東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~   作:ねっぷう

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第18話 「疑問」

ついにマガノ国の支配から解放された幻想郷。しかし、再び魔の手が忍び寄るのも時間の問題だ。

本居新子、茨木華扇、そして二ッ岩マミゾウの三人は、マガノ国に囚われた人間と妖怪を救い出すため、新たなる旅へと出るのだった。

 

地底での滞在を終え、月の民の力を借りてついにマガノ国へと足を踏み入れた新子たち。ダイヤサカ奪還戦の作戦を立てるため、新子たちは情報収集に出るのだが…?

 

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第18話 「疑問」

 

そのころ、スラッグの襲撃から逃れた椛とリグルは、居なくなった新子を探して工場内部に踏み込んでいた。二人は柱の陰に隠れ、周囲の様子を伺っている。

恐らく、この工場に居るのはわずかな憲兵団と、最小限の構成員のみ…。そのうち、恐らく全ての憲兵はスラッグ捕獲にやっきになっているだろう。動き回り、新子を探すには今しかない!

二人は柱の影から影へと慎重に移りながら、通路を通っていく。そして、突き当りの角から顔を出し、その先にある広間に誰も居ないか確認する。この広間の先には、二階へと続く中央階段がある。新子が二階へ行ってしまった可能性もあるので、そちらへと向かっている。

しかし、中央階段へと続く広間は真っ暗で、先が見えない。敵がいるのかも分からない。この工場の独特の匂いが、椛の鼻を鈍らせていた。リグルも同じだった。わずかな空気の動きや音さえも感知する触角も、不思議な電磁波により機能が悪くなっている。だが、この先にある扉を抜けると中央階段があるのは確実。そこまで一気に行くしかない。

 

二人は顔を見合わせると、一気に走り出した。しかしその瞬間、扉の向こうから、一人の憲兵が現れた。二人と憲兵は互いに顔を見合わせるや、驚きの表情を浮かべる。

だが、椛の肉体は敵に姿を見られたこの状況を打破すべく合理的に働いた。憲兵が腰の武器に手を置き、仲間を呼ぼうと声を上げるよりも前に、改造されたカギ爪の腕を伸ばした。本人曰く、鬼と同等かそれ以上の力を持つ腕は憲兵の頭を鷲掴みにし、いとも簡単に頭部をもぎ取った。

直後、すかさずリグルが憲兵の胴体を抱え込み、首に粘液と糸状の繊維を巻きつけ、血を止める。椛は頭部を抱えたまま、二人は後ろへ下がり、さっきいた通路の角まで戻った。

 

「はぁ…はぁ…」

 

「見られたか…!?」

 

息を切らしながら、この憲兵が出てきた扉の方を見やる。しかし…

来ない…。一人で行動していたのか、助かった…。

 

「どうする?引き返すか?」

 

「いや、新子を置いてはいけないでしょ」

 

「その通りだ…。…!?」

 

椛がそう言いながら立ち上がろうとすると、足が何かで滑った。足元に目をやると、憲兵の頭部から滴る血液が靴にベッタリと付着していた。小さく舌打ちをすると、靴を脱ぎ、壁際に寄せる。

 

「行くぞ」

 

二人は憲兵の死体を持ったまま、扉へ向かって走った。

近くに誰も居ないのを確認し、扉の向こう側へ足を運ぶ。しかし、二人は何かの強い気配を感じ、慌てて中央階段の横へ身を潜める。

 

「これは何だ…」

 

椛は、階段の下の空いたスペースに、赤い文字で”開放厳禁”と書かれた分厚い金属の箱を発見した。二人はすぐにわかった。この箱には、途方もない悪意と魔力が込められている。だが、好奇心からか、または中身が二人を誘っているのか、蓋に手をかけた。

蓋を少しだけずらし、中を見る。中からわずかに重たいねっとりとした赤い霧が漏れ出し、徐々に薄くなっていく。霧の下に入れられていたのは、小さなたくさんの球体だった。灰色の液体の中に、赤い球体が沈んでいる。

次の瞬間、全ての赤い球体がぐるりと回転した。その球体は、目玉だった。虫のような脚を付けた目玉のような虫が一斉にこっちを向いた。椛とリグルを認識するなり、ねちょねちょと動き回る。

 

「何なんだコイツは…気味が悪い」

 

椛はそう言い、蓋を閉めようとするが、リグルが食い入ったように虫を見つめているのに気付いた。

 

「どうした、いくら虫とはいえ、お前まさかこんなモノを…」

 

いや、様子がおかしい。うっとりとしたような、呆けたような顔でゆっくりと箱の中に手を伸ばそうとしている。椛がそれを止めようとしたとき、階段の上から何かを感じ取った。あの扉をくぐった時と、同じ気配だ。

椛は恐る恐る階段の上の方を見上げた。

 

無理だ…。

 

階段の上に立っているのは、少女だった。黒いぴっちりとした服に、金色の装飾を付けている。いつからあそこにいるのかは知らないが、その気配は少女からもたらされていたモノだった。

少女からは、並々ならぬ金色のオーラが煙のように発せられている。匂いがだんだんと広がっていくように、そのオーラはだんだんと階段を伝い、椛の元へ迫ってくる。今までの経験上、白狼天狗として山の哨戒任務に従事していたころにも、マガノ国に来てからも、あそこまで凶悪な気は見たことが無かった。アレに見つかれば必ず殺される…。そう確信できるほどだった。

椛は無意識のうちにリグルの手を握っていた。幸い、あの少女はこちらに気付いてない。ただ、何か飲み物を飲んでいるだけのようだ。

 

シュン

 

と、その時、何者かが椛の肩を掴んだ。

 

「!?」

 

「アタシだ、戻るぜ」

 

現れたのは新子だった。新子は椛とリグルの肩に触れたまま、小槌を振るった。三人は光に包まれ、次の瞬間にはその場から消え去っていた。

 

「…ん?」

 

少女は何かに感づいたのか、階段の手すりから身を乗り出して下を見る。

 

「…気のせいかしら」

 

 

 

シュン

 

「新子!」

 

椛たちの洞窟に戻ってくるやいなや、華扇が真っ先に駆け寄ってきた。

 

「私が寝てる間に情報収集に出かけたって言うから心配してたのよ!」

 

「わ、悪いって…」

 

「それで?危険に見合うほどの情報は手に入れられたかのう?」

 

「ああ、バッチリだ。奴ら、ドエレぇ事…考えてやがるぜ」

 

 

「二日後に幻想郷を!?」

 

新子の話を聞いた者全員が思わずそう声を上げた。

 

「アタシらが囚人を救い出す目的が、幻想郷の結界をより強固なモノへとするためだ。三年前、新たな結界が張られたのだが、本来幻想郷は妖怪の住処。妖怪が居なくては、結界はいずれ壊れる。そうなれば、再び幻想郷はマガノ国の脅威にさらされることになる。結界が壊れる日は近々訪れると聞いていたが、まさか二日後だとは思わなかった。敵はこのことを既に知っていたらしい」

 

「じゃあ、俺達に残された時間はあと二日って事か?」

 

「そうなるな。それまでに作戦を開始したい」

 

「作戦か…。とりあえず、あのゲムルルとの戦闘を避けるために王都の中に移動するというのは決まっていたが…そこからどうするつもりだ?例えゲムルルを避けれたとしても、私たちが王都に侵入したとなれば、奴ら本気で私たちを始末しに来るぞ」

 

バンキがそう言った。

 

「そこを狙うのだ」

 

正邪が話に割り込む。

 

「敵は全ての総力を以って幻想郷を攻撃する。だからこそ、敵の全ての力が露出する…狙うのはそこだ」

 

「どういうこと?」

 

「簡単な事だ。恐らく、敵はダイヤサカを旗艦とした大艦隊を組むはずだろう。ここで私の能力を使い、敵の戦闘艦を奪い取る」

 

「そんなことができるのか?」

 

「できる。戦闘艦を奪い取り、それを使って敵陣に切りこむ。そしてもっと大きな戦闘艦を奪い…それを繰り返して、ダイヤサカへとたどり着く。ダイヤサカを奪えれば、敵の軍など全て一網打尽にできる」

 

「なるほど…。逆に敵の軍隊を奪っちまうって訳か!」

 

「それと、そこで打ち出の小槌を使うのだ。小槌で、敵がマガノ国から出られないように願ってしまえばいい」

 

新子たちは、その日は遅くまで話し合った。決戦の日は二日後に迫る。

 

 

 

 

場所は移り変わり、王都アスガルド正面門。

 

「…」

 

門前の切り株の上に、あのゲムルルが座っていた。ボーっと空を眺めていると、肩に赤っぽい色をした小鳥がとまってきた。ゲムルルはその小鳥をしばらく不思議そうに見つめた後、爪の無い長い指を小鳥に触れた。小鳥は嬉しそうにチチチ、と鳴くと、指に身をすりよせる。

 

だがその時、遠くから咆哮が轟いた。それに気づいたゲムルルが、そちらに目を向ける。そこには、二頭の怪物スラッグがこちらへ猛スピードで走ってきていた。ゲムルルは小鳥を逃がすと、すぐに立ち上がった。目線は前方のスラッグから離さない。

二匹のスラッグもゲムルルに気付いた。顔を見合わせ、叫び声をあげる。この二匹は、先刻工場裏に現れたスラッグだった。

 

傷を負った二匹は、あてもなくここへとやって来た。そうしたら、敵を発見した。スラッグは敵の力量を計る能力に長けている。敵のレベルに合わせて戦い方を変え、あまりに差が大きすぎる相手にはヒットアンドアウェイの戦法を取ったりもする。彼らから見たゲムルルの実力は、自らの闘争心を刺激した。

 

「我は…この王都を守りし者…」

 

しかし、どちらかが死ぬまで決して戦いを辞めないと言われるスラッグが、足を止めた。ゲムルルは冷たい目で二匹を見つめながら、目にもとまらぬスピードで攻撃を繰り出した。

四散する片方のスラッグ。もう一方は、何が起こったのか分からなかった。何かが、相方を一瞬で引き裂いたのだ。ついさっきまでの、ただずっと呆け、動物に手を触れていたゲムルルとは到底思えないほどの凶悪な魔力。まるで、この世の不吉を全て混ぜ合わせたような…。

スラッグが踵を返してその場から立ち去ろうとした瞬間には、彼もまた、既に肉片と化していた。

 

「王都に近づく賊は…殺す」

 

そう静かに吐き捨てると、再び切り株の上に腰かけた。

気が付くと目の前にさっきの小鳥が現れ、顔の前で羽ばたいている。それを見ると、さっきと同じように手を伸ばしてみる。

が、小鳥は慌てて飛び去ってしまった。

ゲムルルは手を差し出したまま、遠くへ消えていく小鳥をただ眺めていた。

その時、ゲムルルの脳裏に、ある疑問が浮かび上がった。

 

─我は今、何をした…?

 

ゲムルルは、禍王から王都の守り手を任されている。それが主人から命ぜられた役目。許可なく王都へ近寄るあの魔獣を仕留めたのは、守り手として当然の行動であるだろう。しかし、それを行った事により、あの小鳥は自分から離れていってしまった。それにより、ゲムルルの心に芽生えたのは、寂しさであった。

 

─我があの敵を殺したから…あの鳥は我から逃げた…。だとしたら、我の”力”とは一体、何なのだろうか…?

 

王都を守るための力。だがその力は、心の拠り所を一つ消してしまった。力は王都を守ったが、あの小鳥にもう一度触れることはできなくなった。

だとすれば、自分の力は何に使うべきだったのだろうか?

 

ゲムルルは知能が低い。それはゲムルルが禍王が作った魔獣として生を受けた時、王都を守るには余計な思考は必要ないと判断されたからだ。ただあらかじめプログラムされた本能のままに行動すればいい。

しかし、その頭には、初めて感じる疑問が浮かんでは消える。まだ、その時は、先日より続く頭の痛みを感じながら、それに疑問を抱くだけであった。

 

 

 

ゲムルルが己の力に関して疑問を感じ始めた頃、王都アスガルド中心部に位置する王宮では。その中のとある広い講堂に、千人近くもの憲兵団や兵士、そしてマガノ国側に堕ちた妖怪や人間たちが集まっていた。

王宮とは、文字通り、王…禍王が住んでいる宮殿だ。外から見ると渦巻き状のうず高い塔のように見えるが、実際内部は見た目以上に広く、そのほとんどを禍王だけが自由に使用できる。一般の手下や部下は王宮一階のこの講堂しか知らないので、二階より上がどのようになっているのか知る術もなければ、禍王の姿も見ることはできない。

 

「これより、二日後に迫る幻想郷出征に先立ち、マガノ国謁軍の儀を執り行う」

 

そう静かに喋るのは、工場長助手の法玄であった。彼は200年も前からマガノ国に仕える人間だ。彼の後ろには、工場所長のアナトが静かに佇んでいる。

 

「憲兵団長、バアル。前へ」

 

バアルと呼ばれた男が、上段の大きな椅子から立ち上がり、正面に躍り出た。顔に仮面を付け、緑色の地に金の装飾の付いた軍服を身に纏っている。

 

「禍王様より、憲兵団長だけに伴し、憲兵団長だけがその強大な力を御せる、御宝輝剣”マガツキ”を渡御される」

 

その時、部屋が暗くなった。兵士たちにざわめきが起こり、雷が落ちる直前のようなゴロゴロという不気味が音があたりに響き渡る。すると、天井の隙間から赤黒い煙が漏れ出した。やがて煙は密集し渦巻き始め、まるで二つの目玉の如く大きく膨れる。

 

「時は来た。私は、三年間も待った。あの忌まわしい幻想郷を覆う結界が破れるこの時をな…。そして、バアルよ」

 

「は!」

 

「かの剣、”マガツキ”と共に必ずや敵を打ち滅ぼし、幻想郷を屈服させるや否や?」

 

「勝利することを誓おう!必ずやこの剣を揮いて、幻想郷を制圧して見せましょう」

 

集った憲兵団たちから歓声が轟いた。

 

「バアル、お前は旗艦ダイマガノの艦長でもある。軍の指揮もお前に任せる…」

 

「心得ております」

 

「続いて三禍が一人、メンドーサ。前へ」

 

「はい」

 

法玄に言葉にメンドーサと呼ばれた、銀髪の少女が前に進み出て跪く。

 

「お前はクリュサオルを繰り、中規模艦隊の要としてその任に当たるがいい」

 

「はい」

 

「期待しているぞ。時は二日後だ。すべては…この私の野望の為に」

 

暗黒の瘴気渦巻く王都に、禍王の血も凍るような笑い声が響き渡った。


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