東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~ 作:ねっぷう
ついにマガノ国の支配から解放された幻想郷。しかし、再び魔の手が忍び寄るのも時間の問題だ。
本居新子、茨木華扇、そして二ッ岩マミゾウの三人は、マガノ国に囚われた人間と妖怪を救い出すため、新たなる旅へと出るのだった。
道中、幽霊となっていた鬼人正邪を仲間に加え、新レジスタンスを結成した新子たち。新レジスタンスは、打ち出の小槌を求め、いよいよ地底世界へと足を踏み入れるのだった。
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第7話 「語られし怪力の末裔」
「しかし、正邪や。お主は今や霊体の身…。新子を呼ぶことしかできなかったことから、そこから移動できないと見える。どうやって同行するつもりじゃ?」
マミゾウがふと正邪に質問を投げかけた。正邪は半透明の煙状の上半身を移動させ、墓石の横を顎で指した。
「そう、私は霊体。自分一人では移動することもままならない。だが私はある物体に憑依している。その物体を持ち運んでくれれば、お前たちについていくことができる」
新子が正邪の指す方を見やると、地面の砂に埋もれるように、手のひらサイズの細長い木片が落ちていた。新子はそれを拾い上げ、砂をはらってマジマジと見つめた。恐らく、昔は紐でも通されていたであろう小さな穴があり、色こそすり減り、あせてしまっているが、美しい彫刻が施されている。
あれ、これって確か…。
そこで新子は気付いた。記憶に片隅に引っかかっていた記憶がよみがえった。三年前、ここへ来たとき、墓石の近くにあった木片を、新子は拾ってすぐに捨てた。これはあの時の木片だ!
「よし、これでお前たちについていくことができる」
新子が木片をズボンのポケットに入れた。すると正邪はふわふわと移動し、新子の背後に位置取る。
「それじゃあ、そろそろ行きましょうか」
「そうじゃな」
新子たちは、その場を後にし、地底への入り口目指して歩き始めた。道中は、さほど危険はなかった。昔は危険な妖怪で溢れていたらしいが、今は妖怪も、マガノ国の魔物も居ない。現れるのはせいぜい獣くらいだった。
ついに、三人は華扇の案内のもと、地底へと続く穴にたどり着いた。
「これが…地底への道」
穴は、直径10メートルほどで、とても深そうだが、何かがずっと下の方で見える。そう、まるで穴を塞いでいるかのように、大きさもピッタリな大岩がはめ込まれているのだ。
「いつからかあの岩が道を塞いでいたから、誰も地底に妖怪が居ると気付かなかったのじゃな」
「でも、どうしてこんな岩が?」
新子が呟いた。
「…あれこそ、私が置いた岩…」
「何だって?」
「私が北の歌姫の番人となったあと…地底から妖怪が出てこないように穴を塞いだのだ。かつての”四人の歌姫計画”とは、大地を毒し、妖怪を幻想郷から一匹残らず消し去る事…。幻想郷へ出てくれば、私はソイツを始末せねばならなかったから。それに、マガノ国の者が地底へと行けないようにとの配慮だ」
番人だった本人が明かした、四人の歌姫計画の本当の意味。妖怪は寂れた場所では存在することが難しくなる。だから歌姫を使って、幻想郷から妖怪を締め出し、そこへメスを入れる。
それと同時に、幻想郷そのものも手玉にとれるように仕組んでいたのだから、禍王の計画性はつくづく恐ろしいと再確認させられる。
「困ったのう。これでは地底には行けないぞ」
「…いや、私に任せて」
華扇が前に進み出る。
「旅のついでに修行して…成長したのは私もよ」
華扇は右腕を上に掲げ、巻かれていた包帯をほどいた。解かれた包帯は巨大な渦巻き状のドリルに組まれ、更に大きくなっていく。ついには、自身の身長の数倍はあろうかというドリルに変化させて見せた。
「さぁ、これで一気にぶち抜くわ」
「流石だな、これならば突破できそうだ」
正邪が呟いた。華扇は新子とマミゾウをわきに抱えるようにして抱くと、穴の中に向かって飛び降りた。そして、大岩に激突しようかという瞬間…変化させた超巨大なドリルを高速回転させ、先端部を岩に突き刺した。
岩が破壊された。ドリルは岩を砕きながら、掘り進んでいく。
「「うわああああ!」」
振動と落下の勢いに驚いて、つい情けない叫び声を上げてしまう新子とマミゾウ。しかし、華扇はお構いなしに掘り進んでいく。
「この岩、円柱状になってるようね…大分深いわ」
そんな華扇の言葉も耳に入らない。だが、しばらくすると、岩を砕く音とギュイイイという回転の音が穏やかになった。新子とマミゾウが目を開けると、そこには神秘的な光景が広がっていた。
確かに、三人はまだ落下の途中だった。しかし、岩を掘り抜け、ドリル状の包帯の中で揺られている。そして周りの穴の壁は、なんと金色に輝いていた。
「すげぇ…」
想わず新子が感嘆の声を漏らす。
「これは初めてだわ。前はこんなんじゃなかった」
壁の色は金色から真紅へ、そして群青色、深緑、すみれ色へと変わっていく。やがてそれらの色が混ざり合い、虹のような七色を作り出した。
三人は、その景色を眺めながらただひたすらに、地底世界へと向けて落下を続けていた。七色の景色が薄くなり、途切れた時、下に見える穴の先に幽かな光が見えた。
「やっと地底か!?」
「どうやらそのようね!」
華扇は自分たちを囲っていたドリルを地面に激突させた。爆発のような音と共に土埃が舞い、解けた包帯の中から三人が姿を現した。
「いてて…もうちょっと優しくぶつかってくれ…」
埃の中から新子がよろよろと出て来る。
靴の中が濡れている。どうやら、ここは丁度水溜まりか池だったようだ。新子は改めてあたりを見渡した。辺りは薄暗く、物音一つない。向こう側には、デコボコした街のような場所が見える。今居る場所の天上は低いが、街の方だと天井は空と同じくらい高い。
「ここが、妖怪たちの…地底世界」
その時、視界のすみに提灯で飾られた一本の橋が見えた。
「アレを渡ると、旧都に行けるわ」
「旧都?」
「地底にある都の事ね。地獄の繁華街跡地を、鬼たちが改築した場所よ」
そう話しながら、橋へ近づいていく。橋の下は、それほど大きくはないが流れのはやい川がある。幅は狭くても、川底が見えない。かなり深そうだ。
「何者だ」
その時、低いくぐもった声が響いた。声の方へ目を向けると、橋の横に、何者かが寄りかかり膝を立てて座っていた。その男の鋭く、真っ黒な目が三人を睨みつけた。
男の額からは、ツンツンに逆立った金髪をかき分けるように赤い一本角が伸び、黄色い星マークがついている。
「アンタ…まさか」
「おうおう!何者だとは言うじゃねぇか!」
「なっ!?」
突然、新子の背後に隠れていた正邪が、声を新子に似せながらそう叫んだ。
「アタシ達は地上からやって来たレジスタンス!新たな目的を果たすため、鬼人正邪の名の下へ地底へやって来たァ!」
「何…レジスタンス…?」
(おい、何言ってやがるテメェ!)
(奴の知ってそうな言葉を混ぜて、反応を見ているだけだ)
「お前の問いに答えてやったんだ、お前も名乗りやがれ!!」
さらに正邪は続けた。すると、その男は立ち上がった。背丈は新子と同じくらい、青い着物を纏い、紫色の袴のようなズボンを履いている。考えていることの読めない真っ黒い瞳がじっと新子を見据える。その姿は、正に…
「…いいだろう。この俺は”
「鬼…やはりのう」
マミゾウが呟いた。
「星熊って…やっぱりあなたは…」
「母の事を知っているのか?」
「ええ、まあ…」
「母の知り合い、か。ならば、ただの俗物じゃなさそうだ」
「私たちは、貴方たち地底の妖怪に頼みたいことが有ってここへ来たの。幻想郷の隣のマガノ国には、人間や妖怪が捕らえられている…彼らを救うために必要な道具、打ち出の小槌を貸してほしい」
華扇が、勇刃にそう申し出た。マガノ国という言葉を聞いた勇刃の顔が、一瞬だけ悲しそうに歪んだ。しかし、すぐに元の表情へ戻ると、着物の上を脱ぎ始める。
「なるほど…マガノ国へ行くために、この地底を通るという訳か。だけど…母の知り合いをあんな場所へ送り出す訳にはいかない」
着物を脱ぎ捨てると、黒いシャツに包まれた筋肉質な肉体が露わになった。
「どうしてもマガノ国へ行きたいというのなら、この俺に強さを示してみろ。もしも俺が認めてやれば、ここを通してやるし、打ち出の小槌についての話も付けてやる」
「結局は力づくでって訳か?話に聞く通り、鬼とかいう連中は荒っぽいねぇ。だけど、嫌いじゃない」
勇刃の前へ新子が進み出た。ずんずんと歩み寄り、その顔をぐいっと近づける。勇刃の赤い一本角が額にめり込む。
「お前が俺と戦うのか?人間なのに」
「舐めんなよ。アタシを誰だと思ってやがる?」
「面白い」
「新子…気を付けてよ、殺しはしないと思うけど…鬼は貴方が思ってる以上に化け物よ」
「らしいぞ。だから遠慮はするなよ」
両者の間に火花が散る。勇刃はゆっくりと両腕を広げ、胸を張る。明らかに新子を挑発していた。
「テメェ…」
自分の瞼が痙攣して、拳に力が入る。それを感じ取った新子は、すかさず勇刃の腹を殴りつけた。
バチン、という音が響き渡る。どうだ、と思って勇刃の顔を見る。勇刃の顔は少し驚いたようにこわばったが、またすぐに元の顔に戻った。
「今の本気か?」
「…半分くらい!」
「次は本気で来い」
「舐めやがって…ラァ!!」
もう一度、新子は拳を叩きつけた。今度は手ごたえが有った。勇刃の体は少し後ろに下がり、プルプルと震えている。
「ククク…」
しかし、その笑い声が聞こえたとたん、新子は後ろへ飛びのいた。
「今ので本気か?…しばらくは好きに打たせてやる。遠慮せずに頼むぞ?」
新子は、今度は勇刃の顔面を蹴りつけた。続いて胸を殴り、顔にも連続で殴打を浴びせる。しかし、勇刃はそれでも顔色一つ変えずに、足すら一ミリも動かすことなく新子の攻撃を受け続ける。
新子が顔面にめがけてパンチを繰り出したとき、勇刃は拳に向かって額を突き出した。勇刃の眉間とぶつかった新子の拳がはじき返される。
「ぐお…いって…!」
腕がびりびりと痺れる。拳が赤くなっている。
「痛かったか?悪いことしたな」
「…全然!」
新子は急に飛び跳ねると、不意打ちで思い切り顔面を蹴りつけた。これには流石の勇刃も、よろよろと数歩後ろへ後ずさった。
「よし!」
そのまま押し切りと言わんばかりに、腕を振り上げながら走り出す。勇刃は、ゆっくりと顔を上げた。そして、新子がこちらへ走ってきているのを確認すると、こちらも同じように走り出した。
それにぎょっとした新子が回避する暇もなく、勇刃のタックルが新子に炸裂した。走っていたのにもかかわらず、逆方向へ吹っ飛ばされる。地面を転がり、そのまま仰向けに倒れ込んでしまう。
「新子!」
華扇が心配そうに呼びかける。勇刃がゆっくりとこちらに歩み寄っているのに気付いた新子は、フラフラと起き上がり、構えた。さっきは目線の高さが同じだったのに、今では新子が頭一つ分ほど見下されている。強烈な一撃をもらってしまった新子が、恐怖に腰を引いているのだ。
「攻守交代、だ」
手をクルリと回しながらそう呟いた瞬間、勇刃が殴りかかった。寸前でそれを回避し、足に蹴りを入れる。しかし、それを意に介している様子はなく、すぐにもう一度拳を振り下ろす。
新子が走ってその場を離れ、勇刃がゆっくりと目で追う。
「新子、能力は使えないの!?」
「駄目だ…アタシの力は、悪意とか邪気とかにしか反応しない…コイツの妖気には、そんなモノは含まれていねぇ。もっと純粋な、ただ戦うって意志しか感じられねぇ!」
それに…たとえ能力が使えても、『東の反逆者』を生成できたとしても、コイツの前では、きっと無力…!短所を補って、余りあるタフネスとパワー。古来より人が恐れる強きもの…。これが、鬼…!!
あまりの実力差を前に、まるで自分が虫になってしまったかのように思える。奴が人間としたら、自分はハエだ。いくらうるさく飛び回っても、奴自身に有効打を与えることはできない。それに奴のやる気次第で、いつでも簡単に潰される。
だが、しかし…
「…おとなしく降参して帰ります、って顔じゃないわな」
「ったりまえだ」
新子は、もう一度拳を前に構えた。そして、軽くトントンとステップを踏む。勇刃は上半身を大きく回しながらパンチを放った。
だが、勇刃の拳は空振りだった。目の前の新子が消えたように見えた。慌てて後ろを振り向くと、そこには軽やかにステップを踏む新子が居た。少しだけ顔をしかめて、すかさず追撃に出る。しかし、何度攻撃しても、新子に思うように当たらない。
何か、戦い方と…そして雰囲気が変わったような気がする。
「そろそろテメェを、蹴りてぇなぁ」
「何だと?」
新子はそう呟くと、思い切り足を振り上げた。
「あら、アレは…」
「アレは何じゃ?」
「新子お得意の…フェイントよ」
新子の蹴りを受け止めようと、腕を構える勇刃。次の瞬間、見ていたはずの脚が、視界から消えた。代わりに飛び込んできたのは、死角からの拳。
バキッ
「ぐ…」
もろに喰らってしまった。さらに突き出されたパンチを避けようとするも、当たる寸前で引っ込み、今度は蹴りが飛んでくる。避けようと思っても、最初の一撃を喰らっているため、どうしても意識してしまう。
(今のは大分手ごたえがあった…まだ態勢を立て直せていない!追撃できる…!)
顔を下に向けたままふらついている勇刃に、肘打ちで追撃を仕掛けようとする新子。
「ハァ…」
その時、ほんの一瞬の間だけ、勇刃から悪の気を帯びた妖力が放たれた。あまりに気だるげな、赤黒いオーラに怯んでしまう。その隙を突かれて、新子は両腕を掴まれた。抜け出そうとどんなに力を込めても、捕まれた手はビクともしない。今のに反応して、能力は発動しているはずなのに…。
「悪いな、新子とやら…」
勇刃はゆっくりと新子の耳元へ口を近づけた。そして静かに、こう言った。
「飽きた」
「え…?」
次の瞬間、新子はまるで布を広げるかのように宙を舞っていた。ふわふわと。
華扇やマミゾウが息を呑む顔がぼんやりと見える。突然体を物凄い力で引っ張られ、視界が真っ暗になった。
「新子!」
すぐに華扇が駆け寄り、ドリルに変化させた腕の切っ先を勇刃へ向ける。マミゾウが気を失った新子を抱きかかえ、傷を確認している。
「これで、終わったな…。ふう、怖かった…」
「…って、怖かった?」
「そりゃ当然だ、この人、鬼みたいな形相で襲い掛かってくるんだ、ようやく倒れてくれてよかった」
「か、変わった奴じゃのう…」
先ほどまでの尊大な様子とは打って変わった態度に、思わず驚きの声を漏らしてしまう。
「人間という者がどういうのか、今初めて触れてみたが…人間とは皆このように強いのか?」
「いや、それぞれだと思う…」
「ではこの人だけが特別強いというんだな?よし、じゃあ守り手である俺が認めよう、新都へ入ることを許す」