勘違い系エリート秀一!!   作:カンさん

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第25話

『どんどん近づけなくなるな』

 

 周囲の建物は全て斬り裂かれ、足元には瓦礫の山。

 秀一たちにとって今の戦場は戦い辛いの一言に尽きる。

 空間には星の杖(オルガノン)のブレードが走り、至る所にはヒュースの蝶の楯(ランビリス)の磁力の罠が、そしてエネドラたちの足元には泥の王(ボルボロス)の液体が仕込まれている。

 結果、秀一も遊真も近づくことができず攻めあぐねていた。

 

『物体を通じて敵を斬る風刃の奇襲も、あの液体化トリガーで察知、防御されるだろう』

「おれの『射』印(ボルト)も、あの磁力とやらのトリガーで反射されるし」

 

 彼らの遠距離攻撃のほとんどは封じられてしまっている。

 かと言って距離を詰めようにも三つのトリガーの連携により近づくことが出来ない。

 しかも、まるで時間稼ぎを狙っているようにも思える。宇佐美から聞かされた撤退した近界民(ネイバー)のことも気になる。

 

(でも、A級隊員や迅さんがこっちに向かっている以上、時間が経てば経つほど有利になるのはこっちのはず……)

 

 嫌な予感がする。

 約九年実戦で養った勘に従い、遊真は打って出ることにした。

 そのためには、今の相棒の力が必要だ。

 

「シュウイチ。風刃の弾数は後何発撃てる?」

 

 遊真の問いに、秀一は今の残っている五発と残り一回のリロード――十五発……計二十発が限界だと伝えた。

 

「ふむふむ……じゃあ、後五発と考えて動くか。それとシュウイチ、もう一つ聞きたいことがあるんだけど――」

 

 遊真の質問を聞いた秀一は露骨に嫌な顔をして彼を見た。

 できるかできないかで言えば……五分五分と言ったところだ。

 何せそのような状況で戦った経験など無く、そもそもスペック頼りなところがあって正直言って不安だ。

 彼は遊真にどうしてもその作戦ではないといけないのか? と聞いた。

 

「倒すならね。敵が時間稼ぎをしている以上()()あるということだ」

 

 そして、数で負けている以上その何かが起きれば自分たちは負ける――。

 それに……。

 

「――勝ち目が薄いからって逃げるわけにはいかない!」

 

 大切な者を守るため、この場に居ないもう一人の相棒の言葉を思い出しながら遊真はそう言った。

 それを聞いた彼は目を見開き――遊真の作戦に乗った。

 

「そう来なくっちゃ」

 

 ニヤリと笑うと、遊真は秀一に作戦を伝えた――。

 

 

 

 

「――来る」

 

 ヴィザの勘が相手の気迫を読み取った。

 

 まるでこれで最後と言わんばかりに秀一は、サイドエフェクトをフル回転させた。

 すると、彼の視界は過去最高に遅くなり、それに着いて行こうとトリオン体が

悲鳴を上げつつもギアを上げていく。

 最短距離を駆けながら、秀一は地面を何度も斬り付けていく。それだけで、アフトクラトルは動けない。速くなった彼の風刃は――避けるのは難しいのだから。

 

「疾い!」

 

 彼がヴィザの元に辿り着くのにかかった時間は――僅か0.3秒。奇しくも、彼が初めて頭角を現したあの時と同じ時間だった。

 この時の彼を捉えることができた者は誰も居なかった。

 エネドラもヒュースもヴィザも、そして仲間であるはずの遊真ですらも。

 ヴィザは、彼が動くすぐ前に星の杖(オルガノン)を全力で発揮して備えていた。最も身を守ることできる場所にブレードを走らせ、彼が辿り着くポイントを絞り込み、そこに己の剣を置く。

 

 ――瞬間、ガキン! っと甲高い音が鳴り響く。

 

「エネドラ殿!」

「――オレの射程距離だ!」

 

 風刃を受け止められた秀一は足を止めた。

 その一瞬の隙をヴィザは見逃さず、エネドラにトドメを刺すように命じ――違和感を感じた。勝利を確信する前に感じた、ほんの小さな違和感だ。

 

――星の杖(オルガノン)のブレードを正確に回避できる者が、この程度の誘いに乗るだろうか。

 

『鎖』印(チェイン)二重(ダブル)!」

 

 しかし、遅かった。秀一の隙を見逃さなかったゆえに、トドメを刺そうとその場に留まったゆえに――彼は己の杖から飛び出した鎖によって拘束されてしまった。

 その鎖はそのまま遊真の元へと伸び、彼の握る鎖に繋がれる。

 

『強』印(ブースト)五重(クインティ)! せーっの!!」

 

 さらに遊真は己のトリオン体を強化し、豪快にも力づくでヴィザを上空へと投げ飛ばした。

 彼が初めに蹴りを入れた時に仕込んだ印。今の今まで使わなかったそれを、遊真はこの局面で使用した。結果、ヴィザの虚をつくことに成功した。

 

『弾』印(バウンド)二重(ダブル)!」

 

 秀一の足元に『弾』の印が展開され、彼はそれを踏んで思いっきり跳んだ。突撃する前に遊真に付けて貰ったものの()()だ。

扱いはグラスホッパーに似ているものの、その効力は凄まじく約十倍の力があった。生身で使えば肉体が負荷に耐えられないほどだ。

 だが、今の彼にとってはこれ以上ないほど頼もしい。

 

「頭の悪い作戦だ!」

「だが――通された!」

 

 無理矢理分断したということは、ヴィザを獲りに来たということ――。

 それを危惧した二人は、まず遊真を倒そうと走り出した。

 ヴィザの射程外に居た遊真は必然的にエネドラたちの射程外に居るということ。

 攻撃を当てるには近づかなくてはならない。

 

 ――だが、彼らの攻撃はまだ終わっていない。

 

『鎖』印(チェイン)三重(トリプル)!」

 

 遊真に近づこうとしていたヒュースは、突如足元がぐらついて、思わず後ろに退いてしまった。過度な警戒によって取ってしまった悪手。結果、遊真に接近している敵の数は――エネドラのみ。

 

 一方、ヴィザは自分に向かって来る秀一の珍妙な姿に思わず眉を顰める。

 風刃を持っていない左手から鎖が伸び、それに繋がっている幾つもの瓦礫が彼に引っ張られる形でヴィザたちのステージに追いついて来た。

 

 彼は体を思いっきり捻って遠心力を使い、瓦礫を叩き付ける。

 しかしヴィザはそれを星の杖(オルガノン)本体で斬り裂くことで防御した。そして次いでとばかりに自分に巻き付いている鎖をブレードで斬った。

 

「ほっほっほっ。なかなか面白い攻撃だ――しかし、空中なら私も気兼ねなく戦える」

 

 ここで終わらせる。

 そう判断したヴィザは星の杖(オルガノン)を使おうとし――突如尋常ではない重さに襲われる。

 

「――! こ、これは!?」

 

 ここで初めてヴィザに焦りが生まれた。

 円の軌道上を走るブレードと星の杖(オルガノン)の刀身に重しが付いていた。

 

 ――鎖と瓦礫に仕込んであったというのか!

 

 しかし問題はそこではない。

 ヴィザは一体誰の前で動きを封じられたのか。そしてその男は現在どのような状況にあるのか――。

 だが、気が付いたところでもう遅い。

 秀一は既に風刃を振り抜いている。

 ヴィザは、何とかブレードでガードしようと動かすも、横から飛んできた斬撃がそれを逸らした。

瓦礫に仕込まれた風刃の遠隔斬撃だ!

 

「――ああ」

 

 もう、彼とヴィザを阻む障害は無い。

 

「――これだから、戦いは止められない」

 

 二つの影が交差し――ヴィザのトリオン体は真っ二つに斬り裂かれる。

 

「――ヴィザ翁がやられただと!?」

 

 そして、それをエネドラは察知してしまった。――遊真の目の前で。

 

『響』印(エコー)『弾』印(バウンド)

 

 足を止めたエネドラに向かって遊真は拳を握り締めて突っ込んだ。

 

「――なめんな、玄界(ミデン)の猿がぁ!!」

 

 自分の攻撃は全て当たらず、向こうには何度も斬撃を喰らわされ続けたエネドラの苛立ちは最高潮だった。そこにヴィザがやられたことによる動揺は加わり、エネドラはついに感情を爆発させた。

 彼の感情を代弁するかのように黒いブレードが辺り一面を破壊し尽くす。

 しかし、そのブレードが遊真に届くことはなかった。

 突如地面の一本の傷跡から四つの斬撃が飛び出し、遊真に致命傷を与えるエネドラのブレードのみを斬り落とした!

 風刃による斬撃のブービートラップ。ヴィザに接敵する時に付けた物だ。

 

『強』印(ブースト)――」

(ガスブレードが……間に合わねえ!)

二重(ダブル)ッッ!!」

 

 遊真の拳は、正確にエネドラの弱点を貫き――二つ目のブラックトリガーを撃破した。

 

 

 

 

 彼はパラシュート無しのスカイダイビングを強制的に体感させられつつ、生身で自分に着いて来ている老人を見る。

 

「いやはや。此度の戦い、真に楽しかった」

 

 次は勝てる気がしないのは彼の気のせいだろうか。

 いや、おそらくその勘は間違っていないだろう。何せ、目の前の老人は負けて尚何処か余裕がある。今回勝てたのは運が良かっただけだ。

 

「謙遜なさるな。貴方はクロノスの鍵云々無しに考えても、これから強くなる。

 だからこそ、惜しい。貴方のような素晴らしい芽を摘まないといけないことに」

 

 というか、落下しながら微笑む老人というのは、いささかシュールだ。

 

「さて、敗者は潔く退くとしましょう――もし、再戦の機会があれば、その時は――」

 

 それだけ言うと、ヴィザは突如現れた(ゲート)の奥に消えた。

 ……老人という生き物は、皆ああいう生き物なのか、と己の祖父を思い出しながら彼はそう思った。

 

 地面に亀裂を作りながら降り立つと、遊真は既にエネドラを倒していた。

 

「よっ。上手くいったな」

 

 降りた……というよりも墜ちてきた彼に対して、遊真は軽くそう言った。

 どうやら彼の風刃が役に立ったらしい。戦闘体が解けたエネドラが凄い顔でこちらを睨み付けているが……まだ敵は居るのだ。

 しかし、その敵も頬に冷や汗を伝わせ、著しく戦意を喪失させているようだが。

 このまま押し込めば倒せるだろう――そう思っていた時だった。

 

『――遊真! (ゲート)が開くぞ!』

「――なに?」

 

 レプリカの言葉と共に、エネドラが付けていたマーカーが反応する。

 すると、彼の背後からラービットを連れたミラが出てきた。

 

「手酷くやられたそうね、エネドラ」

「……おせーんだよ、クソが」

「まあ、確かにそうね――もっと早くこうすれば良かったわ」

 

 そう言うと、ミラはエネドラの腕を掴み――窓の影(スピラスキア)で切断した。

 

「が……がああああああああ!?」

「ごめんなさいね。私に命じられたのは泥の王(ボルボロス)の回収……貴方はいらないわ」

「て、てめえミラ……自分が何しているのか分かって――」

「……貴方のその眼、気付いている? 角が脳まで侵食して人格にも影響が出始めているのよ? 昔の貴方だったら、もっと上手くクロノスの鍵と戦えたはずよ」

「ミラ……ミラアアアアア!!」

「本当――残念だわ、エネドラ」

 

 さようなら。

 最後にそう言って、エネドラは窓の影(スピラスピア)に串刺しにされ――。

 

「――!」

 

 ――る前に、彼がミラに斬りかかった。

 彼女はそれを門の向こうに引っ込むことで避けると、ヒュースの隣に転移した。

 

「あら? 今代のクロノスの鍵は優しいのね?」

 

 ……恐らく初めてではないのだろうか。彼が怒るのは。

 命を粗末にする彼女の行いが彼の琴線に触れたのか、または別の何かか――。

 少なくとも、彼は明確な敵意を抱いてミラを見ていた。

 

 彼は遊真にエネドラを基地に運ぶように言った。

 

「え? でもこいつ敵だぞ?」

 

 遊真の言葉に確かにそうだと答える。しかし、だからと言って見殺しにするのは違う。

 それに、ここで彼を見捨てれば――自分はこの先、大事な人を見捨てるような人間になってしまう。

 何となく、彼はそう思った。

 それを聞いた遊真はため息を吐く。

 

「……なんか、おれお前のこと勘違いしていたのかもな」

 

 どういう意味だ? と彼が聞くと、遊真は何でもないと言ってエネドラを担ぐ。

 

「で、お前はどうするの?」

 

 ――決まっている。あの女を倒す。

 彼は風刃を構えてそう言った。風刃が最後のリロードを完了し、十五の風の帯が彼の白い髪を揺らす。

 

「――どっかの誰かさんと似ているな……すぐ戻るから」

 

 それだけ言うと、遊真はその場を立ち去った。

 おそらく最速でエネドラを送り込んで、すぐさま戦場に戻るつもりなのだろう。

 しかし、彼は遊真を待つつもり等毛頭なかった。

 目の前の女は確実に倒さないといけない――この手で。

 

「――戦う前に、一つ教えてあげるわ」

「……ミラさん?」

 

 コツ……と彼女がヒュースの前に出る。

 ミラのその様子にヒュースは言いようの無い違和感を感じたのか、怪訝な表情で彼女を見た。

 

「貴方――もう終わっているのよ?」

 

 何を言っている――そう叫ぼうとした彼だったが、突如視界が赤く染まる。

 さらに足に力が入らなくなり、彼の体は地面に投げ出されてしまう。

 何が起きたのか分からない。敵の前で倒れてしまった彼は、赤く染まったミラを睨み付けながらも立ち上がろうとする。

 

「何が起きたか分からないって顔ね? 私が教えても良いんだけど――無駄なことは嫌いなのよ、私。

 ――そのまま消えなさい。クロノスの鍵。災厄を起こす前に」

 

 ――彼は死にたくないと思う前に、目の前の女の思い通りになりたくないと思った。

 ――ゆえに、無理をしてでも、あのスカした横っ面に一発叩き込みたい。

 ――そう、思ってしまった。

 

 彼の視界の半分が赤を通り過ぎて、黒に塗り潰されつつあった。

 まるで闇に飲まれるかのように、彼の意識は薄れていく。

 それでも、彼は立ち上がった。

 

「――まさか、()()()の?」

 

 彼は一歩踏み出そうとして――目の前にミラの顔があることに気が付いた。

 何故? 少なくとも十歩ほどの距離はあったはず。

 しかし、今の彼にとってはその程度のことなどどうでも良い。

 

蝶の■(ラ■ビ■ス)!」

窓■影(スピ■■キア)!」

 

 黒いトゲと磁力を持ったトリガーが襲い掛かるも――彼の視界に入った途端動きを止めた。

 いや、攻撃だけではない。彼らの体も動かなかった。どうやら声も出せないようで、表情を凍らせて固まっている。

 自分が何をしているのか。何が起きているのか。それらが全く分からず、彼は風刃を使おうとし、持っていないことに気が付いた。

 しかし、どうでも良い。倒すのなら、武器は必要無い。ただ触れるだけで人間はトリオ、ンを消■しteのみこmmmmmmmmmmm――――。

 

 

 

 

 ――そこで、彼の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 三輪は走っていた。

 本部から聞かされた情報――秀一の元に人型近界民(ネイバー)が集結しつつあるという情報を聞いた三輪は、大規模侵攻前に迅に聞かされた予知を思い出していた。

 最上秀一の死。そしてそれを回避するためには、自分は玉狛の三雲を助ける必要がある。

 正直なところ、近界民(ネイバー)を匿っていた人間など助けたくもなかった。

 迅の言う通りに動くのも嫌だった。

 だが、彼を救うためなら――そう思っていた。

 

 しかし、いざ敵が攻めてきたかと思えば、彼は最初から窮地に陥っていた。

 そして、それを救ったのはあの空閑遊真と来た。

 ――三輪は、迅の言われていたことを無視し、彼の元に走った。

 途中の新型を三体葬り、空を飛ぶイルガーを無視し、そして視た光景は――。

 

 

 

「――おい」

 

 所有者を失くし、地面に転がった風刃。

 黒い角を携えた二人の近界民(ネイバー)

 そして、彼のトリオン反応を強く示す――キューブ。

 

「――そいつを放せ、近界民(ネイバー)!!」

 

 ――激情のままに三輪は近界民(ネイバー)に突っ込んでいった。

 




次回、大規模侵攻終局

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