ウホッ、いいアスレチック……!
「う〜〜、アスレチックアスレチック」
今アスレチックを求めて全力疾走している俺は公立高校に通う健全な男子高校生。強いて違うところをあげるとすれば、身体能力が並外れてるってとこかナ……名前はシュウ・レドイ。
そんな訳で、ホテルアルピーノにあるアスレチックエリアにやってきたのだ。
ふと見ると、休憩用のベンチに1匹の使い魔が青いツナギを着せられて座っていた。その使い魔が指さした方向を見て、俺は思わず息を呑む。
ウホッ!いいアスレチック……そう思っていると、その使い魔がいきなりツナギのホックを外しはじめ……そしてベンチに立て掛けてあった看板を持つと、文字が書いてある方をこちらに向けた。
『アスレチック、やらないか』
そういえばこのホテルアルピーノは、アスレチックが毎年強化される事で有名な所だった。ルーテシアから挑戦状を叩きつけられていた俺は、ホイホイと誘われるままアスレチックエリアまでついて行ったのだ。
「モノローグ乙です。でもなんで某テクニック風?」
「ネタにはノらなきゃ失礼かなって」
暑かったらしく、ベンチに脱いだ青ツナギを掛けているガリューを横目に俺は屈伸運動を行っていた。
その先に数多くのアスレチック。どれもが『サスケェ』のような趣のセットだ。
「準備いいー?」
「いつでも良いぞー」
ルーテシアは何処から仕入れたのか、運動会なんかで使われる空砲をブンブン振り回していた。
「じゃあ行くよー。よーい……ドンッ☆」
開始と同時にスタート地点から池の足場に飛び降りる。
「っとと……結構バランス要るな」
足場が蓮の葉の形状をしている事、そしてなによりも水の上という事が足場を不安定にさせていた。
トン、トン、トンとバランスを崩さないようにリズムよく乗り移りながら、まずは池を突破する。
「あっさりクリアしましたね」
「まだ序盤も序盤だけどね」
次にあるのは目の荒い網が水面と平行になるように設置されている。それはジャンプすれば届く高さにあり、雲梯のようにして腕だけで移動するのだろう。
「ホップ、ステップ、こどもちゃれんじ!」
予想通り掴めた。しかしこのギミック、なんかマリオ64でも似たようなのを見た気がする。
「当たり前のように片足であの高さ跳ぶ辺り、やっぱシュウさんの身体能力は常軌を逸してますね……」
「北斗の拳でも生きていけそうだよね」
10秒ほどで第2エリアを突破。続いてやってきたのは、車輪の側面に捕まって転がる、サスケェでは『筋肉大車輪』と呼ばれているアトラクションだ。
……だが、この車輪には側面に掴まれそうな出っ張りが何一つ無い。完全にツルツルしている。
「おいコレどうするんだ?」
「サーカスでさ、大玉に乗って動くピエロっているじゃん?アレと同じ感じで」
「…………難易度高くねーかな、それ」
車輪(木製)の上に乗る。……思ったより高いな。この先にもまだアトラクションは続いている。
車輪の先にはプラスチックの壁が2枚そびえ立っていた。『筋肉式崖登り』のセットだ。両手足を突っ張って上に登るアトラクションである。
「なあルーテシア」
「今度は何?」
「休憩地点が見えないんだが?」
サスケェでは、アトラクションの間に少しの安全地帯が必ず用意されていた。そうしないと選手の体力が持たないという配慮もあるのだろう。
だが此処には無い。つまるところ、俺は『筋肉車輪転がし』からノータイムで『筋肉式崖登り』を行わなくてはいけないという事だ。ついでに言うなら車輪用レールのストッパーも無いので、モタモタしてると車輪と共に水にドボンである。
「そんなもの無いよ。でもシュウなら平気でしょ?」
「お前は俺を何だと……」
「T-1000」
「…………せめて人間にしてくれ」
地味ーに角度のキツイ坂で勢いの乗った車輪から飛び移り、『筋肉式崖登り』に移行する。今日は日差しが暑いから、手汗で滑らないようにしないといけない。
「よっ、ほっ。意外と辛いなコレ」
慣れない行為に四苦八苦しながらも、なんとかてっぺんまで登りきる。すると今度も休憩地点は無く、代わりに眼下に3本の平均台が水に浮いていた。次はアレに飛び降りる、という事らしい。
「届くか……!?」
大体5メートルくらいの高さから飛び降りて、なんとか平均台へは飛び移れた。
しかし、そこで俺の視界は左に傾く。よく見ると平均台が大きく傾いている。
「しまっ……!?」
どぼーん
◇◇
「『筋肉傾く平均台』には勝てなかったようだね……!」
「……普通、平均台が傾くのは予想しないと思うんだが」
「想像力が足りないよ」
「腹立つぅ……」
びしょびしょの服を着替えてきたシュウは、蓮の葉の足場で落ちまくっている皆を見ながら言った。
「よしっ!3枚目いっ……アバーッ!?」
「リオがまた落ちーーッ!?」
「ヴィヴィさんも落ちーーッ!?」
「えっ、ちょっとなんで私までーー!?」
「道連れにユミナさんが落ちた!」
「この人でなし!」
「……楽しんでんなぁ」
「楽しんでるねぇ」
同じ所で何回も起こる水飛沫を2人はぬるいスポーツドリンクを片手に鑑賞していた。
「ちなみにルーテシア。あれはそんなに難しいのか?」
「平衡感覚がしっかりしてることと、飛び移りから着地の際の体幹制御をしっかり出来れば普通なら余裕。ただ……」
「ただ?」
「今はシュウ専用にレベル上げてるからね。具体的に言うと、求められるバランス感覚がより酷い」
「……そんなに?」
「そんなに」
また上がった水柱と着水音を背景にルーテシアはスポーツドリンクの入ったペットボトルを傾け、微妙な表情で戻した。
「ぬるい」
「腹冷やしてもマズイだろ?」
「気遣いどーも……」
でも今は冷たいのが欲しいなー。なんて考えてしまうのは仕方のないことかもしれない。誰だって、炎天下の真っ只中でぬるい(を通り越して少し
「ふいー、濡れた濡れたーー」
「少しはしゃぎすぎましたか。ユミナさん、生きてますか?」
「……………………」
「し、死んでる……!?」
ヴィヴィオ達が陸に上がってきた。口からナニかが出かかっているユミナをアインハルトが背負っている。
近くの脱衣場に向かう女子達を横目に見ながら、ルーテシアは茹だった頭で特に何も考えずに発言した。
「濡れ透けってさぁ、ロマンだよね」
「……はい?」
ルーテシア・アルピーノ。エリオやキャロから「魂がオヤジ」と言われている所以を今日も遺憾無く発揮していた。
「だから、濡れ透け。興奮しない?」
「いきなり何なんだよ……」
「見てみなよ、皆を」
ルーテシアの手によって半ば強引に向けられた視界の先にはヴィヴィオ達がいる。その服は、先程まで水に飛び込んでいたからか濡れているし、肌に張り付いて身体のラインを所々浮かび上がらせていた。
「アインハルトは成長が早いのかな、もう身体が女としてほぼ完成してる。しかもブラ無しとか誘ってるとしか思えないね。普段もああなの?」
「流石に下着の有無までは把握してない」
「そう?まあいいや。どっちにしても、男なら数秒で堕ちそうな誘惑に動じないシュウはホモだし」
「……コロナがこっち見たな。声が聞こえる距離ではない筈なんだが」
まだルーテシアの口は止まらない。というか、むしろ加速していていた。どうやら暑さで頭をやられてしまったらしかった。
「ヴィヴィオはまだ所々に幼さを残してるね。主に胸。でもそれがいい。あの未完成さから来る言葉に出来ない背徳感っていうのはアインハルトでは絶対に味わえない物だよ。……そういえばヴィヴィオやアインハルトと土日にお風呂入ってるらしいね?」
「お前自分の親友にどんな評価下してんの?あと、風呂に関しては向こう側が乱入してくるだけだと断固として主張させてもらう」
「つまり裸は見てる訳ね。アインハルトやヴィヴィオの裸を見た普通の男ならその場で即座に創世合体しそうなのにシュウはしていない。つまりシュウはホモ。Q.E.D.」
「どうやってもそっちに持っていきたいらしいな」
「でも客観的事実から見れば否定できないんだよ?1回でも手を付けてるならまだしも」
そんなことはない。と言いかけて、現状全く否定できる要素が無い事に気付いた。見方によっては、確かにルーテシアのような見方も出来なくはないのだろう。
そんな考えをシュウは温いスポーツドリンクと共に胃の中へと流し込んだ。なんというか、認めたら負けな気がしたのだ。
「ぬるい」
かぽーん
どこからともなくそんな音が聞こえる露天風呂で、シュウはエリオと肩を並べて湯に浸かっていた。
「あ~~生き返るぅ~~」
「お疲れ。管理局員ってのも大変だな」
「まあ命懸けてるからね。こればかりは仕方ないよ」
露天風呂はこの2人で貸切状態だ。参加メンバーの中で男はこの2人のみなのでそれも当然なのだが。必然的にそれ以外は全員が女子である事実に今更ながら気付き、男女比率に改めて2人は戦慄した。慣れてしまっている自分が恐ろしかった。
「それにほら。下世話な話すると将来も安泰だし……死ななければ」
「縁起でもない事を言うなよ」
「万が一の話だよ。そういうシュウはどうなのさ。将来の事、ちゃんと考えてる?」
「一応は。といっても、選択肢なんて殆ど無いだろうけどな」
その言葉にエリオは一瞬眉を顰めて、しかしすぐに納得したように夜空を見上げた。
「あー、そっか。リンカーコア無いんだっけ。じゃあ進学も苦労しなかった?」
「した。ヤバいぞ、リンカーコアの有る無しで進路が倍は違うからな」
ミッドチルダでは魔力の有無は非常に重要な要素である。私立の小中学校は勿論のこと、偏差値が上の公立高校も魔力という物に強い拘りを見せているからだ。魔力の多さがそのままステータスになる、といっても過言ではない。
「そんなに?うわー」
「いやー苦労したぜ。マジで」
シュウが合格した公立高校は、そんなミッドチルダの教育界隈では珍しく魔力を"あまり"重視しない高校である。一定数は存在するリンカーコア非保持者が通える高校の中で偏差値が一番高い。最も、"あまり"重視しないだけであって、魔力が有ると有利である事に変わりはないのだが。
「魔力至上主義、か。嫌な話だ」
「その恩恵を受けてるお前がそれ言うか?」
「それとこれとは話が別。恩恵を受けてても気分悪い物は悪いんだよ」
遥かな昔より魔法技術が発達していくにつれて、世の中には魔法を扱う事の出来る者達が台頭していった。力無き人々はそうした者達の下で庇護され、それがクニとなって成長し、そして戦乱を巻き起こした。
その過程で力無き人々は力有る者に虐げられ、奪われ、日の当たらない影で生きる事を余儀なくされたという。
戦場の主役が魔法であり、それを扱えない者が人として扱われなかった時代の話だ。
古代ベルカ時代の文献の一つに「貧者、"一揆"と叫び手に棒を持ち蜂起す。数は百程度。領主、之を即日鎮圧す」という記述が遺っている。
また、同時期の別の資料には「貧者五十を贄に捧げる。生のまま皮を剥ぎ、之儀式に用いて恵みを齎す」という生贄を示唆する記述が遺っている。
昨今の研究により、貧者とはリンカーコア非保持者の事であり、それと同時に『財を持たざる者』としての意味合いもある事が分かっている。今よりも魔力の持ち主が戦力として優遇されていた時代、どのような差別を受けていたかは資料から多少読み取る事ができるだろう。そして、その抵抗が容易に鎮圧された事も。
そんな、管理局という組織が創設されるより前から続いていたその状況が、いつしか魔力至上主義という名の不文律に形を変えて現代にも生きているのだ。
そこから生じる選民思想や差別の問題は、ジェイル・スカリエッティという強大な敵を無くした今になって、今一番大きな壁となって人々を二つに分断していた。
連日報道されているのは学校でイジメを苦にした生徒の自殺事件。その被害者の9割が、リンカーコアを持たない者であるという。
「それで思い出したけどシュウは大丈夫?イジメとかされてない?」
「問題ない。常にアインハルトがベッタリなせいか、そういう奴が寄ってきた事は最近無いな」
「そう……ならいいんだ」
魔力の有る者、魔力の無い者。
虐げる者、虐げられる者。
奪う者、奪われる者。
温泉の水面に映る三日月は何処か嘲笑っているようだった。その下に特大の不満を孕みながら。
おまけ、女湯
「アインハルトってさー、いい加減シュウに手出さないの?」
「なんですかいきなり。出しませんよ」
「でも同棲してるんでしょ?若い男女が一つ屋根の下って、それはもうそういう事だと思うんだけど」
「……私が言えた義理ではないですが、ルーテシアさんも中々クレイジーですよね」
「褒めないでよ。で、なんで?」
「必要が無いからです」
「ヴィヴィオとかリンネちゃんってライバルが居るのに、そんな悠長で平気なの?」
「ええ。その根拠もありますよ。話しませんけど」
「ふーん。ま、なんでもいいけどさ。修羅場る時は是非呼んでね」
「呼びませんよ」