東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~   作:ねっぷう

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第13話 「湯煙と火光獣」

一面炎の海と化したモンスターストリートは、必死の消火作業が行われたものの、ストリート中の建物は崩壊して黒焦げだった。逃げ遅れた一龍齋(いちりゅうさい)の手下たちが数人行方不明だったものの、一日後には火は消された。

一龍齋は焼け跡から彼の血液と微かな妖気の跡が発見され、新子と易者の証言で死亡と断定された。モンスターストリートのならず者たちを束ねる男はこの世を去った。残された手下たちはけが人以外揃って逮捕、地霊殿地下の灼熱地獄、あるいは現在の地獄で強制労働を課せられることとなった…。

 

 

「部屋に置いてあった置手紙を見て、慌ててあそこへ行ったのよ」

 

モンスターストリートを後にして、新子たちは宿屋の自室へと戻ってきていた。新子は華扇に傷を手当てをしてもらっていた。部屋にある時計を見ると、どうやら一日は経っているらしい。

 

「そういえば、易者のおっさんは…?」

 

「ああ、あの人は一人でどこかに行ってしまったわ。傷の応急措置だけ受けてね」

 

「全く、もうじきマガノ国突入が控えておるというのに…無駄なことに首を突っ込んで欲しくないのう」

 

「新子は昔からそういう特性なのよ。だから私がついてないといけなかったんだけど…」

 

華扇がやれやれと首を振りながらそう言った時、部屋の戸がガラッと開いた。そちらへ顔を向けると、八坂神奈子と豊聡耳神子の二人が立っていた。

 

「一龍齋の件、既に聞いたぞ。巻き込んでしまってすまないな」

 

「しかし、あの一龍齋は我々も手を焼いていたのでね。新子…君と易者の男には感謝しているよ」

 

「うむ…。それでだ」

 

神奈子がその場で切り出した。

 

「今、隣の都の連中と話をしてきた。明日、お前たちをマガノ国へと送ってくれるそうだ」

 

「…皆して隣の奴って言うけどよ、一体何者なんだよ、そいつらは?」

 

新子が神奈子にそう聞いた。すると、神奈子は神子と顔を合わせてから、今までにない真剣な面持ちで口を開いた。

 

「この新都の北側に、”ミクトラン”という都があってな。そこには、月から地上へ降りて来た月の民が住んでいるんだ」

 

「月の民…?」

 

いまいち分からない言葉に、新子が不思議そうに頭をかしげる。

 

「月の民は、その名の通り月に住んでいる種族。しかし、我々がここへ来るよりもずっと前…今よりも200年以上前か、この地底に突如として現れた。そしてあっという間にミクトランを築き、そこに住むようになった」

 

「まあ、滅多に交流など無いし、あちらも我々を嫌っているので、何故月の民が地上に堕ちて来たのか…それは今となっては知ることはできないのですがね」

 

神子がフフッと笑いながらそう言う。

 

「それはそうと、新子よ…。話によれば、お前は傷の治りが普通の人間よりも早まるそうだな」

 

「常に訳じゃあないがな。昨日の一龍齋で発動した能力がまだ残ってるから…」

 

「ふむ。では温泉街の温泉に浸かると言い。特殊な効能で体の悪い箇所を一つ残らず直してくれるはずだぞ」

 

「温泉かぁ…」

 

「いいんじゃない?仕事の前に疲れを取るのも」

 

 

温泉街。今、新子たちが泊まっている宿屋の通りを新都の真ん中の方向へ向かうと行くことができる、その名の通り、旅館や温泉施設などが密集した場所だ。この温泉街の地下は、地霊殿の灼熱地獄跡と繋がっており、常に高熱で満たされている。その熱を利用して、引いてきた水を温め、温泉街を発展させたらしい。その温泉の湯は、外の世界、そして幻想郷など世界中を巡り巡ってきた水なので、不思議な効能がいくつも働いているようだ。

さて、この温泉街にあるとある旅館の休憩所で、ソファーに座る一人の男が居た。

 

「ふぅ~~…」

 

煙草を吸いながらくつろいでいるのは、あの易者だった。彼もまた、先日の事件での体の痛みを取ろうと、温泉街にやってきていたのだ。

休憩所は他人が居なければ喫煙OK。座ると体が沈んでしまうようなソファがいくつも並べられており、不思議な魚が入れられた水槽が壁際に置かれている。

 

「先日はひどい目に遭ったが…ここはやはり良い。休むならば絶好の場所だ。さて、そろそろ風呂の方へ行くとするかな…」

 

易者が腰を上げようとしたとき、とある一行が目に入った。

新子と華扇、そしてマミゾウだ。大きなカウンターに座っている番台に話しかけている。

 

「あいつらも来たのか…」

 

俺もさっさと風呂に浸かって帰るか…。

そう思って立ち上がろうとした時。

 

「お、おっさん!」

 

目が合ってしまった。気付いた新子が手を振っている。

 

「ああ…何だこんな所で…」

 

自分はたった今呼ばれて気が付いた風を装ってそう呟く。新子は自分を指差しながら、後ろに居る連中と何か少しだけ話した。すると、後ろの仙人らしき者がぺこりと頭を下げた。自分も少しだけ会釈する。

 

「…前にあの新子にしてやった占いは、確か”今日明日”…だったかな」

 

 

ずばり、易者がそう自分が行った占いをゆっくりと思い起こしたとき、彼の勘は当たろうとしていた。温泉街の地下、灼熱地獄より物凄い勢いで吹き荒れる熱波によって空けられた自然な洞窟のように入り組んだ空洞では、真っ白い塊が縦横無尽に駆け巡っていた。

これは、外の世界よりやってきた”火光獣(かこうじゅう)”という妖怪である。火山に生える不尽木(ふじんぼく)という木に生息する妖怪だが、ふと何かの手違いのようなものだろうか。この幻想郷の地底世界へと迷い込んでしまったらしい。

火光獣は水が苦手だった。燃え盛る炎の体を消してしまうからだ。高熱の立ち込める地下空洞から、水の大量に沸く地下水路まで来てしまっていた。火光獣は水から逃れるため、上へ上へと進み始めるのだった…。

 

 

 

「はー、露天風呂だ」

 

そう言いながら、新子は腕を伸ばす。

 

「そうじゃな」

 

いつも頭に乗せている葉っぱの代わりにタオルを頭に乗せたマミゾウがそう呟いた。

新子は柵の向こうの景色に目を向ける。天井は遥か高いが、一面が岩盤に覆われ、薄い霧が膜のように覆っている。少し下を見れば、新都の町並み、そしてこの地底世界にも森や湖が多く点在している事が分かる。

 

「おや、皆さんは…」

 

そんな事を考えていた時、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。振り返ると、体にタオルを巻いた聖白蓮が立っていた。その後ろには、前にも一度顔を合わせた事のある門下の妖怪が数名見える。

確か、雲居一輪、寅丸星、村紗水蜜…だったかな。

 

「おお、聖か。偶然じゃのう」

 

「本当に偶然ですね。たまたまみんなで行こうって話になったんです」

 

 

 

「…はぁ」

 

岩の壁の向こう側、男湯側の露天風呂では、同じく温泉へと足を運んでいた星熊勇刃がくつろいでいた。傍らに置かれた酒の瓶をぐいっと飲み干す。

と、その時、壁向こうの女湯の方から楽し気な笑い声が聞こえて来た。新子や華扇の声だろう。他にも何人かいるようだが…。声が聞こえるばかりで、何を話しているのかはぼやけて聞き取れない。

勇刃はふと、頭に華扇の事を思い浮かべる。

 

「星熊殿、悩みかね?」

 

その時、自分が寄りかかっている場所の反対側に、あの易者がいつの間にか居り、同じく湯につかっていた。

 

「誰だ、お前は」

 

「俺は名もない易者。何か悩みがあるようだ、一つ俺が占いで解決の糸口を見出してあげよう」

 

すると、易者はどこからともなく水晶玉と占術で使用する棒を取り出し、湯に浮かべた。

 

「そんなものどこから…」

 

「易者として商売道具を常に持ち歩くのは必然。さァ、まずは君の悩みを教えてもらおう」

 

湯に浮かんでいた棒の一本がひとりでに向きを変え、勇刃を指した。それを見た易者は、口元だけをにやりと曲げてゆっくりと言った。

 

「なるほど…恋愛、か」

 

「な…!何故…」

 

「かーーーッ!最強の鬼、新都の守り手、そうはいえどまだまだ青いもんだねぇ!!安心しろ、この俺は君よりもずっと長く生きている…決して間違った助言はしない…」

 

スススーっと勇刃に近寄り、その肩をバシバシと叩く。

 

「そ、そうなのか…」

 

「どれ、診てやろう…えーと…。お、出てきた出てきた」

 

水晶玉に手をかざしながらそう言う。

 

「本当か!」

 

「ああ、では言うぞ…お」

 

ガタガタガタガタ…

 

「?何だ、揺れてるぞ」

 

その時、周囲がガタガタと揺れ始めた。揺れは細かく、地震などではない。その揺れを感じて、易者は占いの手をとめた。湯がぱしゃぱしゃと跳ね、置いていた酒瓶が倒れてしまう。

 

「一体何なんだ!?」

 

「星熊、見よ!」

 

易者が指差したのは、鬼の様な顔を形どられた、湯が沸いている源泉だった。その鬼の顔が震え、だんだんとひびが入り、広がっていく。そして次の瞬間、鬼の顔は粉々に砕け、中から眩い光を発する塊が勢いよく飛び出してきた。もうもうと立ち込める湯けむりを切り払うようにして、縦横無尽に辺りを駆け回る。

 

「キエエエエエエエ!!」

 

「コイツは…!」

 

泉源の鬼の顔があった位置に、光の塊は降り立った。光がだんだんと弱まり、その正体が見えて来る。

岩に食い込む四肢の爪、燃え盛る炎と融合したような長い体毛、鋭い眼光を放つ顔。その姿は鼠のような獣であったが、人間一人分ほど大きく、その身体の芯は相変わらず白熱して光り輝いていた。

 

「地霊殿から妖獣が脱走したのか…?」

 

勇刃が呟く。

 

「いや、違うな。コイツは幻想郷に存在する妖怪ではない。最近、外の世界からやって来たな」

 

と易者が続ける。

 

「そうか、どちらにせよ捕らえるのみだ」

 

勇刃が火光獣に向かって走り出す。それを、じっと紅い眼光で見つめ返している。勇刃がお湯を足でバシャバシャと飛ばしながら駆け、火光獣に腕を伸ばす。

が、素早くそれを避け、更衣室の屋根の上へと登っていった。火光獣が居た場所には、跳ねた水がかかる。

 

「…奴、今…」

 

「何をしている!は、早く捕まえてよ~~!!」

 

「くっ!」

 

勇刃が動こうとするが、それよりも早く飛び跳ね、石の壁を越えて行った。

 

 

 

そのころ、女湯の新子たち。

 

「今、揺れたな…」

 

「ええ、男湯の方から声が聞こえるわ」

 

勇刃たちと同じように、ただならない気配を感じて立ち上がり、周囲を警戒する。

すると、岩壁の上に、例の火光獣がぴょんと現れた。燃え盛る炎のような体に、揺らめく紅い目が新子たちをじっと見下ろす。その光景は、まるでこの地底の世界に太陽が出来たようだった。

 

「鼠…なのか?」

 

新子の後ろで、一輪がそう呟く。

その時、岩壁の向こう側だが、すぐ近くから声が聞こえた。

 

「ソイツは地底へ迷い込んだ妖怪だ、捕まえてくれ!」

 

「その声は勇刃?」

 

「そうだ、頼む!俺はそちらへ行けない、そこで何としても捕らえてくれ」

 

「キエエエエエエ!」

 

火光獣が金切り声を上げた。その瞬間、目にもとまらぬ速さで飛んだ。ギュオン、と紅い残像を残しながら、当たりを駆け回る。

 

「うお…!」

 

その場にいる全員の一人一人をめがけて、その灼熱の体で体当たりを仕掛ける。新子も華扇も、他の聖たちも避ける一方だ。

 

「ソイツの弱点は、恐らく水だ!温度は関係ないと思う、さっき近寄った時、ソイツは俺ではなく、その時に跳ねた水を避けていた!」

 

「なるほど、炎を消すにはやっぱり水か!」

 

それを聞くと、火光獣に向けて水を飛ばす。しかし、何度やっても、火光獣の速すぎる動きの前には一向に当たる気配が無い。それどころか、さらに速度を速め、より正確に彼女らにぶつかろうとしているのだ。

 

「そんなこと言っても…無理…」

 

そう、本来、火光獣はここまで強くない。単独だと決して他の生き物や妖怪には手を出さないし、ここまで早く動き回ることもできない。しかし、この個体は灼熱地獄の熱を大量に取り込み、妖力に変えることで莫大な熱量と力を手にしていた。目に入った者すべてに襲い掛かる凶暴性を持ち、敵を煽りながら狩りを楽しむ。

限界を超えて燃え上がる炎は、肉体強化の魔法を施した聖白蓮でさえも触れられない程だった。

 

「く…」

 

新子は思っていた。

このちょこまか動きまわる素早い奴に、どうにかして一発食らわして動きを止めてやりてぇ…。そのためには、この熱をものともしない武器…のようなものが必要だな。そうだ…コイツに一発食らわせられる武器…”アレ”みたいな、武器がここに有れば…!

 

新子が底石で足を滑らせ、バランスを崩した。

丁度この時、火光獣が進行方向から直角に向きを変え、新子に迫った。高熱の爪や牙が伸び、新子は目を瞑ろうとする。

 

ゴイイイイン…

 

瞬間、新子は細めていた目の隙間で確かに見た。大きな鉄の棒のような物がどこからともなく飛んできて、この鼠の顔面に直撃した。鐘を叩いた時のような鈍い音がびりびりと響く。

 

「ピギャ…!」

 

火光獣は少し横に吹き飛び、鉄の棒は空中でクルクルと回転し、新子の目の前に立った。新子はここで気付いた。この鉄の棒は、新子が三年前から武器として使ってきた、香霖堂で購入した金属バットだった。

 

「叩き…てぇなぁ~~!!」

 

バットにギョロリとした大きな目が浮かび上がり、ギザギザした口をぱっくりと開け、そう言った。

 

「な…どういうことだ?」

 

「よっ、新子の姉御!ようやく姉御とこうして言葉を交わせる日が来たぜ!」

 

「なるほど…付喪神じゃな」

 

マミゾウが新子に囁いた。

 

「付喪神だって?」

 

「そうさ!俺は付喪神…。姉御、アンタと一緒に色んな奴と戦ううちに、俺の神性ってのが変化していったのさ。そしてさっき俺様を使いたいって願っただろう?それを聞いた俺はようやくこうして完全に覚醒し、ここまですっ飛んで来たって訳さ」

 

付喪神とは、元々は道具に宿る八百万の神の一種である。道具に宿る神は使用者の念を長らく受けると神性が変化し、意志を持ち、時には使用者に牙を剥くこともある。

このバットは、新子が何度も強大な敵との戦闘で武器として使用したことにより、念が蓄えられ、何年か放置していた間にその念が神性を変化させ、幼い付喪神にさせた。その段階では意志が有っても滅多に自分だけで動くこともできなかった。しかし、使用者である新子が危機に陥った時などには彼自身の意志によって動くことができる。地底へ向かう前、紅魔館の近くで破魔師シャムと交戦した時、このバットが独りでに敵に向かって行ったのはこれである。

そして今、完全に付喪神として覚醒し、こうして使用者の元へ駆けつけたのだ。

 

「ギイイイ…!」

 

「おっと、喋ってる暇はねえようだな」

 

火光獣が起き上がり、再び突進の構えを取っているのを見て、新子がバットを持って構えた。

その直後、火光獣は怒りに目を燃やしながら新子目がけて飛びかかった。逆上して、新子以外の者は眼中にないらしい。

 

「もうお前にゃ手こずらねぇよ!行くぜ!」

 

「おう!」

 

思い切りバットを振るうと、火光獣はそれに歯を突き立てて噛みつき、防ごうとする。しかし、金属のバットが突然グニャリと曲がり、巻き付いた。

 

「へへへ、その熱も俺には効かないんだぜ」

 

バットはそう言うと、火光獣ごと温泉の中に飛び込んだ。ジュワアアという炎が聞こえる音が上がり、あたりが蒸気で真っ白になる。

蒸気が収まったころには、真っ黒いチリチリした毛の動物が、温泉から顔を出しているだけだった。

 

 

 

「終わったようだぞ」

 

岩壁に貼りついている易者が勇刃にそう言った。

 

「ああ…」

 




あけましておめでとうございます。どうか今年もよろしくお願いします。

次回、いよいよマガノ国へ…

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