東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~   作:ねっぷう

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第12話 「"freedom" From Hell」

ある時、男は言った。

 

”俺を自由にしてくれないか?”

 

”占術を通じて世界の外側を見たんだ。そうしたら急に妖怪に管理された人間生活が惨めに見えてな。人間を辞めようと思ったんだよ”

 

 

さらにある時、別の男は言った。

 

”お前の自由を奪ってやろう”

 

”魔術を通じて世界の外側を見たんだ。そうしたら急に人間を管理する妖怪生活が羨ましく見えてな。人間を辞めようと思ったんだよ”

 

 

一方は自らの自由を求めて、もう一方は他者の自由を抓む事を目的とした。本を通じてあの世から戻ってこれることを知った二人は妖怪になる術を作り上げて、自ら命を絶った。いつか、妖怪として蘇れる日を待ち望んで。

妖怪になる術とは、回りくどい方法であった。彼が書いた易書は二つのパートに分かれていた。誰でも実践できる作者不明の占術と話術のパート、もう一つは稚拙で子供だましの戯言のパート。戯言の部分を切り捨てて、それ以外を自分が編み出した占術だとして人に見せびらかす奴が現れたとき、嫉妬の心によって彼は復活できるのだ。

しかし…。

己の自由を求めた男は、妖怪として世に放たれる一歩手前で退治されてしまった。復活のカギを握っていた易書も燃やされてしまった。

 

だが、彼は非常に回りくどく、計算高かった。易書は一冊だけではない、二冊存在したのだ。あの世で、彼は二冊目の易書が人の手に渡るのをひたすらに待ち続けた。

そして、一度目の復活から100年ほどの時が経ったとき、ようやく二冊目の易書が人目に付いた。易書を発見したのは、とある邪悪な男だった。男は野望を持っていた。

 

「俺は魔術師だ。しかし、俺の魔術を人間は決して理解せぬ。そんな愚かな人間どもを、占いで弄んでやろうか」

 

男は魔術を嗜んでいた。男自身こそ、心は邪悪であったが、彼の使う魔術は幼稚で子供だましな手品まがいのものばかりだった。

俺を馬鹿にする人間どもにギャフンと言わせてやる。その一心で、男は易書を読み、そこに書かれていた占術を自らのものとして他人に見せるようになった。

 

ある時だった。男の目の前に、妖が現れた。妖は言った。

 

「お前が俺の書いた仙術を自分のモノとしたために、俺は再び冥界より復活した」

 

男はひどく驚いた。しかし、驚いただけだったのだ。元より魔術を嗜むこの男は、目の前に妖が現れようとも余裕を保っていられた。この妖が大した力も持たない”人妖”であると見抜いていたからだ。

 

「占術を通じて世界の外側を見たんだ。そうしたら急に妖怪に管理された人間生活が惨めに見えてな。人間を辞めようと思ったんだよ」

 

男は妖が去り際に言ったその言葉を頼りに、自分の魔術を磨き、やがて自分も同じ手順で妖怪になれる術を作り上げた。そして、男もまた、自らの手で命を絶つのだった…。

 

 

─────────────────────

 

 

 

 

新子は部屋で暇をしていた。何もない畳の上をゴロゴロと転がっても、ベッドの上に立ってみても、退屈はしのげない。マミゾウは早朝からフラフラと出かけ、華扇は勇刃と一緒にどこかへ行ってしまった。

10分ほどこうしていただろうか。重い腰を持ち上げると、新子は部屋を出た。

 

適当に暇をつぶそうと、旅館の前の通りを歩く。周りにはちらほらと妖怪が歩いており、他の宿屋や民家が立ち並んでいる。と、その時、ふと紫色の小さなテントが目に入った。何かやっているのだろうか。そう思い、横目でテントを見ながら前を通ろうとする。

テントの中には、小さな机が置いてあった。机の上には金色の杯と水晶玉が置かれており、杯の中には長い木の棒が何本か入っている。そして、机に奥には、一人の妖怪が座っていた。

袴の上に大きな襟を立てた外套を羽織り、頭には宗匠頭巾。肌は薄い青色か灰色で、目は落ちくぼんで真っ黒、耳がとがっている。それだけで、コイツは妖怪で、ここで占いをしている占い師だと分かった。

 

「やあ、そこのお嬢さん。時間は取らないよ、どこかに行くというなら運勢を占ってあげようかね?」

 

妖怪はそう新子に呼びかけた。新子は怪しいと思いながらも、踏みとどまってしまった。

 

「君は人間かな?それに初めてだろう?初回の客からは代金は取らないようにしてるんだ、ささ、どうかな?」

 

「信ぴょう性はあるんだろうなぁ~?」

 

新子はズカズカとテントに歩み寄り、占い師に顔を近づけて言った。

 

「もちろん」

 

占い師は牙の覗く口を耳のあたりまで裂かせて、不敵な笑みを作るとそう言った。

まあ、タダっていうし、どうせ暇だったから別にいいか…。そう思いながら、机の前に立った。

 

「よし…名前は?」

 

「新子」

 

「新子、ね」

 

「ていうかお前は何者だ」

 

「俺かい?俺は…そうだな、名前は無いが、易者…とでも呼んでもらおうか」

 

「易者…」

 

「いつの運勢を占う?今日か?明日か?」

 

「今日で」

 

易者は水晶玉の上に手をかざし始める。すると、水晶玉が赤、青、黄色と様々な色に変化し始める。そして金色の杯に入っていた棒を取り出し、自分の周囲に並べるように浮かばせる。これには、胡散臭いと思って結構呑気してた新子も、れっきとした占術であると分かった。

さらに、易者の周りを回転するように浮かんでいた木の棒たちが、突然動きを止めた。占い師の目の前で止まった一本の棒は、淡い光を放っていた。それとつかみ取ると、棒をまじまじと見つめる。そして、目にもとまらぬスピードで紙に何かを書き記し始めた。

 

「ふむ…」

 

その紙を見て、顎に手を当てる。

 

「…これから今日明日の間は運のめぐりが最悪となるだろう。想像もしていないことが起こるかもしれないので用心した方がいいぞ」

 

「そ、そうなのか?」

 

どうやら運勢は最悪だったらしい。軽い気持ちで占ってもらったが、これではやらなければよかったと心底思ってしまう。

 

「ま、当たるも八卦、当たらぬも八卦…だがね。信じるか信じないかは君次第だ」

 

「そうだよな、所詮占いだし…」

 

「居たぞ!」

 

その時だった。新子の背後から、荒々しい怒号が聞こえた。新子が振り向くと、そこには顔にガーゼや絆創膏を貼った数人の集団が立ちふさがっていた。

 

「テメェらは…」

 

昨日、裏路地で絡んできた、確か西洋のモンスターのゴロツキ共。確か、エルフとかゴブリンって言ってたっけ?妹紅と一緒にのしてやったはずだが、懲りずにまたやってきた。

 

「今日は藤原妹紅は居ねぇみたいだな」

 

「そうだぜ、昨日の仕返しをたっぷりとさせてもらおうじゃないか」

 

「な、なな何?どゆこと?」

 

易者は目を丸くしてキョロキョロとあたりを見渡している。今の状況が掴めていないらしい。

 

「アンタはそこに居ろ!コイツらはアタシがぶっ飛ばす!」

 

「言ってくれるな本居新子ォ!!」

 

「え…?」

 

ちょっと待てよ…今、何て言った?本居新子…本居…なんだろう、記憶の底に押し込めた思い出が、こう…蘇ってくるような…。アッ!!本居…鈴奈庵、鈴奈庵!!ってことは、この娘…まさか、まさかそんなそんな!!

 

「ヒッエエエエエエ!!」

 

一人驚愕の渦に飲まれる易者をよそに、新子とゴロツキたちは喧嘩を繰り広げていく。新子は敵の腕を掴み、周りの連中と衝突させながら振り回していく。負けじとゴロツキたちも新子に飛びかかるが、首を掴まれ、次々と殴り倒される。

 

「コイツ、強い…!」

 

「だから言ったろ、アタシ一人で十分だったってなァ!!」

 

最後の一人の股間を蹴り上げ、さらに顔面にパンチをお見舞いしてやる。拳が深くめり込み、後ろへ倒れ、物凄い音と共に地面へと叩き伏せられた。

 

「けっ、雑魚共が…」

 

「つ、強い…」

 

その時、新子と易者の耳におかしな音が聞こえて来た。

 

ブオオオオン… ブオオオオン…

 

「…何の音だ?」

 

「あ!新子とやら、気を付けろ!」

 

「え?」

 

易者が新子の背後を指差す。だが、振り向く間もなく、新子の体はドンという大きなを立てながら空高く舞い上がった。新子を突き飛ばしたのは、2メートルほどの機械だった。黒いボディに、前後に付いた大きなタイヤ、上に乗る二人組。

 

「バ、”バイク”か…」

 

易者がテントの影に隠れながらそう呟く。

 

「ヒャッハー!流石にこの一撃は効いたようだなぁ!気を失ってやがるぜ」

 

今のゴロツキの仲間であろうエルフとゴブリンの二人組が、バイクで新子を轢き飛ばしたのだ。二人はバイクから降りると、倒れている他の仲間は無視して新子を担ぎ上げた。そしてそのまま再びバイクに乗り込み、通りの向こうへと走り去った。

 

「な、何だったんだ…」

 

「おい、何の騒ぎだ?」

 

易者の近くに現れたのは、豊聡耳神子の霊廟で暮らす亡霊、蘇我屠自古だった。

 

「あ、ああ…目つきの悪い人間がゴロツキに連れていかれてな…」

 

「何だって!?そいつは本居新子って奴か!?」

 

「そうだが…」

 

「どうしたのだ?二人とも」

 

その時、物部布都が団子の串を持ちながら歩いてきた。

 

「まずいことになったぞ、本居新子があの連中に誘拐された」

 

「なんと!!それではまず、華扇殿とマミゾウ殿に知らせなければ!」

 

布都は真っ先にその場を走り去った。

 

「お前も来い、目撃者だろ!」

 

「ちょ、えっ!?」

 

屠自古は易者の腕を掴み、布都を追いかけて行った。

 

 

 

新都極西街、通称”モンスターストリート”。新都の西部のさらに端っこにある、入り組んだ通りで、ここには多くのゴブリンやエルフのならず者が住むことから、モンスターストリートと呼ばれている。何も知らない者が入れば迷ってしまうのは確実で、そうなればならず者の餌食になってしまう。たまに妹紅がフラフラと見張っているようだが、今日は居ないらしい…。

 

モンスターストリートの一角に、ある住宅があった。そこの庭に先ほどのバイクが停められた。二人組のゴロツキはバイクから降り、気を失っている新子を担いで住宅へと入っていった。

 

「親分!連れてきましたぜ!」

 

「親分…一龍齋親分!!」

 

二人組がそう呼ぶと、スーッと部屋のふすまが開いた。ふすまの先は真っ暗で、何も見えない。しかし、暗闇の中に光る二つの白い目が、そこに何かが居ることを現していた。

 

「…誰?」

 

そう言いながら、光の主は部屋から現れた。肌は薄い灰色で、落ち窪んだ真っ黒な目には、点のように小さな白い瞳があるだけだ。口は裂けたように大きく、牙が口の端から覗いている。

 

「昨日の奴っす!あの妹紅と一緒に俺らボコしたっていう…」

 

「かかか、そうかそうか!」

 

現れたこの男は妖怪だった。太った巨体に、見たところ新子よりもずっと背も高い。

 

「おい、起きろ」

 

一龍齋と呼ばれた男は床に倒れる新子の肩を手で叩いた。すると新子はゆっくりと目を開け、男の顔を見た。

 

「大丈夫か?立てるのか?」

 

新子が慌てて立ち上がろうとすると、突然新子の後頭部に衝撃が走った。再び顔を床に押し付ける羽目になってしまう。

 

「ワシは立てるかって聞いただけだぞ!!誰が立っていいって?」

 

「ぐっ…テメ…」

 

一龍齋が新子の頭を踏みつけたのだ。床に押し付け、グリグリと力を込める。まださっきの痛みが残る新子は思うように抵抗できず、ただされるがままだった。

 

「お前の自由を奪ってやろう。魔術を通じて世界の外側を見たんだ。そうしたら急に人間を管理する妖怪生活が羨ましく見えてな。人間を辞めようと思ったんだよ」

 

「な、何を言ってやがる…ッ」

 

「ま、お前はいろいろと使えそうだ。しばらくは殺しはせんよ」

 

 

 

「何だ、二人とも居ないのか!?」

 

新子たちが泊まっている宿屋の部屋までたどり着いた屠自古、布都、そして易者。

 

「くそ…太子様と八坂も隣の都…勇刃も一緒にどっか行った…」

 

「じゃがモタモタしてはおれんぞ。我々だけで新子を救いに行こうぞ」

 

バタバタと走っていく二人を黙って追いながら、易者は考えていた。

はぁ~、面倒なことに巻き込まれちゃったな~。今日は俺の運勢も最悪だったようだな。ある意味で、俺の妖怪としての人生が始まった場所との因縁も続いていたようだし、これから行くのはあのゴロツキ共のアジトって訳か…。

 

 

「ここじゃな!極西部、”モンスターストリート”!!」

 

「なるほど、名前に違わない場所だな」

 

三人を出迎えたのは、どこからともなく現れたならず者の集団だった。ざっと100人くらいは居そうだ。手に武器を持っている者も多くいる。

 

「…当たるも八卦、当たらぬも八卦…あそこの路地に入ればおのずとあの娘のもとへたどり着けると出た」

 

手で占いの棒を広げた易者がそう呟いた。

 

「しかし…この数だ、あそこに入れるかが問題だな」

 

「やっちまえええええ!ヒャッハアアアアアア!!」

 

一斉に三人に向けて飛びかかろうとするゴロツキ集団。

 

「こうなれば仕方ない…我々が活路を開く!易者殿は先に!」

 

術を使い、エルフたちを弾き飛ばしながら布都がそう言った。

 

「お、俺がか!?」

 

「そうじゃ!お主ならば、占術で正しい道も導き出せるだろう!」

 

「む~~~、ならば仕方ない、俺が行こう!」

 

ハァ~~~嫌だなぁ~~~~~!

 

「頼んだぞ!」

 

易者は布都と屠自古が開けた道を通り、自身の仙術を頼りに新子の場所を探した。時々火炎瓶や爆弾も投げ込まれ、そのたびにギリギリで回避しながら路地裏を駆け抜けていく。

爆発によってモンスターストリートの建物にも火が燃え移り、どんどん広がり、とんでもない騒ぎになろうとしていた。

 

「…当たるも八卦~…、見えた!あの建物か!」

 

占術が示したのは、なんの変哲もないただの民家だった。しかし、庭に停められたバイク…間違いない、ここに新子は居る!

易者は走りながらその民家の敷地へ近づく。その瞬間、易者の肩に大きなナイフが突き刺さった。

 

「ぬぐ!?」

 

「ケケケ、誰だか知らんが、この家にゃ入らせねぇ!」

 

「そうだぜ、あの女は、俺達の一龍齋親分が新都を支配するのに必要なんでなァ!!」

 

一龍齋…?どっかで聞いたことが有るような…?

易者が痛みにうずくまっている間に、さらに現れたゴロツキたちがざっと囲っていた。易者もさすがにヤバいと思い、再び仙術の道具に手を触れる。だがその時、一人が易者の顔を蹴りつけた。それを皮切りにゴロツキたちが易者を殴っては蹴り、痛めつけていく。

 

 

 

「ワシは、自由に楽しそうにしてる奴らが許せんのだ。よほど人間だった時に他人に恨みが有ったと見える」

 

「何言ってやがる…」

 

「草木から鼠の一匹まで、全てワシのものにしてやる。もうワシを蔑んだ愚かな他の妖怪共には自由すら与えん!そう思っていた時、お前が現れた。お前の能力は、ワシが全てを握りマガノ国をも退けるトリガーとなるやもしれん。どれ…」

 

一龍齋は壁に縄で磔にされた新子にゆっくりと近づいた。新子が着ていたシャツを掴み、一気に破り取る。

 

「テメ!何をする…うわあああああああ!」

 

「調べさせてもらうよぉ…お前の体とその能力…」

 

新子の下着に手をかけ、もう片手の指を首には這わせ、ギリギリと締め付けていく。一龍齋の白く光る小さな瞳が輝きを増し、新子の目の色が薄くなっていく。

新子の意識も遠くなってきた。真っ暗な視界に、怪しく二つの光がぼうっと浮かんでいるだけだ。その光もやがて大きくなり、ぼやけて来る。だが、もう二つ、光が浮かんだぞ。近づいてくる…?

 

「ハァ…ハァ…」

 

「…ぬ?」

 

肩を触られた一龍齋が振り向くと、そこに居たのは、やせた顔の男だった。目や頭からは血が流れだし、帽子はボロボロに破れ、長い髪の毛が肩のあたりまで下がっている。

 

「あ!易者!!」

 

「何…?」

 

「なぁおっさん…久々に見る人間だったんで、興奮したのかい?でもいけないねぇ…その娘に何かあったら、俺が責められる。だから、大人しく去ってくれ、一龍齋」

 

「言うな、誰とも知らぬ男よ」

 

「俺は易者。昔、占術を通じて世界の外側を見たんだ。そうしたら急に妖怪に管理された人間生活が惨めに見えてな。人間を辞めようと思ったんだよ」

 

「奇遇だな。ワシも昔、魔術を通じて世界の外側を見たんだ。そうしたら急に人間を管理する妖怪生活が羨ましく見えてな。人間を辞めようと思ったんだよ」

 

やっぱり。この一龍齋、200年前…俺が書いた二冊目の易書を使って俺を地獄から復活させたあの魔術師か!

あそこで復活してから俺は周りに流されてこの地底世界へとやって来たが…。まさかコイツも俺と同じ術を組んで人間を辞めていたとは…。

 

「また会ったな」

 

「は?」

 

人間だったころの記憶は無くなっている。当然だ、ただ易書を読んで占術を見様見真似で覚えただけの奴が組んだ術、不完全に決まっている。俺は自由を求めて妖怪になった…それを忘れないように記憶も引き継げるようにしたが、コイツはそれをやっていない。きっと悪人だったのだろうな…その時の思想が色濃く反映されている。

 

「新子、俺が時間を稼ぐ。その隙に何とかして逃げるのだ」

 

「はっはぁ…お前がこの一龍齋とやるというのか」

 

「あ、ああ…」

 

新子が縄を解こうと手を動かし始める。

しかし…その瞬間、易者は一龍齋が放ったパンチによって、一撃で叩き伏せられていた。

 

「が…こんなはずでは…」

 

「がはははは!!こんなヒョロ男がこの一龍齋に敵う訳が無かろう!」

 

大きな足で易者を踏みつける。

 

「易者!」

 

新子の呼びかけに答えようと易者が起き上がろうとするが、さらに腹を蹴られる。

 

「人間よ…コイツでは無理だ。こんな甘ちゃん野郎…妖怪モドキが。お仲間はちゃんと選ぶべきだねぇ」

 

まただ!何だよ、俺は自由になりたかっただけなのに…何でそんな事を言われなくちゃならないんだ。昔もそうだ、周りから外され、俺の意見など聞いてもらえずに…。妖怪になった直後だってそうだ…俺の話の真意も聞かず、博麗の巫女め、俺を殺してくれちゃって…

やはり俺は、妖怪になるべきでは無かっ…

 

「妖怪モドキだって?だからいいんじゃねぇか…」

 

「え…?」

 

「妖怪なのか人間なのかわかんねぇ…どっちつかずの”訳の分からねぇ”奴がいてもいいじゃねぇか…」

 

新子が一龍齋を睨みつけながらそう言った。

 

「人間が…!」

 

一龍齋は未だ縛られている新子の元へと近寄り、その顔を殴りつけた。鼻血が飛び、床に垂れる。しかし、新子の目は俄然一龍齋を睨みつけたままだった。

それに怒りを覚えた一龍齋は、さらに何度も新子を殴り続ける。

 

俺は…まだ人間らしさを捨てきれていないらしい。人間を辞めて300年は経つというのに…。だが、俺に時間はまだまだある。これから強くなればいい…そうだ、もっと強くなれる!

 

ザク

 

「…あぁん?」

 

一龍齋が自分の背中に違和感を感じて振り返ると、その背中に五本のナイフのようなものが刺さっていた。いや、それはナイフではない…

 

「テメェの爪か…!」

 

易者がナイフのように長く、鋭くなった爪で一龍齋の背中を一突きにしたのだ。しかし、一龍齋の太った身体を、その爪で貫くことはできなかった。

巨体から繰り出される強烈な肘打ちが易者の腹をとらえた。易者はあまりの衝撃に吹っ飛び、木製の壁に激突してしまう。

 

「ガハッ…!ウ…」

 

「はいワシの勝ちー♪」

 

狂気さえも感じられる化け物染みた表情で易者を見下ろす一龍齋。

 

「弱いんだよテメーは!なんでだ?なんでワシと同じ、元は人間だというのに…こうまで違う?そりゃテメーに妖怪の才能がねぇからだ!そう言う奴は落ちこぼれっていうんだ…死ぬんだよ、テメーは」

 

「じょ、冗談ではない…今死ぬわけにはいかないのだ!もう二回も死んでるんだ俺は…。邪魔をするな!」

 

易者はフラフラと立ち上がった。

 

「俺はやらなくてはならない。新子を助け出す、それが俺に課せられたことだ」

 

「そうかぁ、じゃあ本当に死にな。天国へ行けると良いな!」

 

「俺はやらなくてはならない。新子を助け出す、それが俺に…」

 

「やかましいなテメーは!壊れたおもちゃか!早く死ぬか、ワシに敬服しろ…」

 

「死ねと言われると死にたくなくなるのが人間だ…。俺が弱いから…貴様のような奴の勝手な都合で人生は狂っていく。下位の者は上位へへりくだり、搾取されそれが繰り返される。いつになっても…。だから俺は人間を辞めたんだ!自由に成る為だ!!貴様のような調子乗ったクズ共に負けない為だ!!」

 

「な、何ィ…乗ってなどいるものか…」

 

「いや乗ってる、ノリノリだ。寺子屋に居たいじめっこにそっくりだ」

 

「ダマレ!!」

 

一龍齋の全力を込めたパンチが、易者の顔面にめり込んだ。

 

「それが真実だ。お前と俺は人間を辞めた…それは真実だ。真実は一つしかない。だが、見る者によって真実とはいろいろな見方がある。今のように、お前が調子に乗っていないと思っても、俺は調子に乗ってると思う。人間を辞めたという結果は同じでも、俺とお前では動機が違う。他人の自由を奪う為と、己の自由を手にするため…」

 

「何を言って…!?」

 

その時、天井の梁の一本がガランと崩れ落ちた。同時に、部屋に舞う火の粉…。梁は燃えていた。天井にも炎が湧き、箸から燃え移った炎が壁や床にも広がっていく。易者がここまで来る途中にならず者たちが投げた火炎瓶などの火がここまで到達してきたのだ。

 

「くっ…!」

 

新子は横目で、降りかかった火の粉が上手く縄についてくれたのを見ていた。もう少しで、縄が千切れるかもしれない。

 

「うおおおお!」

 

易者が、炎に狼狽える一龍齋に飛びかかり、その頬を思いきり殴った。勢いでぐらついた隙を見て、一気に床へ押し倒し、馬乗りになって顔を殴り続ける。

 

「ぐはぁ…ワシは貴様らが許せん…自由を求めるだと?がはは…愚か者共め、ワシがお前の自由を奪ってやる!ワシは人間を支配する妖怪に憧れて人間を辞めたのだ!」

 

一龍齋はすぐさま易者を跳ね除けて起き上がり、易者の脚を掴み、壁へ叩きつけた。

しかしその時、新子がようやく燃えた縄から脱出し、床へ降り立った。

 

「それが違うんだよ…。易者のおっさんは他に迷惑なんてかけてねぇ…正直、妖怪になろうがどうでもいいよ。だけど、テメェは許せねぇ!」

 

新子は右腕を上へ掲げた。すると、一龍齋のどす黒い妖気に反応して高まった新子の霊力が腕に集中していく。そして、右こぶしが眩いばかりの青い光を放ち始めた。

そして、青い霊力を纏った拳を振るい、一龍齋の胸を殴り抜けた。

 

「易者、アンタ意外と芯があるじゃないか。…『リベリオントリガー』!!」

 

新子の強力な一撃が直撃した一龍齋は口から血を吐き、全身からも妖気の混ざった血を吹き出しながら吹っ飛んだ。天井から落ちていた梁に激突し、燃え盛る炎の中に落ちていった。

 

「クソ…この傷じゃ、アタシ達も逃げられねぇ…。やっぱり、アンタの占いは当たったな」

 

「そうだろう…俺の由緒正しい占術だ。俺の運も悪かったよ、こんな事に巻き込まれるとは」

 

二人とも、満身創痍だった。二人は火のついていない壁にゆっくりと寄りかかった。傷だらけで、もう歩くこともできない。焼け死ぬのを待つだけだろう。

 

ドン ドン ドン

 

何かを叩くような音が聞こえたと思ったその時、燃える天井が吹き飛んだ。何かと思って上を見ると、無数の顔が覗きこんでいた。

 

「新子!」

 

華扇の声だ。華扇が腕の包帯をこちらへ伸ばしている。新子が包帯を掴むと、華扇はゆっくりと新子の体を引き上げた。引き上げられるとき、黒い煙をいっぱいに吸ってしまい、大きくせき込んだ。涙も出て来る。

 

「あの易者は…」

 

新子が穴に目をやると、易者を抱えた布都が穴の中から飛び出してきた。同じくせき込む易者を隣に寝かせる。ここは一龍齋の家の屋根の上だ。ふと下を見ると、妹紅や勇刃もそこに居り、手錠をかけられたならず者たちも俯いてそこに座っていた。

 

「まずい、この家も崩れるわ。早く離れましょう」

 

新子は華扇におぶられ、その場を後にした。真っ赤に燃える一龍齋の家がガラガラと音を立てて炎に飲み込まれるのが、ぼんやりと見えていた。

 

 

 

「かはは…」

 

一龍齋は、がれきの隙間に倒れながら、自分に炎が燃え移っていくのを小さく笑いながら見ていた。

 

「ふぅ…そうか、思い出した、思い出したぞ。あの易者…かはは、そうか、あの時のか。ワシに妖怪になる術を教え、ワシに第二の人生を与えた、あの時の妖怪か。だが、お前によって第二の人生も終わるとは…」

 

その時、炎の塊と崩れた天井が一龍齋に覆いかぶさった。

ワシは間違っていたのか?そうだ、間違っていた。ワシは間違った事の”黒”の中にいる。しかし、同じ方法で同じ妖怪になったアイツは、正しい”白”の中に居た。この世の不条理に抗って自由を手にするのか、不条理に属することによって自由と成るのか…。

 

「さらばだ」

 

この日、一龍齋という男は、炎の中で、その身を滅ぼした。

 

 




易者をかっこよく目立たせたかった…

この小説の大きなテーマは「魔に抗う」。そして易者と一龍齋、妖怪になった方法は同じでもその動機は正反対。易者もまた新子たちと同じく、魔に抗う側に置いてみたかったんです

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