「覇王……断空拳!!」
「ぬわー!?」
ズドン、という空気が破裂する音を立てながら、その衝撃を殺しきれずにヴィヴィオはリングの上から転がり落ちた。
カーン カーン カーンというゴングの音が虚しく響き渡り、それと同時にアインハルトが構えを解く。
「ふう……良い試合でした」
「ぐぬぬ……納得行きません!アインハルトさん、もう1回です!!」
ヴィヴィオは即座に起き上がると、すぐにリングへと戻って再び構える。クリスは何か伝えたそうだが、ヴィヴィオはそれに気付いた様子を見せなかった。
アインハルトは頷き、そして再び構える。獰猛なその笑みからは、普段の彼女から程遠い ──しかし、あまりにも見慣れた"嬉しい"という感情が見え隠れしている。
「私で良ければ喜んで。ティオ、ゴングを」
「にゃっ!」
カーン!
「……これで何回目だ?」
「えっと……もう20回はやってるね……。ちなみに戦績は12勝8負けで、アインハルトさんが勝ち越してるよ」
そんな様子を、俺とユミナさんのマネージャーチームは微妙な面持ちで見ていた。近くで練習していたリオやコロナも心配そうである。
「練習熱心なのは喜ぶべきなんだろうが……」
「ヴィヴィオちゃん、どう見ても焦ってるよね。……何かあったのかなぁ?」
「シュウさん、何かやりました?」
「おい待てリオ。どうしてそこで俺に疑いが向くんだ」
「ヴィヴィオが悩む時、その原因の9割がシュウさん絡みなので」
「まあ確かにそうだけど、でも、そんな事言われてもなぁ……」
リオにそう言われるが、しかし本当に心当たりは無い。あったら即座に解決に向けて動いている。
「うーん……て事は、シュウさん絡みではないのかな?」
「かもなー。でもヴィヴィオだし、ロクな事ではないのは確かだろうな」
なにやら扱いが酷いような気もするが、ナカジマジムでのヴィヴィオの扱いなんてこんな物だ。
それもこれも、自ら奇行に及んで立場を悪くしているヴィヴィオが悪い。
「次の休憩の時にでも聞いてみるか」
「それが1番ですね」
「分からない事は本人に聞くのが1番ですよね。特にヴィヴィオは、付き合い長い私とコロナでも何を考えてるのか良く分かんないですし」
「えぇ……(困惑)」
オイ嘘だろ……。
俺は困惑しながら、またもアインハルトに吹き飛ばされるヴィヴィオを眺めていたのだった。
カーン カーン カーン
「という訳で、ヴィヴィオには何があったのかキリキリと話してもらうぞ」
訪れた休憩時間、俺達は全員でヴィヴィオを取り囲んでいた。傍から見るとイジメに見えなくもないが、こうでもしないと逃げられるから仕方ない。
「むう……あまり話したくないんですけど」
「私も気になります。思わず喜々として殴り合っちゃいましたけど、そういえば何故あんなに突っかかって来たのか……理由を聞かせてくれませんか?」
「アインハルトさんェ……」
「わしの師匠がこんなに脳筋な訳がない……と思っとった時期がわしにもありました」
思わず喜々として殴り合ってたけどって、普通女の子から出る言葉じゃないと思うのだが。
まあ、それを言うならこの状況が既にオカシイような気もするんだけども。
「いやーまあ、そんなに大した事じゃないんですけどねー……」
ヴィヴィオが指を胸の前でちょんちょん弄りながら言い辛そうに言葉を紡いだ。
「ほら、私って火力が無いじゃないですか。正確に言うなら瞬間火力が」
「そうなのか?」
「そうなんです。それでですね、やっぱり私も一撃で勝負を決めるような破壊力ばつ牛ンなカッコイイ必殺技が欲しくなりましてですね……」
「アクセルスマッシュあるじゃん」
「アレを必殺技と呼ぶには威力足りませんし。しかもミウラさんの抜剣とか、アインハルトさんの覇王断空拳とかと比べると少し地味じゃないですか」
要するに、ヴィヴィオはゲームで言うところの"魅せ技"が欲しいのだろう。
……と言ってもなぁ。
「もう、そのバトルスタイル自体が魅せ技みたいな物だしなぁ」
今の格闘技業界は、アインハルトやミウラのような制圧前進型が主流だ。
だからヴィヴィオのバトルスタイルはとても珍しい。
アインハルトと共にこの格闘技の世界に足を踏み入れてから早くも3年が経過しているが、それでもヴィヴィオと同じカウンターヒッターは数える程しか知らない。
そして、その数える程しか知らない選手も……こう言っては悪いが、ヴィヴィオより上手くはない。
「でも、それとアインハルトさんに挑みまくってたのと、どう関係あるの?」
「じっとしてるよりは、動いてた方が何か閃くかなーって」
「それで結果は?」
「残念ながら……」
ダメだったらしい。そんなポンポンと必殺技は湧く物ではないから、仕方ないといえば仕方ない。
「だったら皆で考えるか」
「えっ?」
「ですね」
だったら皆で作る。どんな些細な事でも、チームメイトが悩んでいるなら放ってはおけない。
「ふっふっふー、チームナカジマ1のゲーマーであるこのリオちゃんが、超カッコイイのを考えてしんぜよー!」
「リオ、少しは自重してね?」
「蹴り技……だとボクと被るのか。ていうか、そもそもヴィヴィオさんって蹴りをしないような……」
「必殺技……ダメじゃ、何も思いつかん」
そして、そう思っているのは俺とアインハルトだけではない。この場に居合せた皆が、思い思いに自分の案を口にし始める。
「みんな……ありがとう!」
こうして俺達は、ヴィヴィオの魅せ技を考え始めたのである。
「先ず、前提としてどんなのが良いんだ?」
「というと?」
「殴りたいか、蹴りたいか、みたいな」
「うーん。その辺の事すら、まだ何も考えてなかったんですよね」
「うーむ……」
となると、本当に1から考える必要があるらしい。
「取り敢えずは皆さんから意見を出して貰ってから考えませんか?このままだと、また思考の沼にハマりますよ」
「それもそうか……じゃあ誰か、何かあるか?」
「はいはいはーい!ここは私の出番ですね!安心して下さい、私が誰しもを唸らせるような必殺技を……」
「……誰かいないか?」
「って、無視すんなやコラァーー!?」
リオが調子に乗っている時は、大体が碌でもない事を考えている時だ。
きっと今回も、その例に漏れないだろう事は想像に難くない。だからスルーする。
「コロナはどうだ?何か考えついたか?」
「先輩!私、私思い付きましたから!」
「すいません……セイクリッド・ディフェンダーを腕に纏わせて殴り倒す、くらいしか思い付かないんです」
「うん、それ思い付くだけで十分だ」
大人しそうなコロナから意外と暴力的な案が出て、そういえばコロナもヴィヴィオの友達だったなぁ、と思い至る。ヴィヴィオも割と過激な所があるし、やはり類は友を呼ぶのか……。
「シュウさん!私とコロナが同類とか、私に失礼だと思わないんですか!?」
「違うの?……ていうか、サラッと思考を読むのは止めてくれ」
「せーんーぱーいー!!無視しないで下さいよー!!」
「友達ネタにしたNTR百合物の同人誌の仕上げを友達に頼む人と、スーパーキュート、かつプリティーガールで将来も約束された私。同じにされると困ります!!」
「えっ、なにそれは……」
前半のインパクトが強すぎたせいで後半が聞こえなかったけど、前半の業が深すぎない……?
恐らくこの場に居るほぼ全員から引かれても、しかしコロナは堪えた様子もなく言い放った。
その態度こそが、今のヴィヴィオの言葉が嘘ではない事を雄弁に物語っている。出来れば嘘であって欲しかった……。
「同性は 同性同士で 愛すべき
コロナ、心の俳句」
『コロナぁ!?』
ある意味で悟りの境地に達したコロナから全員が1歩遠ざかるという地味に傷付く反応をされても、コロナは納得の表情を浮かべていた。
その余裕が、今は逆に不気味に思えた。
しかし、なんで俺達は仲間内で争っているのだろう。
「そう、それが世間の一般的な反応……しかし、私は負けない。負けられない。
私は全てを捧げてきたのだから……今は遠いその理想郷に辿り着く為に!!」
「永遠に遠くていいよそんな理想郷!!」
「しかしヴィヴィオ、貴女なら分かる筈だ!NTRという単語に反応した貴女なら!!」
「にゃ、にゃにおう!?」
「ヴィヴィオさんもダメみたいですね……」
アインハルトの言葉に頷きながら、俺は思っていた事を思わず口にした。
「やっぱり類友じゃねぇか……!」
『類は友を呼ぶ』という言葉は、もしかしたら世界の真理を示した言葉であるかもしれないと俺は思った。
「てことはリオも……?」
「私は!ノーマル!ですッ!!」
「うわぁリオが暴れだした!」
「なんで?!」
「止めないと!」
そう叫び、何故か暴れ出すリオ。それを鎮圧している間に、なんか本題から逸れているような気がしてならない。そもそもなんで集まってるんだったか……?
「あの……」
「どうしたフーカちゃん」
「わしら、今はヴィヴィさんの必殺技を考えてるんじゃあ……」
「あっ」
『あっ』
その言葉で本題を思い出した俺たちは全員で再度密集。今度はヴィヴィオも円陣を組むように集まっている。
「……って言っても、やっぱり簡単には作れないよね。必殺技って」
「その人の技術の集大成のようなものですからね。ヴィヴィオさんの場合は、やはりセイクリッド・ディフェンダーがそれに該当するかと」
「うむむ……やっぱりそうなっちゃうかあ」
結局、必殺技は時期が来れば思いつく。という結論で話が終わる。ヴィヴィオも何となくダメそうだとは分かっていたのか、大して落ち込みもしていなかった。
「素人目線だけど、今のヴィヴィオは必殺技なんて無くてもいいと思うけどな。お前のバトルスタイル結構好きだし」
……ヴィヴィオの動きが止まった。言ってから「あ、これは変な解釈されるな」とか思ったけど、吐いた言葉は無かったことにできない。
「…………すいません。いま、なんと?」
「必殺技なんて無くてもいいって」
「その次!」
そして壊れたオモチャのような速度でゆっくりと首を動かし、そのままスススッと俺に詰め寄ってくる。
「お前のバトルスタイル結構好きだって」
「やっっっっっったぁ!!」
「あくまでバトルスタイルの話だからな?」
魂から絞り出したような、そんな凄みを感じる歓喜の声だった。俺の補足など聞きもしないで、ヴィヴィオは流れるようにアインハルトを煽りにいった。
「聞きましたアインハルトさん!?いま!私を!好きだと!!」
「今シュウさんも言ったでしょう、バトルスタイルの話です。正気に戻りなさいヴィヴィオさん」
「ンッンー。やはり家を護る系良妻賢母の聖王が最後に勝つのは自明の理でしたねぇ!そこのところ、やっぱり前進制圧しか出来ない覇王様とは違うんですよねぇー」
「ティオ、ゴングを」
「にゃっ!」
カーン!
おまけ的な話『次元の壁をぶち破って原作vividを見た時の反応。ヴィヴィオ、アインハルト、シュウver』
「ふーん。俺が……というかレドイ家が居ないとこうなるのか」
「むぅ〜?おかしい……」
「何が?」
「シュウさんが居ないじゃないですか!?シュウさんが居ると思ったから単行本開いたの!!」
「いやいやいや、本来なら寧ろ俺が邪魔だからね?本編はヴィヴィオとアインハルトの百合百合ストーリーなんだから」
「なのはシリーズの伝統からは逃れられないって事ですか……あれ?もしかしなくても、私って結構女たらし……?」
「リオ、コロナ、アインハルト。最低でも3人と組み合わせられるな」
「なのはママ達はいつも通り……いや、フェイトママがマトモ過ぎて違和感が酷いですけど。
それにしても、並行世界の私はアインハルトさんにデレデレ過ぎやしませんかね……?」
「良いんじゃね?眼福眼福」
「他人事だと思って……」
「実際そうだしな。……で、アインハルトは何でさっきから準備運動してる訳?」
「いい天気なので、並行世界の私を殺しに行こうかと」
「何 故 そ う な っ た し」
「ここ屋内で天気分かりませんけどね」
「通り魔とか言語道断ですよね」
「ひ、被害届けは出てないから……正式に通り魔になった訳じゃないから……(震え声)」
「クラウスの悲願を成し遂げたいですか。
覇王流が強靭!無敵!最強!だと証明したいですか。
良い志です、感動的ですね。
しかし許しません。このハルレイツォ、容赦せんッ!!」
「あーん!スト(ラトス)様が激おこ!!」
「おい!?待て、ちょい待ち!!……行っちまった」
「……どうします?このままR-18に入るって手もありますけど。っていうかヤリましょう」
「誰かーヴィヴィオがおかしくなったー。助けてー」