スコルピト・C・ラスコータ先生の浮遊感 作:ランタンポップス
一応原作はやってますが、物が物ですのでオリジナル展開多めです。
「…………下痢……のようです……はい……」
「え?」
木製の床と壁に囲まれた部屋には、様々な物が置いてある。
隅に二つある木製棚は薬品棚のようで、ガラスの向こうには手書きのラベルが貼られた琥珀色の薬品瓶が並べられている。更には三つ並んだベッドと、その間の仕切りに使用するであろう花柄のカーテン。そして極め付けが白衣を着た男と言う事であり、この場所が何処か、診療所である事は分かるだろう。
ベッドには苦しそうに表情を歪めた少年が横たわっている。お腹を頻りに押さえている所、腹痛のようだ。
その子の服の裾をたくし上げ、医者と思われる白衣の男が露出させた腹に聴診器を当てる。腹痛の原因は分かったようではあるが、医者の声は驚く程に小さい。
「あの、すいません……もう一度、お聞かせ下さいな」
母親である女性が、困惑した顔で医者に聞き返す。
しかしどうした事か、医者は嫌そうな顔を一瞬浮かばせた後、すぐにまた話し出した。
「……お子さんは…………あの、下痢です……」
「……あ、下痢ですか……」
「……はい」
「はぁ、そうですか…………」
「………………」
この医者、笑える程に口数が少ない。そして声量も少ない。更に声色でさえも、自信なさげで何処かフワフワとした話し方であった。結果を聞いた母親は、「この人、本当に大丈夫なのか」と疑っているような眼差しを向けた。
言えど、室内に飾られている医療免許の賞状はキチンとあるので、ヤブではないのだが。
だが風貌はボサボサの黒髪に、困り顔が常な幸薄い表情の、医者にしては医者らしからぬ見た目である。免許はあるけど、信頼性は低く見えてしまう。
身長は百七十五程度とまあまあの身長だが、縦に伸びただけとも言える程に筋肉量はない。いや、これこそが医者のイメージではあるのだが、不健康なイメージにも繋がっている事実もある。まだ働き盛りな年齢であるハズだろうが、疲れ切り、廃れたような見た目をしている男だ。
「…………下痢止めを、出しておきます……けど、症状が治まらない場合は…………えぇと、また来て下さい……ね?」
如何にも『口下手』な、詰まり詰まりの声。トーンは高めなのだが小声なので聞き取り辛く、母親は困ったように苦笑いを返した。
「あ、有り難う御座います、先生」
「……どうも。あぁ、ボク?……もういいよ、起きて」
診察を受けていた少年を起こし、親子は医者に連れ添われて受付へと行く。
この診療所に看護師はおらず、この男の医者一人で切り盛りしているようだ。なので診療代の請求も会計も一人でこなす。
「…………お釣りです。これが下痢止め…………の、薬です。えぇと、粉薬です……あと、食後に…………水と」
「あっ、はい! 分かりました! 食後にですね?」
「…………はい」
医者から薬とお釣りを受け取ると、親子はペコリとお辞儀をし、「有り難う御座いました」とお礼を添えて扉を開け出て行こうとする。
「あっ、あの……!」
「えっ!?」
しかし彼は思い出したかのように突然飛び止め、言葉に付け加えを入れた。
何故か声が真に迫っている風なので、母親も驚きで気持ちが焦る。
「……当分、冷たい物と食べ過ぎは控えて下さい……眠る時はしっかり、お腹を……冷やさないように…………あと、トイレでは出し切る事。悪い細菌は……出した方が良いです……は、はい……」
「……ご丁寧に、どうも」
母親は再度、微笑みながらお辞儀をし、我が子の手を引いて出て行った。
その背後、手を振って「お大事に」と見送る医者であるが、その声が親子の耳に届いているかと言えば微妙であろう。
パタリと、扉の開閉音が響いたと同時に医者は、深い溜め息を吐いた。
「……忘れる所だった」
ポツリと反省し、顔を上げる。
「今日は、終わり」
窓際に近付き、外側に向けていた『Open』の看板を返し、『Close』の文字にした。
太陽は既に夕陽へ行こうとしていたので、これで今回の業務は無事終了である。
開けていたカーテンを全て閉め、外界と診療所内を遮断するかのようにする。この時が一番、彼にとっての解放感が現れる時であり、カーテンを閉じる行為はさしずめ孤立の儀式とも彼は捉えている。
白衣を脱げば、グレーのシャツが露わになり、彼の華奢な身体が際立って見れた。
そのまま投げるように上着掛けに白衣を吊るし、また疲れたように溜め息を吐きつつもソファに寝っ転がった。診療所は自宅と一体化しているので、患者の待合室が彼の家のリビングでもあった。本当は自室と分けるべきなのかも知れないが、仕事の切り上げと同時に寛げるとして、敢えてこのような形式にした。
「………………」
部屋は、チックタックと進む時計の秒針の音だけ。それ以外を除けば、とても静かな状態である。
沈黙の中。昼下がりの森の中のような、穏やかな沈黙だと彼だけは感じ取っていた。この沈黙と言うのは、彼にとって強く高い価値観が存在している訳だ。
「………………」
黙りとして彼は、天井をぼんやり見つめる。
あそこに少しシミがあるなぁとか、天井の木板に隙間があるぞとか、そんな事を考えていた。喋るより、人と関わるより、静かに黙って熟考する方が彼には気楽である。
だからこそ彼は医者になれたのかも知れないし、関係ないかも知れない。言えど、ビュッフェパーティで騒ぐより、健康的で良いじゃないかと割り切っているのだが。
「……そろそろ行こう」
暫くソファに横になっていた彼はスッと起き上がり、身支度をする。
シャツの上にベストを着て、またその上にロングコートを羽織った。何処か、出掛けるようである。
「…………ジョニィは時間に厳しいから」
ランプを消し、暗闇となった部屋からさっさと外界へ避難する。横になっていた間に外はもう、夕陽が落ちて薄紫色の空となっていた。
「……えっと、施錠……」
少しもたついた指で扉に鍵をかけ、それをポケットに入れる所までキチンと確認した。
「……オーケイ。鍵は閉めた鍵は閉めた。鍵は、閉めた……」
ブツブツと記憶に刷り込むように施錠確認を呟き、彼は自宅に背を向け、歩き出した。
庭を歩き、表へ出ると、道を滑るようにやって来た風に身体を煽られるのだった。季節は秋、一ヶ月もしたら厳寒の冬が待っているだろう。
「……ない」
立てられているポストを開けて、中身を確認した。こうはしているが、文通しているだとか夕刊を取っているだとかはない。彼のついついする癖でもあり、義務でもあり。
「……あっ」
その時、いきなりしまったと言いたげな顔で頭を触った。
触った手で、頭を忌々しげにガシュガシュと掻き毟る。何かを忘れていて、それを思い出したようだ。
「……帽子……忘れた」
彼は面倒臭そうに歪めた表情のまま道を引き返し、また家の中へ帽子を取りに戻って行った。
そして本日三回目……いや、一日で何十回目かの溜め息吐くのである。
軒先のある看板に、手書きでこう書かれている。
『ラスコータ内科診療所』
彼の名前は『スコルピト・C・ラスコータ』。齢は二十九の、ナーバスそうな男性。
疲れた顔の、しがない内科医である。
人生初めてです、エロゲで二次創作とは……はい(笑)
ただ私個人、エロと言うのがどうしても苦手ですので、多分書かないでしょう。そこら辺もご了承下さい。
「エロがないやん!? エロが見たかったから読んだの!」と仰る方は、申し訳ありません。