフェクトを使っていたからか、何となく先ほどの旋空の効果時間は分かる。大体0.3秒と言ったところか。しかし、振り抜いた剣速とタイミングが合っておらず、彼が狙った所よりも右にズレていた。加えて、傷跡が少しこちら側に寄っている。効果時間ももっと自由自在に絞り込む必要がある。

 しかし……。

 

「残念やけど、これは模擬戦やからなぁ! 遠慮なく行かせてもらうで!」

 

 相手は待ってくれない。

 生駒が彼を己の射程距離範囲内に捉え、生駒旋空を放つ。

 彼は咄嗟にサイドエフェクトを全開で発動させる。彼の体感速度と現実世界の差は、約百倍。0.2秒の旋空が20秒へと大幅に遅くなり、しかし彼の体もまた遅くなる。そしてこれだけの負荷は彼も初めてだ。やり過ぎるとどうなるか分からない。

 彼は一か八か弧月を振り抜いて旋空を発動させた。

 すると次の瞬間、時間切れなのか彼のサイドエフェクトが解除された。それと同時に胴体が斬り裂かれて戦闘体を破壊される。

 また、やられた……。

 どうすれば、あの旋空を己の物にできる……?

 

『第六戦目、ドロー』

 

 ――え? と思わず呟き、彼は下げていた視線を上へと向ける。

 そこには斜めに斬り裂かれた生駒が居り、彼もまた驚いているようすだった。

 何故? と彼は考えて――その答えに辿り着いた。

 

「――やば、裏技教えてもうた」

 

 そしてこの生駒の言葉があと押しとなり――結果、一勝五敗四引き分けとなった。

 

 

 

 

「かっー! そのサイドエフェクト卑怯やなー! てかヤバい! マジでヤバい!」

「イコさん何負けてんの」

「いやいやいや! トータル的には俺が勝ってるけど!?」

 

 勝負を終えた後、彼は何か掴んだのか来る時と比べて明るい表情のまま帰って行った。

 どうやら、生駒の狙い通りになったようで、隠岐は安心した。

 しかし、一つだけ気になることがある。

 

「ねえ、イコさん」

「なんや? 俺実は結構へこんでんねんやけど」

「彼、気付いてますかね? 生駒旋空覚えただけじゃあ意味ないってことに」

「……」

「だって……あれを切り札にして勝ち進んだら――おれたちと戦うことになる」

 

 そして負ける。いくらサイドエフェクトで補完されていようが、生駒の方が練度は高い。もし彼と生駒隊が戦えば――確実に負ける。そしてそれは、彼らの部隊とよく戦っている王子隊や弓場隊にも当てはまるだろう。

 彼は確かに一つの手札を手に入れた。しかしそれは決して鬼札でも、切り札でもないのだ。

 何時か再び壁に激突する。そんな確定した未来を想い、隠岐は彼のことを同情し――。

 

「――いいや、あいつは乗り越えるやろ」

 

 しかし、それを生駒が否定した。

 誰よりも分かっている筈の男が。

 

「……それは、彼が生駒さんよりも旋空弧月を使いこなせるってことですか?」

「んー……俺にもよう分からん」

「じゃあ」

「でも、絶対面白いことしてくれる。そんな目をしとったで――モガミは」

 

 あの目は良く覚えている。

 何時だったか、ライバルに勝とうと試行錯誤していたあの男の――楽しそうな目を。

 戦う度に何かを見つけ、どうすれば自分の物にできるか考えていたあの目。

 

(久しぶりに旋空の打ち合いで負けたなぁ)

 

 最後の一閃。いや、あれを()()と呼んで良いのか分からないが……完成された時が楽しみだ。

 

「ホント、楽しみやな……」

「……?」

 

 攻撃手しか分からない世界に、隠岐は首を傾げた。

 

 

 

 

「――そう、確かにそれを自分の物にしたらあなたはさらに強くなれるわね」

 

 早速月見に相談したところ、彼女からも太鼓判を押された。

 次のランク戦までには無理だしても、その次までには何とか自分の物にしたいと考えていた。

 そしてそのためには――。

 

「で、頼みってなにかしら?」

 

 彼が月見の元に訪れたのは、ただ新たな手札を見せびらかせに来たのではない。

 彼女に一つ頼みがあったからだ。

 昨日の今日で虫の良い話だと思って少し躊躇したが、それでもAを目指すには何れ通らないといけない道だ。

 

 彼は、月見に己の過去の戦いの記録を見せてくれと頼んだ。

 防衛任務。対近界民《ネイバー》訓練。個人戦。そして大規模侵攻時のデータ。

 それら全てを閲覧したい、と。

 

「……何故、私に頼むのかしら? 自分で見れば――」

 

 それでは要らない物まで見てしまって、無駄な時間を過ごすことになる。

 そうしないためにも、彼女に選出してもらうつもりだ。

 彼女なら、彼に必要な映像だけを用意することができる。

 人任せで情けないが、強くなるためだと彼は恥を忍んで頼み込んだ。

 

「……そう、本気なのね」

 

 ――月見は、彼のことを侮っていたのかもしれない、と思った。

 彼が入隊してから、彼女は良く彼のオペレーターをしていた。その時の苦労は凄まじく、何度注意したことか。三輪が怒鳴るのも無理も無い。

 でも、彼が成長をするところを見るのが好きだった。

 だからこそ、自分がオペレーターとして誘われた時は嬉しかった。

 言うなれば、可愛い弟から頼られた姉の気分。

 しかし、それと同時に無理をして欲しくなかった。

 また記憶を失い、苦しみ、そして今度は自分たちのことを忘れるかもしれないことが――怖かった。

 だから、言葉では肯定していても、何処か彼を追い詰める発言をして、止めようとした。

 

 しかし、それは間違いだった。

 

「――負けたわね」

 

 彼は止まらない。もし止まることができるのなら、そこまで賢い子だったら自分は惹かれていなかっただろう。

 なら、自分は彼を止めるのではなく、彼が全力で走れるように周りの環境を整えるだけだ。

 

「分かったわ。早速見繕うから――一緒に頑張りましょう」

 

 それが、最上隊オペレーター月見蓮の仕事なのだから。

 




三輪「普通、こういう時って兄である自分のとこに来て相談するんじゃないのか? おのれネイバー!!!(空閑)」
空閑「知らんよ」




更新遅れてすみません。
主人公玉狛ルートが思ったよりも面白くカオスで浮気していました。
次はなるべく早めに投稿したいと思います。

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