東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~   作:ねっぷう

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第19話 「思惑」

ついにマガノ国の支配から解放された幻想郷。しかし、再び魔の手が忍び寄るのも時間の問題だ。

本居新子、茨木華扇、そして二ッ岩マミゾウの三人は、マガノ国に囚われた人間と妖怪を救い出すため、新たなる旅へと出るのだった。

 

地底での滞在を終え、月の民の力を借りてついにマガノ国へと足を踏み入れた新子たち。囚人たちを救うためのダイヤサカを奪うための作戦決行は、もう間近に迫っているのだった。

 

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第19話 「思惑」

 

転換計画始動まで、残り24時間。新子たちの作戦決行まで、あと20時間。

 

 

「よし、じゃあ作戦を整理しよう」

 

そこには、新レジスタンスのメンバー全員が集まっていた。新子、華扇、マミゾウ、正邪、勇刃、椛、バンキ、リグルの計8名。

 

「今から24時間後、転換計画が始動する。それよりも早い20時間後に小槌で『マガノ国軍が幻想郷へ行けなくなれ』と願うと同時に、王都へ侵入。そのまま上空へ、敵の戦艦を奪いつつダイヤサカへと近づき、最終的にそれを奪い取る。ダイヤサカで敵軍を壊滅させ、小槌で全ての囚人をダイヤサカへ収容…地底世界へと移動する。でいいわね?」

 

これが、新子たちが話し合った結果だった。

 

「その通りじゃ。敵は転換計画とやらを終えてから幻想郷へ行くようだが、その転換計画の4時間前と言えばもう出撃の準備はできているはず。儂らが空で暴れてやれば、敵はすぐに戦艦で迎え撃とうとしてくるじゃろうな…そうなれば、正邪よ、お前さんの力でそれを奪えるのじゃな?」

 

「できる」

 

「決まりだな」

 

 

 

新子たちがそう話していたころ、あの工場では。

 

「なに、至急見せたいものが?」

 

王宮での謁軍の儀を追え、自らの住み場所でもある工場へと帰ってきたアナトは、早速待機していた憲兵団からの報告を受けていた。

 

「は、謎の血痕と、見知らぬ靴が…」

 

アナトは憲兵に案内され、ある場所へと向かった。そこは、一階の中央階段へと続く柱のある通路だった。床の上に、血に濡れた下駄のような靴と、べったりとついた血痕があるのが分かった。

 

「これは…?」

 

アナトは血痕に手を触れ、その匂いを嗅ぐ。

 

「アナト様が留守の間、我々バク隊が発見しました。三号が行方不明となっていましたので、恐らくこの血痕は三号のものだと…」

 

確かに、既に固まってこそいるが、この血の匂いや色は間違いなく憲兵団のもの。憲兵の隊はその隊ごとに何か繋がるものを感じれるみたいだから、たぶんこれはバク隊三号のもので確定ね。そして、この工場に侵入者が入った。足跡が残るのを懸念してここで靴を脱いだのだとすると、侵入者は工場のさらに内部に居る。

靴を処分しなかったのは任務遂行を優先し時間のロスを避けた…?コイツに三号が消されたのはまず間違いない。

 

「おかしいと思ってたんだ、三号が消えるなんて!俺と隊長が捕らえたあのスラッグに殺されたという訳でもなさそうだったし…と思ってたら三号の血だ!」

 

「落ち着け二号…」

 

半分泣いたような顔で嘆く二号をなだめる隊長。

 

くそっ…ここに来てイレギュラーが発生するなんて…。この侵入者は、恐らく前々から極西部に潜伏していたと思われる妖怪の一味だと思う…コイツが私の計画の思いもよらぬ場所でトラブルを発生させることにならなければいいけど…。

…しかし、それならば三号を処分、あるいは連れ去ったのに靴だけを残したことになる。周囲に血痕は無い…この場で何かにくるまれて移動したとするとあらかじめ道具を準備してたって事になる。憲兵誘拐が任務?ならばその狙いは?…だめね、わからないわ。

 

 

 

更に同刻。アナトが一人、そう疑問に頭を働かせていたころ、ゲムルルは王宮にまで足を運んでいた。

普段、ゲムルルに任されているのは、”王都の外壁より内に許可ない者を入れない事”であり、それを遂行するには王都の外に居なければならないのだが、この鳴りやまない頭痛と、どうしても答えを導きだせない胸の疑問について、主であり自分の創造主である禍王に助言を乞いてみようと思い、ここまで来ていたのだ。

 

ゲムルルが王宮へ入るのは初めてだった。正確には、出ることは初めてではないが入ることは初めて、だろう。ゲムルルやメンドーサ、バアルなど主に三禍を初めとする量産型ではない魔獣や手下は、禍王自らが製作や研究を行ったため、この王宮が産まれの故郷といえる。

 

 

「禍王様」

 

淡い光で満たされた謁見の間で、ゲムルルはそう呟いた。すると、先日の謁軍式の間での時と同じように、突如として赤い霧が漏れ出し、それは二つの目玉を形作った。

 

「ゲムルル、か。久しいな…何事だ」

 

「我が門番の仕事を中断し、ここまで足を運んだことをお許しください。実は、最近頭が酷く痛むのです。我では到底、この原因が突き止められませぬ。禍王様から直接、助言をいただこうと思い…」

 

「なるほど。お前の痛みの原因、それはお前が進化しようとしている証拠だ」

 

「進化、ですか…?」

 

「その通りだ。お前が私の僕としてより高みへと進化する際、高まる知性や力によって頭痛を伴う。しかし、それはじきに慣れ、やがて消えゆくもの…お前が案ずる必要はないのだ」

 

「は…そうなのでございますか」

 

そこで、ゲムルルはハッと思い出したように、下げていた頭を上げた。

 

「それと、もう一つ…。我の力は、禍王様より授かったという事は重々承知しております…しかし、我はその”力”が何なのか分かりませぬ。何かを守る事と引き換えに、何かを失う…この”力”とは一体、何なのでしょうか?」

 

ゲムルルが頭を回転させ、ようやく言葉にして絞り出した疑問。それ故、ひどく漠然とはしていたが、禍王の目は何かを察したかのように細くなった。

 

「…力とは、この世界の全てだ。世界では、新しいモノが産まれるたび、古いモノは滅び去る…それこそがこの世界の摂理であり全てなのだ。それと同じように力を振りかざせばその分失うものもある。だが、幻想郷は古いモノだけをいつまでも残し、新しいモノを無理やり封じ込めた」

 

「は…」

 

「ゲムルル、バアル、メンドーサ…私が作った魔獣で指折りの実力を持つ三名を、下々の者は”三禍”と呼ぶらしいな。ゲムルルよ、その中でもお前は私が心血を注いで完成させた究極の魔獣だ。素の戦闘能力はもちろんの事、お前には様々な生物の特性…そして妖怪の能力を組み込んである」

 

「は…そうなのですか…」

 

─本来、私が作った魔獣に妖怪の能力をキメラが如く組み込むことは、すなわち身の一部と化した妖怪の念に存在そのものをいずれ支配される可能性を孕んでいる。だから、コイツの知能をあえて低くした。物を考えるために脳を過剰に働かせれば、それ故に潜在的に眠る妖怪の意識が蘇るのだ。だがソレを奪ってしまえば、妖怪の念が生まれる可能性は限りなくゼロに等しくなる。

 

「お前の力は私が与えたお前の力であり、お前はただ任された任務を全うすればいい。ただそれだけだ」

 

それと同時に、私は怖れているのかもしれない。ゲムルル、お前が妖怪としての本能の支配されてしまうのを…いや、お前が成長してい行くのを、な。何がきっかけとなったのかは分からないが、お前に訪れたその変化が私にとって有意義なものとなればいいのだが…。

 

 

 

 

「侵入者の体に付着していた憲兵の腐臭…それを辿ってみたけど、匂いはさっぱりここで消えてるわね」

 

アナトは中央階段の間へと訪れていた。

侵入者のルートは、裏手の第一扉から侵入し、そのまま通路へ…。そしてこの中央階段の間へと向かった。恐らくここで身を隠して二階を伺い、結局上へも奥へも行かず外へ出た…。何かあって侵入を諦めたのかしら?それとも目的は達成したのか?いや、何か能力を使ったのかも…。

 

「あら、アナト…こんなところで何してるの?」

 

そこへ、メンドーサの声が響いた。アナトが上を見上げると、階段の手すりから彼女が身を乗り出していた。

 

「いや、ちょっとね…」

 

いや、侵入者が空を飛んでいたとしたら?あの靴と血痕は罠!宙に浮いて二階へ向かう事は十分可能…。やはり敵は工場内!

…いやいやいや、だったら何故階段下までわざわざ歩いてきた?罠など残さず、初めから飛べばいいはずよね…。

 

「ねぇ、メンドーサ」

 

「何?」

 

「貴方がこの階段付近に来た事はある?謁軍の儀の前、一昨日くらいよ」

 

「一昨日…そうね、丁度ここを通ったわよ。ビールとか飲みたくなって、冷蔵室から持ってきて、それを飲みながらね」

 

一致する…。侵入者は、丁度ここへ来たタイミングで、階段を上ったあたりに居るメンドーサを見た。そこで、彼女の力に恐れをなして二階へ行くのを諦めた…!

だが問題は、侵入者の目的、そしてまだ近辺に潜伏しているのかの二点!ここでメンドーサに話すべきか?いやそれはない。

転換計画が十数時間後に迫っているこの状況で彼女に教えれば、それが禍王様にまで伝わる可能性が高い。そうなれば、私の計画がばれてしまう可能性もある…それだけは避けたい。

 

「はっ…」

 

転換計画…忘れていた!あの完成させた虫が入ったメタルボックスは…!?侵入者がここまで来たというなら、アレの存在を知られているかもしれないわ…。

 

「ちょっとどうしたの?」

 

アナトはさっと速足で、階段横へと向かう。そして、その階段の下のスペースに入り込み、そこに置かれた三つのあの銀色の箱を見た。蓋を開き、中を確認する。

 

「ふう…」

 

良かった…手を加えられた形跡は無さそうね。私の計画には、これが必要なのよね。私の目的…そう、いずれ禍王様に代わり、私がこのマガノ国の支配者であり女王になること!

そのために、この虫たちにはある細工を施したわ。この虫は体内に入るとその者の意識を仮想空間に閉じ込め、肉体をフリーな状態にさせる。そうなれば、魂の抜けた肉体は虫の思い通りに動かせるようになる。ここまでは、禍王様の発注通り。だけど、この工場長が貴方に反旗を翻すチャンスを伺っていたことが誤算だったわね。

本来、肉体を動かす虫は禍王様にしか操ることができない。だけど、私が作ったあの虫たちは私の言う事しか聞かないよう設定させてもらったわ…!これで禍王様が転換計画を発動した直後、私が虫に命令を出せばいい。共に禍王様に槍を向けろ、とね…。

築いて見せるわ、私だけの王国を…!!

 

 

 

 

転換計画始動まで、あと14時間。新子たちの作戦決行まで、あと10時間を切った。

 

「よし…」

 

椛は、洞窟の天上から顔を出し、千里眼の能力を使い王都を監視していた。

 

「ダイヤサカの内部に次々と敵軍の戦艦が格納されていく。やはり敵は艦隊を使ってくる」

 

「これで、戦艦を奪う作戦はほぼ有効になったわけだな」

 

正邪がそう言った。

 

「ほぼ…まだ確定じゃないのか」

 

「当然だ。本番ではいつどんなイレギュラーが発生するか分からない。その場合に気持ちを備えていなければ体が動かなくなるからな」

 

正邪は自分でそう言いながら考える。

どうしても何か引っかかる。小槌での移動では王都のどこに飛ぶのか分からない。だが、ダイヤサカのある王宮は王都の中心部…どこに出ようとそこを目指せばいい。それはいい…決めた事だ。考えなければいけないのは想定外の状況、イレギュラー…それが事前にどんな事が分かれば、これ以上のことは無い。

 

「ふあぁ~…一日寝てなかったな…」

 

新子が後ろへどっと倒れ込みながらそう呟く。そう、新子たちは24時間以上こうして話し合い、敵の動向を探り続けていた。故に、他の者は妖怪であるので多少は平気だとしても、人間である新子は睡魔の限界が近づいてきていた。

 

「いいのよ、寝ても。あと10時間はあるし、ちゃんと起こすから。ゆっくり休みなさい」

 

華扇がそう言いながら、新子の顔を見る。すると、そう言い終わる前に新子は既に眠りに入っていた。

 

「あらら」

 

「ほっほっほ、いいではないか」

 

マミゾウは、ふと自分の傍らに転がっている木の棒きれを手に取った。それを指でなぞると、棒切れは煙に包まれる。煙の中から現れたのは、竜の鱗や棘で作ったのかと見紛うほどの、いかにも強力な雰囲気を醸し出した弓矢だった。

 

「武器はこれで良し…。これと同じ要領で、儂ならば他の物でも応用が利く」

 

一方、リグルは少し離れたところで、周囲に大きな虫を展開させていた。巨大な毒々しい模様を持った蝶、虫の低級妖怪である虫怪…自分の能力で操ることのできる虫を確認している。

 

「お前たちも作戦決行まで休め」

 

正邪がそう言った。

 

「突入開始一時間前になったら知らせる」

 

 

 

 

「急げ。第九艦隊、はやくダイマガノ格納庫へ入れ」

 

王都と一体化したように佇んでいる、超巨大な戦艦、ダイマガノ。かつて禍王が妖怪軍から奪ったダイヤサカそのものであり、名前を変えられ、艦体前部にあった妖怪を模した荒々しい顔は苦しみに歪むドクロのような顔面へと改造された。

そのダイヤサカの内部へ、憲兵団長の指示に従って小型の駆逐艦隊が次々と入っていく。

 

「禍王様、艦隊の準備は上々でございます」

 

憲兵団長のバアルは、王都の上空に渦巻く赤黒い雲に向かって跪き、そう言った。

それを聞き、雲の中に現れた二つの目が不気味に吊り上がる。

 

禍王、ゲムルル、アナト、そして新子たち…。それぞれの思惑が交差する中、運命の訪れは刻一刻と迫っているのだった。

 

 


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