短編集①
1.暇を持て余した組合員の遊び
デバイスは機械だ。
それはロジカルな魔法を知る者なら誰でも知っている常識であり、機械である以上はメンテナンスが必要な事もまた当然の事。
「デバイスはミッドチルダで生まれました。ベルカの発明品じゃありません、この国のオリジナルです」
そんなわけで、ハンザイシャスレイヤーことフェイト・T・ハラオウンは頼んでおいたメンテナンスが終わった自身の愛機を受け取りに本局のデバイスルームに来ていた。
そして、傍から見れば意味の分からない小芝居を繰り広げていた。
「しばし遅れをとりましたが、今や巻き返しの時です」
「ミッドチルダ式は好きだよ」
「ミッドチルダ式がお好き?結構、ではますます好きになりますよ」
そう言ったこの部屋の主、シャーリーは疲れた表情を隠しもせずに彼女の愛機──名をバルディッシュという──を持って来ると言う。
「振り回しやすいでしょう?んああ仰らないで、刃は魔力で構成しています。でも実体刃なんて手入れが大変だわ、すぐひび割れるわ、ロクな事がない。
カートリッジ容量もたっぷりありますよ。どんなにカートリッジを乱用する方でも大丈夫。《ガションガション》……どうぞ回して見てください」
バルディッシュを受け取ったフェイトはシャーリーの言葉が終わらないうちからカートリッジの使い心地を確かめる。
なんで私はこの人と朝早くからこんな事をやっているんだろう、とシャーリーは内心で独り呟いた。
昨日の合コンだって、この人の為に断腸の思いで断ったのに──
シャーリーの目の端にキラリと光った物は涙ではないと信じたい。
ともかく、未だ哀しい独り身のシャーリーに出来るのは、昨日の合コンがハズレだった事を祈りながらこの小芝居を完遂する事のみだった。
「いい音でしょう?余裕の音だ、質が違いますよ」
「1番気に入ってるのは……」
「なんです?」
「──値段だ」
そう言うとフェイトはバルディッシュを持って徐に2歩ほどバックステップをし、そして走り出した。
「ああ待って!此処で動かしちゃダメですよ!待って、止まれ!うわぁぁぁぁぁ!?」
シャーリーはなるべく迫真の演技でワザと吹き飛ばされるフリをした。
ここで気を付けなければいけないのは、なるべく迫真の演技をするということ。
一切の妥協を許さないフェイトから「もう1回」と言われかねない。今までに言われた回数はシャーリーの両手足の指では足りないくらいだ。
そうして誰も居なくなったデバイスルームに、ひょっこりと1人が顔を覗かせた。なのはである。
なのははヤムチャ状態のシャーリーを見て、そして一言。
「ごめんね……?」
「良いです、気にしてないですから……」
そしてその後、昨日の合コンはハズレだったという参加した友人の話を聞いて少し報われたシャーリーであった。
「ところでフェイトちゃん。ヴィヴィオが持って帰って来た童貞を殺す服について詳しく聞かせてくれないかな?」
「あっはっはっはっ…………サラバダー!!」
「逃がすかぁ!!」
夫婦喧嘩は他所でやれ。そう思うシャーリーの受難はまだ始まったばかりだ。
2.女子のおやつ会
「フーちゃんフーちゃん!」
此処はベルリネッタ邸。訓練に1日の小休止を入れたリンネとフーカは、珍しく2人きりでおやつをつまんでいた。
「なんじゃリンネ、そんなにはしゃいで」
「見て見て!チョコボールのクチバシが当たってた!」
「おお、銀色じゃな」
キラリーンと光るそれは銀に輝く天使のイラストである。
たかが銀色でと思うかもしれないが、それが初めてリンネが当てた天使だったのだ。
とフーカに思わせる天使ぶりであった。1度マモレナカッタだけに、それは鉄の意思と鋼の強さを感じる決意である。
「缶詰まであと何枚だっけ?」
「4枚。先はまだ長いのう」
そんなリンネの前でフーカはウエハースを齧りながら、オマケのカードを開封していた。
確認したフーカは僅かに肩を竦めて、それを見たリンネが首を傾げる。
「外れたの?」
「いや、当たりと言えば当たり。でも4枚目なだけじゃ」
フーカがテーブルの上に置いたそれをリンネが手に取る。
それは《タコ×イカ君・オクラ味》という、デフォルメされたタコとイカの頭にまるで図鑑から持ってきたようなリアルタッチのオクラがぶっ刺さっているという、何とも言えないデザインをしたイラストが印刷されていた。
「当た、り……?」
どう考えてもハズレ、あるいはノーマル枠のカードに見えるが、これがフーカ曰く「当たりといえば当たり」なのだから良く分からない。
しかもフーカが開封したビニール包装をよく見ると、何やら記載されている味がおかしい。
リンネはそこに書かれた文字を読んで、そして文字通り震えた。
「フーちゃん……?」
「なんじゃリンネ」
「これ、この、カムバック初恋味って……?」
デフォルメされたタコとイカが絡み合う異様な表面の上には、大きく「皆様の要望に応えて初恋味をカムバック!」と書かれていた。
皆様って、こんな正気を疑うような意味不明の味を要望に出す奴が居たのか。
とか
そもそも初恋味ってなんだよ。
とか
先ずなんでフーちゃんがこんな意味不明なお菓子をさぞ美味しそうに食べてるのか。
とか、一瞬の内にリンネの脳裏に疑問が浮かんでは消えた。
「コロナさんに勧められたんじゃよ。わしも最初はリンネみたいな反応をしとったが、食べてみると結構いけるぞ。リンネもどうじゃ?」
そんなリンネを他所に、フーカは上機嫌にウエハースをスッと差し出した。リンネのブラックリストにコロナの名前が追加された瞬間だった。
「い、いや、私は遠慮しておくよ……」
「なんじゃ、美味いのに勿体ない」
「ジャンジャジャーン!今明かされる衝撃の真実ゥ!」という、とあるキャラのセリフがリンネには聞こえた。
ちょっと目を離した隙にフーちゃんが意味不明なお菓子にドハマリしてダブルピースまで……!?
そんなリンネの驚愕など露知らず、フーカの口にウエハースは消えていった。
なお、ダブルピースについては完全にリンネの幻覚である事を明言しておく。
「んぐ……んぐ…………まだわしには良く分からんが、でもこの胸焼けする感じがきっとそうなんじゃろう」
フーちゃんそれ違う。私にもまだ良く分からないけど多分違う。
そんな内なるリンネの叫びは、本人の引っ込み思案な性格からか、このお菓子パーティー(2人だけ)が終わるまで終ぞ口に出される事は無かったのだった。
リンネがフーカと孤児院で別れてから早幾年、変わったのはリンネだけでない事を象徴するお話である。
ちなみに《タコ×イカ君ウエハース〜伝説の復刻版〜》は一部の根強いマニア達に絶賛発売中だ!
3.ナカジマジム、とある日の出来事
「オッケーオッケー、その調子その調子」
「ふぅ……っ!」
絶えずミットやサンドバッグを打つ音が聞こえるナカジマジムの練習風景。ユミナはマネージャーとして選手の体調管理を、シュウもマネージャーとしてミット打ちの相手を、ノーヴェは偉い人との会談で胃を荒らしていた。
「1、2、1、2……よし、大きいの一発打ち込め!」
「シュウさんに打ち込まれ(意味深)たい」
「お黙りヴィヴィオさん」
「押忍っ!はぁぁぁぁぁぁ!!」
そのシュウの言葉通り、一切の手加減なく打ち込まれた一撃は、シュウの体を宙に僅かに浮かせる一撃だった。
「おっとと……思った以上に重いな」
「にゃっ!」
カーン!
その直後、まるで図ったかのようなタイミングでティオがゴングを鳴らす。
「はい、じゃあみんな休憩しよっか!」
『押忍っ!』
ユミナの言葉に従うように、皆が練習の手を一旦止めた。
「シュウくーん。疲れてるとは思うんだけど、ドリンクの方の準備って……」
「ミット打ちの前に用意できてまーす」
「さっすが未来の専業主夫。手際が良いね」
「それ褒めてます?」
そんなやり取りを交わしながら、マネージャーの2人の手で配られるドリンクをタオルにお礼を言い、皆は一時の休息を得た。
若干名「シュウさんの汗prprしたいですが構いませんねッ!」と言ってユミナに「お触りは厳禁です♪」なんて返される者も居たが、それが日常なので1人を除いて誰も気にしなかった。
「そういえば、極々自然な感じだったから言うタイミングを逃していたんですが……」
その1人であるフーカは、それを見て脳裏に蘇った、前から言おうと思っていた疑問を口にした。
「シュウさんはマネージャーの筈なのに、なんでさも当然のようにミット打ちのサポートまでしとるんですか?」
ちなみにミッドチルダのミット打ちは、大体の場合やる側が身体強化魔法を全力で使うので、それ相応に慣れていないと大惨事になる危険を孕んだ危ない鍛錬法なのである。
実際、ミット打ち中の不慮の事故で年に何人かは帰らぬ人となっているとか。
「人材の有効活用」
「有効活用……?」
「ああ。ところでフーカちゃんはノーヴェさんが此処を借りれた経緯って知ってるか?」
「えっと……確かミウラさんとハルさんが頑張ったからですよね?」
頑張った。と一言で言い表しているが、その内容は「初参加で都市本戦まで残って無敗のチャンピオン相手に善戦する」と「U15の大会を全て初参加で総ナメする」という、とんでもない内容である。しかもそれをやらかしたのが当時無名の選手であったのだから、その時の業界に走った衝撃は計り知れない物があった。
「そう。それで紆余曲折を経て此処を借りれたんだが……最初はノーヴェさんも不慣れな事ばっかりらしくて、事務仕事に忙殺されててな」
「……まあ、そういう時期も当然有りますよね」
今でこそテキパキとやっている作業も、最初の方は知人に聞きまくってなんとかこなしていたノーヴェである。誇張抜きで書類の山と格闘していたノーヴェは、当たり前だがヴィヴィオ達の練習に付き合う余裕なんて無く……。
「そこで俺とユミナさんでマネージャーとして名乗りを上げたんだ。ユミナさんは体調管理とか得意だし、俺はアインハルトのスパーリングとかに付き合ってたから慣れてたし」
「懐かしいですね。中等科1年生の時にユミナさんから「もし良かったら、アインハルトさんの栄養バランスとかを見守りたいなって思うんだけど……」と口説かれた事を思い出します」
「ちょっとアインハルトさん?温厚な私でも怒る時は怒るんだからね?だからもうその辺りの私の話は止めよう?」
「その頃の名残ってことですか?」
「えっ、スルー!?」
「まあ、そうなるな」
「館内の雑務も?」
「ああそうだ」
ノーヴェ的には、本当はこの2人にマネージャー以外の業務をやらせるつもりは無かったのだが、最初期のスタッフ不足から来る苦肉の策で手伝いをお願いしたという事実から済し崩し的にズルズルと来てしまった経緯をフーカが知る事はない。
4.とある誰かのお話
時間は少々遡る。
その者は、並ぶ者の無い天才であった。
その者には、並ぶ者の無い欲望があった。
その者は、誰より自分の成功を信じて疑わない自信家であった。
その者は、命という物がどれだけ虚しいかを理解していた。
その者の名を、ジェイル・スカリエッティといった。
第9無人世界の「グリューエン」軌道拘置所第1監房に収容されている彼は毎日のように尋問を受けている。
今日もまた、何時ものように尋問が始まろうとしていた。
「やれやれ。こう毎日変わり映えしないと退屈で死んでしまいそうだ。いや、それが狙いかな?」
何時ものように退屈そうな表情を隠そうともしない彼は、入ってきた相手を見て僅かに目を見開いた。
フェイトである。
首から下は真っ当なスーツであるのに、首から上は「犯」「殺」と書かれたメンポ装備なフェイト=サンのエントリーだ。
その珍妙な格好に、流石のスカリエッティ=サンも度肝を抜かれた。
「おやおや……誰かと思えばプロジェクトFの残滓じゃないか。私が痔になった事を漸く謝ってくれる気になったのかな?」
これに関して言えばスカリエッティは割と真面目だ。普段不真面目な彼からは想像もつかないくらい真面目である。
確かに自分は捕まるような事をしている自覚はあったし、捕まる事も覚悟はしていた。一生牢屋の中というのも自分で選んだ事だし、無期懲役という判決にも納得している。
でも、幾ら何でも、ザンバーを《アーッ!》にぶち込まれる謂れはない。
ザンバーでホームランされるくらいなら全然許せた。彼女が得意らしいケツバットでも笑えただろう。無いとは思うが、最悪の場合は殺されても構わなかった。
しかし、アレだけは絶対に許されないし許さない。お前も痔にしてやろうか。
それが彼の主張である。もちろんフェイトに素知らぬ顔でスルーされるのだが。
「それに関しては貴方が悪いので一切謝らない。
そしてそれとは関係なしに、今回は取引を持ちかけに来た」
「いや謝れよ……んんっ。今更まだそんな甘い事を言う気かい?その手の取引には一切応じないと、私は最初に、しかも君に言った筈だが?」
カチンと来た意趣返しに態と苛立ちを煽るように言ったスカリエッティだが、しかしフェイトは「だろうね」と言うと、何かの波状のデータを見せる。
天才である彼には、それがミッドチルダの転移反応の大きさが記された物だと容易に理解できた。
そしてそれが、一部分だけ極端に大きくなっている事も。それこそ彼が1度も見たことが無い数値である事もだ。
スカリエッティの目が自然と見開かれたのをフェイトは見逃さなかった。そして、この時点でフェイトは勝利を確認する。
「……これが何かな?」
「もう気付いているだろうが、一部分だけ有り得ないレベルの転移反応がある。それに巻き込まれたのはヴィヴィオとシュウ君、そしてアインハルトちゃんの3人」
「人物名を出されても分からないのだが……それで?」
スカリエッティはさっきまでの不機嫌など何処へやらといった具合で続きを促した。
それはこの部屋を監視している局員には奇妙に見えただろうが、それは仕方ないのだ。
だって
さっきも言ったが、この反応の大きさは彼が1度だって見た事の無い物だ。
そして、比類なき科学者である彼だからこそ、このレベルの反応の大きさは、
「転移先を調べた所、向かった先は第97管理外世界「地球」の海鳴市」
「……ミッドチルダから地球へはそれなりに距離がある。今、外で流通しているデバイスのレベルがどれほどかは知らないけれど、でも私の試算が正しいなら、現代でその距離をデバイスのみで渡る事は不可能だろうね」
次元世界の間を「次元の海」と比喩する事からも読み取れるが、間の空間をデバイスのみで渡る事は不可能に近い。
例えるならそれは、大波荒れ狂う嵐の時に1隻のボートで太平洋を横断する事並に無謀な行いだ。
その海を渡るために管理局はアースラに代表される次元を航行する船を保有しているのであるから、それはある意味で当然の事実なのだろうが。
「悔しいけど貴方の言う通り、今のデバイスにそんな事は不可能だ。でも気になることはこれだけじゃない」
「というと?」
「この反応を確認してからすぐに海鳴市に局員を向かわせたんだが、そこでも姿は確認できなかった。反応は確かに有るのにだ」
これはミッドチルダにおいての常識であるが、デバイスの使用には管理局へ検査と申請を出す必要があり、そして管理局は──これは公にはされていない事実であるのだが──その申請されたデバイスの反応で居場所を探査する事もできる。今回使ったのはそれだった。
「なるほど、まさしく管理局の名に恥じない行為だ。いたいけな市民の心を利用する辺りなど、正しく"管理"に他ならない。
…………それで、私に何をしろと?」
「3人を連れ戻すのを手伝え」
「犯罪者に助力を請うのかね?」
「お前の力が必要だと判断した、それだけだ。
それに貴方にとっても悪い話じゃない。貴方は探求欲を満たし、私達は3人を連れ戻す。利害は一致している筈」
そう言ったフェイトはスカリエッティがこの提案を蹴る事は無いだろうと分かっていた。
なにせ『無限の欲望』だなんて呼ばれていた男である。探求"欲"に関しては全次元世界の誰よりも旺盛であることをフェイトは正しく理解していた。
そしてジェイル・スカリエッティという人物は、自分が知らないという事を
何故ならそれは、自分こそが世界で最先端を行っていると自負している、極めて傲岸不遜な自信家である彼のプライドが許さない事であるのだから。
「…………良いだろう、今回は私の負けだ。君達に手を貸そうじゃないか」
そしてフェイトの思った通り、スカリエッティはその提案を蹴る事をしなかった。
「ただし」
と、スカリエッティは言葉を紡ぐ。果たして彼の口から何が飛び出すのか、フェイトの警戒度が一気に上がる。
「そんなに身構えないでくれたまえ。ただ……」
スカリエッティの笑みが、フェイトの背筋に冷や汗を流させた。
「会わせて欲しい人が居るだけさ」
おまけ
「ちなみにアインハルトさん。シュウさんとのスパーリングってナニしてたんですか?」
「悪意のある変換は止めて下さい。……別に特別な事はしていませんよ。ただシュウさんと終わりなき殴り合いをしていただけです」
「……シュウさんは平気だったんですか?というかそれはもうスパーリングでもなんでもないような」
「シュウさんの身体能力はバグってますからね。魔法使用無しの陸戦なら多分フェイトさん相手でも身体能力のゴリ押しで勝てます。むしろ私が危ない…………ヴィヴィオさんも良くご存知では?」
「いやまあそうなんですけどね……あれ?じゃあなんでそんな危ない事をわざわざ?」
「シュウさんの一発一発が、私のナカに響くんです……そして感じる高揚感。1度ハマれば病みつきになりますよ」(お腹の辺りをさすりながら)
「ほうほう……シュウさん。今晩一緒にtogetherしません?」
「やらねーよ。あんな危ないこと2度と出来るか」
「そこをなんとか!」
「じゃあフェイトさんとなのはさんを説得して来い。そしたらやろう。ダメなら諦めろ」
「分かりました。その約束、キッチリ守って下さいね!」
「お前もなー……絶対無理だろうなぁ」