比企谷八幡と十三人の妹達   作:T・A・P

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俺のグラデュエーション

 受験、ってのは案外悪いものじゃない。

 少なくとも三年間同じ学校だった奴らと別の学校を選択することができるという点においては、最高の制度だと俺は最大の評価を与えたい。

受験に合格すれば元がどんなに同じ学校だったとしても、同じ地区だったとしてもこの先一生遭遇することがほとんど無いと言っても過言ではないだろう。もし、この先に再会する機会が存在するとしても、俺にとってそんな機会は存在しない。

 俺、比企谷八幡は諸処の事情で、諸事情で、やむを得ない事情で、一身上の都合で同じ学校の誰も進学することのない総武高の受験を受け終わった。

普通ならば滑り止めとしていくつか受験をしているのが普通なのだが、俺は総武高校以外を受けなかった。何をまかり間違って同じ学校だった奴らと一緒の高校なんかに通わないようにするためだ。

故に、俺は自己採点、回答欄の見直し、ケアレスミスの確認を時間いっぱい目いっぱい使い、万全を期し万難を排した。

それでも満点を取れているという自身はないが、それでも合格ラインの点数は確実に取れている。

それはそうと、ケアレスミスって、ケアレ・スミスって人名に聞こえるよな。

 

 

 合格発表当日のことである。俺は吸血鬼に襲われた。

 なんてことは当然ない。しかし、ある意味では襲われた。

別に吸血鬼にではなく、普通に人間に。それも、身内に襲われた。

 

受験の合格発表と言えば真っ先に思い浮かべるのは、掲示板に貼られる合格者番号だろう。俺は不安を抱くことなく、全ての道がローマに通じていることを知っているかのように自分の受験番号を探した。

無かった。

いや、これはおかしい。おかしいことがまず、おかしい。

確実に、確定的に、確固たる自信を持って言える。

こんな事は、ありえないと。

おそらくこの時の俺はそれほどに険しい表情をしていたのだろう、俺と同じく合格発表に来ている周りの生徒が、まさにモーゼが海を割るかのように俺の目の前に道を作った。

その俺のために作られた道を通ってその場をひとまず離れ、足を学生課の窓口に向けた。窓口に付くと近くにいた職員に声をかけ、手短に用件、つまり受験結果が不当であることを伝えると、すぐに俺の解答用紙を確認すべく職員は動いた。

正直この行為は褒められたものでない事は理解しているのだが、それでも俺は必死だったのだ。それに、どうやら職員の方も慣れたもので俺のように聴きに来る受験生は少なくないのだろう。流石、有名進学校と言うところか。

「ああ、比企谷君だったね。回答欄が全部ずれていなければねぇ」

「は?」

 俺の口からふぬけた声が洩れる。

まてまて、回答欄が全部全部ずれていた? 間違いなく言えるが、そんな事は絶対あり得ない。俺はどれほどまで確認したことか。

もしも、もしもあり得るとしたら、それは……

あんにゃろ……

「すみません、お手数をおかけしました」

 そう、職員に最低限の声をかけた後、一目散に自宅へ帰宅した。

 

 

 

「おい、こら、親父。何してくれてんだ!」

「うるせぇ、馬鹿息子! ここから通える高校を受験してんじゃねぇ!」

 はやい話、親父が裏から手をまわしていました。

 俺の親父は俺の妹である比企谷小町を溺愛している。俺の事はと言えば、まぁ、察してくれ。

 さて、どうやら親父は俺が自宅から通える高校を受験した事により、俺が家を出ていかないのが不満だったようだ。具体的に何が不満かと言えば、小町と一緒にいる時間を奪われ続けこれ以上は我慢ならんと言う事で、邪魔である俺を家から追い出そうとしている。

「てめぇの身勝手で息子の頑張りを無駄にしてんじゃねぇよ! あと、小町とは離れねぇからな!」

「誰がそんな事を認めるか! 小町は渡さん!」

 そんな言い合いをしているからか、話しの中核である小町が自身の部屋から一階に降りてきた。

「あ、お兄ちゃんお帰り。合格おめでとう!」

 俺はまだ結果を言っていないのに、小町は俺の合格を信じてくれたのか。すげぇ嬉しい、だが、しかし、

「悪い、落ちた。おもに、親父の所為で」

「小町! この邪魔者は追放したからこれからずっと一緒だぞ!」

 小町は俺と親父の顔を見比べ、親父に顔を向けて深く深くため息をついた。

「……はぁ、お父さんにはがっかりだよ。

お兄ちゃんがどれだけ頑張っていたか知っていると思ったのに。そんなお父さんは、小町大嫌いです」

 その言葉でついさっきまで有頂天だった親父は急転直下、今まさに地獄の入口に来ているような絶望を浮かべた表情をしていた。

「それで小町の大嫌いなお父さんは、お兄ちゃんの不合格を取り消す事ができるよね」

「ご、合格者を不合格者にできないように、不合格者を合格者にすることは無理だ」

 おい、その台詞どこかで聞いたことがあると思ったら、ハ○ター試験で聞いたことがあるぞ。親父も読んでたんだな。てか、あれ再開したけどいつまでもつんだろうな。

「小町の大嫌いなお父さん、できるかどうか小町は聞いていないんだよ。小町は取り消すように言っているんだよ」

 小町さん? お兄ちゃんの為にやってくれているのは嬉しいんですが、傍から見ている俺も怖いんですけど。

「……八幡、机の上に置いてある書類を読め」

 親父、土下座しながらだと最低限の威厳もあったもんじゃねぇぞ。

 まぁ、とりあえずリビングの机の上に置いてある大きい封筒を取り上げ、封を開けて中の書類を取り出す。

「えっと、『プロミストアイランド内、星見が丘西学園推薦入学について』って、どこだよ」

「俺の会社が無人島にリゾート開発の一環としてテーマパークを作ってな、開園は来年だがそれに伴って従業員用に色々と生活環境を整えたんだよ」

「つまり、あれか。軍艦島みたいなものを作ったって事か。ったく、相変わらず無茶しやがる」

 言い忘れたが俺たちの親父は結構な大企業の社長であり、古めかしい名家の跡取りだったりする。故に俺の合格、不合格程度は簡単に操作することができ、受けてもいない学校の推薦入学を通す事さえ指をちょっと動かす程度でできてしまう。まぁ、この場合自身の会社の事だから指を動かさずとも、と言ったところか。

「はぁ、浪人するよりここに行った方がましか。少なくとも同じ学校の奴らが来るわけもないし。しかし、小町と離れたくはねぇな」

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。

従業員用ってことは、高校だけじゃなく中学もあるって事でしょ。小町はお兄ちゃんについて行く!」

「ちょ、小町!」

 その小町の言葉を聴いて、親父は急いで顔を上げた。

「なにかな、小町の大嫌いなお父さん。小町の大嫌いなお父さんは、絶対に小町の言う事を聴かないといけないのです」

 まぁ、そう言う事になった。

 

 

 

 俺と小町は長い時間車に揺られ目的地に到着すると、すぐに車から降りた。車から降りると目に入ってくるのは、真っ青な海に手を伸ばせば届きそうなほど近くにある島、そしてその島の上にある巨大で変な像。

「いや、なんだよあれ」

「あれは、マッキーくんでございます」

「名前を言われてもまったく分からん」

 俺の質問に答えたのは、昔から俺たちの世話を見てくれているじいやだ。昔はじいやと呼んでいたが、今は恥ずかしくて爺ちゃんと呼んでいる。

「じいやさん、島まではどうやっていくの?」

 どうやら見た限り車を降りた場所は船着き場のようだったが、船が一隻も泊まっておらず島までの移動手段が無かった。

「専用の船がもう少しで到着いたしますので、少々お待ちいただけるでしょうか」

「ん、了解。

それまで爺ちゃんは休んでおいてくれ、これから島の案内もしてもらわないといけないし、長時間の運転は疲れただろうからな」

「うん、じいやさんは休んでて」

「このじいやになんともったいないお言葉を」

 爺ちゃんは俺たちの言葉に感激したのか結構な勢いで涙を流し始めた。

「はぁ、また始まったよ」

 いつもの事なので俺は爺ちゃんを放置して、船が来るのを待った。

 

 

 車の次は船に揺られ島に向かって移動を始める。

船を操縦してきた黒服の男たちはどうやら親父の会社の社員であり、始めはその二人が船を操縦することになっていたらしいが、爺ちゃんがどうも張り切りだして二人の代わりに船の操縦を始めた。

正直、爺ちゃんの運転技術は高い。車を始め、こうして船の操縦、昔は爺ちゃんの運転する飛行機に乗った覚えがあるし、潜水艦にも乗せてもらったことがある。いや、当時は疑問に思わなかったが、潜水艦って何だよ。

「ん~船に乗るの久しぶりだね」

「ああ、昔は良く旅行に行っていたからな」

「あの頃がなつかしゅうございます」

 それから昔々の昔話が続き、気がつくと島に到着していた。

近くで見るとやはり大きな島だ。これならリゾート開発の場所としては適切だろう。

「では、八幡様、小町様、学校の方へご案内いたします。荷物の方はこの二人が運んで置きますのでご安心ください」

 そう爺ちゃんが言うと、部下の二人が俺たちの荷物を持った。

「おじさんたちありがとう!」

「ありがとうございます」

 小町は元気よく、俺は軽く頭を下げた。

「いえ、これが私達の仕事ですから」

「ええ、ですから頭を上げてください。八幡様に頭を下げさせたなんて知れたら私達の立つ瀬がありません」

 二人は慌てていたが、俺はお礼を言えないような人間にはなりたくないのでやめる事は無いだろう。

「では、良い高校生活を」

「では、良い中学生活を」

 そう、きっちりきっかり俺たちに頭を下げるとそう言い残し、荷物を運んでいった。

 

 

 とりあえず俺と小町はそれぞれの入学手続きを終え、用事がある爺ちゃんと分かれて島の探索に向かった。学校に向かう途中にチラリと見た程度だったが、完全にこの島だけで街が形成されていた。

 とはいえ、周りが海に囲まれているからか世俗からの隔絶感はぬぐえない。ただ、自然豊かだという点に目を向けてみれば悪くは無いだろう。

「あ、お兄ちゃん、あれに乗ろうよ!」

 小町が指差す先にはこの島での交通手段であろう、遊覧設備としてよく見る汽車が道路を走っているのが見えた。

 なるほど、島の中で車を見かけなかったがこう言う移動手段があるのか。これなら事故はほぼ起きないと言っていいかもな。

「ああ、そうだな」

「乗りま~す!」

 小町は汽車に向かって手を上げると、汽車が止まったので後ろに乗り込んだ。乗りこむとそこにはすでに女の子が乗っており、小町は自然に声をかけた。

「こんにちは」

「あ、こんにちはです」

 女の子は笑顔で小町に挨拶を返してくれた。もし俺が声をかけたらおびえていただろうな。

「悪いな、ちょっと邪魔するよ」

「い、いえ、邪魔じゃないです」

 なに、俺が声をかけてもちゃんと笑顔を返してくれるだと、天使か!

「小町は、比企谷小町って言うんだ」

「えっと、花穂は花穂って言います」

「花穂ちゃんか、よろしくね。こっちは小町のお兄ちゃん」

「比企谷八幡だ、よろしくな」

「……あ、はい! よろしくお願いします!」

 ちょっと間があったのは気になるが、まぁ、怖がらせてないからいいとしよう。俺は小町と花穂が仲良くお喋りをしている姿を微笑ましく思いながら、ゆっくりと流れていく景色を眺める。

 少し汽車が走り、車掌が『西二丁目』とアナウンスすると急に花穂が周囲を気にし始めたことに気がついた。どうやら小町もそのことに気がついたようで、顔を向けてきたので俺は軽く頭を縦に振った。

「えっと、花穂ちゃん降りたいの?」

 花穂は小さく一度頭を縦に振った。

「うん、お花屋さんに。大好きなお兄ちゃんにプレゼントするの」

 こりゃ、少なくともお兄ちゃんである俺には見過ごせないな。

「おります」

 俺は、手を上げた。

「優しくて、いい人ですね。かっこいいです」

「少なくとも、俺もお兄ちゃんだからな」

 

 特に目的地のない俺たちも、花穂と一緒にそこで降りることにした。

「あの、本当にありがとうございました」

「ううん、いいんだよ花穂ちゃん。じゃあ、花穂ちゃんのお兄ちゃんによろしくね」

「はい!」

 元気よく返すと、花穂は俺たちの方を向いたまま、おそらく生花店がある方へ向かって走っていく。しかし、足元をちゃんと見ていなかったのか躓いて転んでしまった。

 俺と小町は駆け寄ろうとしたが、花穂は恥ずかしそうに舌を出してこちらに笑いかけてくる。どうやら特に怪我はなさそうで、ホッと俺たちは胸をなでおろした。

花穂はそのまま立ち上がると、再び走っていってしまった。

 

 

 

 さて、これからどうするか。

俺が周りを見渡していると、小町が島の案内板を見つけ小町と一緒に眺め、どうやらここから少し行ったところに洋服店があるようだ。

「お兄ちゃん、見に行こうよ!」

「ん~そうだな。今日は荷物になるから見るだけだが、場所を確認しておくのは悪くないな」

俺たちは花穂が向かった方向と反対へ足を向けた。

 

 

 洋服店の中に入ると、思っていた以上に様々な種類の洋服が揃っていた。小町は店内に入ると俺から離れて楽しそうにどんな服があるかを物色し始めた。

 んで、俺はと言うと、

「あの~」

 一つだけカーテンが閉められている試着室のほうから声が聞こえ、振り向くとカーテンの隙間から人間の手首がヌッと飛び出していた。

「ファスナーあげてくださる?」

 なるほど、一人ではファスナーを上げられない服を試着しているのだろう。いや、一人で着られない服を一人で試着すんなよ。

 まぁ、知り合いが近くにいるからってこともあるのか。しかし、だとしたら他人行儀な頼み方をするのは変だな。

 周りを見渡してみれば、この場には俺しかいなかった。つまり、

「あ? 俺か?」

 俺は断ろうとしたが、その前にせかされたのでしぶしぶ試着室に近づいた。カーテンの隙間に手を入れ、できるだけ中を覗かないよう気をつけ、ファスナーを一番上まであげたのを感触だけで確認しすぐに手をひっこめた。

「ありがとう。

 どう、似合うかしら」

 中にいた少女がカーテンを開け、ポーズを取って俺に服の感想を聴いてきた。いや、まぁ、かなり似合ってるが、見ず知らずの俺に感想をきけるってすげぇな。

「あ、ああ、似合っていると思うぞ」

「うん、ありがとう。じゃあ、お礼に私がコーディネートしてあげる」

 俺は名前の知らない少女から服を押し付けられ、試着室に押し込まれた。まぁ、いつまでも制服姿でいたから疲れていたのでちょうどいいと言えばちょうどいいか。

 制服を脱いで渡された服へ着替える。なるほど、少女の服装を見ていて思ったが他人のコーディネートを請け負うほどに美的センスは高いようだ。

「うん、とってもよく似合ってる! あとは、これも掛けてみたらどうかな」

そう店内の一角に置かれていた伊達眼鏡の一つを手渡し、俺は素直に受け取った。

「あ~どうだ?」

「うんうん! すっごくかっこいいよ!」

 こう、素直にストレートに褒められると照れるものがあるな。

「お兄ちゃん、次にいこ……誰!」

 いや、妹よ。その反応は傷つくのだが。

 

 それから小町はこの少女、咲耶と意気投合したらしく、結構な長話を俺がいない者として続けていた。俺のステルスって万能じゃね?

「あ、小町ちゃん、ごめんね。私これから用事あるんだった」

 咲耶はハッとした表情に変わり、申し訳なさそうな表情を小町に向けた。

「そうなんですか、残念です。それじゃ咲耶さん、また会いましょう! ほら、お兄ちゃんも」

「ああ、これから小町と仲良くしてやってくれ」

 おそらく咲耶も小町と同じ学校だろう。てか、学校はこの島に一つしかないんだから、必然的と言えば必然的にそうなる。

 そう俺が言うと、咲耶は悪戯を思いついたようなそれでいて蠱惑的な笑顔を浮かべ、制服が入った紙袋を持っていない方の腕に抱きついてきた。

「あなたも、ね」

 俺でなければ告白していたであろう、そしてフラれていたであろう。いや、フラれるのが前提かよ。まぁ、勘違いしてしまうほどに可愛かった。

「それじゃあ、また今度ね」

 そう言い残すとそよ風のように俺の腕からスルリと離れ、その華奢な後ろ姿は徐々に小さくなっていった。

「ふむふむ、早くもお姉ちゃん候補ができて小町は嬉しい限りだよ」

「バカ言ってんじゃねぇよ」

 非常に可愛いドヤ顔を浮かべる小町の頭に、軽くチョップを喰らわす。

「もう、お兄ちゃんの捻デレさんめ」

「うっせ。んで、次はどこに行くんだ?」

 そう言いながら俺は洋服店で貰った島内のパンフレットを開き、小町に見せた。

「そうだね~、この時計屋に行ってみようよ。ほら、お兄ちゃんの入学祝いって事で」

「なるほど、悪くねぇな」

 今じゃ入学祝いに携帯ってのが定番だが、ちょっと前までは腕時計も入学祝いの定番の一つだったからな。

「それじゃ、しゅっぱ~つ!」

 

 

 

 時計屋に入ると当たり前だが、店内には様々な時計が置かれていた。

 壁掛け時計に、置時計、そして目的の腕時計が所せましと並べられている。

「凄いね、お兄ちゃん」

「さすが、専門に取り扱っているというところだな」

 とりあえず店内に並べられている時計を眺めながら店内を物色していると、一人の少女が二つの腕時計を見比べて悩んでいる姿が目に入った。小町もその少女が目に入っていたようだが、ここまで真剣に悩んでいると逆に声をかけづらく特に声をかける事はせずに静かに後ろを通ろうとしていた。

「あの、どっちが良いと思います?」

 そう、その少女は両手に持った腕時計を俺に向かって見せてきた。

「どっちも素敵だから決められなくって」

 正直、知らない少女から急に話しかけられてかなりの困惑具合だが、その少女は本気で悩んでいる。ここが俺の甘いところと言うのか、だが年下の女の子にオートでお兄ちゃんモードが働いてしまうのは仕方が無い。

「あ~おそらくそれはプレゼントだろ。

プレゼントってのは贈る気持ちが大切ってよく言うから、何を渡すかじゃなく、誰が渡すかだ。気持ちがこもってれば何でもいいんだよ」

「贈る、気持ち……そうですよね!」

 そう言って少女は再び目を腕時計に戻した。するとなにかに気がついたのか、一方の腕時計のリュウズを上にスライドさせるとアナログの文字盤が斜め左上に開き、その下にデジタルの時計が現れた。

「へぇ、おもしろ~い。これに決めます」

 俺も見ていたが、悪くない選択だろう。

「ところで、誰にプレゼントするんです?」

 後ろで見ていた小町が気になったのか、俺の前に出てきた。

「可憐がずっとずっと会いたかった人に贈るんです」

 なるほど、そりゃあれだけ悩むか。ま、他人の色恋沙汰に首を突っ込むと、豆腐の角に頭をぶつけるか馬に蹴られるので余計な事は言うまい。

「手伝ってくれてありがとうございます」

 少女、可憐は大切そうに腕時計を持ってレジに向かった。

「いい事したね」

「ま、結局選んだのは俺じゃないがな」

「まったく、お兄ちゃんは素直じゃないんだから」

「ほっとけ……ん?」

 ふと、入口の方から視線を感じ振り返った。しかし、そこには誰もおらず、気のせいかと顔を戻すとやはり視線を感じる。

「どうしたのお兄ちゃん」

「なんか、視線を感じるんだよ」

 小町も入口に顔を向けそのまま待っていると、小さな女の子が隠れるように中を覗きこんできた。俺たちと目が合うとすぐに引っ込んだが、ゆっくりを顔をのぞかせ笑顔を向けてきた。

「どうしたの?」

 さすがに俺が声をかけると事案が発生しかねない。俺は目で小町に合図して、小町に任せることにした。小町は優しく声をかけるが、女の子は何もリアクションを返してこない。

「お父さんと、お母さんは?」

 女の子は首を横に振る。一人でここまで来たのか?

「じゃあ、迷子なの?」

「ヒナ、まいごじゃないもん!」

 今度はしっかりとした答えが返ってきた。ふむ、迷子くさいな。

「雛子ちゃん! どうしてここに!」

 会計を終えた可憐が驚いた様子で、店の奥から慌てて出てきた。

「ごめんなさい、知ってる子なのでお家まで送ってきます」

 そう言って女の子の手を取り、その子の家があるであろう方向に向かって歩き出した。

「また今度ね」

 その際、その女の子は笑顔で俺たちに手を振っていた。

「お兄ちゃん、どうしよっか」

 さすがにもう買物って空気じゃなく、時間的にもそろそろ俺たちがこの島で住む家に向かわなければならない。

「疲れたし、とりあえず俺たちが住む家に行くか」

「そうだね、小町もなんか疲れたよ」

 俺は爺ちゃんに渡された住所と地図が書かれた紙を取り出した。

 

 

 

 地図に書かれた場所に行ってみると、なんかでかい家がありました。

正面には学校の校舎に似た建物、左側に教会の様な形の建造物。そして右手に居住用と思われる建物があった。そして、それぞれの建物を繋ぐように屋根つきの渡り廊下が目に入る。

居住用の家を見る限り、俺と小町だけで住むにはとてつもなく大きすぎる大きさで、例えるなら十人以上の家族が住むように作られたような家だった。

「あれ、もう明かりがついてるよ?」

 徐々に日が落ちて周りが暗くなってくると、家から漏れてくる明かりが分かりやすくなっている。小町が指差す方に目を向けると、例にもれず窓からの明かりがよく分かった。

「多分、爺ちゃんが待ってんだろ」

「あ、そうか」

 さて、爺ちゃんを待たさない為にさっさと行くことにしよう。

 

 

「爺ちゃん、遅くな……」

 明かりのついている部屋のドアを開けて中に入ると、四つほど破裂音が耳に入ってきた。俺は驚いて手に持った紙袋を落とし、小町も見るからに驚いて小さくその場で飛んでいた。

「「「「おかえり、お兄ちゃん(お兄様)(おにいちゃま)(おにいたま)」」」」

 二重に驚いた。目の前には今日会った、四人の女の子が鳴らし終わったクラッカーを持って座っていたのだから。

「ど、どうしたのお兄ちゃん! 襲撃!」

「いや、ある意味で襲撃と言えなくもなくもないと思うが」

 すぐさま小町も俺の後ろから部屋の中を除くと、目の前の状況が良く分からないのか、フリーズしていた。

「驚いた? おにいちゃま!」

「あのお兄様の顔」

「まぁ、咲耶ちゃんったら」

「内緒にしてるってたいへ~ん」

「本当、誰だっけ言いだしたのは」

「咲耶ちゃんじゃない。お兄ちゃんとの初対面を演出しようって」

「「そうだよ、そうだよ」」

 いや、なにこれ。お兄ちゃん? お兄様? おにいちゃま? おにいたま? ちょっと待て、つまり、

「俺の、妹?」

「「「「そうだよ、お兄ちゃん(お兄様)(おにいちゃま)(おにいたま)」」」」

 俺に四人の妹ができました。

「え、お兄ちゃん、小町にお姉ちゃんと妹ができたの!?」

 


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