魔王軍幹部の襲来。
俺がこの世界に来てから、と言うよりは多分この街史上でも最大級の危機だ。
辺りの魔物を強化すると言う直接的でない方法を使っていたところから見て、流石に今すぐ攻め込まれるなんてことはないだろうが、相手は魔王軍。そんな常識が通用するとは限らない。
クリスの女神パワーで圧倒するという手もあるが、今後のことを考えるとそれは無理がある。クリス中心で戦っていけばいい勝負ができると思うし、勝てないこともないだろうが、俺は魔王軍に目をつけられたくないのだ。
メンバーは確かに駆け出しとしてはオーバーキル間違いなしな超強力な奴らだ。でも俺個人は最弱職才能無し低レベルな雑魚。仲間の力が無かったら幹部どころか下っ端の下っ端でも余裕で負ける自信がある。いくら隠密スキルがあるからと言って、流れ弾で即死する事もあるのだ。自分で言ってて悲しくなって来た。
要するに下手に刺激して戦いになるのが怖いのである。例の墓場でベルディアさんがゾンビを召喚していたように、大量に手下を召喚乱戦、なんて流れになったら真っ先に死ぬ自信があるし、何より自分の身を守れない戦いに身を投じるのは怖い。どうにかして帰って頂けないものか。
ただ、クリスに伝えたら即刻倒しに行こうというだろうし、流石に俺だけ逃げると言うわけにもいかない。どうすればいいんだ……
「———という事なんだ。助けてくれベジータ」
「だ、誰ですかベジータって……」
……まあ自分1人で考えてもしょうがないので、パーティの誰にも話さないよりはマシかと暇そうなゆんゆんに相談しているのだ。
「クリスにはさっき言った通り話せないし、クレアもどうせすぐにクリスに話そうとするだろ?ゆんゆんなら職業柄知力も高いだろうし、まずもって俺はこんな重大な秘密を誰にも話さないほど薄情には出来ていないんだ」
「……いや、ただ普通に話したかっただけじゃないですか……ま、まぁ私を頼ってくれているのは嬉しいですし、2人きりの秘密というのも悪い気はしませんけど……」
「いや、ベルディアさんとアクアには既に話してあるが」
「ええっ⁉︎私パーティメンバーですよね⁉︎」
そんなこと言われても……ベルディアさんは曲がりなりにもこの世界の主神クラスであるクリスの浄化魔法喰らっても生きてるレベルのデュラハンで、俺の師匠ポジ。そんでアクアはマジでこの世界の管理者たる女神だ。
本来はアクアをけしかけて、俺のパーティと関係ないところでカタをつけようと思ったのだが、どうも天界規定とやらで担当の世界に直接手を加えるのは禁じられているらしい。
じゃあ勝手に降臨とかして良いのかと聞いたら、『バレない範囲なら大丈夫』となんとも適当な判断基準だった。幹部を倒したり撃退したりは流石にバレる、だそうだ。
因みにベルディアさんは、幹部に狙われてると話したら落ち着いた声色でそれなりの聖水を分けてくれた。やっぱあの人最高。
「出来れば俺が関わりの少ないところで決着をつけたかったんだよ。クリスが出張ると後々同じパーティの俺にまで影響が及びそうだし、最悪クレアとゆんゆんは死んでも生き返れるけど、俺は無理だからな。絶対に死にたくない」
嘘は言っていない俺の言葉にゆんゆんはジト目で抗議する。
「えぇー……ベルディアさんはともかく、なんでアクアさん……もしかして私あの人よりも信用されてない?」
なんだか物凄く落ち込んだようだった。
確かに、アクアを側から見たらいつも宴会芸をしてるだけで自称女神とかとち狂ったことを言う頭のおかしい人な訳だから、気持ちはわからんでもない。
俺は正体を知っているので、頭は弱いが物凄く強いと言う評価だ。この世界担当の女神って事だし、明らかにこの街の最大戦力の一角だろう。宴会芸も何気に洒落にならんレベルで凄いし、多分ステータスもクリスと同等クラスだろうからな。
「まあなんだ、とにかくこれからベルディアさんの店に行くから、そこでベルディアさんと話し合おう。突破口が見つかるかもしれないし」
「じゃあアクアさんもその店に?」
「いや、あんまり役に立たなそうだから誘ってない」
「……」
ポンコツっぽいと言う評価は、多分共通だろうがな。
「……まぁ、事情はわかりました。要はカズマさんが死にたくないから強い人たちに匿って貰って、安全を確保したい、と言う事ですね?」
「その通りだ。流石頭良いな」
「カズマさんも相変わらずずる賢いですね」
「おう」
「いや褒めてないんですけど……」
なんだかんだ無駄口を叩きながら街を歩く。ベルディアさんの魔道具店には足繁く通っているので、この辺一帯はもう俺の庭みたいなもんだ。
話は変わるが、今の時期は冒険者にとってとても忙しい季節らしく、いつものこの辺りに屯しているチンピラ冒険者の姿は見受けられない。
冬になると寒さが厳しくなるだけではなく、よく理由はわからんが高難易度のモンスターしか居なくなるらしい。すると金を貯めて居ない冒険者は冬を凌げず凍え死んでしまうため、秋の行楽シーズンや収穫期で護衛などの需要が高まる今に冬越えの資金を稼いでいると言うわけだ。
そんな話をドヤ顔で教えてくれたダストに対し、なんで忙しくなることがわかってて金を貯めてないんだ?キャベツの収穫とかあっただろ?と尋ねると、金を貯めるような計画性がある奴が冒険者とか言う不安定な職につくと思うか?としたり顔で返された。
納得ではあるが、わかってんなら貯金くらいしろよ……
対して俺らのパーティは、屋敷を買って寝床には困らないわクリス監修の元に貯金は万全だわで焦る必要0。普段からそれなりに高難易度の依頼をこなしている事もあってか、4人分の年越し資金どころか10人20人でも養えるだけの資金がたまっている。
それでもクレアは体が鈍ると定期的にクエストに1人で赴き、今日はクリスもエリス教の教会に用事があるらしく珍しく2人きりだったので、勢いでゆんゆんに話をした訳だ。
……それにしても。
「なぁゆんゆん、お前警戒心薄くないか?」
「……え?あぁ、カズマさんと2人きりで出かけてる事にですか?別にカズマさんなら押し倒されても余裕で返り討ちに」
「いやそういう意味じゃ…………お前今なんつった?え?まじで?
いやいや、俺筋力ステータス結構上がってきてるから。それにほら、レベルもクレアを除けば一番高いんだぞ?」
「でも冒険者職だから基礎ステータスそれほどでもないですよね。確か俊敏とかは私の方が上ですし、多分筋力と運以外は全部私とかクリスさんの方が上でしょう?
クリスさんのステータスは化け物じみてるのであまり参考になりませんが」
「た、確かに……いや、いやいやいや。
で、でも俺罠設置スキルとか拘束スキルとか使えるし?それにこの距離で後衛職のお前に負けるってことは流石に……」
「私最近【ライトオブセイバー】って言う近距離用の上級魔法を習得したんですが、見ます?結構威力あるんですよこれが」
「ふ、ふーん……いや、別に警戒心云々はそう言う意味で言った訳じゃ……」
「それにほら、変なテンションにならない限り基本チキンでヘタレのカズマさんがそんなこと出来るとは思えませんし、元々私も1ヶ月ほどはソロで活動してたんで、カズマさん程度なら私1人でもなんら問題は……」
「もうやめろよ!話切り替えようとしただろ!終いにゃ泣くぞ!」
「……あ、すみません。つい……」
「こっちだってなぁ!好きでこんなステータスで冒険者やってんじゃねぇんだよ!俺だって本当は上級職の力で無双したかったよ!チーレムルートに入りたかったよ!誰が好き好んでこんな情けない姿晒すかゴラァ!」
「あ、あの……え、涙が……」
「……チッ、お前だって酒場の給仕さんから『あの可哀想な娘』『あぁ、あの可哀想な』って呼び方されてるくせに調子に乗りやがって……」
「えっ」
「ともかくだ!
お前魔王軍幹部って聞かされた割に反応薄くないか?普通もっと驚いたり焦ったりするだろ?って事だよ!」
実際少し誇張して話したのにもかかわらず、全然焦ったりする様子がない。幾ら何でもそれはおかしいだろう。
「いや、魔王軍幹部って括りならうちの村も割とよく襲撃されてましたので……
……そ、それより可哀想な娘って……」
「へぇ……ん?村が……ハァ⁉︎」
村が魔王軍の被害にあっていたというのなら珍しくないのかもしれない。俺はそういう世界だって説明を聞いて転生してきたし。
だが、魔王軍幹部に頻繁に襲撃される村って一体どういう……
「ただの魔王軍じゃなくて幹部に⁉︎マジで言ってんのかそれ!」
「だから私は紅魔族なんですって!前に話したでしょう⁉︎」
そしてゆんゆん本人はと言うと、さもどうでもいい事のようにそんな一言で軽く流し、最近友達が増えてきてぼっち脱却したはずなのに何故と喚いている。
いやそっちの方がどうでもいいよ。
「紅魔族ってアレだろ?生まれつき魔力と知力が高い一族っていう……え?そんなに強い一族だったの?」
「そりゃまぁ……自分の事なんで言いづらいですが、村の大人が全員アークウィザードってくらいなんで。人間の民族なら多分世界最強なんじゃじゃないですかね?」
「えぇ……?じゃあ、村が幹部に狙われてて危ないから、子供のゆんゆんはこの街に避難して来た、とか?」
「いえ、幹部と言ってもレベル40後半の村の大人たちが数人もいれば追い返せますし、多分十数人ほどで囲めば討伐も難しくないので……それほど脅威でも無いですよ?私が冒険者になったのは、め……人生経験を積むためです。族長にならなきゃいけないので」
「マジか……」
村の大人たちが袋叩きにすると聞くとかなりえげつなく聞こえるが、相手は魔王軍。紅魔族とやらは危害を加えられるから当たり前の自衛行為をしているにすぎない。
魔王軍幹部を相手に力技で圧倒することが出来て、あろうことかそれほど脅威では無いと言い切るほどの戦力を誇る民族。世界最強の民族と言うのも頷ける強さだ。
なんか、気付かない内にどんどん凄い奴らに囲まれてるような……いや、安全面で言えばこれ以上ないくらい良い環境なんだろうが……
「……俺だけ雑魚だからどんどん肩身が狭くなる……何これ?新手のイジメか何かだろ……今の俺、昔自分で叩いてたネトゲの寄生野郎みたいじゃねぇかよ……」
よく考えたら高レベルの優しい人(ベルディアさん)に戦闘技術やスキルを教えてもらったり、能力のあるパーティメンバーの中でコソコソと裏方やってたまに経験値をもらい、報酬は当分でちゃっかり……
完全に寄生してるな。これがゲームなら、こんな奴即刻掲示板で吊るし上げだ。自分で言ってて死にたくなってきたぞ……
「べ、別にカズマさんの事をそう思ってるわけじゃないですよ⁉︎ねとげと言うのが何かはわかりませんが、私をパーティに勧誘してくれたことは感謝してますし……ほら、戦闘でも感知とか役に立ってますし!」
「……ありがとな。そんなあからさまな気休めが今は嬉しいよ……」
「いや気休めって訳じゃ……
……あの、それより可哀想な娘って一体……私最近友達増えてきたんですよ?女の子の冒険者さん達と一緒に食事したりとか!
私嘘言ってないですよ?ちょ、何で目を逸らすんですか⁉︎」
……それは、料金が全てゆんゆん持ちなのを知ってるからじゃないかな。
「……ほら、着いたぞ」
「へぇ、ここがベルディアさんの……結構立派なんですね。隠れた名店って感じです」
店を見上げるゆんゆんは感嘆の声を洩らした。実際この店は古めかしい雰囲気はあるものの、それがいい味を出している。
「あ、そうだ。ここに売ってる商品には気をつけろよ?ポーションとか聖水とかのベタな商品以外はわけわからん商品か、マジで超高い装備品しかないから」
「個人的には訳わからない商品ってのが気になるところですが……因みに武器の方はどれくらいの値段なんですか?」
「……俺らの貯金全額使って、ダガーナイフだったら交渉でワンチャンくらい」
「マジですか……」
実際、俺も最初見たときはマジでビビった。当時はそこまで金も貯めてなかったし、アクセサリーの類まで一律で10万単位からしか変動がないし。
何故か聖水やらポーションやらも売っているが、それらもやけに高い。ベルディアさん曰く『この街で売っているレベルではない』らしいが、じゃあそんなもんこの街の冒険者がどう使うんだと言う話だ。因みに、その値段でも相当良心的だそうだが。
若干引いてるゆんゆんはさておき、さっさと店に入ろう。
そうしてドアを開けると……
「ベルディアさ……」
「へいらっしゃい!今日はどういったご用件でぃ⁉︎
……ふむ、我輩的にはこの投げつけ爆裂シリーズの新商品である『爆裂くん4〜至上の衝撃を貴方に〜』がお薦めであるが」
「おいコラ!なんでお前が接客してる!なんで勝手にお勧めとか言ってんだ!俺は認めてないぞ!」
「フハハハハ!我輩の大いなる計画の第一歩を邪魔せんでくれたまえよ!……ちょ、剥がすな剥がすな!崩れるではないか!」
初めて見る、黒と白の仮面にタキシード姿の男がベルディアさんと言い争っていた。
大変遅れてしまいまして誠に申し訳ありませんでしたぁ!(更に土下座)
次回の更新につきましては、大学の方がテスト期間に入りましたので終わるまで2、3週ほどお待ちくださいませ……