『――よって、我々ボーダーはこれからも
「じゃあ、最上はまだ……」
「うん。まだ目を覚ましていない」
現在放送されているボーダーによる記者会見をBGMに、修は宇佐美の用意したどら焼きをパクリと口に含んでその味を堪能する。目の前に座っている遊真ももきゅもきゅと頬張り、修の質問に答えた。
――第二次
民間人に多少の被害が及んだものの、ボーダーの迅速な対応が功を奏して死者が出ることはなかった。
迅曰く、秀一が敵を引き付けたことで他の戦場が楽になり、その分被害が減ったらしい。その時の彼の表情が気になった修だったが、遊真がそっとしておこうと彼を止めた。
サイドエフェクトを持つ者同士、苦労が分かるのだろう。彼の言葉には何処か有無を言わさない力強さがあった。
「それにしても、こんだけの強敵を相手に被害0っていうのも驚きだな」
「あ、やっぱり空閑から見ても凄いのか?」
「敵の注意がシュウイチに集中していたと言ってもな。はっきり言って奇跡みたいなものだ」
加えて、ボーダーのトリガーに備わっている
負けても死なず、それどころかその後も共に戦うことができるというのは――彼が今まで旅をしてきた
「でも正規のトリガーだけっていうのが問題だな」
「それは仕方ない。宇佐美先輩が言うには資金も人材も足りないらしい」
「それはそうだけど、次に攻められた時にまた狙われたら……」
その時は被害が出るのかもしれない。
何故なら、
現に、餌を求めて警戒区域に入った記者が居た。その者は現在入院している。
そして、その時スケープゴートにされるのは修だ。
何故なら、彼が訓練生用トリガーを使用した情報は既に漏れているからだ。
それでも、彼は自分の行いに後悔をしないし、同じような状況になれば迷わず同じ行動を取るだろう。
「……次は絶対千佳が狙われるな」
「まあ、そうさせないためにおれと迅さんのポイントを移したわけだけど」
「鬼怒田さんには色々とお世話になったな……」
そして、その時に真っ先に狙われるのは膨大なトリオンを持っている千佳だろう。
今回の大規模侵攻でも彼女は一時狙われており、トリガーも訓練生用だったために、よくよく考えればかなり危険な状況だった。
そんな彼女を守るために、特級戦功を上げた遊真と迅はそのポイントを全て千佳に移してB級に昇進させた。上層部と意見が一致したのもでかいだろう。
「鬼怒田さんと言えば、エネドラはまだ寝ているのか?」
「うん。昨日シオリちゃんのやしゃまるシリーズと遊んで疲れたって」
(あれは遊んだっていうよりもイジメられていたような……)
先日の戦いで捕虜となったエネドラだが、程なくして命を落とした。
どうやら脳まで根を張っていたトリガー
しかし、人格をラッドに移し替えることは可能だったようで、エネドラは現在黒いラッドとなって玉狛支部に居る。
「お、二人とも居た」
「宇佐美先輩?」
どら焼きを食べつつ雑談をしていた彼らの元に、宇佐美が現れた。
どうやら修と遊真を探していたようで、何やら慌てていた。
何かあったのだろうか、と疑問を抱く彼らに彼女は息を整えて伝えた。
「最上くん、意識を取り戻したって!」
◆
――秀一。
彼は夢を見ていた。
しかし、可笑しなことに今映っている風景に見覚えは無い。
――秀一、お前は■■になれ。
夢だからか、ぼんやりとしている。何処かの家だということは分かるのだが、それが何処なのかが分からない。
分からないことはそれだけではない。
幼い自分と共に居る一人の男。
彼は、一体何者なのだろうか。
彼は、目を凝らしてその男の顔を見るが、まるで墨で塗りたくられたかのように黒く染まっており、その人が誰なのか分からない。
しかし、それと同時に彼は妙な懐かしさを覚えていた。
夢の中の男は、幼い彼の肩を強く掴むと、語気を強くして言い聞かせた。
――お前は、■■にならなくちゃならないんだ!
同じことを繰り返す男。
その男は狂ったように幼い彼に、それも洗脳するかのように■■になれと言い続ける。しかし肝心なところが聞き取れない彼はそのまま――。
◇
ふと、彼はパチリと目を覚ました。
彼の視界には白い天井が広がっており、しかし何処か嗅ぎ慣れた匂いに気付いた。
その嗅ぎ慣れた匂いとは医務室に置いてある薬品特有のもの。そして自分に掛かっている白い布団……。
このことから彼は自分が医務室に運ばれたのだと推測した。
彼はため息を吐いて、少し頭を働かせる。
すると頭に鋭い痛みが走り、思っていたよりも自分は疲れているのだと分かった。
しかしおかげで最も新しい記憶……つまり気絶する前の記憶を思い出すことができた。
そこから推測するに、どうやら彼は強敵との連戦で疲労し、背後からの攻撃に見事やられたようだ。
三輪から常日頃言われている弱点だが、どうやら未だに克服できていないようである。これは後で説教かな? と彼が慄いているとガラリと扉が開いた。
「お? 目覚ましたか最上」
医務室に入って来たのはなんと太刀川だった。
彼は純粋に驚いた。彼から見た太刀川はランク戦と餅が大好きな男。
それ以外は全然ダメで、月見曰く才能のあるダメ男。
そんな彼が自分の見舞いに来たことに、彼は心底驚いた。
「え!? マジですか太刀川さん!」
「ほ、本当だ……最上くんが生きてる……!」
と思っていたらさらに客人が増えた。
太刀川隊の出水と唯我だ。
出水は彼のことを驚いた眼で見ると、すぐさま携帯を取り出し、そこで此処が病院だと気付くと外に飛び出して行った。
Uターンしていった出水とは反対に、唯我は腕で目元をゴシゴシと拭うと彼の近くに寄った。
「全く、先輩のボクを心配させるんじゃないよ!」
そして開口一番に彼を叱った。
手に持った高級そうな果物を机に置くと、唯我はいかに自分が彼に対して心を砕いて身を案じていたかを細かく説明した。
「君が目覚めないと聞いて、ボクは本当に心配したさ。確かに君はボクよりも強い……いや、同じくらい……ボクに追いつく力を持っているけど! 無茶だけはしてはいけない! 己の体のケアをし、常に万全の状態を維持するのが一流なのさ!」
「半人前のお前が言っても説得力ないぞ、唯我」
「太刀川さんヒドイ! ってなに食べているんですかー?」
「バナナ」
「いや、そういう意味じゃなくて!」
いつも通りのやりとりに彼は思わず笑ってしまった。
どういうわけか、目の前の光景を見ていると妙な懐かしさを覚えてしまう。
しかしそれも当然のことで、彼が気を失ってから一週間経っているらしい。
彼は唯我たちにお礼を言い、自分も果物を口に入れた。
常日頃から高級フレンチを食している唯我は舌が肥えており、そんな彼が持ってきた果物は美味しかった。
でもそれは彼の物なので、太刀川さんはそろそろ遠慮した方が良い。
彼に気遣ってこのような態度を取っているのかもしれないが、今回はいささかタイミングが悪かったようだ。
出水が出て行く際にこの部屋の扉は開けられたままだった。ゆえに、その男が此処に着いたことに太刀川は気付かなかった。
「――何をしている太刀川?」
「!? むぐっ、ぐほっ! ごほ!?」
太刀川の背後から冷たい声を出したのは風間であった。
突如背後からかけられたその言葉に太刀川は咽て、喉にバナナを詰まらせる。
そのあまりにも滑稽な姿に彼と唯我は微妙な表情を浮かべ、風間と共にやって来た菊地原は。
「病院来て入院沙汰起こさないでくださいよ?」
「……」
いつも菊地原の発言を諫める歌川も、今回ばかりは彼と同意見なのか黙ったままだ。
未だに咽る太刀川の襟元を風間は掴み、そのまま体重をかけて太刀川を引っ張った。
「ちょ、かさ、まさ、し、ぬ……」
「少しこいつを借りるぞ唯我」
「は、はい!」
首が締まってさらに顔を青くさせる太刀川は、そのまま彼の視界から消えていった。
しかし割とよく見る光景なので、彼は視線を風間隊の二人に向ける。
「息災で何よりだ、最上」
「まあ、ボクは元々殺しても死ぬようなタマじゃないと思ってたけどね」
「菊地原」
「はいはい……」
備えられている椅子にそれぞれ座る歌川と菊地原。
そして他のA級隊員が来たことで、肩身の狭い思いをする唯我。
そんな彼をよそに、菊地原が口を開く。
「でも、実際良く生きていたよね。正直なところ死んだかと思っていた」
何とも酷い言いようである。
しかし彼は反論できなかった。
相手は彼よりも格上で、複数人を相手に連戦をしたのだ。戦っている最中はそこまで考えていなかったが、こうして冷静に思い返してみれば自分の行いは無謀の一言に尽きる。
彼は、菊地原の言葉に同意し、今後は気を付けると言った。
「……いや、分かっていないね。やっぱり君は
上層部に言って何処かのチームに入れてもらえば?
そう言い放った菊地原の言葉に、彼は曖昧に笑って誤魔化すしかなかった。
ぼっちにそんな行動力を求められても困るだけである。
そんな風に菊地原や歌川と話していると、二人とも立ち上がった。
どうやら病み上がりの彼を気遣って帰るらしい。
本当は風間もちゃんとした見舞いをしたかったかもしれないが……彼は今折檻中である。
挨拶もそこそこに彼らは部屋から出て行った。
それを見送ると、彼は唯我を見た。
「……ボクもそろそろお暇させてもらおう。早く体を治したまえよ? 最上くん」
そう言って前髪を掻き上げる唯我。
しかし先ほどの借りてきた猫状態の唯我を見てしまった彼は、苦笑いをするしかなかった。
アディオス!と唯我は指を立ててそう言うと、部屋を出て行った。
一気に人が居なくなり、静寂が彼を包み込んだ。
まあ、慣れている状況だ。
というか、目を覚ましたのだから医師に伝えた方が良いのだろうか?
そう思って彼が布団から出ようとすると、再び扉が開いた。
「あれ? 唯我と太刀川さんが居ねえな」
「最上先輩! 無事だったんですね!」
「……はあ、やっと起きたか」
次に現れたのは出水、米屋、緑川のいつもの三ばk……三人だった。
おそらく出水が携帯で呼んだのだろう。そして二人は急いで走って来た。
何処となく汗をかいており、彼に近づいた米屋はいつもよりも目つきが鋭く……?
「心配かけやがって、この野郎!」
そのまま彼にアイアンクローをかました。
突然の奇行に緑川と出水が驚き、急いで止めようとするが……しかし次の米屋の行動で止めた。
米屋の手が彼の頭に添えられており、米屋はニカッと笑みを浮かべていた。
「――本当に、心配かけやがって」
「よねやん先輩……」
どうやら彼が思っていたよりも周りに心配をかけていたようで、彼はそのことが不謹慎にも嬉しく思ってしまった。
というかこれは卑怯だろう。ぼっちにこれは効く。
彼はうるっと来た目を隠すために顔を俯かせ、それに気づいた出水が茶化そうとして緑川に沈められた。
その後、出水の連絡で次々とボーダー関係者が彼の元に集った。
諏訪隊の面々は彼の無茶に心配し、諏訪など少し説教をしたくらいだった。
そしてそれを嵐山隊や荒船隊が宥め、しかし彼には己に対する正しい認識が必要だと太刀川を置いて来て少しだけ顔を見せに来た風間が言う。
風間の言葉に皆共感したのか、遅れてやって来た奈良坂と古寺は三輪に報告だと冗談交じりに言った。彼にとっては冗談でも勘弁して欲しいようだが。
「さて、そろそろ俺たちも帰ろう。あまり彼に無理をさせてはいけない」
いつの間にか時間が結構経ち、お昼時になった。
嵐山たちもまた、病み上がりの彼を気遣って見舞いを切り上げていく。
彼は見送りながら、胸がいっぱいだった。
こうしてたくさんの人に気にかけられるのは慣れていないが……実際に受けてみると視界が少し滲む。
……多分、初めてなのかもしれない。ボーダーに入って良かったと思ったのは。
彼は早く治そうと布団を被り、寝ようとする。
――コンコン。
しかし、それを阻むようにノック音が響いた。
また誰かがお見舞いに来たのだろうか。彼は声を上げて入室を促すと、二人の少年が入って来た。
「最上……無事で何よりだ」
一人は眼鏡をかけた黒い髪の少年。
「いやー、英雄のお目覚めって奴ですな」
そしてもう一人はいやに背が低く、白い髪の少年。
彼らは柔らかい笑みを浮かべて、言葉は違うが彼が無事に目を覚ましたことを喜んでいた。それと同時に彼に対して感謝しているのだろう。もし彼が居なかったら、狙われていたのは彼らと同じ隊の少女だったのだから。
そんな彼らの好意的な感情にそこまで疎くない。しかし、だからこそ彼は申し訳なく思う。
彼は、言った――。
どちらさまですか? ……っと。
「――え?」