初めは二人称にしようと思いましたが、難しくてやめた名残です。
あと主人公は本当は喋ってますが、物語内では喋りません。
あと、お気に入り登録ありがとうございます。
地形踏破訓練――一位。
隠密行動訓練――一位。
探知追跡訓練――一位。
戦闘訓練――一位。
前回――入隊指導の――の戦闘訓練を経て彼のポイントは3900に上がっていた。
元々初期ポイントが高かったというのもあるが、彼は意外にも成績が良かった。
この背景には彼の実家が関係している。
このまま行けば、彼は来週にはB級へと昇格するだろう。周りもそう思っている。
「このまま行けば、二週間でB級になるってことだよな」
「ああ。最初は親のコネでも使ったのかと思ったが、実際は訓練でも一位を取り続けているし、あいつの実力は本物だな」
C級隊員の間では彼の話で持ち切りであり、そしてそれは正隊員の耳にも届いていた。
今では至る所で彼の噂が行き届いており、中には己の隊にスカウトしようと考えている者も居た。
しかし、当の本人はそんなことを知らず己の甲を見て考えていた。
訓練が思っていたよりも面倒くさい、と。
彼は最近この三門市に引っ越してきたのだが、当然中学生である彼は来週には学校に通う身である。そのための準備もあるのだが、仮入隊やら訓練やらであまり捗っていない。
訓練をサボっても良かったのだが、変に注目されている手前、下手な行動はできなかった。
結果はさらに注目されている訳だが。
昔にやっかみを受けて、そこから始まった一連の事件にトラウマのある彼は目立ちたくない。かと言って、ここで手を抜こうものならどうなるのか分からないほど彼も愚かではない。
よって、こうして訓練にまじめに取り組んでいるのだが……。
彼は思った。さっさとB級に上がってしまおうと。
そのために手っ取り早い方法は幸いにもある。
彼は早速ポイントを上げるためにC級ランク戦のロビーへと向かった。
「おい、あいつって……」
「ああ。噂の一秒切りの奴だ」
ロビーに着くと、彼はすぐさま注目される。
気分は動物園のパンダだ。
彼は極力視線を無視して、空いているブースへと入った。
「101……」
「101か……」
ポイントを稼ぎに来た彼だったが、どうやら警戒されているようで次々とブースから避難され、ひそひそと101号室とは戦わない方が良いと言われる始末。
しかし、彼はそれに気づかずに部屋の奥に行くと……困ったように首を傾げた。
操作方法が分からないようだ。
他人に聞くなりすれば良いのだが、彼はぼっち気質で人に話しかけるのが苦手。加えて向こうは彼を遠巻きに見る者ばかり。
どうしようと困っていると、彼の目に一つの物が映った。
室番号、トリガー名、ポイント。
それらがズラリと書かれた一番下に黒いボタンがあったのだ。その隣には通信オフのマークも。
彼はそれをログインボタンだと思い、試しに押してみると画面に変化が起きた。
105号室、スコーピオン、ポイント8120と黒文字で書かれた相手から申し込みが来たのだ。
自分の予想が当たった彼は早速とばかりに『了承』のボタンを押し、彼の体は仮想訓練室へと転送された。
彼はさっさと終わらせようと――意識を集中させる。
すると、彼の耳には己の声以外は消え、視界は色褪せる。
『ランク外対戦10本勝負――開始!』
「なんだ、結局受けるんじゃん。受けるんだったら、受けるって――」
目の前に現れた相手に向かって、遅くなった世界を彼は駆け抜ける。
トリオン体だからか、いつもよりも動きやすい己の体に内心驚きつつも――彼のすることは変わらない。
ただ足を前へと動かして、手に持った刃を振り抜いて、最速で倒すだけ。
「――え?」
『緑川
振り抜いた瞬間、彼の体は浮遊感を覚え、次の瞬間ブースへと戻っていった。
戦闘が終わったのだろう。それを察した彼は世界の速さを元に戻して、己の手の甲を見る。
3900。変化なし。
……どういうことだろうか? ランク戦で勝てばポイントを貰えると聞いていたのに。
『二本目、開始』
不思議に思っていると、彼の体に再び訪れる浮遊感。何処かのビルの上に降り立った彼は、なるほどと呟いて視界を再びモノクロに変える。
一回勝っただけでは意味が無いのだろう。一試合勝って初めてポイントを得られる。
それを理解した彼は相手を探そうと辺りを見渡す。丁度後ろを振り返った時に見つけたので、彼は振り向き様にスコーピオンで相手の腕を斬り裂いた。そして、宙に舞う相手のスコーピオンを尻目に後ろの足を前に踏み込ませて返す刃で首を断つ。
二回目の浮遊感と共に彼はブースに戻る。
ポイントの変化がないことを確認した彼は、「ふぅ……」と浅く息を吐いて思った。
これ、あと何回すれば良いんだ?
それから八回ほど相手の首を飛ばす作業をした彼だったが、何故かポイントを得ることはできなかった。
何がいけないんだろう。うんうん唸りながら手の甲を見るも、ポイントは変わらず。
相手を変えてみようと画面をみるも、しかし申し込みは来ていない。どうすれば良いんだ?
そんな風に思っていると、一番下にピコンと音が鳴り『304 レイガスト 1011』と出る。彼は特に何も考えずそれを押すと、画面に申し込み完了の文字が現れる。
しばらく頭上に『?』を浮かべる彼だったが、ポンッと手を打って納得したように頷いた。
こちらから申し込まないと点は取れないんだ、と。
分かりにくいなあ、と思いつつ彼の体が訓練室へと転送される。
『対戦ステージ「市街地A」。C級ランク戦スタート!』
彼の目の前には先ほどとは別の対戦相手が現れる。
眼鏡をかけた普通の少年だ。彼は頬に冷や汗を伝わせながら、レイガストを手に彼を見据えている。……いや、どちらかと言うと呆然と見ている、が正しい。予期していなかった相手が現れて思考が止まっているようだ。
しかし彼は容赦しない。いつも通り視界をモノクロに変えて、目の前の相手に斬りかかる。そして先ほどと同じように相手の首を斬り飛ばす。
「なっ……!」
『三雲
勝利を収めた彼は、今度こそと手の甲を見た。
3903。
……しょっぱ。
色濃い疲労を含んだ声を滲ませて、彼はブースから出て帰路に就いた。
◇
人生に楽な道は無いと身を以て経験した彼は、結局二週間かけてB級へと上がった。それでも異例の速さだが。
ちなみにあれ以降彼はランク戦に赴いていない。それどころか訓練が終わればすぐに帰っている。何でもない風に装いながらも、あれには色々と思う所があったらしい。
それも今日で終わるが。
B級となった彼は職員から書類を貰って帰路に着く……はずだった。
何故か彼はボーダーの医務室に来ていた。
そして医師の前に座り、とある説明を受けていた。
「君にはサイドエフェクトがある。それもランクSの超感覚だ」
サイドエフェクト――それは簡単に言うと、優れたトリオンを持った人間が発現する超能力みたいな物だ。一言に超能力と言っても、手から火が出たり空を飛べたりはしない。人間の能力の延長線上にあるものだ。つまり、超能力と聞いて目を輝かせた彼の妄想は叶わない夢と言うことだ。
そんな彼のサイドエフェクトは『体感速度操作』。
体感速度とは何か。簡単に例えると、向かって来るソフトボールの速度が110キロの場合、野球の150キロのボールに等しい。
彼は、これを自在にコントロールすることができる。
体感速度を操作すれば、世界が一秒経過している間、彼の体は一分にも一時間にも感じることができる。そうすれば放たれた銃弾を肉眼で捉えることも容易く、そのまた逆もしかり。
「ただ、ランクSだけに副作用とか詳しいことは分からないんだ。多用すれば君にどんな影響が出るか分からない。くれぐれも、自分の体は大事にしてくれ」
ちなみに、彼はこの能力を幼少期から行使している。
例えば、校長先生の話や暇な授業の時に体感速度を加速させたり。
例えば、格闘ゲームでコンボを決める時に遅くしたり。
例えば、ジャンケンの時に見極めたりとか、
思い返せばくだらないことに使い過ぎである。
こんなことを言えば医師は卒倒するかもしれないが、彼は言うと長くなりそうだと思い、黙っていた。適当に相槌を打つとそのまま帰路に就いた。
家に帰り、彼は渡された書類を見て、ある一つの項目が目に留まった。
それはボーダーの給与制度だ。
A級は基本給+近界民討伐の出来高払い。
B級は近界民討伐の出来高払い。
つまり、敵を倒さなければお金を貰えないのだ。
これを見た彼は思った。誰だこんなぼっちに厳しい制度作ったの。
実は、B級からA級に上がるにはチームを組む必要がある。シーズン毎に行われるランク戦に勝ち、そしてA級に挑戦し認められて初めてA級になれるのだ。
誰と? 学校で友達できないぼっちと組む人間なんて居るのだろうか? いや、いない(反語)。
世知辛い世の中になったと彼はパン耳を食べながらそう思った。
彼は今貧困生活を余儀なくされている。理由はただ一つ。お金が無いからだ。
別に彼が捨て子だとか、近界民に家族を殺されたとか、そういうシリアスな背景は無い。彼には孫を溺愛する祖父が居るし、唯一の癒しである猫も居る。
しかし、今現在彼の住んでいるマンションには、彼以外に住人は居ない。家賃が安い代わりに警戒区域に比較的近いのだ。それだけ彼は金銭的に逼迫している状態だ。
何故そのようなことになったのか。
それは、彼がほぼ家出当然にこの三門市にやって来たからだ。
祖父は『ダメええええええ! 行かないでええええ!!』と涙、鼻水その他諸々を顔から流しながら彼に縋り付いたが、彼の決意は固かった。
彼は祖父のことを一般の常識的範囲で家族愛を持っているが、それではダメなのだ。
とある一件からぼっちとなった彼は、どうにかして友達を、あの灰色の生活を脱したかった。つまり高校デビューしたい。
しかし、彼はまともに自炊をすることができなかった。
飯はコンビニ弁当。金があれば欲しいゲームを買い、時々スナック菓子を貪る。
多めに渡された生活費はあっという間に消えた。当然怒られた。
これは不味いと焦った彼はバイトをしようと求人票を見るも、当然ながら中学生を雇う職場など無い――と諦めていた彼だったが、何の因果かボーダーに入隊することができたのであった。しかし出来高払い。
彼は書類をずっと睨み付けていたが、諦めたかのようにため息を吐いた。
A級に上がるのは無理。ならば、B級で頑張るしかない。
幸い防衛任務はシフト希望制なので、たくさん出ることは可能なようだ。
とりあえず、彼は平日の放課後以降、ならびに土日を全て『希望』の文字で埋め尽くした。
Q 最上秀一のサイドエフェクトって何?
A 彼のサイドエフェクトは体感速度を操作できるランクSの超感覚である。彼はこれを体内の時間を操作することで使用しているようだが、実際にここまで精密な操作をするのは難しい。幼少期より使用していたために彼の体――細胞が順応するように変化した可能性がある。現に、筋繊維や神経、骨格の発達が常人に比べて発達しており、それはトリオンにも見られている。その結果、彼が集中しようとすれば無意識的にサイドエフェクトが発動する。
Q 小難しくて分からん。
A カニ食う時って集中するよね(半ギレ)