アイツ"ら"の愛は重い?   作:因幡の白ウサギ

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カヒツ・シュウセイ



05.シスターシャッハは裏表の無い素敵な人です!……多分

 レールウェイで数十分の時間をかけて聖王教会の正門前に到着する。相も変わらずやけに人が少ない。教会なんて往々としてこんな物かもしれないが、それでも敷地面積に比べて圧倒的に人が少ない印象を受ける。

 

「しっかし、いつ見ても綺麗な所だよな。聖王教会って」

 

「毎日清掃員さんが頑張ってますからねー」

 

 良く手入れされている。

 それは聖王教会の敷地に入る度に俺が思う事だ。短く切り揃えられた芝生に、規則正しく植えられた花はその美しさを周囲に振りまいている。道に沿って植えられている木も葉っぱが刈り揃えられている。

 俺とヴィヴィオは、そんな手入れされた道を見ながら先に見えている建物の方へと歩を進めた。数分ほど歩くと、道の端を掃除していた清掃員さんと出会う。

 

「こんにちは聖王陛下」

 

「こんにちはー!何時もご苦労様です!」

 

「いえいえ、好きでやってる事ですから」

 

 清掃員さんがヴィヴィオにそう言うと、ヴィヴィオは一瞬で俺に向ける物とは少し違う、ちょっとぎこちなく、そしてワザとらしい──といっても、ヴィヴィオの笑顔を普段から見慣れていなければ騙されてしまうくらいには違和感の無い──笑顔を見せてそう返した。

 ヴィヴィオの笑みを見た清掃員さんは丁寧にお辞儀をして仕事に戻る。清掃員さんから少し離れてから、俺はヴィヴィオに声をかけた。

 

「……凄いなお前」

 

「何がですか?」

 

「笑顔の変化。注意しなきゃ分からないくらい凄い自然だったぞ」

 

「あー……バレてました?」

 

「俺は分かった。けど、ヴィヴィオと付き合い薄いと分からねぇと思う」

 

「そうですか、なら良かった。“聖王様”の笑みがちょっとワザとらしいかなーって思ってたんです」

 

 そんな事を話ながら少し歩くと、前からSt.ヒルデ魔法学院の中等科の制服を着たプラチナブロンドの髪の生徒が歩いて来る。

 すると、ヴィヴィオの表情が笑顔から、お嬢様のような余裕を感じる表情に変わる。

 

「御機嫌ようヴィヴィオさん」

 

「御機嫌ようレナさん」

 

 そして生徒とお辞儀をしてすれ違った。俺も表情は変えないようにしながらお辞儀しつつ、内心でヴィヴィオの表情の変化に少し驚く。

 

「ふぅ。“聖王陛下”を演じるのって結構疲れるんですよね」

 

「……」

 

 清掃員さんやSt.ヒルデの生徒から声が聞かれない距離まで行くとヴィヴィオの仮面が剥がれて、俺の知るいつものヴィヴィオが現れる。俺はヴィヴィオの顔をまじまじと見た。

 

「なんですか?いくら私が可愛いからって、そんなにジロジロ見られると照れますよ」

 

「すまんすまん。俺の前だとヴィヴィオは何時もポンコツ可愛い姿しか見せないから、あんなにお淑やかな一面も持ってるのかって意外に思って」

 

「かわっ……ふ、ふんっ。そうやって可愛いって言っておけば私を落とせると思ってますね?その浅ましい思考が透けて見えてますよ!私は、私はシュウさんからの可愛いなんかに負けませんから!」

 

 そうは言っているが、ヴィヴィオは分かりやすく頬を赤らめながらそっぽを向いた。

 お前は見破ったその浅ましい思考にまんまと引っかかってる訳だけど、それで良いのか?

 

「ヴィヴィオは可愛いなぁ」

 

「あ、あわわわわわわわ……」

 

 ちょろい(確信)。俺が顔を真っ赤にしてフリーズしたヴィヴィオを見てそう確信していると、また前から誰かが歩いて来る。その人は俺達の前に立ち、フリーズしたヴィヴィオを見るなりいきなりこう言った。

 

「あらあら、二人共お熱いわね」

 

「カリムさん、また逃げ出したんですか?」

 

 とても失礼な俺の第一声を聞いた目の前の金髪美女、カリムさんは否定せずにうふふと笑うだけだった。

 

 脱走癖があるこの人は、時々仕事から逃げ出してはお付きのシャッハさんに捕まって説教を受けている。そして多分、今日もその通りになるだろう。

 こんな人が聖王教会のトップで大丈夫なのか俺は少し不安だが、締めるべき所はキチンと締めているのだろう。でなければ聖王教会のトップなんて出来ない筈だし。

 そんなカリムさんだが、俺のその言葉に指を振って否定の意を示した。「チッチッチッ」と副音声が聞こえてきそうだ。

 

「私だってちゃんと学習しているのよ?いつもいつも、ただ怒られている訳ではないの。今回は綿密な逃走計画だってキチンと用意してあるんだから」

 

「反省してないんですね……本当に大丈夫なんですか?綿密(笑)な逃走計画だったりしません?」

 

「大丈夫よ。だって、私が逃げたってバレないようにちゃんと身代わりも用意してあるんだもの!」

 

「それ、枕とか使ってベッドに用意した身代わりとかじゃないですよね?」

 

「……」

 

「何か言って下さいよ」

 

 露骨に目を逸らされた。適当に言った俺の言葉が大当たりしたらしい。やっぱり綿密(笑)じゃないか。

 そんな小学生でも思いつくレベルの考えを秘策としていたカリムさんは、冷や汗をダラダラ流して吹けない口笛を吹く真似をした。ちょっとワザとらしく、そしてムカつくけど、それでも可愛らしいという印象を与えられるのだから美人ってズルいなーと思った。

 

「こんな真昼間からベッドに潜ってるって、何かあるって認めてるような物じゃないですか」

 

「シャ、シャッハなら騙されてくれると思うから……(震え声)」

 

「声震えてますよ?」

 

 声が震えているのは意図的にやっているのか、それともマジで恐怖で震えているだけなのか。そんな判断がつかないくらい普段のカリムさんはシャッハさんに説教されている。

 シャッハさんの説教は強烈な事で有名で、俺も一度だけ経験した事があるけど、アレはもう二度と受けたくないと思った。それくらい凄い物だった。

 あんなのを懲りずに何回も受けているカリムさんやサボリ魔はどんな神経をしているのか、割と真面目に気になる所だ。

 

「かわっ……ハッ!カリムさん⁉︎何故カリムさんが此処に……?まさか、また逃げたんですか?懲りもせずに自力で脱走を?」

 

「脱走なんて人聞きの悪い。私はただ、自由を求めて明後日へ突き進んでいるだけよ」

 

 正気に戻ったらしいヴィヴィオがさっきまで居なかった筈のカリムさんの姿を見てそう言うと、何やらかっこよさげな事をカリムさんが言う。言葉だけを聞くとかっこよさげだけど、でもやっている事は唯のサボりなので寧ろダサい。

 

「ほう……物は言いようですね、カ・リ・ム・さ・ま?」

 

 そんなカリムさんの後ろから声が聞こえた。聞く者を地獄へと引きずり落としそうな声だ。

 

「空気が美味しいわね二人共」

 

「現実逃避は止めましょう。そして現実を見ましょう」

 

「私達を巻き込まないで下さいよ」

 

 カリムさんが恐る恐る後ろを振り返り、そして、その姿を見たカリムさんが変な声を上げる。

 

「あの程度の安っぽい身代わりで私を騙せるとでも思っていたんですかぁ……?」

 

「ゲェッ!シャッハ⁉︎」

 

 息を切らしたシャッハさんが悪鬼のような声を口から漏らしながらゆっくりと、しかし着実にカリムさんに迫って来る。表情がお面のように一切変化しないのが怖さを助長させていた。

 

「さて……何か言い訳はありますかカリム様?」

 

 一歩、また一歩とシャッハさんは距離を詰める。カリムさんと、そして何故か俺たちもその勢いに呑まれて後ずさる。

 

「ご……」

 

「ご?」

 

「ごめんちゃい☆」

 

 カリムさん……今のシャッハさんを前にしてそれが出来るのは、ぶっちゃけ尊敬できる。でも何故、自分から命を投げ捨てるような真似をするのか?コレが分からない。

 

「あっはっはー。面白い冗談ですね、気に入りました」

 

 ああほら、シャッハさんがヤバいキレ方してる……。隣に居たヴィヴィオが「幼少期、聖王教会、シャッハさん……うっ頭が」とか言ってるのが、やけに耳に残った。

 

「気に入ったので、溜まっている仕事を徹夜で片付ける義務をカリム様にはプレゼントです。どうです?嬉しいでしょう?」

 

「サラバダー‼︎」

 

 カリムさん は にげだした!▼

 

「逃がしません!」

 

 しかし まわりこまれてしまった▼

 しらなかったのか?シスター からは にげられない▼

 

 シャッハさん の はらパン!▼

 

「ぐぁっ⁉︎……シャ、シャッハ……ガクッ」

 

 カリムさん に すごいダメージ!▼

 カリムさん は めのまえがまっくらになった!▼

 

 ……脳内にこんなテロップが出るくらい、カリムさんは呆気なく、そしてギャグっぽく捕まっていた。でもシャッハさん、一応とはいえ上司を殴って大丈夫なのだろうか。

 そしてヴィヴィオは、格闘選手的に今の音はヤバかったのか、確認するように顔色を伺いながらシャッハさんに話しかける。

 

「シャ、シャッハさん……?あの、カリムさんは大丈夫なんですか?」

 

「問題ありません、スタンナッコゥで気絶させただけですから」

 

「え?でも今」

 

「スタンナッコゥです。スタンナッコゥは()()()でも発動できる魔法なので問題ありません。殴ったように見えたのは目の錯覚、良いですね?」

 

「「アッハイ」」

 

 有無を言わさぬシャッハさんの物言いにヴィヴィオと頷く。

 ……俺の記憶が正しいなら、スタンナックルって()()()()から電流流して気絶させる魔法だった気がするんだが、シャッハさんが言うならそうなのだろう。そもそもシャッハさん、スタンナックルじゃなくてスタンナッコゥって言ってたしな。

 ……スタンナッコゥって何だよ。

 

「それでは失礼します。私はこのサボり魔に仕事をさせて来ますので」

 

「は、はい」

 

「い、いってらっ……しゃい?」

 

 立ち去るシャッハさんを見送って、俺とヴィヴィオは顔を見合わせる。そして、ほぼ同時にカリムさんに向かって手を合わせていた。

 カリムさん。せめて痛みを知らず安らかに逝って下さい……

 

 

 

 

 

 

 

「シュウも物好きだよね〜。こんなつまんない教会に暇潰しに来るなんてさ」

 

「それくらい暇してたんです。ていうか、つまんないとか職員のセインさんが言って良いんですか?」

 

「良くはないね。でも周りにシュウ以外に聞いてる人は居ない訳だし。ならぶっちゃけても良いかなーって」

 

 場所は変わって聖王教会のとある一室。部屋の主が不在のこの部屋で、俺はセインさんと二人で紅茶を飲んでいた。

 ヴィヴィオは建物に入るなり息を切らしたオットーさんとディードさんに何かを耳打ちされて、そして露骨に嫌そうな顔をしてから「シュウさん。すぐに終わらせて来ますから」と言ってそのままオットーさんとディードさんに連れられて何処かへ行ってしまった。

 

「ふーん……。ところでヴィヴィオは何しに行ったんですか?」

 

「あたしも良く分からないけど、多分アレじゃない?お見合い」

 

「あー。ヴィヴィオがさっき言ってたな、大量のお見合いが云々って」

 

「そうそう」

 

「ヴィヴィオ嫌そうだったなー」

 

「だろうね。陛下のお見合い、量だけじゃなくてその質も悪いらしいし。

 あたしは関われなかったからシスターシャッハが話してるの聞いたんだけど、かなりアプローチの方法が酷いらしいよ。陛下のストレスが段々と溜まってくの、私から見て分かるくらいだし」

 

「相当ですねそれ」

 

 ヴィヴィオは基本的にマイナスの表情を表に出さない。そんなヴィヴィオがセインさんから見て分かるくらいだという事は、ヴィヴィオの中でもうストレスが飽和状態に陥っているのだろう。そうでなければ、さっきのように弱音を漏らしたりはしない筈だ。

 

「だからさ、偶にでいいから陛下の愚痴に付き合ってあげてくれないかな?陛下、私達の前だと強がってばっかでさ。シュウの前でしか本心をさらけ出さないから」

 

「分かりました。なるべく話を聞く事にします」

 

「ごめん。本当は私達の仕事なんだろうけどね」

 

「適材適所って奴ですよ」

 

「そう言ってもらえると助かるよ」

 

 安心したようにセインさんは笑みを浮かべた。俺も笑って紅茶の入ったカップを口元に持っていって傾ける。うーん美味い。

 

「ところで色男」

 

「もしかしなくても俺のことですか」

 

「この場でシュウ以外に男いないじゃん。それで、どっちとか決めてんの?」

 

「どっち、とは」

 

 ニヤッとイヤらしい笑みを見せるセインさんの、何となく言いたい事を察しながら俺はすっとぼけた。しかし俺のとぼけは向こうも想定済みだったようで、素早く俺の横に回ってくると肘でワザとらしく脇腹をツンツンしてくる。

 

「分かってんでしょー?陛下なの?それともアインハルト?」

 

「どっちなんてありませんよ。俺は選べる立場にないです」

 

「聖王と覇王から熱視線向けられといてそれはないと思うなー。ほら、おねーさんに言ってみなって」

 

 何だこの人めんどくさいぞ。今まで深く関わらなかったから知らなかったけど、こんな面倒くさい人だったのか。

 

「……あれ?セインさんって、ヴィヴィオの事を陛下って呼んでましたっけ?」

 

「話の変え方雑だねぇ。……いつまでも名前呼びじゃ示しがつかないって事で結構前に変えてたよ。気付かなかった?」

 

「まったく。そもそもセインさんとこうして会う事って無かったですし」

 

「それもそっか。多分初めてだよね、こうしてシュウと2人でお茶するの」

 

「ですね」

 

 俺が頷くと同時に部屋の扉が開いて疲れ果てたような顔をしたヴィヴィオが入って来た。

 

「あ゛〜〜やっと終わった〜〜」

 

「お疲れさん」

 

「お疲れ様、陛下。お茶飲む?」

 

「飲む飲む……本当に疲れたぁ〜〜。内容も変わり映えしないし、時間だけは無駄に過ぎて行くし。少しは変化球でも投げて来いってのにもう……」

 

 俺の隣に座ったヴィヴィオが腕に寄りかかる。俺はセインさんが紅茶を淹れているのをぼーっと見ているヴィヴィオの頭を撫でた。

 

「わひゃあ⁉︎シュ、シュウさん⁉︎」

 

「どうした?そんな変な声上げて」

 

「な、ななななな何で私の頭を撫でてくれているんデスカ?」

 

「今まで頑張ってたんだろ?その苦労を労えたら良いなぁって思ってな。と言っても、俺に出来る事はこれくらいしか無いけど。……嫌なら言ってくれ。すぐに止めるから」

 

「とんでもない!是非、是非続けて下さい‼︎」

 

「お、おう」

 

 頭を撫でただけなのにえらいテンパっているヴィヴィオにそう言うと、目を光らせたヴィヴィオが勢い良く顔を近付けて来る。

 

「おー、すっかり元気になったじゃん」

 

「当然!だって、シュウさんのなでなでパワーを一身に感じてるんだもん!」

 

「なんだよ。その、なでなでパワーって奴は」

 

「シュウさんのなでなでで補充出来る凄いパワーです。このパワーがあれば、私は、そしてジ○ンはあと10年は戦える……っ!」

 

「なぜそこで○オンが出たし」

 

 言葉こそ力強いが表情は崩れてデレデレなヴィヴィオは、なんというか……飼い主に懐いてる犬みたいだなと思った。擦り寄って来て臭いを嗅いでくる所とか、特に似ている。

 

「シュウさん。もっと、もっとです!もっと私を撫でて下さい!なでなでプリーズ‼︎」

 

「はいはい。お姫様の命令とあらば喜んで」

 

「はにゃぁ〜〜〜〜……」

 

「……これ、他の人には見せられないなぁ」

 

 猫みたいな声を出して完全に蕩けたヴィヴィオをセインさんが笑いながら見る。クリスはというと、何故かヴィヴィオの横でか○はめ波のモーションを取って手から虹色の光を放出していた。元気だなあのぬいぐるみ。

 

「シュウさん、手が止まってますよ!」

 

「あーはいはい」

 

 その後、数時間に渡って頭を撫で続ける羽目になるとはこの時の俺は思わなかった。

 その後にも帰って来たカリムさんとかとワイワイやっていたら思った以上に時間が過ぎてしまい、家に帰った時には既に夜の7時を過ぎていて、更に送ってもらったセインさんを見られて何をしていたのかアインハルトに問い詰められたのだが、それは語るべきでは無いだろう。

 

 ……いつものことだし。


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