アイツ"ら"の愛は重い?   作:因幡の白ウサギ

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加筆修正中……



03.アインハルトと俺

 

 俺の朝は、目覚まし代わりのアインハルトの声を聞く事から始まる。

 

「シュウさーん。もう朝ですよー」

 

 シャッとカーテンを開ける音と同時に俺の瞼に日光が直撃した。

 

「あと、5分……だけ」

 

「ダメです。前にそうやって寝かせたら1時間近く起きて来なかったじゃないですか」

 

「……ぐー……」

 

「仕方ありませんね、ティオ」

 

「にゃー!」

 

「ふがっ⁉︎な、何事⁉︎」

 

 アインハルトに揺さぶられ、更にティオに顔に飛び乗られた俺は仕方なく、本当に仕方なく二度寝を放棄して起き上がる。まだ重たい瞼を無理矢理瞬かせてアインハルトの方を見ると、ティオを抱え上げたアインハルトは笑みを浮かべた。

 

「おはようアインハルト。寝て良いか?」

 

「おはようございますシュウさん。ダメです、起きて下さい」

 

「……うーん……」

 

「仕方ないですね……そんなに私と寝たいですか」

 

「超目覚めたわ」

 

 自分の服に手をかけたアインハルトに尋常じゃなくヤバい予感を感じた俺が素早くベッドから離れると、アインハルトはどこか残念そうに服にかけた手を離した。俺はクローゼットから洋服を取り出しながらアインハルトに言った。

 

「着替えたいから先に下で待っててくれるか?」

 

「寝ても構いませんよ」

 

「取り返しのつかない事になりそうだから遠慮しとく」

 

 アインハルトが扉を閉めて、階段を下りる音が聞こえてから着替えを始める。

 何故アインハルトが階段を下りるのを待つのかというと、俺が異性に着替えを見られるのが恥ずかしいからだ。着替えの途中を見られて恥ずかしいのは、何も女子だけではない。

 

「ふぁ……ねむ」

 

 あくびを噛み殺しながら、俺は服の袖に手を通した。ジーパンを履きながら時計を確認すると、時間は午前7時ちょうどを指し示している。

 

 廊下に出ると下のリビングから漏れ出たテレビの音がかすかに聞こえる。アインハルトはバラエティー番組をあまり見ないから、恐らくはニュースでも見ているのだろう。

 

「お待たせ」

 

「もう、遅いですよ」

 

「これでも最速だ。寝なかった事を褒めてくれ」

 

「そうですね、良く頑張りました。ご褒美に私をさしあげます。さあどうぞ」

 

「ん?ごめん、急に耳が遠くなった」

 

 アインハルトはイスに座って俺を待っていた。テーブルには、アインハルトが作った朝食が並べてある。

 俺とアインハルトは、親父から叩き込まれた食事を始める前の地球での儀式をしてから、つまり、両手を合わせて「いただきます」と言ってから食事を始めた。

 

「ふあぁ……ねみ」

 

「夜更かしするからですよ」

 

「いや、そうは言うけどな。人1人を乗せて安眠なんて実際不可能だぞ」

 

 息苦しかったし、顔は近いし、なんか胸元がやけに柔らかいし。右を向けばリンネの寝顔が、左を向けばアインハルトの寝顔が間近にあるので横も向けないし。

 俺は寝る時は体勢をしょっちゅう変えるタイプなので、それが封じられるだけで落ち着かなくなって寝れなくなるのだ。

 贅沢な悩みだと言われるかもしれないけど、贅沢でも悩みは悩み。解決策を模索してはいるが、まだ見つかっていない。

 

「それはどうでしょうか?クラウスはクロを乗せてよく昼寝をしていましたが」

 

「覇王と一般人を比べるのは反則だろ。次元が違うって」

 

 そこで一旦会話は途切れ、お互い無言で朝食を消費する。後ろのテレビからはニュースを読み上げるキャスターの声が聞こえ、アインハルトは時折チラッとそちらへ目線を向ける。外からは鳥のさえずりと、偶に通り過ぎる車のエンジン音が聞こえていた。

 それは、とてもとても静かな1日の始まりだった。

 

「……なんか静かだなーって思ったら、そうだ。ヴィヴィオとリンネが居ないんだ」

 

「2人とも朝早く帰りましたからね。ヴィヴィオさんは此処からランニングついでに帰宅して、リンネさんは早朝から車で帰りましたよ」

 

「もうお決まりのパターンだな」

 

 これが常だ。大体は金曜日の夜に泊まって、翌日の朝早くに帰る。

 最初に泊まりに来た時に「朝チュンです!朝帰りです!」って無駄にテンションが高かったヴィヴィオに釣られるようにテンションを上げて徹夜し、翌日に全員でぶっ倒れたのは、今となっては笑い話だ。

 

「ごちそうさまでした……っと。今日はこれからどうする?」

 

「取り敢えずは洗濯物を干して、それから食材の買い出しですかね」

 

「主に野菜だな。んで、それが終わったらナカジマジムと。……ああ、皿洗いはやっとくよ。洗濯機を回して来てくれ」

 

「じゃあお願いしますね」

 

 パタパタとスリッパが音を立ててアインハルトが遠ざかる。俺は皿洗いをしながら、スーパーで何を買うのかを脳内でリストアップし始めた。

 

 

 ————————

 

 

「休日相応、といった感じの混み具合ですね」

 

「だな」

 

 さて、時間は移ろって今は10時過ぎ。洗濯物も一通り干し終えた俺とアインハルトは、学校帰りなんかにしょっちゅう利用しているスーパーへと買い出しに来ていた。

 カートにカゴを載せながら、俺はアインハルトと店内を移動する。

 

「今日買う物は……野菜類を結構と、それなりの量の肉と魚ですね」

 

「大雑把だなー」

 

「大雑把で良いんですよ。足りなくなってきたら、その都度買い足せばいいですし」

 

 野菜売り場で品定めをするアインハルトの表情は試合で見せるような真剣そのものといった感じの表情で、そんな表情のアインハルトを見た俺は、なんだか感慨深い物を感じた。

 

「……変わったよな」

 

「何がです?」

 

「お前だよ。昔の家事全般がからっきしで、料理のさしすせそ、も言えなかった頃のお前とは大違いじゃないか」

 

「私だって成長してるんですよ」

 

 わざとらしく表情を崩したアインハルトの隣を野菜でずっしりと重くなったカートを押して動かしながら着いて行く。次に来たのは魚売り場だ。

 

「でもまあ、変わったっていう自覚は自分でもあります。昔はただ我武者羅に拳を振るっていた、それこそ機械みたいだった私が、今では極々普通の女性の喜びを求めている」

 

「…………」

 

「好きな人を見つけ、男を愛し、男に愛され、子を成し、育てる。人類史において女性が繰り返して来たその行動を、かつての私なら決して選びはしなかったでしょう」

 

「……だろうな。今でこそ違うけど、かつてのお前は1人の少女であるより前に覇王であろうとしてたし」

 

「良くお分かりで」

 

「お前の隣にどれくらい立ってると思ってるんだ?」

 

「……それはプロポーズと受け取ってよろしいですか?」

 

「なんでさ」

 

 過去を思い出しているのか、魚を手に取りながら自嘲するようにアインハルトが笑う。その横顔は、笑っているというのに何処か痛々しかった。

 

「私、最近よく考えるんです。シュウさんと出会っていなかったら、今頃の私はどうなってたんだろう、って」

 

「どうなってたんだ?」

 

「ヴィヴィオさんと百合ってました。なんかこう、激闘の果てに互いを求め合う感じで」

 

「……お前、そっちのケがあるのか?」

 

「クラウスの記憶のお陰?でそっちもイケなくはない、という程度ですよ。あっ、でも忘れないで下さいね。昔も今も私はシュウさん一筋ですから。他は二の次、三の次です」

 

「そっか」

 

「おや?思ったよりリアクションが薄いですね。せっかく私が一世一代の大告白をしたというのに」

 

「そのノリがいつも通りすぎてなー」

 

 アインハルトはカゴに気に入ったらしい魚を入れるのを見ながら、俺はカートを押し進める。

 ……そうだよな。クラウスの、というか男性の生涯の記憶を保有しているのなら、やはりそういう行為の記憶だって残っている訳で……。

 

「辛くないのか?」

 

「何がですか?」

 

「覇王は……クラウスは男だろ?やっぱり性別の差とかで戸惑いがあるんじゃねーのかなと」

 

「入れる側が入れられる側になった事への戸惑いですか?もちろん、そういう記憶も持ち合わせてはいますが……」

 

「仮面剥がれてんぞ」

 

「おっといけない」

 

 ワザとらしく咳払いをしたアインハルトは、再び(本人曰く)寡黙な美少女キャラに戻ったらしい。俺を見るその目には、家では決して見せない"静"に満ちていた。

 

「そういう事ですか。確かに幼少期、最初に記憶を取り戻した……いえ、これは正しくありませんでした。クラウスの記憶を得た時は戸惑いました。

 今だから言いますけど、クラウスの記憶に自我が塗り替えられそうになった事もあります」

 

「マジで?」

 

「大マジです。覚えてます?私とシュウさんが最初に出会った時」

 

「覚えてる覚えてる。懐かしいな。お前、どっかの林で延々と木の幹を殴ってたっけ」

 

 昔の話だ。偶々通りがかった林の奥から延々と聞こえる何かを殴る音。子供ながらの好奇心から音のする方へと寄って行くと、そこに居たのは幼きアインハルトだった。

 ロマンチックのロの字すら感じられない出会いだったなぁと思い返す。

 

「その時ですね、私軽くクラウスの記憶に自我を潰されかけてまして。シュウさんに言われるまで、自分の言葉使いが男のそれだと気付きもしませんでしたし」

 

「今明かされる衝撃の真実ゥ……」

 

「でも、それは過去の話です。今の私はアインハルトという名の乙女で、クラウスという名の青年ではない。クラウスの記憶から学ぶ事はあっても、その記憶に引っ張られる事は恐らくもう無いかと」

 

 満足の行くまで魚を選び終えたのか、肉売り場へと歩を進めるアインハルトの後を追うようにカートを動かす。

 

「……そっか」

 

「なのでシュウさん。精神的BLとかは気にしないで、私を求めても構いませんからね?」

 

「俺のしみじみとした感情を返してくれ」

 

 両手に肉のパックを持ち、真顔で品定めをしながらの発言に俺は肩を落としながらそう言った。シリアスな空気は長続きしなかった。

 

「少し話しすぎてしまいましたね。急ぎましょう、もう時間はそんなに残っていませんよ」

 

「え?ああ、そうだな」

 

 入店時の何倍も重くなったカートを押してレジまで向かい、少し待って会計を済ませる。

 俺達がスーパーから出ると、春先にしては強すぎるくらいの日光が道を照らしていた。

 

「シュウさん」

 

「んー?」

 

「私、シュウさんには言葉で伝えきれないくらいの感謝の念を抱いています」

 

「おいおい。急にどうしたんだよ」

 

「言ってなかったなーと思いまして。ですから改めてお礼を」

 

「礼を言われるような事でもないと思うんだけどなぁ……それに、感謝だったら俺もしてるよ。アインハルトが居なかったら、今頃は家事全般に追われて死んでたかもしれないからな」

 

「もう。私の価値は家事全般をこなす事だけですか?」

 

「冗談だよ。そう怒るなって」

 

 日光の眩しさに目を眩ませつつ、俺とアインハルトは帰路についた。

 


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