ハリー・ポッターと幻想殺し(イマジンブレイカー) 作:冬野暖房器具
「さて、ここまでの話を簡単にまとめるとじゃが……ここは君のいた世界ではない。帰る手段もわからない。という事でよろしいかな?」
「最悪に絶望的なまとめ方だけど……それで合ってますよ畜生ォォォォォォォ!!」
真夜中。パジャマ姿の老人と学生服の少年は、ふかふかのソファーに向き合って座っていた。長く蓄えられた髭を撫でつけながら冷静に思考を重ねる老人とは対照的に、少年の方は血の涙を流す勢いで咆哮し、ソファーの背もたれ部分に顔を押し付け拳を叩きつけていた。
「何か変だと思ったんだよ!! いつもいつも不幸に見舞われる俺が、こんな親切な人に拾ってもらえるだなんて!!
そんな恐ろしく雑な日本語で絶賛エキサイト中の上条当麻に対し、ダンブルドアは冷静にツッコミを入れる。
「……正しくは魔法使いじゃな。日本語の多様さは便利ではあるが、やはりこういう時は困り者じゃの」
魔術師と魔法使い。その微妙なニュアンスの訂正から、真実は大きく口を開けた。
科学サイドだの魔術サイドだのと、そんな境界は存在しない。第3次世界大戦は起きていない。イギリスの女王は上条の知らない人物だし、ダンブルドアの記憶が正しければ、学園都市なんて日本には存在しないはずであると。言われてはいそうですかと信じる上条ではないものの。心当たりは十分にありすぎた。
(……実は異世界なんかではなく、どっかの魔神に塗り替えられた元の世界ってオチじゃねーだろうな?)
それはそれでマズイのだが。それなら少なくとも目的が定められる。魔神の捜索、説得、帰還。こちとら幾億年と掛けて一人の魔神を説得した身であるのだから、まだ何とか耐えられる。だがしかし。
「さて、話はまとまったがのう上条君。問題は……」
「これからどうするか、ですよね……うう」
行く当てはない。これから何をするべきかも定まらない。拳一本で全てをなぎ倒してきた上条も、殴るべき相手(上里)が異世界にいるのでは手も足も舌も出ないのである。
「日本に戻るなら送っても良いのじゃが……君の場合は右手があるからのう。それはそれで方法を考えなくてはな」
「なんかそのままホームレス高校生の未来が見える! ……ああ、もう! 何で財布を持っていなかったんだ俺の馬鹿野郎!!」
「いや、持っていたとしても使えんと思うがの。そして使えたとしても、その
ダンブルドアの言葉に、上条はがっくりと肩を落とした。そんなつんつん頭野郎とは裏腹に、ダンブルドアはその聡明な思考をフル回転させて、今後の方針を固めていた。
(魔法を打ち消す右手……使い方によっては恐ろしい結果を生む事になろう。ユニコーンの
結界に対する消去作用はどうにかなった。だがマグル避け等の、上条自身に作用するはずの魔法は相変わらず効かない。ここから出したところで、魔法使いの溜まり場が彼には相変わらず見えてしまうだろう。
(……賭けになるが、これが最適解じゃな)
「上条君、提案がある」
「……へ? 提案ですか?」
未来のダンボールハウスに想いを馳せた少年が顔を上げた。
「左様、ここが魔法学校である事は話したと思うがの。実は……今は生徒がおらん」
「……廃校寸前とか?」
「物騒な発想じゃな。いや、単に夏休みというだけじゃ。そして明日……日付が変わったので今日じゃな。夏休みも終わり、ホグワーツは新学期を迎えることとなる」
それを聞いて、上条当麻は顔をしかめた。
(校長先生の新学期前夜……それも魔法学校か。想像もつかないけどやっぱり忙しいんだろうな)
「……すいません。そんな忙しい時にお邪魔しちゃって」
「ああ気遣いは無用じゃが……まぁ君の言う通り、我々はかなり忙しくなる。そこでじゃ……」
一度言葉を切り、ダンブルドアは身を乗り出すように上条を覗き込んだ。
「しばらくの間、ここで働いてはくれぬか? 上条当麻君」
「………………はい?」
追い出される。と身構えていた上条にとって、それは寝耳に水の提案であった。
「お呼びですかな、校長」
早朝。夜明けの陽射しとともに、校長室へと足を運ぶ一人の男がいた。
「来てくれたか、セブルス」
ねっとりとした黒髪に、土気色の肌。ホグワーツの教員にして魔法薬の先生。セブルス・スネイプである。
「緊急と聞きましたのでな」
目の下に隈を作りながら、彼は答えた。その原因は決してダンブルドアの呼び出しのせいではないだろう。
("あの子"が来るとなれば、やはりナーバスになっても仕方ないかのう)
「うむ、実はな……飛び入りで、ここで働く事になった者が一名おるのじゃ」
「……まさか」
「いやいや、石とは無関係じゃよ。方向性としては、その防備に当たってもらう形となるかのう」
ダンブルドアの言葉を聞いても、スネイプの困惑した顔は治る事はなかった。
「石の防備となると……石の件は極秘ですから闇祓いではない。騎士団からの増員ですかな? ……ですが私が呼ばれたとなると」
「その通りじゃセブルス。外来じゃよ」
「つまり、私を呼んだのはその見張り役という事ですか」
スネイプは呆れたように天上を仰いだ。余計な事を、という表情である。
「いや、さほど厳重に見張る必要もない。それよりも、彼がここホグワーツで無事に暮らしていけるように手助けをして欲しいのじゃ。彼は魔法が使えんからの」
「錯乱の呪文でも当たりましたか……貴方が正気を取り戻す手伝いならば喜んでやりますがね、校長。気付け薬はいかがですかな? 石についての情報をここまで秘匿していた、我々の苦労を知らぬとは言わせませんが」
どう見ても毒薬を盛りそうなスネイプを見て、ダンブルドアはくすくすと笑った。
「いや、幸いにしてワシの思考は正常に機能しておるよ。多少の寝不足は否めんがのう」
静かな口調ではあるが、スネイプは相当にイライラしているようである。そんなスネイプを尻目に、ダンブルドアは言葉を続けた。
「彼の存在は野放しには出来ん。ワシよりも闇の魔術に長けた君が見れば、事の重大さにすぐ気づく事じゃろう。そしてその有用さも」
「……話が見えませんな。魔法が使えないという事は、その男はマグルなのでは?」
「……口で言ってもおそらく伝わらんじゃろう。直接見せた方が良さそうじゃ」
そして、二人は校長室を後にした。
「……夢じゃなかった」
夢でしか見たことのないような、西洋式天蓋つきベッド。そこで少しの睡眠を果たした上条当麻は身体を起こし、そして絶望を再認識していた。
(ここで働く……んだっけ。こんな怪しさ満点の人間を雇ってくれるのはありがたい話なんだけど)
その右手の力を貸して欲しい。そんな話を持ちかけてきたダンブルドアを思い出し、上条は自分の右手を見た。昨夜に編んでもらった青白い色の手袋。その中にある、
(俺の幻想殺し……一応、あの爺さんの魔法やこの城に掛けられた魔術には効いたけど。この世界の"異能"全部に効くかどうかはわからないよな。爺さん曰く、"打ち消していない魔法"なんてのも存在するらしいし)
「……というかこの手袋。一体どういう原理で幻想殺しを封じてるんだ?」
様々な不安が上条の胸中を渦巻く中、ガチャリとノブが回され木製のドアが開いた。
「起きていたか。もう少し寝ているとおもったがのう」
「あ、おはようございま……す」
ダンブルドアの後ろに続いて、上条の見知らぬ顔の人物が入ってきた。服や髪が真っ黒で、どこか具合の悪そうな人。なんとなく、自由奔放なダンブルドアとは正反対の人のような印象を、上条は受けた。
「ああ、彼はスネイプ先生じゃ。ここホグワーツでは魔法薬の授業を受け持っておる」
「はぁ……よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる上条だが、スネイプのほうは微動だにしない。
(あれ、そういえばこの人は日本語話せるのか……いや、そもそも生徒達なんて絶対英語オンリーだよな!? ヤバイ、早速問題が浮上してきやがった!?)
『校長、なにやら彼が悶え始めましたが。これが日本式の挨拶というヤツですかな?』
『…………いや、どうだったかのう。
ひそひそと話し始める二人。用いている言語はもちろん英語である。
『それで、本当によろしいのですかな? この男は客人と聞いておりますが?』
『百聞は一見にしかず。見ることは信じることじゃよ』
『……それでは』
スネイプは杖を取り出した。そして、一体どうしたのかとぽかんとした表情をしている上条には、反応出来るはずもなく―――。
「ステューピファイ──麻痺せよ!」
次の瞬間、目もくらむような紅蓮の閃光が、スネイプの杖先から発射された。
ダンブルドア「ホグワーツ式寝起きドッキリ」
ロン「僕もハリーにやられたよ。シリウスはナイフだったっけ」
ハリー(……身体浮遊は事故だったんだけど)
シリウス(……ピーター探してただけなんだが)