アイツ"ら"の愛は重い?   作:因幡の白ウサギ

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加筆修正中



01.集う危険人物たち

「ただいまー」

 

 玄関の扉を開け、俺は誰も居ない家にそう言った。もちろん答えは帰ってこない。両親は仕事で次元世界を飛び回っているし、俺は一人っ子なので実の妹も弟も居ないからだ。

 

「シュウさん、じゃがいもが安かったですし、今日は肉じゃがで良いですかね?」

 

 ……その代わり、アインハルトという同居人はいるのだが。こんな特殊な状況に置かれている奴なんて全次元世界を見渡しても俺しかいないのではないだろうか。

 

「良いんじゃないか?俺も久々に食べたいなーとかって思ってたし、アインハルトの作る肉じゃが」

 

「おっと期待をされている。これは腕によりよりをかけて作らなければなりませんね」

 

「よりより?」

 

「腕によりをかける、じゃあありきたりじゃないですか。だから私の本気度を表す為に、よりを一つ増やしてみました」

 

 リビングのテーブルに一旦買い物袋を置いて、そして洗面所で手洗いとうがいを済ませる。その後に一度部屋に戻って、部屋着に着替えてから再びリビングへと戻った。

 買い物袋の中身を冷蔵庫に入れる作業をしてる最中に、リンネのメールに記されていたポン酢の補充が本当にされているかを確認する。

 

「うわぁ……マジでポン酢が補充されてる」

 

「犯行時刻は昨日の夜から今朝までです。もちろんの事ですが、戸締りに余念はありませんでした」

 

「……リンネだし仕方ない、だな」

 

「仕方ありません。そもそもリンネさんには合鍵渡してますからね。私が」

 

「お前が原因かぁ⁉︎」

 

 そしてリンネの言う通り、野菜もいくつか萎びてきそうな感じの奴があった。これを上手く使える料理といったら……

 

「……野菜炒めにすっか」

 

 現在時刻は午後の1時30分。少し遅めの昼食になる。

 

「アインハルトー。肉無しの野菜炒めで良いよな?」

 

「お肉は多少なら使って平気ですよ。料理なら私がしましょうか?」

 

「いや。昼も夜も酷使するのは悪いし、昼飯くらいは俺がやる」

 

「おっと、進んで家事手伝いをする旦那さんはポイント高いですよ。夫婦円満の秘訣は互いが程々に家事を負担すること、らしいですからね」

 

 フライパンや材料を用意してパパッと作る。自分で自分を賞賛するのもアレだが、フライパン捌きとかはかなり上手いと思う。

 ……両親が中1の男女を一つ屋根の下に放置して仕事に出るという正気を疑うような暴挙をした後、最初の方は炊事担当が俺だったからかな。それ以降も腕を錆びつかせないように偶に作ってたし。

 

「大雑把な味付けと切り方で悪いが、我慢してくれ」

 

「いえいえ、私は好きですよ。シュウさんの男らしい味付け」

 

 \デェェェェェェン/と大皿に盛った、野菜と肉の比率が明らかに釣り合ってない野菜炒め。それをアインハルトと消費していると、不意に立ち上がったアインハルトが麦茶の入ったコップを2つ持って来ながら言った。

 

「こうしていると、なんか本当に夫婦みたいですよね……あっ間違えた。みたい、じゃなくて夫婦でしたね」

 

「学生でカップルを通り越して夫婦か。正気を疑われるな」

 

「常識に囚われてはいけません。全て壊すんです」

 

「や め ろ」

 

「それに交際期間も3年という十分な年月。それを経ての同居、しかも同居してからもう3年ですよ?これはもう結婚扱いでも良いのでは?」

 

「お前と知り合って早6年か……あっという間だ」

 

「スルーは勘弁してくださいよ」

 

 アインハルトとの出会いがアインハルトが初等科2年生の時。同居開始が中等科の1年生の時。初等科は5年までしか無いので3年という訳だ。

 

「ご馳走様でしたっと」

 

「洗い物は私がしますよ。何もしないのは流石に悪いので」

 

「そうか?んじゃあ、お言葉に甘えるとするか」

 

 アインハルトが洗い物をしているのをBGMに、俺はソファに座ってテレビのリモコンを手に取り、ポチポチとボタンを押してチャンネルを変える。

 

「やっぱこの時間はバラエティ番組が多いな」

 

「そうですね」

 

 しばらくボーッと見ていると、洗い物を終えたらしいアインハルトが俺の隣に座る。ソファの上にだらーんと投げ出した俺の手が、アインハルトの膝の上に持っていかれ、水仕事で冷たくなった両手に握られた。

 

「暖かいですね、シュウさんの手」

 

「お前の手が冷たいだけだろ。水仕事したばっかだし」

 

 アインハルトの頭が俺の肩に乗る。本気で俺に身を委ねているのか、右肩にずっしりとした頭の重さが感じられる。

 

「アインハルトは本当にくっ付くのが好きだよな」

 

「相手の体温を感じれるっていうのが好きなんですよ。なんか落ち着くっていうか……勘違いしないで欲しいんですが、私がこんな事をやるのはシュウさんにだけですよ」

 

「ふーん」

 

 人肌恋しいという事なのだろう。

 バラエティ番組のエンディングまで見届けてから、俺は身体に溜まった疲れを吐き出すように溜息を一つした。

 

「はあ、今日は疲れた」

 

「卒業式だけだったじゃないですか」

 

「卒業式って無駄に疲れないか?ほら、立ったり座ったりが忙しくてさ」

 

「確かに忙しいとは思いますけど」

 

 アインハルトは片手でテレビのリモコンを操作しながら、もう片手の指を俺の指と絡ませている。特に不都合も無いので、俺はアインハルトのさせたいようにさせながら次々変わるチャンネルをぼんやりと眺めていた。

 

「おかしいですね……この時間なら、愛と勇気だけが友達のニクいあん畜生をボコる為に承太郎ことジョーが真っ白に燃え尽きながらボクシングする『練習不足だぜ、3日前に出直しなジョー』を放送していた筈なんですが」

 

「うん、ちょっと待て。なんだそのツッコミどころ満載の作品は」

 

「毎回ラストでジョーが色んな理由で燃え尽きるギャグアニメですよ」

 

「例えば?」

 

「オタ芸の練習のしすぎで腰をやったとか、アイドルのライブに行きすぎて生活費が無くなって自宅で干物になったりとか」

 

「おい、ボクシングしろよ」

 

 それ、ただのアイドルの追っかけやってる駄目ボクサーじゃん。そんな内容を小さな子供が見ているかもしれない時間帯に放送してるっていうのが何よりの驚きだ。制作する方も方もだし、放送する側もよく許可したな。深夜枠に回せよ。

 

「ところでシュウさん」

 

「なんだよアインハルト」

 

「どうして私に手を出さないんですか?せっかくこうして無防備なのに」

 

「質問の意図が分からんのだが」

 

「こういう時、男の人は自身の劣情を隠さずに無防備な女性に襲い掛かると聞きますから」

 

「お前、もしかしなくても父さんのエロゲに影響されたな?ちょうどこんな感じのシーンあったし」

 

「ええ。そうなんですけど……なんでシュウさんも内容を知ってるんですかねぇ……」

 

「お前がそのシーンやってる時だけ背後から見てたからな」

 

 夜、誰も居ない筈の部屋から明かりが漏れてるとかっていうホラー以外の何物でもない現象が家で発生したら誰でも気になると思うんだ。

 

「その時に後ろから襲おうとか思わなかったんですか?」

 

「思わねーよ。なんでそう思ったし」

 

「男は狼って聞きます。年頃の男子はそういうのに敏感だとも」

 

「確かにそうだけど、そうなんだけどさあ……」

 

 なんかそういう感じにならないんだよな。そもそもアインハルト相手にそれやったら間違いなく断空拳が飛んで来るし。いや、仮に飛んでこなくてもやらないけども。

 

「なんなら今からでも構いませんよ?私はいつでも、どんなシチュエーションでもウェルカムです」

 

「んー、そうだな。遠慮しとく」

 

 こういう問いは真面目に答えるだけバカをみるのだ。適当に流すのが1番良い。……後で言質にならないように気を使う必要は勿論あるが。

 

「まったく、シュウさんには困りましたね……」

 

「それはこっちのセリフだ。なんで何気なく俺の服のボタンを外そうとしてるんだ?」

 

「そっちから来ないなら、こっちから行くしかないかなと」

 

「わあ、凄いアグレッシブ。やられるかっての」

 

 俺は両手を使うのに対してアインハルトは片手のみ。しかし、その片手に負ける情けない男が俺である。ものの数十秒でアインハルトの手が届く範囲のボタンが全て外されてしまった。

 

「身持ちが固いですね……しかし、それでこそ溶かしがいがあるというもの!」

 

「くっ、殺せ!……俺たちさ、中学は卒業したけどまだ高校生にはなってないんだぞ?倫理的にマズくない?」

 

「その辺のエロゲだって、高校1年生で色々とヤってる作品あるじゃないですか。だから平気ですよ」

 

「リアルと2次元をごっちゃにするなぁ⁉︎」

 

 抗議の目線をアインハルトに送ったが、アインハルトは何処吹く風でその抗議を受け流す。

 

「そういえば、高校生モノのエロゲって、どうして主人公の学年は2年生がデフォなんですかね」

 

「話聞けって……後輩、同級生、先輩の三つを同時に味わえる(意味深)からとかだろ。高校生なのは、それくらいの歳が1番都合が良いからじゃないのか?」

 

「つまり、私達もこれからその都合の良い年齢に到達するという訳ですね」

 

「……まあ、そうなるな」

 

 やべえ、墓穴掘った。そう後悔するも既に遅い。アインハルトの瞳がギラリと怪しげに光る。まるで獣みたいな眼光に俺は思わずたじろいでしまう。

 

「なるほど……シュウさん、CGを回収する気はありますよね?」

 

「夕暮れを背景に綺麗な笑みを見せるアインハルトのCGとかなら欲しいかな」

 

「それはエンディングです。その前に必ずエロCGの回収をする必要がありますよ」

 

「じゃあいらない」

 

「ざんねん、このルートに入ったら脱出不可能です」

 

「強制ルート⁉︎」

 

 なんて事だ。恐ろしやアインハルトルート……なんて戦慄していると、インターフォンが鳴った。

 

 ピンポーン ピンポーン

 

 ピピッピッピピッピンポーン

 

「インターフォンでマ○オって演奏できるのか……」

 

「十中八九ヴィヴィオさんの仕業ですね。はーい、今出ますよー」

 

 寝っ転がっていた俺が起き上がり、アインハルトは立ち上がって玄関の方へと向かう。

 

「来ちゃっ……なんだ、アインハルトさんですか」

 

「シュウさんだと思いました?ねえねえ、シュウさんだと思ったでしょう?ざんねん!ハルにゃんでした‼︎」

 

「表出てくれます?その綺麗なツラを吹っ飛ばしてやりますから」

 

「おこ?もしかしておこなんです?」

 

「激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームですが?」

 

 何やら物騒な会話をしているが、これがあの2人の挨拶みたいなものだ。冗談が言い合える非常に良好な関係である。

 

「ところでアインハルトさん、アインハルトさんはシュウさんと何処まで進みました?まさか、ま・さ・か濃密なキスをした去年の私より進んでないって事は無い……ですよねぇ?」

 

「久々にキレちまいましたよ……表へ出なさい。作画崩壊式、無言の満足腹パンチを気絶するまでお見舞いしてあげますから」

 

「私が居るのはまだ表なんですけど?むしろ出て来て下さいよ」

 

 ……非常に良好な関係なのだ。あんな感じでも。煽って煽られるのがデフォなだけなのである。

 

「麦茶でも用意するか……」

 

 俺はソファから立ち上がり、背伸びをしようと両手を天に上げた。そのまま目を閉じて深呼吸も何回かする。

 

「すーはー、すーはー……よし、行く(ガシャン)か……?」

 

 え?ガシャン?いきなりした異音に戸惑いながら、俺は目を開ける。左手首に、さっきまでは確かに無かった筈の手錠があった。

 そして、俺に手錠を嵌めたであろう下手人の右手首にも嵌められている。俺は錆びたオモチャみたいにゆっくりと首を動かして下手人の顔を見た。

 

「…………あのさ」

 

「どうしたの?」

 

「いつの間に侵入したのかとかは「リンネなら仕方ない」で良いんだけど、この手錠はなんだ?」

 

「ごめんねお兄ちゃん。好きになった人の手は絶対に離しちゃダメだってパパに言われてるから」

 

「手錠を使えとは言われてないだろ?どう曲解したらそうなるんだし」

 

 下手人の正体は、俺が深呼吸の為に目を閉じた時には居なかった筈のリンネだった。ニコニコしてるリンネの笑顔がやけに怖い。

 

「ところでヴィヴィオさん。リンネさんは?」

 

「さあ……?もしかしたら、もう既にシュウさんと接触してるんじゃないですか?」

 

「いや、それは無いでしょう。渡した合鍵は玄関のだけですし、そもそもリビングは密室状態です、よ……」

 

 リビングにそんな事を言いながら入って来たアインハルトは、まず俺の隣に居るリンネに目を見開いて驚き、そして俺の左手首とリンネの右手首を繋いでいる手錠を見て二度驚いていた。後ろのヴィヴィオも似たような表情だ。

 

「あっ、アインハルトさん。お邪魔してますね」

 

「……アインハルトさん、リビングは密室状態なんでしたよね?」

 

「その筈なんですがねぇ……でもそれより、私はシュウさんに縛られる趣味があった事の方が驚きなんですが」

 

「いや、ねーよ?」

 

 だからそんな目で俺を見るな。


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