ハリー・ポッターと幻想殺し(イマジンブレイカー)   作:冬野暖房器具

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 最新刊(禁書)を読んでどうしようかと悩みましたが。



 開き直る事にしました(シレッ


08 幻想殺し

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンブルドアの後をついて行くこと数分。二人は洋梨の絵が描かれている絵画の前で足を止めた。

 

「さて、上条先生。厨房に入る前に二言三言言わせてもらうがよろしいかな」

 

 上条は一瞬、何かを聞き間違えたかと思った。周囲にドアもなく、厨房らしき部屋は何処にも見当たらない。そしてもし本当に厨房が近くにあるとして、何故そこに向かわなければならないのかも不明である。

 

(……罰として皿洗い……いや、そんな軽い罰則で済む話じゃないよな。というか、いい加減"先生"は勘弁して欲しいんだけど……なんというか、胸が痛い)

 

 だが今上条は、そんな事を言えるような立場ではなかった。生徒を一人気絶させてしまった責任、その処分を言い渡される身であるのだから当然である。そんな自分に出来ることと言えば、首を縦に振ることだけであった。

 

「先ほどの生徒への指導お見事じゃった。単に呪文を教えた、というだけではない。冒険への第一歩、その後押しをするという事は実に挑戦的で、とても偉大な事じゃ。少なくともワシには出来ないからのう……君はこの学校で、誰にも出来ない事を成し遂げたのじゃよ、上条先生」

 

「……?」

 

 もしかしたら、自分はとてつもなくべた褒めされているのではないか、という思考に上条はようやく至った。

 

「最後のアレは頂けないがのう。セブルスにも注意を促しておこう。今後あの薬は私用に留めることじゃな」

 

「……えーと、なにやらとんでもなく勘違いされてる気がするんですけど?」

 

「それはお互い様のようじゃの」

 

 話はここまで、というようにダンブルドアは背を向けた。どうやら彼は壁にかかった絵画に用があるらしい。ダンブルドアがぶつぶつと呟くと、突然絵画が動き出した。

 

「本来であればこの作業はワシ一人で行おうとしていた事じゃ。じゃが君は先ほど、ワシの真の信頼を勝ち得た……そして、君の知る権利を当然のように阻害していた事は謝ろう」

 

「……はい?」

 

 正直言って、上条は半分も理解できなかった。作業、と言う単語が何を意味しているかもわからないし、上条の何がダンブルドアの信頼を勝ち得ることになったのかも見当が付かない。極めつけの謝罪とやらも、そもそもダンブルドアが何を隠していたのかすらわからない状態である。

 

 だがダンブルドアは何処吹く風だ。問答無用で先に進んで行ってしまうので、上条としてはついて行く以外の選択肢がなかった。

 

「いっらっしゃいませ、ダンブルドア先生!」

 

 そんなぐるぐると回る上条の思考は、その生き物の登場で真っ白になった。

 

「昼食時にすまんのう」

 

「いえいえ、お昼の生徒さんたちはバラバラにやってくるので、そんなに忙しくは無いのです! 問題ありません!」

 

 息を切らしながら、キラキラとした目でこちらを見るその生き物は、上条が今まで見た中で最も奇妙なモノだったかもしれなかった。

 

 上条の膝上くらいの身長に、今にも飛び出しそうな目玉が二つ。食パンを半分に切ったようなサイズの耳が付いた人型の生物が、枕カバーのような布切れを着ている。背丈だけに限って言えばフリットウィック先生に近いものがあるが、彼はまだ同じ人間だという確信があった。コレは絶対に違う、明確な意思を持った生物が、言葉を発しているのだ。

 

「バラバラにやって来るからこそ、忙しいじゃろうに。なに、そんな長居はせんよ。お構いなしじゃ」

 

 ダンブルドアが軽く手を振ると、その生き物はうやうやしくお辞儀し、そのまま部屋の奥へと走っていった。

 

屋敷しもべ妖精(ハウスエルフ)じゃ。ホグワーツの管理や、食事の提供を任せておる。あの者たちは実に変わり者でな。信じられない事に、魔法使いに仕えることを生涯の喜びとしておる」

 

「……いや、その……」

 

 信じられないのはそのあり様ではなく存在自体である。『実はあの恐竜は火を吐く』と言われたところで、まずは恐竜が実在した事に驚かせろ、という話だ。

 

「……ふむ。蛇足だったかの」

 

 違う。ヘビに余計な足を付け足したのではない。まずヘビが余計なのだ。ダンブルドアにとってはただのヘビなのかもしれないが、上条にとってはツチノコみたいな存在を見せ付けられたようなものなのだ。

 

 結局、二人の認識の溝は埋まることはなかった。ダンブルドアはそのまますたすたと進み、彼を見かけるたびに例の生き物が挨拶をしてくる。中には食べ物やお菓子を押し付けてくる者もいた。だが流石に校長相手には憚られるのか、必然的にその対象は後ろを歩く上条となっている。

 

 既に両手は塞がれた。山盛りにされた食べ物は上条の視界を塞ぎ、前を歩くダンブルドアの足元しか見えない状態だ。ボロボロと落ちた物はポケットというポケットに詰め込まれ、いよいよ耳の穴にまで手を伸ばされたその時。ダンブルドアは急に足を止めた。

 

「おや、ダンブルドア。今日はお一人ではないのですか?」

 

「うむ。今日は紹介したい者がおっての……と言っても、二人は既に見知った顔と聞いてはおるが」

 

 その声を、上条が聞き違える事はない。

 

「……ああ、なるほど。意外と早かったですねー。信用を勝ち得たとは微塵も思えないのですが」

 

「その通り。ワシは君を信用してはおらんよ」

 

 だが同時にあり得ないと思った。上条が知る声の主は、既に過去の人間だ。既に向こうへと旅立ってしまったはずの人なのだ。

 

「……それが正解ですねー。私ほどに罪深い人間が、簡単に許されていいはずがない」

 

 罪深い、と聞いて上条は唾をごくりと飲んだ。確かに上条の知るアレは極悪人だった。そしてこんな殊勝な台詞を吐くようなヤツでもない。これは何かの間違いだ。だって―――

 

「久しぶりですねー。上条当麻」

 

「……左方の、テッラ?」

 

 バラバラと上条の両手から食べ物が零れ落ちる。その全てを周囲にいる屋敷しもべ妖精が必死にキャッチするも、その姿は上条の視界に入ってはいなかった。

 

 左方のテッラ。かつて上条がいた世界では、ローマ正教の最暗部。神の右席の一員だった人間。

 

「どうですかねー、その後の幻想殺し(イマジンブレイカー)の調子は。まぁ……真にその能力を発揮できているなら、既にこのホグワーツとやらは粉々になっているはずですが」

 

 そして、上条の右手の謎を知っている……らしい男。

 

 幻想殺し、その正体について。

 

 

 

 

 

 

 

 

『たぶん君の右手は、君の幸運も纏めて打ち消してしまってるんだと思うよ?』

 

 イギリス清教の誇る魔道諸図書館。インデックスは、こう言った。

 

『カミやんの右手はいまいち正体がわからないが……少なくとも、カミやんの右手には例外があるはずだ。人間の生命力や、風水でいう地脈はその例外に引っかかる気がするぜい。カミやんが握手だけで人を殺せたりするとは思えないからにゃー』

 

 陰陽博士にしてイギリス清教の魔術師。学園都市に潜入している多重スパイ、土御門元春はそう言っていた。

 

『幻想殺しとは、神聖なる右手が自然と備えてしまった浄化作用の一種だ。俺様の持つ右手に宿る力を、正しく発揮するためのアダプター……光栄に思え。お前の人生の意味は、今ここで終わった』

 

 ロシア上空。ベツレヘムの星にて上条の右手を切断した魔術師。右方のフィアンマはそう告げた。

 

『幻想殺しは、歴史や神話のターニングポイントで機能する代物だ。言わば世界を歪める力を持った者が、元の世界を思い出すためのバックアップみたいなものかな。そんな魔術師達の怯えや願いが集約された基準点……無限の力を振るう魔神とは対を成す、0%を作り出す代物だよ』

 

 魔神になりそこねた男。即ち、限りなく魔術を極めた人間。オッレルスはそう語った。

 

『幻想殺しは、時代や場所によって一つの形には留まらない』

 

『神浄の討魔という名前はまさしく、幻想殺しを宿すのに相応しい魂を持った者の証。即ち幻想殺しとは、お主の本質を表出させるための付属品じゃ。ワシら真なる魔神に、お主を見つけさせるための標識に過ぎん』

 

『幻想殺しは今ある世界を守る、直す、しがみつく。そんな理想の集合体。その右手は、貴方の魂の輝きに惹かれて宿ったのだと。私は今でもそう信じている』

 

 世界を塗り替える力を持った、真の魔神たちは本気でそう信じていた。

 

 

 これまで上条は、あらゆる人材からの幻想殺しの見解を聞いてきた。その中でも特筆すべきはやはり、魔術を極めた者たちの言葉だ。世界を粉々にするほどの力を持ち、世界を創造することのできる、まさしく神の如き力を持つ者たち。そんな彼らの言葉を重視してしまうのは、ごく自然な流れと言えるだろう。

 

 彼らの言葉がたぶん真実なのだろうと、上条は漠然と考えていた。人々の願いが奇蹟を起こす……その実例は、上条も見たことがある。

 

 鳴護アリサ。彼女という例がある以上、幻想殺しが同種のものであると言われた所で、今更驚くことはない。一人の人間を二人にしてしまうような現象に比べれば、自分の右手なんてまだちっぽけなものだと思う。そんな前例がある以上、魔術や超能力を打ち消す右手だってあり得ない話ではないはずだ。

 

 

 

(……テッラは俺の幻想殺しについて、何かを知っているらしいけど……でも……)

 

 あれから色々な事があった。ヴェント、テッラに続いて出てきた神の右席、科学と魔術の垣根を超える集団グレムリン、魔神オティヌスとは体感で数千、数万年という時を過ごし、真なるグレムリンたる魔神集団とも出くわした。そして―――幻想殺しとは対をなす、幸せを操る右手、理想送りの存在も目の当たりにしたのだ。

 

 もはや幻想殺しの解釈は、単なる十字教の範疇で収まるような代物ではない。たとえ神の右席といえども、その後に出てきた彼らの前では霞んでしまう。現に、神の右席のトップたるフィアンマでさえこの右手の正体は掴み切れてはいなかったのだ。

 

 オッレルスも言っていた。テッラが上条の幻想殺しについて考察できたのは、その扱う術式のせいであると。『光の処刑』という、世界がたまに見せる矛盾の謎を追ってきた彼だからこそ、歴史のターニングポイントに現れる幻想殺しの類似品を見出す事ができたのだと。

 

「おや、だんまりですか。まぁ私と貴方の関係性を考えれば、それが正しい反応ですかねー」

 

 飄々とした声で、左方のテッラはそう言った。口調や態度を見ても、このテッラが本物である事は間違いようがない。だが、それでは一つ。どうしても納得いかない事がある。

 

「……お前は死んだはずだ。アックアに殺されて、死体がイギリス清教に送られてきたって」

 

「ええ、その通りです。ですからこうして、この世界で言うところのゴーストになっているわけですが?」

 

 ゴーストの存在は、このホグワーツに来て上条も確認していた。最新鋭お化け屋敷、というものが存在するならこんな感じなんだろうな、という感想を抱いたものだ。

 

「だとしても! なんでお前が此処にいる!?」

 

「貴方と同じく、理想送りに飛ばされましてねー。まぁ私の場合はあなたと違って、自分から飛び込んだのですが」

 

「自分から飛び込んだ……? ってことはつまり、お前は」

 

「ようやく認識が追い付いてきましたか。姿形が見えなかっただけで、私の意識はそのまま存在し続けていたのですよ。ソレをゴーストと呼んでいいかはわかりませんがねー。そしてこちらの世界は、こんな状態の私を出力できるだけの位相が広がっていたと、ただそれだけの話なんですがねー」

 

 位相、という言葉に上条はピクリと反応した。そんな上条の反応を楽しむかのように、テッラは嫌な笑みを浮かべる。

 

「嫌というほど聞かされたでしょう? その権化たる魔神と悠久の時を過ごしたらしいですしねー。その性質についてのみ言えば、貴方は私以上に詳しいかもしれない」

 

「……」

 

 心を搔き乱されている上条と違い、テッラの態度は淡々としていた。上条の記憶にある『左方のテッラ』は、こんなにもおとなしく人畜無害に見えるような男だったろうか? 十字教徒、それもごく一部以外の人間は人ですらないという、そんな危険思想の持主だったはずだ。

 

「さて、どうします? 上条当麻」

 

 ゆったりとした動きで、左方のテッラは音もなく椅子から立ち上がった。

 

「おそらく幻想殺しの性質を鑑みれば、この状態の私に触れることも可能でしょう。おそらく私の今の状態は、現世にいた魂の痕跡が、魔法という位相によって形を与えられた状態。ともすれば、消滅させることも……貴方は私を快く思ってはいないはずです。試す価値はあると思いますが?」

 

 テッラは一歩前に出た。それに応じるように、上条は拳を握る。そして―――

 

「ふむ、感動の再会はここまでにしてもらおうかの」

 

 そんな二人を見守っていた魔法使い。ダンブルドアの声で、二人の衝突は中断された。

 

「上条先生、どうか冷静になってもらいたい。この男は、君の摩訶不思議な右手や、君のいた世界をよく知る人物じゃ。自ら手掛かりを消してしまうのは、あまり得策とは言えんと思うがの?」

 

 ダンブルドアの言葉に、上条は顔をしかめた。半分正解、半分不正解というところだ。上条の右手に関する知識で言えば、彼は完全に周回遅れな人材と言える。だが元の世界や、魔術に関しての知識で言えば確かに有用な存在だ。利用価値がゼロとは言い切れない。だが、それ以前に―――

 

「こいつは放っておけない。アンタは知らないだろうけど、このテッラって奴は―――」

 

「極悪人、じゃろうな。大方の話は聞いておる」

 

 そんな言葉を聞いて、上条は信じられないという顔をした。

 

「外道の限りを尽くしたことは知っておる。ここ最近は彼の話をずっと聞いておったからのう。上条先生のいた世界の話、十字教、魔術、位相……なかなかに興味深い話じゃった。そして、ワシの聞いた限りではこういう話もあったのう」

 

 ゆらり、とダンブルドアはテッラを見やる。冷ややかな視線を浴びせながら、ダンブルドアはこう告げた。

 

「自殺は、たしか君の教義では大罪であったのう?」

 

 対して、テッラはその凶悪な顔をにやりと歪めた。

 

「……少々喋り過ぎましたかねー。最も、ゴーストなどという状態の私に、その法則が当てはまるかは怪しいですが?」

 

「では、促すのではなく自らの意志で、上条先生の右手に触れるがよかろう。ワシは止めんよ」

 

 その言葉で、テッラの表情に亀裂が入る。そんなやり取りを、上条はポカンとした顔で見ていた。

 

「この通りじゃ、上条先生。彼は君に消されたがっておるのじゃよ。彼は、彼の信じる主をこれ以上裏切りたくないらしくてのう。その結果として訪れる煉獄とやらは、微塵も恐れてはいないとの事じゃったが」

 

「これ以上裏切りたくない……?」

 

「うむ。色々あって、どうやら今は自らの行いを悔いておるようじゃ」

 

 上条は信じられないような目つきで、テッラを見た(ゴーストという意味合いでは最初から、そんな目つきで見ていたのだが)傲慢で、人を人とも思わないような奴だった。だけど、彼と出会い、言葉を交わしたのはたったの1日。見知った仲、というには程遠い。ここ最近で何度も言葉を交わしたというダンブルドアの台詞が真実であるのなら、寧ろ上条よりもダンブルドアのほうが彼を理解できているのかもしれない。

 

「……余計な事をしてくれますね、ダンブルドア。私は色々と助言をしてあげたと言うのに」

 

「感謝はしておるよ。お陰で、理想送り(ワールドリジェクター)とやらにこれ以上煩わせられる危険は減ったからのう」

 

 理想送り、という単語に上条は反応した。

 

「理想送りについて、何かわかったんですか?」

 

「いや、そういうわけではない。ただ上条先生やテッラ君のように、不意にホグワーツへと転移されるような危険はなくなったという話じゃ」

 

 本当か、という疑いの単語を上条は飲み込んだ。そういえばこの爺さんは、出会ったばかりの上条の幻想殺しを解析し、即席でその対策を立ててしまったスーパー爺さんだ。この人が言い切るのなら間違いはない。出会ってから数日だが、上条はそういう面でのダンブルドアを完全に信用していた。

 

 信用できないといえば、寧ろその情報源。理想送りの情報を渡したという、ローマ正教の元魔術師。

 

「予想通りですが、信用していないみたいですねー。それがどういった意味合いの目なのかはわかりませんが」

 

「……お前が本当の事を言っているとしても。それが正しいかは限らない。だってお前は」

 

「十字教徒だから、ですか? 神の右席と言っても所詮は人間、それを超越した存在である魔神以上の知識を有するはずが無いと、そういう事ですかねー?」

 

 見透かしたようにテッラは問い掛けた。そして上条の沈黙を肯定と受け取り、そしてこんな言葉を残したのだ。

 

「……私達神の右席が目指した場所と比べれば、魔神なぞ通過点でしかないんですがねー」

 

 それだけ言って、左方のテッラは含みのある笑みを浮かべながら。厨房の壁をすり抜け上条たちの前から姿を消してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、本題といこうかの上条先生。例のネビル・ロングボトムの件じゃが」

 

 場所は変わって校長室。滅多に使われない校長のイスに座るダンブルドアは、楽しそうにそう言った。目の前にはダラダラと滝のように汗を流す上条と、不満げなスネイプが佇んでいる。

 

(嘘だろ……てっきりテッラの言葉の意味を一緒に考えてくれるかと思ってたのに、まさかそっちは放置かよこの爺さん……ッ!)

 

 何度目になるかはわからない、オルソラ=アクィナスの顔が目に浮かぶ。重要な話を途中でぶっちぎってしまうという点で、どうにも奇妙な共通点を感じてしまうのだ。そしてオルソラは自然体であの性格なのに対し、この爺さんは悪意を持ってこの姿勢を維持しているような気がしてならない。

 

「校長、一体如何なる用件ですかな? 吾輩は午後も授業があるのですが……それよりも優先度が高い雰囲気が、その名前からは感じられませんな」

 

「……なるほど。スネイプ先生の目には既に、彼の名前は留まっておったか」

 

「汚れのように、こびりついて取れないだけです。愚鈍の極み、服を着せたトロールの方がまだ教え甲斐がある。アレがあのロングボトムとは……」

 

 そんな無礼な物言いのスネイプに対し。ぴくり、と上条の眉が釣り上がった。

 

「おい、トロールが何なのかはわかんないけど。あんまりネビルを悪く言うなよな。アイツだって、アイツなりに頑張ってるんだぞ」

 

 思わぬ攻撃に、スネイプも意表を突かれたらしい。驚きの色を上条に向け、そしてダンブルドアの方へと振り返った。

 

「実は上条先生は偶然にも、彼と少しあってな」

 

「……先生?」

 

「うむ、上条先生じゃ。そして上条先生はなんと、"呼び寄せ呪文"の個人授業をネビル・ロングボトムに―――」

 

「授業の準備がありますので、失礼します」

 

 呆れた顔を見せ、スネイプは即座に回れ右。校長室のドアに向かって、迷いなく大股で歩いて行ってしまった。そんな彼を楽しそうに見ながら、ダンブルドアはぼそりと呟いた。

 

「習得したんじゃよ、ネビル・ロングボトムは」

 

 ぴたりと、スネイプの動きが止まった。そして、まるで街角で絶世の美女とすれ違ったかのように(もっともスネイプがそれに反応するかは疑問だが)振り返った。

 

「……あり得ない。1日で? あの呪文を? アレ( 、 、)が?」

 

「そうじゃ。1日どころか1時間もかからずに。見事ヒキガエルを呼び寄せておった。素晴らしい集中力( 、 、 、)じゃったな」

 

 その一言を聞いて、スネイプは毒虫を嚙み潰したかのような表情になった。そしてそのままその顔を上条に向けるが、上条は上条で先ほどのスネイプの発言を快く思っていないらしく、負けじとスネイプを睨み返す。

 

「飲ませたのか、アレを」

 

「ああ。効いてはいたけど、その後ネビルはぶっ倒れちまった。そこにダンブルドアが出てきて、どうにか事なきを得たんだ。アレは何だったんだ? 俺もああなっちまう可能性があったのか?」

 

「……いや」

 

 言葉を濁しながら、スネイプは否定した。どうにか説明しようとしているが、うまく言葉が出てこないようだ。何度か口を開いては閉じるという、実に彼らしくない仕草を繰り返していると。

 

「ワシの見解を言わせてもらうとすれば」

 

 助け船が入ってきた。一言前置きをして、ダンブルドアは語り始める。

 

「あの集中薬という薬は時間早回し効果を利用しておる。鋭敏な感覚、記憶力の向上は、精神を加速させる事で成立しておるというわけじゃな。正しく薬が機能しておる間は、ただそれだけの効果しかない」

 

 ただそれだけ、と言うにはとんでもない効果だった。特に気にせず飲み干していた上条は、そのからくりを聞いて戦慄していた。

 

「時間を加速させる方式なので、原理的には疲労とも無縁のはず。そう思い作製した薬でした」

 

「じゃが、結果は違った。そういう事じゃな?」

 

 スネイプは軽く溜息をついた。

 

「原因不明の頭痛、発熱、倦怠感。どうやっても、何故かこの副作用が生じてしまう。故に未完成な代物だったのですが―――」

 

「お、おま……なんて物を飲ませてやがった!?」

 

「ですが、この男は違った。いくら飲んでもその副作用が生じない特殊な体質だったのです。それが何故なのか探るために、我輩はあの薬を提供していました」

 

「さらっと無視してんじゃねえぞこのマッドサイエンティスト! 提供なんて申し訳程度のオブラートで包んだところで意味ねえから畜生め!!」

 

「なるほど。まぁ彼の体質は他に例を見ないからのう。不思議がるのも無理はない。その副作用とやらの謎が解けないのも同様にな。単純な魔法薬としての知識では決して解き明かせないモノなのじゃ」

 

「……え、ちょっとまて。アンタも、俺があの薬を飲まされていた件はスルー? なんなの? 魔法使いではコレが普通なの?」

 

「……飲まされていたとは失礼な。あの薬がなければ、君の残念な頭脳ではロングボトムに呪文を教えるどころか、杖の持ち方さえも伝授できなかったはずだが」

 

「何でお前が開き直りやがりましたかクソったれが。というか、ネビルの事を悪く言うなって言ってるだろうが!」

 

「まぁまぁ、落ち着くのじゃ上条先生……コレは君の右手に関係する話でな」

 

 エキサイトし始めた上条をダンブルドアがたしなめる。一方で、スネイプはダンブルドアの言葉に素早く反応した。

 

「右手? 幻想殺し、が関係していると? アレは魔法薬にも有効なのですか?」

 

「半分正解、半分は不正解と言うところかの。上条先生には少し話したのじゃが……彼の右手が打ち消す魔法には少々条件があっての。色の付いた魔法力……即ち、我々魔法使いの意志がどれだけ乗っているかが重要なんじゃ」

 

 ダンブルドアの言葉に、スネイプは難解な表情だった。

 

「色のついた魔法力? そんな単語は聞いたことがない」

 

「当然じゃ。先日ワシが考えたからのう」

 

 ……一瞬の静寂。目が点になったスネイプを見て、いたたまれなくなったダンブルドアがゴホンと咳ばらいをした。

 

「まず前提として。上条先生の右手は魔法を打ち消す。では、彼と握手をした魔法使いは、魔法が使えなくなったりするじゃろうか? 答えは否じゃ」

 

 この例えを聞いた時、上条は土御門の言葉を思い出していた。人間の生命力は幻想殺しでは消すことは出来ないという、彼が示唆した例外の事を。

 

「そして……ここから先は推測が絡んでくるのじゃが。彼の右手が打ち消す事が出来るのは、我々の精神……心、魂。そこから意思とも呼べるような何かを拾い上げた魔法力のみ……これをワシは便宜上"色のついた魔法力"と名付けた」

 

「……いいでしょう。それで、その話が本当だとして、吾輩の魔法薬の副作用を打ち消した件とはどう繋がるのですか?」

 

「半分不正解、と言った事を覚えておるかの」

 

 頭痛に悩むニシキヘビのようなスネイプを見ながら、ダンブルドアはそう言った。

 

「魔法薬というモノは、先ほどの色で例えると、無色の魔法力で構成されておる。魔法生物、植物などで構成されておるアレは、幻想殺しの対象外じゃ。故に、上条先生にもきちんと効能が発揮される。じゃが、人の心や精神という網をひとたび潜ると、元の作用が変質し―――」

 

「待ってください。魔法薬が、変質? まったくもって理解が出来ない」

 

「言い方が悪かったかの。変質というより、分解の方が近いかもしれん」

 

「分解……?」

 

 スネイプの思考はますます混迷を極めた。ダンブルドアもどう説明してよいのやらと、眉間に眉を乗せている。そんな中で、上条当麻はぼそりとこんな事を呟いた。

 

「分解ってまさか……食べた物が胃で消化されるみたいに、魔法薬も体の中でバラバラにされてるって言うのか?」

 

 そんな上条の言葉に、天啓得たりという顔でダンブルドアは頷いた。

 

「なるほど……大体あっとるの。セブルス?」

 

「……ええまぁ。納得は出来ませんがどうぞ先を」

 

「うむ。ここから先が正解の部分じゃ。どうにも我々には魔法薬を分解する機能が備わっておるらしい。そしてその過程で魔法薬は変質し、副作用として体に表れる。じゃが我々の精神、心とも呼ぶべき器官を通された魔法力には、少なからず色がついておるみたいでな。それを上条先生の右手、幻想殺しはまとめて打ち消してしまうわけじゃ」

 

 解説は終わったが、スネイプは相変わらず納得のいかない表情だった。そんな彼を見て、ダンブルドアも無理はないかとため息をつく。

 

(何しろ全てが新説……受け入れるのにはもう少し時間がかかるじゃろう。じゃが、ああいう思考の冒険に浸っておる時間こそが至福の時。そういう点ではセブルスとは気が合うからのう。今は放って置くのが正解じゃな)

 

 そんなマッドサイエンティストは放っておいて、ダンブルドアは上条を見た。てっきりこの解説に、上条は置いてけぼりになってしまう物だと思っていたダンブルドアだったが、彼の様子を見る限りどうやらその予想は外れたようだ。滅多に推測を外さない自分が、一体何を見誤ったのだろうか。

 

「上条先生は、今の説明でわかったのかの?」

 

「まぁ。詳しい理論は知らないけど、話の流れくらいなら。要は、酒を飲んで酔いはするけど、二日酔いにはならないっていうのと同じ原理なんだろ?」

 

 騙りではない、何かしらの自信に満ちた顔つきだ。そして上条の言う酔いと二日酔いのシステムは、ダンブルドアの全く知らぬ内容だった。

 

「……うむ?」

 

「ええとたしか、アルコールを入れて人間が酔うってのは、脳の機能が一部麻痺しちまうからなんだけど。二日酔いはアルコールが肝臓で分解された時に出た有害物質が原因で……」

 

 事の真偽は定かではないが、上条の舌は饒舌に動いている。どうやらこれこそが彼の専門分野らしいと、ダンブルドアは当たりをつけた。

 

(なるほど。彼のいた都市はマグルの学問である"科学"を扱うところじゃったか……それに先ほどの上手いたとえ話といい、彼の頭脳はセブルスとは違った方向に賢いようじゃな。これは実に好都合じゃ)

 

「……つまり俺の幻想殺しは、身体を流れてきたその有害な魔法を消しちまってるって、そういう事なんだろ?」

 

「その通り。流石は上条先生じゃな」

 

「何が流石なのかわからないんだけど……というか、そろそろその"先生"っての勘弁してくれませんかね? 生徒に魔法を教えたって言ってもたった一人だし。それもその後卒倒させちまうようなヘマをしてるのに、その呼び名は皮肉が効きすぎててちょっと」

 

「うむ。じゃからの上条先生。ここらで汚名返上というのはどうじゃろうか?」

 

「……はい?」

 

 そう言って、ダンブルドアはスネイプに向き直った。床を見つめ続けながらぶつぶつと呟く怪しい男に若干引きながらも、考え事をしている自分もあんなものかと割り切り、さりげなくダンブルドアはこう囁いた。

 

「のうセブルス。君の魔法薬学の授業に、上条君を助手として派遣したいと考えておるのじゃが……」

 

 そんなダンブルドアの言葉に上条は目を大きく見開いた。

 

(何を言い出すかと思えばこの爺さん……ッ! 俺がアンタの不用意な一言で、生徒から逃げ隠れしてるのを知ってて言ってるのか!?)

 

 解呪に関してはダンブルドアよりも優秀。そんなふざけた評価を下されている身の上であるからこそ、自分はこのバカでかい城で一人かくれんぼをしているというのに。そんな時にスネイプのクラスの助手とは、流石に冗談が過ぎている。

 

 だがしかし、上条当麻は慌てない。何しろそんなバカげた提案、スネイプはバッサリと断ってくれるはずだと信じているからだ。

 

「……ああ、はい」

 

 ……そしてその幻想は、ものの2秒で粉々にぶち壊された。

 

「決まりじゃの」

 

「いや、ちょっと待て。今のはどう見ても生返事だったでしょーが! 上の空な母親におもちゃをねだる策士な子供かアンタは」

 

「まぁ校長権限もあるからの」

 

「むしろ最悪な大人だった!?」

 

 どうやら拒否権はないらしい。なにやら不味いことになってきたと、上条の冷や汗が止まらない。

 

「……いや待て、この話は一体いつから有効―――?」

 

「おお、そうじゃった。セブルス、授業に遅れるぞ? 早く地下牢に向かうのじゃ。そこの助手を忘れずにな」

 

「……はい」

 

「"はい"じゃねえよ!!? 何でお前はそんな殊勝な返事をしてやがりますか!? え、待って、マジで今から? 心の準備がまだできてないんだけど!? というか昼飯がまだ―――いや、ちょっと!?」

 

 がっしりと上条の襟首を掴み、心ここにあらずな魔法薬学の教授は歩みを進めていく。何処にそんな力があるのかわからないが、上条の力(お昼抜き)ではどうにも逃れられない。藁にもすがる思いで一縷の希望を託し、上条はダンブルドアへと手を伸ばしたのだが―――

 

「昼食か。では、先ほど厨房で貰ったコレを。実はワシの大好物でな」

 

 助けを求める右手に、無情にもひょいと手渡されるレモンキャンデー一粒。推定3グラムな砂糖の塊を握り締め、上条は地下牢へと連行されていく。

 

「ふ……不幸だァァあああああああああ!!」

 

 そんな絶叫共に、上条当麻は校長室の扉の向こうへと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






校長室の前のガーゴイル(……なにやら騒がしいな)



上条「は、放せ、放しやがれぇ!!」ミギテタッチ

ガゴ「ご、がぁぁぁぁぁぁ!!!?」

ダンブルドー(……最近、校長室のモノが壊され過ぎて辛い)




 どんどんオリジナル要素が増えていきますがご了承下さいませ。

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