東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~   作:ねっぷう

42 / 67
第8話 「新地獄街道を行く」

ついにマガノ国の支配から解放された幻想郷。しかし、再び魔の手が忍び寄るのも時間の問題だ。

本居新子、茨木華扇、そして二ッ岩マミゾウの三人は、マガノ国に囚われた人間と妖怪を救い出すため、新たなる旅へと出るのだった。

 

道中、幽霊となっていた鬼人正邪を仲間に加え、新レジスタンスを結成した新子たち。新レジスタンスは、打ち出の小槌を求め、いよいよ地底世界へと足を踏み入れるのだった。

 

─────────────────────

 

 

第8話 「新地獄街道を行く」

 

「う、う~ん…」

 

新子が、ぼやける視界の中、目を覚ました。明るい部屋で、ミントのような香りが漂っている。

 

「起きたのね」

 

「いてて…」

 

「すまんな、さっきは」

 

「あ、お前…」

 

新子が寝かされていたベッドの少し向こうで、勇刃が座り込んでいた。その横に華扇とマミゾウがいる。

 

「ここは俺の家だ。お前の強さを認め、新都へ入ることを許可した」

 

「負けたのにか?」

 

「勝ち負けが問題じゃない。俺が認めればいいんだ。まあ、戦ったのが君で良かったと思う…後の二人だったら、きっとムキになって、こっちもただじゃすまなかったと思うから」

 

「どういう意味だコラ」

 

「ねぇ、さっきから新都って言ってるけど、ここは旧都じゃないの?」

 

華扇が勇刃に尋ねた。

 

「前は旧都だった。だが時代は移り変わっていくもの…常に新しいモノを求めるが、古いモノは消えない…新しいモノの礎となり、その中で生き続けるのだ。…それが、母がいつも言っていたこと」

 

「その貴方のお母さんって…星熊勇儀でしょ?いないのかしら?」

 

勇刃はそれを聞いたとたん、目線を下に落とした。黒い瞳が、より深く沈んだようだ。

 

「そうか、母さんの知り合いらしいな。なら知ってるとは思うが、母さんは昔、山の四天王の一人でな…とても強かった。幼かった俺の憧れでもあった。だが…あの事件が起こった」

 

180年前。突如として起こった幻想郷の荒廃に耐えかねた地上の住民たちが、この地底へと流れ込んできた。当時は、俺たち鬼が地底を支配していた。元から地底には地上からやって来た妖怪も多かったし、まだ余裕が有ったから、率先して受け入れた。

鬼たちは、そこで初めて、噂に聞くマガノ国の力を知らされたんだ。地上でマガノ軍との戦争が有った事を聞いた鬼は、嬉々として軍隊を編成した。鬼を主力とした、強襲部隊だ。地上の仇を取るとの名目で、マガノ国へと乗り込んだ。

丁度、俺が物心ついたころだった。勿論、母さんも闘いに行った。残されたのは、俺達子供の鬼や、戦えない老いた鬼だけだ。戦いに勝たなくてもいい、生きて帰って来てくれるだけでいい。他の鬼と比べて内気だった俺は、ただひたすらにそう願っていた。

しかし、誰も一人として、帰っては来なかった。

 

俺は、ただ母さんの能力を継いでいただけなんだ。ただ強いというだけで、新都の守り手を任された。もしも地上からマガノ国が攻めてきた時の為に。

 

「俺は戦いが好きではない。臆病なんだ。『私と違ってお前は優しい、人の迷惑とか気持ちをよく理解できる』ってよく母さんに褒められたよ。だから、お前たちが来た時も、ずっと怖くて震えてた…昔会ったことのある強い鬼たちを真似してあんな態度だったんだが…。だからさっき、戦うのが君でよかった、って言ったんだ」

 

「…そんな事が…」

 

「それと、お前たちはさっき、レジスタンスと言ったな。まさか地上のレジスタンスの残党か?レジスタンスは、その30年後、地底で再編成され鬼の後を追うようにマガノ国へ行った。彼らも帰っては来なかったんだ」

 

「だが、私は帰ってきた」

 

新子の頭の後ろから、正邪がふわふわと現れた。

 

「お前は…!」

 

「私は鬼人正邪…第二次マガノ国強襲軍、旗艦長はこうして舞い戻ったぞ」

 

「驚いた…俺の記憶にある鬼人正邪とは、随分変わっているが…」

 

「それはそうだろうな、色々あったから」

 

「もっとこう、天邪鬼と言えば人の神経を逆撫でするというか…」

 

「もしよければ天邪鬼してやろうか?」

 

「いや、それはいい…」

 

「あ、そうだ。そういえば、マガノ国へ行くのに打ち出の小槌が必要だとか言っていたな。…本気か?」

 

三人は顔を見合わせた。どうする、本当の事を言ってしまうか?この勇刃は、信用に値する。だが、この情報が地底に漏れれば、どうなるか分からない。

 

「…いいでしょう、私たちの目的は、さっきも言った通り、マガノ国へ乗り込み、打ち出の小槌を使って囚われの人間や妖怪を幻想郷へと連れ戻す事。打ち出の小槌は、ずっと前に鬼に返されたと聞くわ。渡せとまでは言わないわ、少しだけ貸してくれるだけでもいいの」

 

勇刃の表情が再びこわばった。マガノ国、自分の母親が向かい、そして帰らなかった場所。

 

「本気、のようだな。いいだろう、俺についてこい。小槌を貸してくれるよう、話を付けてやる」

 

 

三人と正邪は、勇刃の家を出て、新地獄街道を歩いた。新子にとっては、この町並みそのものが新鮮だった。色鮮やかな繁華街、そこに並ぶ見たこともない食べ物。角のある妖怪、腕が何本もある妖怪、一つ目の妖怪。様々な妖怪が珍しげに新子を眺めている。

 

「勇刃、ソイツどうしたァ?」

 

「まさか、モテないからって人間の女に手ぇ出すってのか?」

 

「いや、そうではない」

 

茶々を入れる妖怪たちを軽くあしらっていく勇刃。

 

「悪い奴らじゃないんだ。歳は俺とほぼ一緒…皆、親とか家族に取り残された幼子がそのまま成長したんだ。彼らが旧都を新都へ変えた。母さんの言っていた通り、時代は移り変わる」

 

と、その時、ふと勇刃が立ち止まった。横には巨大な門が開け放たれている。門の奥には、大きな寺と仏像があり、威厳を醸し出している。

 

「地底の街に寺があるとは驚きだ」

 

「…ここはまさか」

 

「こんにちわ」

 

門の前で掃き掃除をしていた尼さんが勇刃へ挨拶をした。

 

「あら、貴方たち…!」

 

新子たちの姿を見るなり、頭にかぶっていた白い布を外す。すると、紫と金のグラデーションのかかったような長い髪が、ぶわっと広がる。袈裟の裾を持ち上げ、こちらへ走ってくる。

 

「茨木華扇に、二ッ岩マミゾウでしょ!?」

 

「そういうお前さんは…聖白蓮か!?」

 

マミゾウの手を握った女性は、驚きを隠せない表情で興奮気味に話している。

 

「知り合いか?」

 

「いや、ああ…古い知人じゃな…」

 

「おや、貴女は確か…」

 

その時、背後からも声が聞こえた。振り向くと、別の女性がこちらに歩いてきていた。ここで気付いたが、この寺の反対側に、何やら神々しい建物が聳えている。門が開いているので、この人はここから出て来たのだろうか。

 

「これはこれは…山の仙人様では?お久しぶりでございますな」

 

動物の耳かと見まがうほど二つに尖った薄い茶色の髪に、「和」という文字の入った耳当てをしている。紫色のスカートに、クリーム色の服、その上から青いマントを羽織っている。

 

「華扇、お前の知り合いか?」

 

「ま、まあ…」

 

「あ、お前はマミゾウ!」

 

「あ、貴女は山の仙人殿!」

 

マミゾウや華扇の知り合いと思わしき人たちが続々と群がってくる。ざっと十人以上は居るぞ。沢山の女性の波にのまれた勇刃が居心地の悪そうな顔で新子に助けを求めている。

 

「こりゃ一体…どうなってんだ~!?」

 

 

 

「いやぁ、どうもすみません。懐かしい顔で、ビックリしてしまいまして…」

 

ここは、新都の集会場らしい。だが集会場とは名ばかりで、大体毎晩酒好きの妖怪や、騒ぎ好きの妖怪が集まって宴会を開いているそうな。そして、今は夜らしい。そういえば、ここへ通じる穴に入った時は午後くらいだったか。多分、地上も夜なのだろうか。アタシ達は流れに飲まれて、その宴会とやらに参加させられていた。

この美人の尼さんは、聖白蓮というらしい。何でも、地上から寺と門下ごと引っ越してきたとか。それで、さっきのトンガリ髪の人は、聖さんの「命蓮寺」の向かい側の霊廟に住む仙人だと。名前は言いにくいけど豊聡耳神子。隣に居る物部布都、蘇我屠自古っていう人たちも一緒に暮らしてるらしい。

 

「全くだ。私たちがこの地底へ引越してから200年近くたつけど…ここで顔を見ない者はすっかり死んでしまった者だと…」

 

「だが、久々の地上からの客だ…今宵はパーッと歓迎してやろうじゃないか」

 

新子たちの席の杯には酒が並々とつがれた。華扇とマミゾウは、古くの仲間たちと談笑しながら、豪華な料理と酒を楽しんでいる。

 

「どうした人間、飲まないのかい?」

 

そう言っているのは、確か…そう、八坂神奈子。昔、妖怪の山にあった守矢神社の神様らしいのだが、今は神社と近くに有った湖ごと地底へやって来たらしい。

 

「まぁ、今日くらいはいいか…」

 

酒はあまり好きではない、嗜む程度だが…今日はいつもより飲んでもいいだろう…。そういえば、妖怪の酒って人間が飲んでも大丈夫なのだろうか?と、そんな事を考えながらぐいっと飲み込む。すると、案の定、一瞬だけ頭がくらっとした。やっぱり、いつも飲んでるのよりも大分強い気がする。

あれ…そういえば、何をしようとしていたんだっけ…?

 

「それにしても、どっちかといえば人間とかを大切にしてた貴方たちがこの地底へやって来るなど、不思議に思うのですが…」

 

華扇が徐に聞いた。それを聞いた神奈子、神子、聖白蓮は静まり返る。

 

「…仕方が無かったんだ…。折角マガノ国を追い払ったというのに、あの様だった…。私は神…信仰が無ければこの身も滅んでしまう。当時のマガノ軍によって人間の里から守矢神社への道は封鎖され、人間をあてにすることはできなくなった。だから、妖怪からの信仰を求めて地底へ逃げたのだ」

 

神奈子が静かに言う。

 

「私も同様ですね」

 

と、神子が呟いた。

 

「私は…救うべきは妖怪と判断したから。見ていれば、どうやらマガノ国の狙いは妖怪だけだった様子だから…」

 

他の者たちも黙り込んでいる。

 

「申し訳ないとは思っている。私や神子は、人間を救い、希望を与える立場でありながら、人間を見捨て、幻想郷を見捨て、この地底へみすみす逃げ込んだ…」

 

「だが、今度は彼女らが希望と成るかもしれないぞ、八坂殿」

 

勇刃がそう言った。神奈子たちはハッとしたように新子たちを見つめる。

 

「まずは話を聞いてみるといい」

 

「あ、ああ…アタシが話そう。まずどこから話せばいいのか…」

 

新子は、神奈子たちに全てを話した。幻想郷の荒廃の原因が禍王の”四人の歌姫計画”であり、それを阻止した事。今は幻想郷に結界が張ってありマガノ国の侵入を防いでいるが、それが破られるのも時間の問題。それを防ぐため、マガノ国へ連れ去られた人間と妖怪を救い出す事。

 

「─…で、それをやるためには、打ち出の小槌っていう道具が必要なんだ。地底にあると聞いてやってきた、って訳だ」

 

「そうだったのか…」

 

神奈子たちは話を聞いた後、静かにそう言った。自分たちが地底へ逃げた原因は潰され、今、幻想郷は元の美しい大地へ戻っている。

 

「しかし、地底と地上には、古から結ばれる条約があるのです」

 

「そうなのだ。地上の妖怪による、地底への不可侵。昔、私たちはこれを破って地底へ来た。だが、それには代償が有った…。その代償とは、今度は地底から地上へは出ることができないというものだ」

 

「その古の条約があるから、私たちはもう地上へ出ることは許されない。これは、地上を…幻想郷を見捨てた我々へ課せられた罰なのです」

 

新子も、その場の全員が黙り込んでしまった。

何か言おうとした、その時だった。

 

「おうおうおう!聞いてりゃ辛気臭い話続けやがって!酒の席に招待したのはテメェらじゃねぇか!!」

 

「あ、お前また…!!」

 

新子の背後から、また正邪が声を似せてそう叫んだ。全員の視線が新子に集中する。慌てて説明しようとするが、背後に居る正邪の声はさらに続ける。

 

「古い条約が何だってんだ?古いモノは新しいモノの礎となって滅びる…それこそが、新都じゃなかったのか!?アタシ達”新レジスタンス”は、そうだって聞いたぜ」

 

「新…レジスタンスだって…?」

 

神奈子が驚きながらそう呟く。

 

「その通り!新たに結成されたこのレジスタンス、古いモノにゃ縛られねぇ!条約なんて蹴っ飛ばしちまうんだよ」

 

「蹴っ飛ばすって言っても、どうやって…?」

 

「打ち出の小槌を使う!小槌ならば、その条約とやらも解除できるはずだ」

 

「小槌…それは考えた事が無かったな!」

 

と、神子。

 

「そうだ、だから、我々に打ち出の小槌を貸してくれ」

 

新子の背後から正邪が姿を現す。その姿を見た神奈子たちは、一斉に驚愕の渦に飲まれた。

 

「お前は…!天邪鬼の鬼人正邪…!」

 

「私はこの通り、魂だけの姿となったが、舞い戻ったぞ。これもコイツ等のおかげなんだ。コイツ等に不可能なことはない。だから…小槌を貸してほしい」

 

「そうか、そうだったのか…。この私、八坂神奈子はずっと後悔していたのだ。この地底から妖怪軍を送り出したとき、自らは決して戦いへ出向かなかった。怖れていたのだ、新しいモノを…「禍」を怖がっていた。だからこそ、私は他の者に、戦いを押し付けた。それがずっと気がかりだった…。しかし、今一度…何かを信じるのも良いかも知れない。皆の衆、この者たちに我々の明日を預けてみようではないか!」

 

神奈子の激の後、数秒の間を置いて、会場から喝采が上がった。豊聡耳神子や聖白蓮、彼女らについている者や、会場に来ていた数多の妖怪。彼らが声を上げ、新レジスタンスに希望を託している。

 

「よかろう、打ち出の小槌、お前たちに貸してやろう」

 

「本当か!?」

 

「ああ。小槌は、この新都の中心、地霊殿という場所に保管されている。今晩中に地霊殿にこの私が貸し出しを許可したうまを伝えておく。疲れているだろう、今日はゆっくり休んで、明日に地霊殿に行くといい」

 

「感謝するぞ!」

 

マミゾウが神子や聖の手を握っている。華扇はゆっくりと新子の肩に手を置き、正邪は腕を組んで目を瞑り、ゆっくりと頷いている。打ち出の小槌は手に入れた。これで、後はマガノ国への突入と、民たちの奪還だ。

 

「さあ、そうと決まれば、今日は飲み交わそうじゃないか!新たな英雄と旧友へ乾杯だ」

 

 

─────────────────────

 

<登場用語・人物紹介3>

 

・バン

バン隊という憲兵団の小隊に所属していた、元女憲兵。今は禍王の支配から解放され、河童と共に妖怪の山で暮らしている。

 

・河城にとり

妖怪の山に住む河童の一人。新子たちを最も信頼する妖怪の一人で、たびたび旅で訪れる華扇とは仲がいい。

 

・ツムグ

新子の昔からの知り合い。自営業の食堂の手伝いをしている。噂では、里で唯一タイマンで新子を叩きのめした男らしい…。

 

・星熊勇刃

星熊勇儀の実の息子。母親の能力、「怪力乱神を持つ程度の能力」を受け継いでいるが、精神、実力ともに鬼としてはまだ未熟。しかし、現在の地底では五本の指に入る強さを誇り、新都の守り手を任されている。本人は戦いはあまり好きではないらしい。

 

・八坂神奈子

かつて妖怪の山の守矢神社の神様だった。しかし、マガノ国軍によって守矢神社への道を封鎖され、人間から信仰を得ることが難しくなったため、地底へとやって来た。

 

・豊聡耳神子

太古より蘇った尸解仙。マガノ国からの攻撃に耐えかねて従者と共に霊廟ごと地底へとやって来た。

 

・聖白蓮

命蓮寺の住職。多くの妖怪を救うため、寺ごと門下の妖怪と共に地底へとやって来た。

 

・第一次マガノ国襲撃

地底の鬼たちが大部隊を編成し、マガノ国へ強襲を仕掛けた。戦えない子供や年寄りの鬼は老いていかれ、成長した子供が今の新都を作り上げた。

 

・第二次マガノ国襲撃

鬼たちの後、残された妖怪たちが大軍勢を率いてマガノ国へ強襲を仕掛けた。妖怪たちは兵器や武器を大量に投入したが、負けてしまった。鬼人正邪が軍の旗艦長を務めていた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。