東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~   作:ねっぷう

50 / 67
第16話 「ワイルドバレット」

ついにマガノ国の支配から解放された幻想郷。しかし、再び魔の手が忍び寄るのも時間の問題だ。

本居新子、茨木華扇、そして二ッ岩マミゾウの三人は、マガノ国に囚われた人間と妖怪を救い出すため、新たなる旅へと出るのだった。

 

地底での滞在を終え、月の民の力を借りてついにマガノ国へと足を踏み入れた新子たち。この敵地の真っただ中には、当然のように危険が潜んでいるのだった。

 

─────────────────────

 

 

第16話 「ワイルドバレット」

 

マガノ国立研究工場。マガノ国の北西寄りの荒れ地に存在する、最大の工場だ。無数の煙突の塔から真っ黒い煙を吐き出し、オレンジ色の大地の上にポツンと建つ真っ白いこの建物はかえって不気味に見える。

 

この工場のとある一室。薄暗い部屋には赤い絨毯が敷かれ、大きな丸机に、四つの椅子が並べられている。そのうち三つの椅子に座る人影があった。

 

「集まったようねぇ」

 

一人の女がドリンクの入ったグラスを揺らしながらそう言った。迷彩柄の軍服を、胸の谷間を強調するかのように開き、小動物の頭骨のアクセサリーのついた帽子を被っている。額から目の周りにかけて紫色のペイントを施しており、その後ろには、黒い服を着た強面の男が一人控えている。

 

「でも…ゲムルルが居ないみたいね?」

 

「当たり前でしょ、アイツにここまで来れる”頭”があると思ってるの?」

 

足を机の上に乗せている少女が馬鹿にしたような口調でそう言った。煌めく長い銀髪を持ち、黒いボディスーツのような服を纏い、その上から金色の角ばった胸当てを付けている。前腕部と頭に同じようなデザインの金色の飾りを着け、蛇のような赤い瞳が薄暗い部屋に光る。

 

「いつもの事だ、放っておけばいい」

 

と、別の男がナイフを磨きながら言った。白い軍服を着用し、顔には白い仮面を付けている。その仮面には、一般のマガノ憲兵団が付けている仮面にあるマークと同じマークが印されていた。

 

「あら、憲兵団長さんは優しいのね」

 

「黙れ」

 

静かにそう言いながら、湾曲したナイフの刃先を向ける。

 

「やめてやめて!」

 

迷彩軍服の女が手を叩く。

 

「ま、アイツには私が明日直接言っておくとして…。今日の本題は、どうやら西海岸で何かの動きが有ったようね」

 

「また改造人間と魔獣の喧嘩?」

 

「それはそうなんだけど…衛星戦艦がとらえた動きが、何かいつもと違ったのよねぇ」

 

「何かありそうだな。極西部はまだ未開拓の地だ、今後、メスを入れて整備していく必要があるだろう」

 

「確かにね。もし、西部にまだ存在を把握していない叛逆因子が隠れているとなれば…私に任せてよね」

 

銀髪の少女が、自らの金色の胸当てをさすりながらそう言った。心なしか、彼女の言葉に応えるかのように、胸当てがカタカタと震えたような気がした。

 

「ええ、任せるわ…。私たちマガノ国が造り上げた三大魔獣…”三禍(さんか)”の貴女にね」

 

 

次の日の朝。マガノ国中央のおおよそ東寄りの位置に存在する、王都アスガルド。王都の名の通り、禍王が直接治めるマガノ国最大の都市で、主に手下の人間や憲兵団、闘技場で働く戦士が暮らし、中心には王宮が存在する。その王宮横の超巨大構造物はマガノ国軍が所有する戦艦や兵器を格納しており、軍の基地にもなっている。

アスガルドは高い壁に囲まれており、出る際は自由だが、入る際には憲兵団か、あるいは王都の守り手と呼ばれている門番に一言伝えなければならない。

 

王都アスガルドの正面門。門の横にある大きな切り株の上に、赤い影が腰かけていた。

 

「…」

 

ただ一人、ポツンと座り、ボーッっと空を眺めている。全身が赤い体表で覆われ、ほっそりとした長い体躯に、三本指の両手足はまるで両生類を思わせる。肩の後ろからもう一対の大きな腕が虫の羽のように折りたたまれた状態で生えており、同じく三本の鋭い爪が肩を掴んでいる。

口からは鋭い牙が見え、鼻の無い顔は目が細く、耳は尖り、黄色い髪を後ろへ流している。

 

「ちょっと」

 

その時、横から声が聞こえた。

 

「ゲムルル、あんた話聞いてた?」

 

「…あ?」

 

ゲムルルという名前を呼ばれたその者は、声の主の方へ振り向いた。声の主は、工場の一室で集っていた、迷彩軍服の女だった。

 

「あんたねぇ…本来は工場所長として仕事をしなくちゃいけないのに、わざわざ頭の悪いあんたのとこに直接来て用件を伝えに来てるのよ?頭悪いのは知ってるけど、少しは理解する努力をしたどうなのよ!?」

 

「…ああ」

 

ただそう呟くとゲムルルはまた上へ向き直り、ボーっと空を眺め始める。その態度に腹が立った女は、持っていた何かの瓶を思い切りゲムルルの頭に叩きつけた。瓶は粉々に砕け散り、破片が舞う。しかし、当のゲムルルは傷一つなく、平気な顔で目を女に向ける。

 

ズキン

 

「いて…」

 

短くそう言うと、急に立ち上がり、目にもとまらぬ速さで蛇のように腕を伸ばし、女の襟を掴んだ。

 

「な、何よ?私に手を出そうっての?」

 

実際、こうしてゲムルルを何かで殴りつけるのは、いつもの事だった。いつもは何度殴られようが、平然としているゲムルルだったのだが、今回はやけに反応してくる。そのせいで、女は少し焦っていた。

 

「いや…何でもない」

 

ゲムルルはパッと手を離し、元の切り株に座り、下に顔を向けた。

 

「…ふん。本当に気持ち悪いわね。何でアンタが、”三禍”最強の魔獣って言われてるのか理解できないわ」

 

女はそう吐き捨てると、開いた門の中へと消えていった。閉じる門の音を聞きつつ、ゲムルルはそれを目で追うことなく、ただ頭を押さえて下を向いていた。

頭が…痛い。

ゲムルル自身にも、己の体に痛みを伴ったのは初めての経験だった。実際、痛みという言葉と意味、その概念自体知りもしなかっただろう。だが、とにかく頭が痛むと同時に、痛みというものを理解したのだ。

しばらくすると、痛みも消えた。代わりに現れたのは、今まで見たこともない、感じた事もない光景だった。しかし、ゲムルルは、それが何かを考えようとはしなかった。自分がいくら考えようと、到底答えを導き出せはしないだろう。ただ、それに疑問を抱いていた。今はまだ、ただそれだけだった。

 

 

 

勇刃は、部屋の隅に座り込んでいた。近くで、新子たちが話し合っているのを黙って聞いている。

 

「だからさ、まず打ち出の小槌を試してみようよ。まだ一度も使っていないんでしょ?」

 

「でも、何に使うってんだよ?」

 

「そりゃあ、作戦を立てる上での情報収集さ。敵を知らなきゃいけない」

 

そう話しているのは、新子とリグルだった。新子が持っている小槌を眺めている。

 

「情報収集?」

 

「そう。流石に王都まで行くのは危険すぎるけどね」

 

「じゃあどこに。闘技場か?」

 

「そこも危ないね。行くんだったら、工場かな」

 

「工場?」

 

「工場だったら、ここに住み始めてから何回か近くまで行ったことあるし、大丈夫だと思うけど」

 

「何を言ってる、中に入った事は無いだろう」

 

後ろからやって来た椛がリグルにそう言った。

 

「まぁそうだけどさ。でも、今回は打ち出の小槌のテストも兼ねてる。それに小槌があれば、中にも入れるだろうさ」

 

「確かに」

 

「じゃあ早速行こうよ」

 

リグルがそう言いながら立ち上がる。椛と顔を見合わせると、椛は小さく頷いた。そして、この洞窟から地上への出入り口のある方へと歩いていく。

天井の岩を横へずらし、そこから頭を出す。椛は千里先まで見通す程度の能力を持っている。その名の通り千里眼の力だ。椛はこの能力を使い、常に周りを警戒しながら敵から逃れてきた。かつて、妖怪の山で白狼天狗として哨戒任務に就いていた時の察知能力がここでさらに磨かれ、それが今でも活きているのだ。

千里眼の目であたりを見渡す。周囲に敵の姿は無い。もっと遠くへと目を光らせる。荒れ地のど真ん中に建っている工場を見た。その周囲にも、警備がいないかを確認する。

 

「今なら行けるぞ。この時間帯はもともと奴らは活発に動いていない」

 

「…よし」

 

 

 

新子たちは、初日の段階で少しだけ作戦を考えた。”ダイヤサカ奪還戦”。王都アスガルドにある禍王の本拠地の一部と化している大戦艦ダイヤサカを奪うのだ。

昨日の事。

 

「ダイヤサカを奪うには、王都に侵入しなければならない」

 

椛がそう言った。

 

「だが、王都に入るには、ヤツが居るだろう」

 

「ヤツ?」

 

「そうだ。王都の守り手、”ゲムルル”…。恐ろしい魔獣だ、如何なる妖怪も怪物も、ヤツの前では塵に等しく粉砕される。殺された仲間を、数多く見てきた」

 

「ゲムルルは年がら年中、王都の門の前に居る。だから、奴の目に触れずにダイヤサカの元まで行くには…」

 

「なるほど、小槌の力でワープすればいいのか」

 

「その通り。そのために、小槌のある程度の性能は把握しておかなければならない。テストが必要だろうな」

 

「それについて私から一つ言わせてもらおう」

 

正邪が話の乗りだした。

 

「かつて王都に行った事がある者にはわかるだろうが…王都内部は気の流れが複雑でな」

 

「気の流れ?」

 

「気の流れとは、すなわち力の流れる向きの事だ。どの空間にも、力の流れる道があるものだ。しかし、王都に諸悪の根源が居着いてる影響か、王都の内部だけ常に魔力の流れがグチャグチャになっている。小槌で瞬間移動を行う際は、まず目的地までの気の流れを読み取り、それに乗る。王都ではそれができない。だから、王都内部へ移動しようとなると、王都のどこへ移動するのかは決められなくなる」

 

「ここに来る時も同じようなこと言われたなあ」

 

「だったら、王都内部はそれでいいとして…他の場所ではきちんと使えるのかを試さなきゃ」

 

「そうだな」

 

新子がふと小槌を振り上げる。

 

「ちょ、ちょっと待って」

 

それを見た華扇がふと新子の手を止めた。

 

「何を願うつもり?」

 

「いや、とりあえず美味い食べ物でも…」

 

「だめだめだめ!小槌をそんな事に使うもんじゃないわ!いくらここでは願い叶え放題だとしても、それは鬼の道具なのよ?危険だわ。使うんだったらちゃんとした場面で使わなきゃ」

 

「何だよ、ケチ…」

 

 

───

 

「少数で行った方がいいな。小槌を持ってる新子と、嫌でも同行しなければならない正邪…そしてあの場所に詳しい私とリグルで行こう」

 

「無事で帰って来れるのか?」

 

近くで話を聞いていた勇刃がそう聞いた。

 

「頑張るさ」

 

新子はそう言うと、壁にかけておいた、神子から貰ったマントを羽織った。椛とリグルが新子の肩を掴み、小槌から力を得ている正邪が傍らに近寄る。

 

「…じゃあ、打ち出の小槌よ…アタシ達を工場の近くへ連れていけ!」

 

新子がそう叫びながら、小槌を床に叩きつけた。カンッ、という音と共にまばゆい光が放たれ、新子の視界も真っ白になっていく。その光と共に、新子たちの姿は消えた。

 

 

気が付くと、新子は見知らぬ場所に立っていた。茶色いひび割れた荒れ地で、わずかな雑草だけが生えている。地平線が広がり、その彼方には黒い塊と、国境の山脈が聳えているだけだ。きっと、あの黒い塊が王都だろう。丁度西日に曝されているはずなのに、まるで日陰のように闇に覆われている。あそこには、敵の親玉、禍王が…。

そして、少し近くにあるのは、白い建物。形や雰囲気はかつて人間の里に建てられたマガノ国の工場とそっくりだが、あれよりももっと大きい。塀に囲まれ、真っ黒い煙を煙突から吐き出し続けている。

 

「おい新子、何を突っ立ってる?こっちだぞ」

 

「あ、ああ…!」

 

椛に肩を叩かれて、ふと我に返った。椛はさっと工場へ向けて駆けだした。土埃も、足跡も一つ立てることなく、素早くその場を速足で歩いていく。リグルは背中に羽織った黒いマントの内側から虫の羽を開き、滑空するように飛んでいる。

 

「おかしいな、ガルルガが居ないぞ」

 

椛が小さい声でそう口にした。

新子は、三年前の事を思い起こした。あの戦いのとき、全部で七羽いたガルルガの内、五匹は新子と神獣たちが倒した。残りの二羽だけになったガルルガは、今も以前と同じように空を飛んでいるのかは定かではない。

しかし、二人は既に自分が大声を出さないと声が届かない場所にまで行ってしまっていたので、新子はそれを言うのをやめた。

 

やがて、新子たちは工場のすぐそばまで来た。さっと塀の影に身を隠す。見張りは誰も居ない。

ここは工場の裏手側のようだ。辺りに鼻を突くような腐敗臭が漂い、壁際に大量のゴミの山が寄せられている。匂いはこのゴミの山から漂っている。

煙の匂いと相まって、口の中まで酸っぱくなる。

 

トッ トッ トッ トッ …

 

その時、軽快だがどこか重みのある音が小さく聞こえてきた。

 

「何の音だ…?」

 

新子がそう言うと、椛とリグルも気づいたらしく、椛は耳を立て、クンクンと鼻を動かす。リグルは額から生える二本の触角を揺らす。

 

「まずい、隠れろ」

 

二人はそう言いながら、近くのゴミの山に向かって走り出した。新子は何が何だか分からないまま、地平線の方へ目を向けた。先に居るのは、一つの黒い影。黒い影が足音を立てながら、ゆっくりとこちらへ走ってきていた。

緑色の人間のような体に、ごつい筋肉。両腕にはナイフのような爪が伸び、蹄のある足で走る。鞭のようにしなる尾を地面に叩きつけ、牙を剥きだしたトカゲのような顔がにやりと歪む。

 

怪物スラッグだ。かつて妖怪の山で戦った怪物スラッグが、こちらを目指して走っていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。