迅が戦闘に介入した結果、三輪隊は本部に帰還。
そして、報告が偏ることを危惧した迅は、修と共に本部に出向。今回三輪隊に特別任務を言い渡した城戸司令並びに上層部に報告した。
それを聞いた城戸派の面々は、
しかし城戸司令はそれに取り合わず、件の
そのことにやきもきとする鬼怒田開発室長と根付メディア対策室長であったが、それをよそに唐沢外務・営業部長の修に対して行われた問いが空気を変えた。
「――空閑、だと……!?」
遊真の名……というよりも、苗字を聞いた途端表情を変えた者が三人居た。
城戸司令、忍田本部長、林藤支部長の三人だ。
彼らが言うには、ボーダー創設メンバーの一人に空閑有吾という男が居たらしい。遊真の『父の知り合いにボーダーが居る』という台詞から、彼はその空閑有吾の息子である可能性が極めて高い。
それを聞いた忍田本部長はこれ以上遊真を襲うことに意味は無いと言い、それに対して城戸司令は名を騙っている可能性もあると返した。
城戸はこれ以上問答を繰り返しても進展が無いことを察すると、解散を命じる。それを受けた城戸派以外の面々は会議室を後にし、この場に残った鬼怒田開発室長は不満を顔に出して城戸司令に問いかけた。
「このままで良いのですか城戸司令? クガとやらのことは分からんが……」
「問題は玉狛に黒トリガーが二つ揃うと言うこと……。
これではボーダー内のバランスが一気にあちら側に傾きます」
彼らにとって、
彼らは、遊真を始末することから、どうやって捕獲するかを考えるも、A級である三輪隊が返り討ちにあったことを踏まえるとどうにも難しい。
「……あまり気は進みませんが、こういうのはどうでしょうか?
現在A級に昇ったことのある二宮隊、影浦隊を一時的にA級に戻し、再度三輪隊と共に奇襲をしかけさせるというのは。何なら、指揮能力の高い東隊員や個人戦において高い実力を持つ村上隊員と最上隊員を使うのも良いのでは?」
「おお! 珍しく良い意見が出るではないか根付メディア対策室長!」
「それ、どういう意味ですか?」
かつてA級であった者、または高い戦闘能力を持つ隊員を
三輪隊以外のA級部隊がこの任務に参加できないであろうことを考慮すれば、根付メディア対策室長の案は、現状を踏まえれば最適に近い物であった。
「城戸司令! 早速根付メディア対策室長の言ったように――」
「私はその案には反対ですね」
しかし、それを唐沢外務・営業部長が止める。
「何故だ? 何故反対する?」
「合理的ではないからです。B級部隊として動かすのなら、それほど問題ではありません。
しかし、根付メディア対策室長の案では、ボーダー内にあらぬ反感を買うことになります。
今上がった二つの部隊は隊務規定違反を犯して降格した身……それを覆して昇格させればどうなるか……」
二宮隊は、重大な隊務規定違反を犯した元隊員の連帯責任。影浦隊は、隊長である影浦が根付対策室長に暴力行為を行ったために。
そんな彼らが突如A級に昇格すれば、他のB級部隊はそれを怪訝に思い、最悪ボーダーに対して不信感を持つことになる。
彼の言い分は正しいだけに、鬼怒田と根付は何も言い返すことができず沈黙した。かと言ってB級として……もっと言うとカスタマイズされていないノーマルトリガーを手に、黒トリガーを相手取らせるのは難しく、勝率も限りなく低いだろう。
「それに、影浦隊が素直に言うことを聞くとは思えませんし……彼らは本部所属と言えど城戸派という訳でもない。村上隊員など鈴鳴支部所属の上に、性格上闇討ちのようなことはできないでしょう」
「ではどうすれば良いのだ!!」
「……私の考えでは、今は特に何もする必要は無いかと」
「なんだと!?」
「今は分が悪い。しかし、しばらく待てば勝率も上がります」
「……なるほど、遠征部隊か」
城戸司令は唐沢の言いたいことを理解したのか、そう呟いた。彼の言葉に他の二人も気付いたのか思わず声を上げる。
数日後には太刀川隊、冬島隊、風間隊のトップスリーが帰還する。
その三部隊と三輪隊が合流すれば――黒トリガーの確保は現実となる。
その案を飲んだ城戸は、空閑遊真に関することを対外秘とすることにした。
そしてそれはもちろん、城戸派筆頭と言われている最上秀一に対してもだった……。
◇
「モガミソウイチ。おれが探している人の名前はモガミソウイチだよ」
迅の提案の元、遊真は修と千佳と共に玉狛支部へと来ていた。
迅は、ボーダーに入れば、ボーダーのルールが遊真を守ると考えて彼を誘ったのだ。
加えて、玉狛支部は
そんな穏やかな時間を過ごしていた遊真は、ここの支部長である林藤匠に呼ばれ、何故この世界に来たのかを話していた。
遊真の言葉を聞いた林藤支部長は、対して驚かず、それどころか納得していた。
彼は咥えていたタバコを灰皿に戻すと、その最上宗一という男について話す。
ボーダー創設期のメンバーだったこと。遊真の父、空閑有吾のライバルであり――迅の師匠
「だった……?」
林藤支部長の言い方に違和感を感じた修が思わず繰り返す。
そんな修の呟きを余所に、迅は己の黒トリガーを二人に見せるかのように……いや、紹介するかのように机の上に置いた。
それが意味することは――。
「この迅の黒トリガーが最上さんだ」
「――じゃあ、その人は……」
「……五年前に、この風刃を残して亡くなった」
「……やっぱり、そうか……」
衝撃を受ける修だが、反対に遊真は落ち着いていた。
まるで予想していたかのように……。しかし、何か思う所があるのか、目の前の風刃に触れ、彼の瞳にある一人の少年が浮かんだ。
「――ねえ、迅さん。リンドウさん。最上秀一って知ってる?」
「……ああ、良く知ってる」
「空閑……?」
風刃を手にそう問いかける遊真に、修は何故彼の名前が出るのか疑問に思い――すぐに気が付いた。
何故、気が付かなかったのだろうか。
一つのことに気が付くと、連鎖してさまざまなことに気が付くことがある。
修はまさにその状態で、最上秀一という男のことを思い出す。
彼は、
「シュウイチは、その人の息子か?」
「――ああ、そうだよ」
――それは、復讐。
まるでパズルの最後のピースが見つかったかのように、修は合点が行った。
尋常ではないほどの過密なスケジュール。対人戦を捨て、
「おれのサイドエフェクトでも調べが付いている。
あいつは、最上さんの息子さんだ」
遊真の問いに答えたのは迅だった。
彼は、まだ最上秀一の正体を正確に掴んでいない時に彼の未来を視たことがある。
どういうわけか、最上の未来は千差万別で、迅を以てしても正確に訪れる未来を導き出すことができなかった。しかし、当時一つだけ確実に訪れる未来を視たことがあった。
そこに映ったのは、一つの墓の前で熱心に手を合わせる少年の背中だった。
そして、その墓の名前は――最上家。
「……おれ、
「……あいつは何て答えた?」
「――敵だって。心の底からそう思ってた」
遊真には相手が嘘を吐いているかどうかが分かるサイドエフェクトを持っている。
それが意味することはつまり――。
「……もし、最上さんが生きていたらお前を全力で庇っていたと思う。
そんな最上さんを失ったからこそ――あいつはああなっちまったんだ」
「……そうだね」
「俺は新人の頃、有吾さんによく助けられた。その恩を返したい。
お前が玉狛に入れば大っぴらに庇うことができるし、本部とも正面切ってやりあえる。
――遊真、ウチに入らないか?」
「……」
彼の言っていることは本心からだった。
サイドエフェクトを使わずとも、それが分かるほど――真摯に遊真のことを考えてくれている。
だからこそ遊真は――。
◇
「悪いね断っちゃって」
「いいや。こればかりは本人の意志さ」
――おれは
そう言って遊真はボーダーに入隊することを断った。
確かに彼が玉狛支部に入れば、彼の身の安全は約束されるだろう。
しかし、それを理解も納得もできない人間は必ず居る。それが分かっていたからこそ、遊真は早々にこの世界から出て行くことを決めていた。
それに――。
「シュウイチに
神の悪戯か悪魔の罠か、遊真の今住んでいるマンションの部屋は秀一の隣だ。
今はまだ気付かれていないが、それも時間の問題だろう。
それを聞いた迅は遊真にあることを問いかけた。
「……なあ、遊真。お前、秀一のことどう思っている」
聞かれた遊真は、目を瞑って秀一のことを考える。
お互いに素性を知らなかった日々。
彼が最上だということを知った日。
そして、彼がどう思っているのか知った――今日。
「そうだな。最初は変な奴って思っていたな。おれのサイドエフェクトをあんな方法で誤魔化すなんて初めてだ」
常に嘘を吐かれてしまったせいで、彼が何に対して嘘を吐いているのか分からなかった事を思い出して微妙な表情を浮かべる遊真。本来なら、大まかにならどの辺りで嘘を吐いていて、どの辺りが本当かを見分けることができるのだが、彼にはそれが通じなかった。
似たような経験があるのか、迅は苦笑する。
「でも、あの時からは良い奴なのか、って思った。
修のことを庇ってくれたし、ジテンシャの乗り方を教えてくれたし、嘘も言わなくなったし」
木虎に責められて顔を青くさせる修を救った時の秀一を思い出す。
その時の彼の言葉には嘘が一つも無く、心から修に対して感謝していたことが分かった。彼は復讐に囚われているが、それと同時に人の命を尊く感じている。
今日聞かされた話を含めて、遊真は秀一に対してそう感じていた。
「お前は、あいつと友達になれると思うか?」
「いや、多分無理だ。あいつは
――残念だけど」
もし、彼が
もし、遊真が
もし、最上宗一が生きていれば――。
もし、空閑有吾が生きていれば――。
もしかしたら、二人は友達になれたのかもしれない。
それも、彼らの父達がそうであったかのように……。
「――おれは、今でも後悔している」
そんな遊真の言葉に触発されてか、迅は少しだけの己の心の内を目の前の少年に零す。
「おれには未来視のサイドエフェクトがあったのに、最上さんを救うことができなかった。
そして、あいつを取りこぼしてしまった」
――お前は、あいつを通して何を視ている!?
――誰を視ている!?
――答えろ、迅悠一!!
「なあ、遊真。秀一は最上さんのことをどう思っているのかな……」
「――言ってなかったけど」
同情したわけではない。
会った時から余裕を崩さず、飄々としていた迅しか知らない遊真は、彼が今までどのような人生を送り、どう思っていたかを知らない。
「おれ、シュウイチにもう一つ聞いていたことがあったんだ。
父さんは元気か? って。まあ、結果は言わなくても分かると思うけど」
だが、偶然にも彼が知りたいことを自分が知っていて、それを教えることができる。
「で、あいつは父親が死んだことに対して何とも思っていないって言ったんだ」
ただそれだけ。
「泣きそうな顔をして、つまんない嘘を吐きながらね」
それだけの話だ。
「……それは、本当か?」
「おれ、嘘吐かれるのと同じくらいに嘘吐くの嫌いなんだ」
それだけの……話のはずだった。
「――そうか……そう、だったんだな……!」
「……おれ、ちょっとトイレ行ってくる」
つまんない嘘を吐くと、遊真はその場を後にした。
後ろから聞こえてくる感情を抑え込んだ声を背に。