東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~   作:ねっぷう

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第17話 「カイブツと潜入」

ついにマガノ国の支配から解放された幻想郷。しかし、再び魔の手が忍び寄るのも時間の問題だ。

本居新子、茨木華扇、そして二ッ岩マミゾウの三人は、マガノ国に囚われた人間と妖怪を救い出すため、新たなる旅へと出るのだった。

 

地底での滞在を終え、月の民の力を借りてついにマガノ国へと足を踏み入れた新子たち。ダイヤサカ奪還戦の作戦を立てるため、新子たちは情報収集に出るのだが…?

 

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第17話 「カイブツと潜入」

 

スラッグは、雄叫びを上げて立ち止まった。一度、口の中にある眼球におさめた敵を探して、当たりを見渡す。蹄の後ろ脚で地面を蹴り、いらいらと尻尾を振り回す。

胸や腕、首にある痛々しい古傷が浮かび上がり、体についたままの千切れた鎖がジャラジャラと音を立てる。まず、先に逃げた椛とリグルは、このゴミの山の中に隠れた。それを見た新子は動揺し、思わず動きを止めてしまった。だが、これが彼女らがこのマガノ国で生きてきた手段なのだ。常に命が危険にさらされているこの地で生き延びる方法を、脳に刷り込んでいる。

新子は数秒迷ったのち、ええい、と思い切ってゴミの山の中に身を潜らせた。山の中は鼻が曲がり吐き気が催すほどの悪臭が充満していた。鼻をつまんでも、目が痛み口にも匂いが広がる。

だが、この異臭の塊でもあるゴミの山の中に潜り込んだことは、非常に感覚の鋭い怪物スラッグの目から逃れるには、この場において最も理にかなった手段だと言えるだろう。スラッグは、元は戦闘用に禍王が作った怪物だった。だがその後、闘技場でただ戦いを”魅せる”ためだけ、娯楽の為に改良を加えられた。その闘争心はあらゆる生き物を敵と認識し、肉体的能力は並の妖怪ならば相手にもならず、うちに込められた魔力はそれらを何倍にも膨れ上がらせる。血の匂いで興奮し、一度敵と認識した獲物は何が何でも追いかける。

時には飼い主である憲兵団をも惨殺し、鎖を引きちぎって逃げる。彼の首や足から垂れる鎖は、彼にとっての自由の象徴だった。

 

スラッグは、隣にあるゴミの山を駆け上った。蹄がゴミの中に沈もうと、強引に昇りきる。そして、下を見渡した。

 

─臭う、臭うぞ。確かに、今誰か居た。前にも嗅いだことのある匂いだ…。この臭いゴミの中に混じってる

 

ある程度辺りを探ると、スラッグは山から下りようとした。その時だった。別の鳴き声が二つ聞こえ、こちらに走ってくる蹄の音が聞こえた。

 

「うそだろ…?」

 

そう思った新子の勘は正しく、隣のゴミの山の下に、別の二頭のスラッグが居る。最初に居たのと比べると大分小さいが、負けず劣らず恐ろし気な雰囲気を漂わせている。騒ぎを聞きつけてやって来たのだろうか。

最初に居たスラッグは他の二匹を無視し、ゴミの山を漁り始める。二匹はその態度に腹が立ったのか、唸り声を上げながら体当たりをしかけた。突然の攻撃によろめいたスラッグはすぐさま腕を振り下ろし、鋭い爪で背中を斬りつけた。背中を斬られたスラッグは顔をしかめ、ゴミの山から下りる。

 

その光景が、ゴミの隙間から見えた。隣の山に逃げ込んだ椛とリグルはどうしているだろうか。自分はどうやってやり過ごそう。

そんな事を考えているとき、かすれた低い声が、すぐ近くから耳元に聞こえた。

 

「敵がいるぞ、目を覚ませカーン隊…」

 

新子はビクッとして声の方へ目を向けた。そこで、新子は青ざめた。自分の顔のすぐ横に、白目をむいて半分溶けたような腐った顔が横たわっていた。顔は新子と目が合うと、不気味ににやりと笑った。

 

「そうだな、隊長…鈴奈庵の本居新子…鈴奈庵の本居新子…」

 

「馬鹿な、手柄は我々ロナ隊のものだぞ…。手柄を上げて、禍王様に認めてもらうのだ…俺達は、まだ使えると…」

 

一人が喋ったのを皮切りに、他の所からも口々にさざめきが起こる。よく見ると、この灰色のゴミの山は、死体の山だったのだ。腐りかけの死体が乱雑に積み重ねられている。半身が溶けた者や、既に骨ばかりの者、バタバタと振り回される腕、破れた長靴から投げ出された膨らんだ足、様々な憲兵団の死体。

 

「オリ隊こそ、貴方たちポンコツ共とは違うのよぉぉぉ…」

 

女の声が聞こえると同時に、新子の頬に何かねっとりとしたものが触れた。

 

「うわああああ!!」

 

新子は思わず悲鳴を上げ、体を動かした。

気付いた時には遅かった。スラッグの口の中にあるギョロ目が、こちらを見据える。スラッグは一跳びでここまでやって来ると、手で山をかき分け始める。爪に斬られた憲兵の死体が掻きだされていき、どんどん視界が明るくなっていく。唸り声が大きくなる。

やばい、アタシの姿を見られたら、抵抗する間もなく…殺されてしまう。

そしていよいよ、顔の上にあった死体が退かされ、スラッグの頭部が目の前に現れた。ここまでか、と思い、持っている小槌だけでも無事でいてくれ、と願いながら小槌に指先を触れる。

 

…しかし、スラッグは新子を見ても、何もしない。ただ唸り声をあげるばかりだ。

一体どうしたんだ?まるで、アタシの事が見えていないみたいだ…。

気が付けば、背中に羽織っていたはずのマントが、仰向けの体を上から覆うように巻き付いていた。そこで、新子は理解した。このマントが守ってくれているんだ。豊聡耳神子から貰った不思議なマント、これは姿を完全に隠すことができるのかもしれない。きっと、小槌の魔力との連携で、姿はおろか、匂いや音すら認識することはできないだろう。

 

新子はひたすら息をひそめ、スラッグが諦めてここから離れるのを待った。相手は自分に気付くことができないと思うと、少しだけ落ち着いてきた。冷静に見てみると、新子はあることに気付いた。このスラッグの胸にある、刀か何かで斬りつけられたような傷跡。思い出した、このスラッグは三年前に妖怪の山で戦ったやつと同じ個体だ。

三年前、禍王は幻想郷を灰色の海に静めようとした時、幻想郷に居る全ての手下を撤収させた、きっと、このスラッグも一緒になってマガノ国に帰ったに違いない。それから、今度は山ではなくこの荒れ地で暮らしているのだ。

 

スラッグはゆっくりと頭を上げると、丁度新子の顔の横に蹄を叩きつけた。そのまま今居る山の頂上へ登り、下を見渡す。その時、山の反対側で大きな音がした。スラッグはそちらに振り向き、視線が釘付けになる。一人の死に欠けの憲兵が大きく動いたのだ。

新子はゴミの山から飛び出すと、一気に物凄いスピードで駆け抜ける。向かう先は、工場の裏手の扉。後ろには、追ってくるスラッグ。

新子はスラッグの爪が背中に当たるギリギリのところで、扉の向こうへ滑り込んだ。頑丈な扉はいくらスラッグと言えど一筋縄では破壊できないらしく、吠えながらガンガン体当たりを食らわしている。

 

「危なかった…」

 

新子が安堵のため息を漏らす。

向こう側にあるドアを開け、その先の通路へと入った。白い天井に木製の床、黄色い照明がつけられている。

 

「おいおい、何だってんだ?」

 

さっきの部屋の中で、憲兵団のものと思しき声が聞こえた。

 

「2号よ、どうせ改造人間だ。それに、丁度新しい剣を支給されたばかりだぜ、試し切りと行ってみようじゃねぇか」

 

二人の憲兵は、へへへと笑いながら、扉をガチャガチャと弄る。そして、扉の向こうに居る敵を迎え撃とうと、剣を構えて扉を開ける。しかし、憲兵の笑い声は、すぐに驚きと恐怖の悲鳴に変わった。

 

「…スラッグだああああ!!」

 

憲兵は慌てて扉を閉め、金属の錠をかけた。相変わらずスラッグはドアに体当たりをし続けており、ドアが外側からの衝撃によってベコベコへこんでいく。

 

「2号、増援を呼べ!コイツを捕らえろ…!」

 

それを聞いた2号は頷くと、新子たちが居る通路とは別の通路へ走っていった。

 

「二人とははぐれてしまったようだな」

 

正邪がそう言った。

 

「そうだな…。さっきの場所はきっと憲兵が集まってきて出られなくなるだろうから…どうにかして別の出入り口を見つけるしかないなぁ」

 

新子はそう言うと、静かに速足で通路を進んだ。通路の先に行き止まりのドアがあるのを見つけた。銀色のドアで、ドアの前には黒い文字で”憲兵団立ち入り禁止”と書かれた黄色い立て看板が置いてある。

 

「憲兵禁止…ここなら大丈夫だな」

 

新子はナイフと力ずくで錠を破壊すると、銀色のドアを静かに開け、中に入った。

中は、誰の気配もなく、消毒したようなほのかに鼻を突く薬のような匂いがした。部屋一面銀色で、天井の白い照明がやけにまぶしい。部屋には四角い浴槽のような箱が綺麗に並べられている。新子はふと箱に近づいた。箱には札のような物が貼りつけられており、札には”カーン隊”と書かれていた。

中を覗くと、新子は気分が悪くなった。灰色で、沸騰したようにコポコポと泡を出す液体の中に、白っぽい塊が漬けられていた。若干、人の形のように見え、手足や頭部のような部位があるのがわかる。

 

「さっきの外に置いてあった死体を…溶かしてるのか…」

 

「これは私も初めて見たな」

 

正邪がふわふわと浮き上がり箱を覗きながらそう言った。

と、その時、反対側のドアの向こうからブーツが床を蹴る音が聞こえた。音からして二人は居るだろうか。新子と正邪は反射的に箱の影に身を隠した。それと同じタイミングで、ドアがガチャリと開いた。

 

「だから、時間が無いんだってば!」

 

「ですが、禍王様はもっとペースを上げろとおっしゃっております」

 

若い女の声と、しゃがれたような男の声。

 

「ペースを上げろですって?禍王様も無理が過ぎるわ、だって貴方も知ってるでしょう、法玄?」

 

「は、そうですが…」

 

「命令は絶対だって?馬鹿ね、無理なものは無理なのよ。だって、ついこの前に完成させたバン隊だって、耳が無かったわ。指だって一本少なかったし、少し痩せてた。完全に不良品だったわ、製作期間を縮めろと言われたから縮めたのに、それで規定通りの個体ができなかったらすぐ折檻よ。もう嫌になっちゃうわ」

 

新子はハッとした。冷や汗が出て来る。今、バン隊と言ったか?

今では新子の知り合いであり、昔は共に戦ったバンは、元はバン隊という憲兵団の隊の一人だった。しかし、他のメンバーが死んでしまい、残った彼女はバンと名乗り、自由に暮らすようになった。バンは憲兵には使用期限があると言っていた。期限が切れると、憲兵はマガノ国へ帰っていく。バン自身も知りもしなかったことを、新子は今ここで知ってしまった。

期限の切れた憲兵団はマガノ国へ帰ったあと、殺されるのだ。ただ特別な魔法で体を腐らせられ、捨てられる。この箱は死体を溶かしているのではない、憲兵団を造っているのだ。憲兵団が隊ごとに同じ背格好や顔をしているのは、この女の言う通り規定に沿って造られているからだろう。

 

憲兵は、使用期限が過ぎると帰投プログラムに従ってマガノ国へと帰る。しかし、バンは期限が切れた時、河童のアジトの牢獄に居たため、何か月も帰ることができなかった。それによる不具合で、本来は主である禍王や上官の命令に従うはずのバンはプログラムに異常を起こし、新子と共にマガノ国へ反旗を翻したのだ。

”故障”…バンはマガノ国から見れば、イレギュラー化した異常個体と言えるのだ。

 

しかし、憲兵もかわいそうなものだ。使うだけ使われて、期限が過ぎれば始末される。そして、代わりに生まれた顔も体も声もそっくりな新たな隊が何食わぬ顔で仕事をする。そして、彼らもいずれ…。

 

「カーン隊はどうかしら?」

 

女の足音がこちらへ近づいてくる。まずい…、もう箱を一つ挟んだすぐ向こう側に女がいる。

新子は、丁度女の死角を縫って隣の箱の後ろへと移動した。幸い、二人とも気付かなかったようだ。移動するとき、二人の顔が見えた。女はいぶかしげに目を細め、男は厳つい顔をしており、背中で腕を組んだまま、静かに女を見つめている。

 

「やっぱダメね!こんな少ない魔力じゃロクなものができないわ。禍王様は最近急ぎ過ぎてる気がするね」

 

「アナト様…お言葉ですが、禍王様への口答えは…」

 

「いいのよ、別に」

 

どうやらアナトという名前らしい女は、素っ気なくそう言った。アナトは手下でありながら禍王に反感を持っているようだ。

 

「二日後には転換計画が始動するわ。それが成功すれば、後は結界を壊して、いよいよ本気で幻想郷を制圧する一大戦争になるわ。でも、ゲムルルは使えないから居残りでしょうね。やっぱり、禍王様はアイツをえらく気に入っているようだけど、私にはただのデクノボーにしか見えないわ。いくら戦闘が強くても、知能が無いんじゃ意味ないと思うの」

 

転換計画…?そして、結界を壊して幻想郷を制圧するだって?

えらい事を偶然に聞いてしまった。こりゃグダグダしていられないな。二日後までに、妖怪と人間を幻想郷へ連れ戻し、結界をより強固にしなくてはならない。

だが、これは凄い情報かも知れないぞ…。このアナトがこの工場の偉い立場に居ることは間違いないだろう。禍王は幻想郷へ攻め込むために軍をより大きくするために急いでいるが、工場での生産スピードがそれに追いついていないということか。

残されたタイムリミットは二日だけか…。

 

「さ、隣の部屋はどうかしら」

 

アナトと法玄は、靴の音を響かせながら、隣の部屋へと消えていった。

 

「正邪、聞いてたか?」

 

「もちろんだ。我々に残された時間は、そう多くはないようだな」

 

正邪はそう言いながら、かつての自分を思い起こしていた。雪の日、丁度禍王の手下の二人の人間が話をしているのを偶然聞いた。その時も、手下たちはそのうちやってくる幻想郷への侵攻の話をしていた。

どうも、新子の姿がかつての自分と重なる。

 

「そうと決まれば、ここを出るぜ。椛たちと合流しなきゃ」

 

 




ミスを発見したので修正しました。
新子とリグルは反射的に…のところはリグルではなく正邪です。

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