早朝のランニングは欠かすことの出来ない私の日課である。
呼吸のリズムや足裏に伝わる振動、揺れる視界。その全てが合わさって、私に何とも言い難い安心感というか、落ち着きのような物を与えてくれる。
「はっ…はっ…はっ…」
早朝という事もあって、人通りは皆無に等しい。私と同じランニングをしている人がちらほらと見えるくらいだが、私と同年代に見える人は更に少ない。それは今日は平日だから仕方ないのかもしれない。私としては人が少ない方が良いので好都合だけれど。
「はっ…はっ…はっ…」
クラナガンの中央を通る大通りを走り抜け、ナカジマジムがあるオフィスエリアまでたどり着いたところで引き返す。休日ならもっと先まで走るのだが、今日はこれから学校もあるので長々とは走れない。
「にゃ、にゃにゃっ」
「はっ…はっ…?もうそんな時間ですか」
「にゃー」
往復で1時間と30分のランニングを終えて家に帰ると、時刻は6時30分ちょうど。シュウさんは既に朝食を作り終えて私を待っていた。
「ただいま戻りました」
「おかえり。待ってるからシャワー浴びて来いよ」
「分かりました、ティオをお願いしますね。ティオ」
「にゃ」
ランニング中もずっと頭の上に乗っていたティオをシュウさんに渡してシャワー浴びに向かう。洗面所には既に私の着替えが用意されていた。誰が、なんて聞くまでもなく、シュウさんが用意してくれた物だ。
それを見ながら洗濯機に脱いだ衣服を入れつつ思わず呟く。
「…………シュウさんには性欲が存在しているんでしょうかねぇ」
割と真面目な疑問である。だってこんな、昨今のギャルゲーでも見ないようなシチュエーションに叩き込まれてもなお、あの反応。冷静に客観視すると同居人、後輩、義妹とかいう、どれか一つでも他人が羨みそうな関係者(しかも美少女)を3人も侍らせておいて、あの反応である。
ごみ箱とかを漁ってみても、その手のアイテムは一切見つからない。この歳なら、男女に関係なく旺盛である筈(クラウスの記憶調べ)なのに。
──ホモではない、はず。
なんか最近自信が無くなってきたが、でもシュウさんはホモではない筈だ。私はそう信じている。
脳裏によぎった微かな可能性を、汗と一緒に排水口へ流した。
『──昨日午後10時頃、クラナガン工業区画で男性の遺体が発見されました。周囲には質量兵器の使用を伺わせる痕跡が発見されており、管理局はこれが殺人事件であるという見方を──』
「シャワー、浴びて来ました」
「んー」
私がリビングに戻ると、シュウさんは片手でティオを弄りながら目線をテレビに向けていた。誰かが殺されたらしい。
「こんなニュースばかりですね」
「だな。なんか最近やけに物騒な事件が多いし、お前も気をつけろよ?」
「それは勿論。しかし、私としてはシュウさんの方が危ないような気がするんですが」
リンカーコアの有無もそうだけれど、シュウさんには前科があるだけに危うさは一段上だ。お菓子に釣られて何も知らずにホイホイとついて行きそうで──いや、流石に無いか。幼稚園児じゃないんだから。
「えー、マジ?実感無いな」
「危ないです。本当にシュウさんも気をつけて下さいね?」
……しかし、そうさせない為に私が居る。
やる事は普段と変わりない。ただ前を進んで、そして背後を守るだけ。
『昨日午後、管理局本局前の広場で抗議運動が行われました。主催者発表によると──』
………覇王が守護ろうと決めた人は決まって守護れなかったことに突っ込んではいけない。
00-E
休みが明けたので、学生である私達は当然のことながら学校へ行かなければならない。
「…………」
登校中の生徒達の声でざわめく通学路。そのざわめきは友人同士の取り留めのない会話が発生させているのだろうけれど、しかし、私と、その隣を歩くシュウさんの周囲だけは、ぽっかりと穴が空いたように静まり返っていた。
「…………」
朝の澄んだ空気に似つかわしくない、重苦しい静寂。歩みを進める足も心なしか重く感じられる。
これは今に始まった事ではない。私が入学してからずっとこんな調子だ。でも私を見る目線の中に込められた感情には悪意が殆ど感じられないので、少なくとも拒絶されているという訳ではなさそうである。
ただ……
「胸にばっかり視線が飛んでくるんですが」
「……男のサガだよ。仕方ない。本人に正面切ってこういうこと言うのは失礼だけど、お前エロいし」
恐らくは男子からであろう、あからさま過ぎる目線が非常に多い。その理由は……シュウさんの言う"エロいから"なのだろう。
個人的には──いや、やめよう。私の脳裏にはいきなりヴィヴィオさんとフーカがブチ切れる姿が浮かんでいた。
「本当に失礼ですね……うん?その理論で行くと、シュウさんは男ではないという事に」
「待て、なんでそうなる」
エロいからという理由で目を奪われるのが男なら、そのエロい人を常に侍らせているシュウさんが目を奪われないのはつまり、あっ
「──シュウさん」
「……なんだよ」
「どんなシュウさんでも、私は好きですよ」
「お前の中で俺はどんな人間になってるんだ」
……流石に飛躍しすぎだとは思うけれど、もしかするともしかするかもしれない。
考え込んだ私の身体に、シャワーで流したはずの汗が再び纏わりつくような感覚を覚えた。
01-E
「やあシュウ。連休は楽しめた?」
「ああ。疲れはしたけど楽しかったよ」
学校に到着して、朝のホームルームまでに空いた自由時間。颯爽とやって来たロイは連休前と何も変わらず、いつもの笑みを貼り付けていた。
「そういうお前は?」
「こっちも特には何も無し。平和で退屈な連休さ」
俺の机の上に座って、そして騒がしい廊下側に向かって軽く手を振ると、それだけで向こうの方から女子特有の甲高い歓喜の声が聞こえてきた。
そんなアイドルみたいな事をやって満足したのか、こちらに向き直ったロイはとある方向をチラ見しながら言った。
「で、シュウ。ストラトスさんはどうしたのかな」
「知らん。俺が聞きたいくらいだ」
いつぞやの入学式の時のように窓際を向いてシャーペンをカチカチ言わせているアインハルト。どうしてああなったかは知らないが、通学途中の意味不明なやり取りが関係してるように思えてならない。
あれだけ見るとまたキレているようにも見えるが、左手はティオにじゃれつかせているので怒ってはいないだろう。ティオは
「おいおい、そりゃないだろう。この学校で間違いなく誰よりストラトスさんを知ってる君がお手上げなんて」
「連休前にも言ったがな、俺にも分からない事くらいはある。いい機会だから聞いとくけど、お前は俺たちを何だと思ってるんだ?」
「十八禁ゲームの主人公とヒロイン」
「表出ろ」
周りのイメージを崩さないようにか、最初の単語だけ声のトーンを抑えめに発言したロイに中指を立ててそう返す。友達になる奴を間違えたかもしれないと、俺は中学から何度目になるか分からない後悔をした。
「いやだって、誰だってそう思うよ。両親は家に居ない、年頃の男女が一つ屋根の下、オマケに美人。血涙モノだよ」
「いやそれはアインハルトが…………──待て。俺、お前に家の状況話した事が1度でもあったか?」
スッと背筋が冷える思いがした。記憶が正しければの話だが、今まで俺がロイに家庭の事情を話した事は1度だって無い。無いはずなのだ。
もし話してもいない家庭事情を知っているとするなら、それはストーカー……
「最近のネットは怖いよ、シュウも気をつけた方がいい。というか、ストラトスさんと同様に君もそれなりに有名である事を自覚した方がいい」
……なわけないか。うん、無いな。
一瞬だけ頭の隅によぎったロイストーカー説が否定された事に安堵しながらも、俺はそれに納得した。情報化社会の今だからこその情報源だ。何処までバレてるかは後で調べる事として、こりゃ不用意な事は出来ないなと自分を戒めることにしよう。
「忠告ありがとう。気をつける」
「本当にね。君とはまだ仲良くしていたいから」
「まだってのが怖いな……それにしても、俺が有名なんて嘘だろ?」
「ストラトスさんと聖王陛下が君を気にかけている事くらいはちょっと調べれば誰でも分かる。君が魔力の無い、いわゆる社会的弱者であることもね」
「おいマジか。まったく、俺のプライバシーってのは何処に行っちまったんだ……?」
「それが有名税って奴さ。諦めなよ」
どこか楽しそうに笑うロイだが、こちらとしては笑えるような気分ではない。知らないうちに個人情報が流出してるなんて悪夢そのものだ。テレビに出るようなタレントというのは常々こんな気持ちを抱いているのだろうか。
「こんな目に遭うんなら有名になんてなりたくねえな。無名のままの方がいい」
「どんな気分か全く想像もできないね。参考までに聞いてもいいかい?」
「張り倒すぞ貴様」
「冗談だって、カレーうどんジュース奢るから許して」
「何故、カレーうどん……」
アインハルトの大人モードみたいなスタイルの高校生とかチラ見不可避だと思うの。
おまけ
「どーも。フーカ&リンネの、コーヒーは無糖で飲むのが好きな方、フーカです」
「どーも。フーカ&リンネの、コーヒーは微糖じゃないと苦くて飲めない方、リンネです」
「いやー、約2ヶ月ぶりじゃな」
「そうだね。約2ヶ月だね」
「正直忘れてたのかと思ってたわしがおる」
「確かに。正直忘れてたんじゃないかって思ったよね」
「…………」
「────」
「次回!」
「"高町ヴィヴィオの憂鬱"を!」
「「お願いします!」」