ハリー・ポッターと幻想殺し(イマジンブレイカー)   作:冬野暖房器具

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 だれおま、というやつです。








04 尋ね人

 

 

 

 

 

 

 これで神の国へと召されるのだと、私は確信していました。

 

『一つ断っておくが、貴様が神に選ばれる事は絶対にないのである』

 

 聖人たるあの忌々しい傭兵の言葉も、単なる負け惜しみだと。敬虔な十字教徒であり、原罪を克服しつつあるこの私を選ばずして誰が選ばれるというのかと。私は自らの行く末を微塵も疑う事もなく、どこか達観した心境で最後の時を迎えたのです。

 

 意識が遠くなり、身体の感覚が薄れていく。嗚呼、神よ。間もなく貴方の元へ馳せ参じます。

 

『神は全てを知っている。詳しくは、最後の審判で直接聞くが良い』

 

 

 そして、そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、終わったか」

 

「……お、おう。なんとか……」

 

 机に顔を突っ伏しながら、上条は息も絶え絶えに答えた。手元には使い古された教科書と、魔法薬の教員が用意したテストの解答用紙が散乱している。読んでは解き、読んでは解き、たまに前のページに戻っては解き……全て満点が取れるまでのおよそ3時間。一切の休憩も無しに、上条当麻の頭脳は極限まで酷使されていた。

 

「あー、頭が破裂しそうだ……流石に疲れた」

 

 うーんと伸びをする上条。そんな上条を見て、スネイプはひそかに戦慄していた。

 

(疲れた、で済むような量ではない……我輩があの薬を飲めば、1杯で少なくとも2日は動けないだろう)

 

 チラリ、とスネイプは大なべを見た。満タンまで調合された集中薬(コンサタラム)はもはや半分を切っている。なかなか副作用の色が見えない上条に、調子に乗って与え続けた結果がこの様だ。上条の根性を試すという意味合いも兼ねての学習だったが、どうやら試されるのは薬品を再調合するスネイプなのかもしれなかった。

 

(副作用自体が起きていない?……あるいはこの男の体力が異常なのか……なるほど。異世界からきた、という触れ込みは伊達ではないようだな。実に面白い)

 

 あるいは校長もこんな心境だったのかもしれない。未知なるものへの飽くなき探求心というものをくすぐられる事に関しては、自分以上に弱いのがあの人なのだから。

 

 そんな事を考えながら、スネイプは杖を振り教科書と羊皮紙を消した。

 

「いや、しかしすっげー薬だったな。コレがあればテストなんて敵なしなんじゃないか? つくづく魔法って便利だな」

 

 そんなわけあるか、という言葉をスネイプはすんでのところで飲み込んだ。

 

「一つ言っておくが、お前が今学んだのは基礎中の基礎だ。よって、今後もこの薬を用いた学習を続けるので覚悟するように」

 

 基礎中の基礎とは言うが、呪文に関しては1年生の範囲を終了し、闇の魔術に関してはポピュラーな部分を一通り終えている。おそらく、呪文に関する知識ならば森番や管理人は既に凌駕しているはずだ。この短時間でよくやったと、意外にもスネイプは感心していた。

 

「げげっ……いや、それもそうか。はい、よろしくお願いします」

 

 ぺこりと素直に下げる頭も持ち合わせている。最初は押し付けられた存在だったが、存外悪くない。オリジナル魔法薬の被検体として、そしてハリー・ポッターを護る盾として。魔法界のまの字も知らないこの男に、全てを叩き込んでやろうではないか。そんな事をたくらむ半純血のプリンスがここにいた。

 

「ああ、こちらこそ……よろしく頼む」

 

 そして。聞く人が聞けば耳を疑い、そして目を疑うような光景が作り出された。

 

 満足した表情で握手をするスネイプという、冗談みたいな存在が降臨したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ですが、私は神の国へは辿り着けませんでした。

 

 薄れていく意識は固定され、肉体の感覚は何処かへと消えて、それでも私という意識、存在は消えなかったのです。魂、残留思念、あるいは貴方達の呼ぶゴースト……そう呼ばれる存在へと昇華し、どうやらそこで踏みとどまってしまったらしいのです。

 

 迎えが来る。いつか、待っていれば来てくれる。その想いだけが、私を支えていました。

 

 1日待って、2日待って、5日が過ぎて、1週間がたち……待てども待てども、迎えは来ませんでした。

 

『貴様が神に選ばれる事は絶対にないのである』

 

 そんな事はない! そう何度も自分に言い聞かせながらも、あの傭兵の言葉が頭に響くのです。なにしろ眠る事も出来ないこの身体。考える時間は腐るほどあります。何か別のことを考えなければ狂ってしまう。いや、死んでいる以上、狂う事すらもできないのではないか。そんな恐怖が、私の心を更に掻き立てました。

 

 ……とりあえず、世界を見て回ってみました。イギリスのクーデターや、フィアンマと幻想殺しの決着を見届け、そして太陽を追うように世界中の人々を見て回ったのです。何か手がかりがあるのかもしれないと。私を解放してくれる者の存在を、私は必死で探し回りました。

 

 そして……やがて、うっすらとですが。輪郭の見えないぼんやりとした形で、答えが見えてきました。幸いにして時間はありましたので。どうして私が選ばれないのか。善とは、悪とは、生とは、そして死とは。こんな愚かな私にも、自分を見つめ直すだけの力はあったようです。

 

 救いようのない存在。今のこの私の状態は、己を見つめ直すために神が課した試練だったと。死んだ人間は等しく、神の元に裁かれる。ですが私は、その価値すらない畜生であると。それこそが神の答えなのだと。

 

 ……嗚呼、神よ。お願いです、私を見捨てないで下さい。私を救ってください。御身の名の下に、私を正しく裁いてください。

 

『新たな天地を望むか?』

 

  そして、そんな私の前に。あの少年が現れたのです。使者がきたと私は確信しました。ようやく解放される。魔神ですら一撃で屠る力を持つこの少年の力を持って、私はようやくこの世から旅立てる。迷わず私は少年の振るう神秘の力へと飛び込み―――そして。

 

 

 

 

 

 

 

「……じゃが、それは大きな間違いじゃったと」

 

「ええ。気がつけばこの世界、この城へと私は至りました。信じられませんが、今の私にはわかります。この世界には、私の信じる神はいないという事が。私はもう、あの方の元へは辿り着けない。御身の裁きに身を委ねる事もできない……」

 

 その目からは、大粒の涙がとめどなく溢れていた。それは間違いなく、彼が神を信仰している証なのだ。

 

「審判の帳簿に、その名を載せる価値もなし。主の威光を履き違えた私に救いなどない。これが、アックアの言っていた事なのですね」

 

 静かに、その男は言葉を止めた。言いたい事は言い尽くしたのだろう。そして、その嘆きを聞き届けたダンブルドアは目を閉じ、男の言葉をかみ締めていた。

 

(どうやら上条君と同じ世界から、同じ方法でやって来たことは間違いないのう。それもゴーストと言う形で……ならば、他にも訪れている者がおるかもしれん。あるいは、これからやってくるという可能性もある)

 

 事態は深刻であると、ダンブルドアは確信した。これから新学期を迎えるというホグワーツに、得体の知れない人物たちがランダムに送り込まれるとなれば堪ったものではない。

 

 上条当麻は善人だった。だが他に送り込まれる人間が善人であるという保証は無い。現に今目の前にいる人間は、反省こそしているが確実に悪人である。万が一にも、生徒たちを危険な目に合わせるわけにはいかないのだ。

 

(出来ることがあるとすれば、このホグワーツに彼らが転移できないよう細工を施すことくらいかのう……姿現し封じだけでなく、もっと直接的な移動手段を断つ……この杖の力を最大限生かせば可能かもしれん)

 

 無意識に、ダンブルドアは己の杖を強く握り締めた。最凶の杖。かつて、親友から奪い取った、『死』が作り出したと呼ばれる杖を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……ユニコーンのたてがみだな」

 

「ゆにこーん? ってあの……頭に角の生えた馬のことか?」

 

 勉強という名の拷問も終わり、上条当麻とスネイプはイスに座り雑談に耽っていた。

 

「左様。というより、それ以外にユニコーンがいるのか?」

 

「いや、ここ完全に別世界だし一応聞いとこうと……え、じゃあこれ結構貴重なものなんじゃ? あの爺さん、さらっととんでもない物を使ってたのか」

 

「いや、ユニコーンのたてがみ自体はそう珍しいものではない。角や体毛は魔法薬の授業でも用いる上、ユニコーン自体を魔法生物飼育学で扱うこともある」

 

「……使ってよし育ててよしってか。伝説の生き物をカイコ虫みたいな扱いしやがって……」

 

 伝説……? と首をひねるスネイプをさておいて、上条当麻はしげしげと自分の右手を見た。ホグワーツの結界とやらを圧迫しているらしい幻想殺しを、こうも簡単に抑え付けている手袋。これの素材がユニコーンと言われたところで、上条にはどうにもピンと来ない。お寺に奉ってある河童のミイラを見たときのような、実は本物ではないんですというオチをどうしても期待してしまうような、そんな心境だった。

 

「で、これが一体どうやったら幻想殺しを封じる事になるんだ?」

 

「……その右手の事か」

 

 上条の手袋を見極めるかのように、スネイプは目を細めた。

 

「仮説もあるが、不明な点も多い。たてがみを通う魔法力を消させる事で、どうにか右手の力を相殺させているのだろうが……そこまで長く持つとは思えん。触れ続ければいずれは魔法力も尽きるだろう」

 

「相殺、か」

 

 これまで、上条の幻想殺しの力と拮抗したものはそう多くはない。大覇星祭の御坂美琴、一方通行の黒翼、フィアンマの竜王の殺息(ドラゴンブレス)に聖なる右、オティヌスの主神の槍(グングニル)……どれもこれも、上条のいた世界では規格外の強さを誇る。如何に魔法学校とはいえ、教材として牧草をかじってそうな馬の体毛に、それほどの力があるのだろうか?

 

 思考が暗礁に乗り上げたところで、バタンと勢いよく教室のドアが開かれた。その方向に目をやると、これまた奇抜な格好をした(周囲から見れば今の上条の服装こそ奇妙そのものではある)女性がいた。

 

「ああ、セブルス。いてくれましたか」

 

「……どうかされましたかな、マクゴナガル教授」

 

 どうやら女性はマクゴナガル、という人のようだ。どこか少し慌てた様子の彼女は急いでこちらに駆け寄り、矢継ぎ早に喋り始めた。

 

「どうにもこうにもではありません。今日は新学期を迎える大事な日だと言うのに……ダンブルドアが何処かへと姿をくらませてしまいました。そのお陰で校長の担当している大広間や湖は未だ手付かずのままでして……」

 

「ふむ、残念ながら校長はここにはおられない。他を当たることですな」

 

「ええ、どうやらそのようですね……セブルス、お手数ですが応援をお願いしてもよろしいでしょうか。自分の仕事を予め終わらせている貴方に頼むのは、実に忍びないのですが……」

 

「他ならぬ副校長のお言葉です。従いましょう。それに順番からして、我輩が例の仕掛けを一番早く完成させる必要がありましたからな。他の先生方が忙しいのは、我輩のせいでもある」

 

 と言いながら、恐ろしく嫌そうな顔をしたスネイプを見て、上条は思わず苦笑いを浮かべた。

 

「ありがとうございます……ああ、ダンブルドアは一体何処に……おや」

 

 ようやく、マクゴナガルは上条当麻の存在に気づいたようだ。しげしげと上条の姿を頭の先からつま先まで観察した挙句の果てに。彼女はこう呟いた。

 

「かなり年代物ですが……いい帽子ですね」

 

「……ど、どうも」

 

 一瞬の沈黙。そしてミネルバ・マクゴナガルは目を瞬かせた後に、こう続けた。

 

「失礼、私はミネルバ・マクゴナガル。このホグワーツで変身術を担当しています。それで、貴方は?」

 

「え? えーと、名前は上条当麻といいます」

 

「……上条当麻、ですか。ホグワーツにようこそ……セブルス、来客ですか? もし忙しいようでしたら、先ほどの応援の件は断って頂いても―――」

 

「その必要はありませんな。彼は私ではなく校長の客人だ。如何に彼の頭が不出来でも、ここから動かずにいることくらいは可能かと」

 

(ちょ……まださっきの薬を一気飲みした件を根に持ってんのかよ!?)

 

 空になったビンを振りながら、スネイプは冷徹に告げた。「はぁ」と返事にならない声を上げるマクゴナガルには何がなんだかさっぱりわからないようだ。

 

「事情はわかりませんが……それでは、お願いします。ああ、ダンブルドア教授ったら、客人をまかせっきりにして一体何処に―――」

 

 マクゴナガルは教室から出て行った。それを確認したスネイプは杖を取り出し(反射的に上条は身構えた)、軽く振るう。すると教室の中心に、道幅ぴったりのベッドが出現した。

 

「我輩は見ての通り忙しい。準備が終わり次第戻るので、それまで仮眠でもとるがいい」

 

「え、ちょっと―――?」

 

 それだけ告げると、上条の返事を待たずにスネイプは出て行った。

 

(驚きで声もでなかったぞ……杖を振るだけでこんな事も出来るのか……)

 

 まるで魔法のようだ。そんな馬鹿なことを考えながら、上条は言われるがままにベッドへと横になった。睡眠はとっていたはずだが、やはり慣れない環境のせいかあまり眠れていなかったのだ。加えて先ほどの魔法式詰め込み作業の疲れもある。横になった途端、上条の目蓋はあっという間に閉じてしまった。

 

(スネイプ先生、か。なんか最初は冷たかったけど、やっぱりいい人だよな。ステイルみたいだって思ったのは流石に失礼だった)

 

 あとで必ずお礼を言おう。そう思いながら、上条はまどろみの中へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホグワーツ特急。9と4分の3番線から出発した列車は最初で最後の駅に辿り着き、静寂なホグワーツの領内に瞬く間に喧騒をもたらした。

 

「イッチ年生! イッチ年生はこっちだ!」

 

 溢れる人ごみの中、突き出すように目立つ大男は、歌うようにその使命を果たしていた。ホグワーツの森番、ルビウス・ハグリッドである。

 

「ハグリッド!」

 

 自らを呼び止める声を聞いて、ハグリッドはその足を止めた。本来であれば大忙しなこのタイミングだが、あの可愛い少年の声を無視して通り過ぎるなんて事、彼には出来るはずも無かったのだ。

 

「ん? おーハリーか。どうやら無事に着いたみてぇだな。そっちの赤毛は……あー、ウィーズリー家の子だな」

 

「そうだよ、ロンって言うんだ」

 

「うわー、フレッドとジョージから聞いてたけど、本当におっきいんだね」

 

「あー、あのいたずら小僧たちが俺の事を何て言ってたかは知らんがな。お前さんは、もうちょいおとなしくしてくれると助かる」

 

 ハグリッドは少し呆れ気味にそう言った。そんな彼を見て、ハリーはクスリと笑っていた。

 

「笑うんじゃねえ。あいつらにはピーブズ以上に手を焼かされちょるんだぞ……ま、まぁなんだ。俺の事は置いといてだな。もう2本足の友達が出来たみてぇだし、よかったじゃねえかハリー」

 

 そんな言葉に、ハリーは少し照れながらこう答えた。

 

「うん。僕、ホグワーツに来れて本当によかったよ」

 

「なぁに、楽しい事はこれからだぞ。さ、行ってこいハリー、ロン」

 

 その言葉に促されるように、彼らはホグワーツへと歩みを進める。辺りは既に暗く、人の波に乗りながら、月に照らし出されたホグワーツの城へと。

 

 この日ホグワーツに。ハリー・ポッターが初めて訪れた。

 

 

 

 

 

 

 







マクゴナガル「流石に私も、あの猫缶には頭にきました」

スネイプ(……ダメだ、笑うな)プルプル

マクゴナガル「腹いせに『盾の呪文』を仕込んだブラッジャーを3つほど校長室に放ちましたが……未だに怒りが収まりません」

スネイプ「え」


フォークス「フォオオオオオオオイ!!!?」











マクゴナガル「まったく、こんなモノで私が釣られるはずがないでしょう」っ開封済み

スネイプ「ブフォ」






 次回からはちょっとだけ加速していきます。


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