ハリー・ポッターと幻想殺し(イマジンブレイカー) 作:冬野暖房器具
ハロウィンの設定を捏造(?)しましたです。
ハリポタ設定を全部把握するのは難しいのです……
「それでは、今日はここまでとする」
重苦しい声で、魔法薬の教師が本を片手に閉じて宣言する。途端に地下牢では、生徒たちの賑やかな声が炸裂した。普段であれば厳格にして陰湿なスネイプの授業の後に、ここまで騒ぎ出すような元気も気力も度胸も無いはずなのだが。今日に限ってのこの原動力の秘密は、その日付そのものにあった。
10月31日。ハロウィン当日である。
「……なんか、すっげぇなあの熱量。ハロウィンてそこまで騒ぐようなイベントだったのか?」
あっという間にクモの子を散らす勢いで生徒たちが去っていった教室で、上条当麻はそう呟きながらスネイプのいる教壇へと歩み寄った。
「ふん、貴様の考えていたハロウィンなぞ知らん」
取り付く島も無いスネイプの言葉に、上条は嘆息した。おそらくこのつれない態度は(いつもとそれほど変わらないような気もするが)昨日の出来事が尾を引いているのだろう。とある生徒を取り巻く環境について再三に渡る忠告を無視し、あまつさえその意見を真っ向から否定したのだから当然と言えば当然である。だがしかし、上条としては持論を取り下げる気はさらさらなく、この冷戦もしばらくは続きそうだなというのが現状であった。
「まぁ、そりゃそうだろうけどさ。なんというか、今日の授業はこれで終わりだろ? この後は何かイベントでもあるのかなって思ったんだよ。魔法使いの過ごすハロウィンなんて俺には想像もつかないし」
何事も無かったかのように不機嫌なスネイプをスルーし、上条はさらに言葉を重ねる。それに対して、もの凄く嫌な顔をしていたスネイプはしばらく沈黙し、やがてぽつぽつと言葉を発し始めた。
「……別段、何か予定されてるわけではない。外部から合唱団を招いたりすることはあるが、今年はそのような連絡も受けてはいないからな。精精が食事の内容が豪華になる程度で、生徒たちが寮で行う馬鹿騒ぎまでは我輩が関知することではない。城の飾りつけも教員たちの自主的なものだ」
「なるほど……たしかに朝食のパンプキンパイは旨かったなぁ。って事は、仮装して色々まわるような習慣とかはないんだな」
「仮装? 何だそれは。マグルの風習か?」
「マグルって魔法使いじゃない人たちのことだったよな? そうそう、マグルはハロウィンになるとお化けとか魔女の仮装をして……あ」
とそこまで言いかけてようやく上条は気づいた。仮装なぞするまでもなく、こいつらは本物の魔法使いであったと言う事を。
「釈迦に説法……いや、というかハロウィンイベントってこいつらがそもそもの元凶じゃねえのか? あのカボチャは魔よけの意味合いもあるってインデックスが言ってた気が……」
うんうんと唸り始める上条であったが、そもそもこの東洋人の有するハロウィンの知識は極貧である。厳密には違うその発祥を誤解し、魔法使いによる魔法使いごっこの可能性を勝手に連想。ウニ頭から煙を出し始めた光景を見て、スネイプは大きくため息をついた。
「考え込むのは結構だが他所でやれ。このまま我輩の教室にいては、アレが入って来れないではないか」
「……あん? 何だよアレって……」
気難しい表情まま、スネイプは教室の入り口を見やった。続いて上条がくるりと振り返ると、そこには怯えた表情でこちらを覗き込む小動物……ではなく。グリフィンドールの1年生。ネビル・ロングボトムの姿があった。
「……入って来れないのって、主にアンタのせいでは?」
そんな一言を言い放った上条に対して、スネイプは無言でその背中を蹴り飛ばした。
「ハーマイオニーが泣いてる?」
「うん。パーバティが言ってたんだけど、トイレに独りでいるって。お昼からずっと」
魔法薬の教室から出て数分。上条はネビルと共に大広間へと続く廊下を歩いていた。背中に魔法薬教師の足跡を付けた上条は、ネビルの話を聞いた途端に眉をひそめた。
「昼からって……授業にも出てないのか? 一体何があったんだ?」
「く、詳しい事はよく知らないんだけど……最後に見たのは呪文学の授業だったよ。泣きながらどっか行っちゃったのを、僕以外にも見てた人がいたから……」
目の色を変え質問してくる上条に気圧されながらも、ネビルはたどたどしく答えた。最後の言葉が小さくなっていってしまったのは、何も出来なかった事を責められると考えたからか。あるいは、これは本当に教師に相談すべき事なのかと。そう思い直したのかもしれなかった。
だから。そんなネビルの様子を見て上条は歩みを止め、ネビルの頭にやさしく手を置いた。
「知らせてくれてありがとうなネビル。後は俺に任せて、お前はこのまま大広間に戻るんだ」
「上条先生は……」
「俺はハーマイオニーを連れてくる……せっかくのハロウィンだからな。みんなで過ごしたほうが楽しいに決まってるだろ?」
心配させないように、わざとらしくにっこりと笑顔を見せて、上条はネビルを送り出した。その姿が見えなくなってから、上条当麻は拳を握り締める。
「……本当に、ありがとうな」
ここまで、上条当麻の意見には反対の声しかなかった。国が違う、風習も違う。もっと言えば世界が違う。間違っているのは自分で、正しいのはその他大勢。
(おせっかいかもしれない。もしかしたらこの学校の教育方針とは違って、魔法使いを育てるって観点では大いに間違ってる可能性だってある。それでも……だとしてもそれは、上条当麻が泣いている女の子を見捨てる理由にはならない!)
作戦なんてない。言うべき言葉も定まらない。それでもやるべき事はわかっている。
自分の知らない法則が満たされた世界。その先へと、幻想を殺す少年は駆け出した。
「じゅ、準備が整いました……ご主人様」
とある部屋の片隅で、小さく縮こまった陰がそう呟いた。いつもの芝居がかったどもり声ではなく、恐怖を孕んだ真実の声。そしてその呼びかけに応える者こそが、その恐怖を生み出す元凶である。
「では、やれ……ただし余計な真似はするな……」
姿は見えない。だがその声には、聞く者の心臓を鷲掴みにするような怨嗟の念が込められていた。何者も許さず、全てを呪い続けた恐怖そのもの。正体を知る紫色のターバンを被った男は、震えながら頷いてみせた。
「仰せのままに。こ、今度こそ期待に添えてみせます!」
「無理はするな……確認だ……今回は確認だけでよい……」
「で、ですがご主人様。コレならば今度こそ、あの男を葬る事も―――
そう言うと、恐怖の主は笑い声を上げた。悦楽ではなく、侮蔑の感情をそのまま発したような声に、男は思考をめぐらせた。何か余計な事を言ってしまっただろうか、何か間違った事をしてしまっただろうかと。そんな男の心を見透かすように、恐怖は再び口を開いた。
「その必要はない……アレは警戒するに値しない……」
「ご主人様、それはどういう意味でございましょうか?」
「アレは、ダンブルドアが仕込んだ罠なのだ……俺様でも騙された……」
そう言ってくつくつと笑う声に、男はさらに頭を捻った。かの有名な魔法使いの罠であれば、警戒に値しないとはどういう事なのだろうか。そんな疑問に、声はこう答えた。
「心を読ませぬ帽子に……魔法を打ち消す手袋……だがその中身は、魔法使いでもないただのマグルだ……間違いない……」
その答えを聞いて、男の思考は一瞬真っ白になった。ありえない、と否定の念が一瞬浮かび、それが不敬である事に気づくと今度は、それを恥じるように顔を俯かせ唇を噛む。
「よいのだ……その恥でもって、俺様はお前を許そう……」
「ご主人様……ありがとうございます」
主人の許しを得て、更には立ち塞がる壁が一つ消えた。順調だ、コレなら大丈夫だと男は確信する。
そして次なる一手を、ホグワーツへと解き放った。
「……まさかこんな所で足踏みする羽目になるとは」
確かな自信と共に大いなる一歩を踏み出した少年、上条当麻。彼は今その歩みを止めて、一つの大きな壁に直面していた。
「女子トイレか……ここで俺が突入するのは流石に駄目だろうなぁ。でも昼から篭りっぱなしのハーマイオニーが出てくるのを待つってのも……それにもうここにはいないって可能性もあるし」
ハロウィン当日の人気のなくなった廊下。それも女子トイレの入り口で仁王立ちを決め込んでいる少年。その構図だけでも怪しいというのに、そこで待ち伏せなどしたら本格的に
(どうする……何が正解だ? ここでおとなしく撤退なんて事が出来るのか上条当麻。女子トイレ如きで身を引くなんて、そんな事で本当に教師が務まるのか? ……そうか、コレが俺じゃなくてダンブルドアなら。あるいはマクゴナガル先生やフリットウィック先生ならどうだ? 彼らなら教師として女子トイレに突入するのも不自然じゃない。ならば俺が入ったっていいはずだ。ここで躊躇する俺がおかしいんだ!)
何故か一番に浮かぶはずのスネイプを都合よく削除し、妙な理屈と自己暗示と共に、突撃準備を始める思春期高校生がここにいた。そんな上条の下へ、女性のすすり泣くような声が聞こえてきた瞬間。余計な思考は消え失せ、上条の足は自然に女子トイレへと歩みを進めた。
「……ハーマイオニー?」
一つだけ閉じた個室の前で、上条は声をかける。すると声はピタリと止まった。姿こそ見えないが、たぶん中にいるのは間違いなく彼女だろうと上条は確信した。
「上条当麻だ。ネビルからここにいるって聞いてやってきた……もう授業は終わっちまったし、ハロウィンパーティーが始まる時間だぞ。俺と一緒に、大広間に戻ろう」
返事は無い。それもそうかと上条は思った。何があったかは知らないが、何しろ半日もトイレに篭るくらいには、彼女は傷ついているのだから。そう簡単に心を開いてくれない事は予想できていた。
「今日の夕食はとびっきり豪華だって話だぜ? まぁホグワーツの食事は毎度毎度手が込んでるけど、今日のはそれ以上らしいぞ?」
再び沈黙である。ご飯の話題は駄目だったかと、上条は肩を落とす。まずは出てきてもらって、話はそれからかなと思っていたのだが。この調子ではそれも難しいらしい。女の子の基準を同居人たる純白シスターに持ってきたのが間違いだったようだ。
「……なぁハーマイオニー。俺は何があったか知らないから、あまり偉そうな事は言えないんだけどさ。お前の抱えてる事情は、ここに閉じこもっていても……」
違う、と上条はそこで言葉を切った。これまで上条がしてきたような、言葉を相手に突きつけるような方法では駄目だ。今必要なのはそんなやり方じゃない。突き放すのではなく支えになる。外からではなく内からの力が必要だと、上条は直感した。
(考えろ……ハーマイオニーが苦しめられてる、囚われちまってる事情を。そこに抱えてる想いを)
『そんな屈辱を味わうくらいなら、いっその事習得できない方がマシだと言っているのだ』
魔法薬の教師はそう言った。誰かに物を尋ねるなど屈辱であると。でもそんな傲慢で威勢のいい考えを持つ生徒なら、こんな所で泣いているはずがない。あの育ちすぎたコウモリのような魔法薬教師の意見はてんで的外れであると。上条は早くにそう結論付ける。
『アンジェリーナが言うには、女子寮でもずっと本を読んでるってさ。でも最近は『呼び寄せ呪文』の練習にご執心だとか』
フレッドだったかジョージだったかは忘れたが、とにかく双子の兄弟の片割れはそう言っていた。勉強熱心な女の子は、ネビルに教えた『呼び寄せ呪文』を練習していたと。自分のところに質問に来たことからも、ハーマイオニーが呪文の習得を目指していたことは間違いなかった。
(でもなんで……そもそも何でハーマイオニーは、『呼び寄せ呪文』が使えるようになりたかったんだ?)
上条がネビルにこの呪文を教えたのは、ネビルがペットのトレバーをよく見失うからだった。ハーマイオニーも同じく何かを忘れっぽいのであれば話はわかるが、どうにも彼女はそういう生徒ではない気がする。魔法薬にて繰り広げられるスネイプの質問に、いつも彼女は真っ先に手を挙げるのだ。そして必ず正解を口にするのだから、忘れっぽいなどというドジっ子属性を持ち合わせている可能性は随分低いと上条は思う。
(悔しかった……とか? いや、そうじゃなくて……ネビルに頼らなかったのは……逆に)
「誰かに、頼って欲しかったのか?」
「……ッ」
声を押し殺したような音が聞こえた。その瞬間上条は、彼女の心の僅かな一端を掴んだと確信した。
「誰よりも勉強を頑張れば、誰よりも上手く呪文を唱えられれば。きっといつか誰かが自分を頼ってくれる……もしかしてお前はそうやって、友達を作りたかっただけじゃないのか?」
上条は知らない。ハーマイオニー・グレンジャーはマグル出身の魔女で、魔法の世界にはつい最近足を踏み入れたという事を。魔法使いの家系からの入学者と比べて、魔法界の知識は乏しく。どうにかして彼らの世界に溶け込もうと、入学前から必死に勉強していたという事を。
「でもそれはうまくいかなくて、わからないうちに空回りしちまって。とうとうお前は動けなくなっちまった……違うか?」
「……悪夢みたいなやつだって、そう言われたの」
だがしかし、いくら学んだところで限界はある。男の子が夢中になるクィディッチは、歴史やルールこそ小さく教科書に載っていても、名勝負やら流行のチームの情報は載っていない。女の子の好きなおしゃれやお化粧だって、魔法界どころかマグルのものさえハーマイオニーは詳しくない。いくら授業を頑張っても、褒めてくれるのはいつも先生だけ。授業の話を休み時間にわざわざする物好きな生徒はいないし、いたとしてもその子が何処で躓いているのか、優秀なハーマイオニーには想像することさえできなかった。
「妖精の呪文の授業で……一緒に組んだ男の子に。呪文の発音が間違っていたから、それを指摘しただけだったのに。私の方がうまくできたから……」
気がついたら、彼女は一人だった。魔法の世界と彼女を繋ぐのは勉強だけになってしまっていた。成績優秀な魔女。それが彼女の価値だった。自分にはこれしかない。これさえも失ったら、もうここにはいられない。
「あの人たちは規則を破ってばかりで。私はいっつも注意ばかりしてた……そしたらどんどん険悪になっていって……私、間違った事は言ってないはずなのに……もうわからない、わからないのよ! 何をどうすればいいか、どうすればよかったのか……どんなに勉強しても、誰も振り向いてくれない!!」
「……」
上条はハーマイオニーの話を黙って聞いていた。それと同時に、ここまで来て本当によかったと。心の底からそう思った。蓋を開けてみればなんてことのない。とても素直で、勉強熱心で、そして少しだけ不器用なだけの女の子だったのだ。
生徒の自主性とか
「……なぁ、ハーマイオニー。お前はその……規則を破っちまう男の子だっけ? そもそも何でそいつに、いつも注意なんかしてたんだ? ただ規則破りが許せないだけなら、迷わずマクゴナガル先生に相談すればいいだけじゃないか」
「え……なんでって、それは……」
そういえば何でだろう、と扉越しに首を傾げるハーマイオニーが容易に想像できて、上条は微笑んだ。答えはとても簡単で、それさえわかればきっと彼女にも友達は出来るはずだと。そう思えたからだ。
「これがレッスンその一だ。俺の質問に答えられるなら、そのまま引き篭もってていいぞ。わからないなら観念して出てこい」
しばしの沈黙。そしてガチャンとドアの鍵が開く音に上条は満足した。中から出てきたのは、散々に泣いて目を泣き腫らした女の子……のはずなのだが。その顔には少しだけ、怒りの色が含まれていた。
「……卑怯です。上条先生には答えがわかるんですか?」
「当然だ。だって先生だぞ?」
涙ぐみながらも頬を膨らませる彼女に、上条はわざとらしくにやりと笑った。上条の予想通り、彼女は誰かに頼られたいと思う一方で、単に負けず嫌いという側面もきちんと持ち合わせていたらしい。屈辱だのなんだのとは言い過ぎだったが、学年で最も優秀という
「さぁ出てきました。答えを教えてください先生!」
「そうだな、それは……ッ!?」
上条は言葉を切る。何やら地響きに似た音を、上条の耳が捉えたのだ。
それが地響きではなく、誰かのうなり声であるとわかったころには。女子トイレの入り口には巨大な影が伸びていた。
次はバトルです。
あっさり目ですが頑張ります。