東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~   作:ねっぷう

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第3話 「破魔師シャム」

ついにマガノ国の支配から解放された幻想郷。しかし、再び魔の手が忍び寄るのも時間の問題だ。

本居新子、茨木華扇、そして二ッ岩マミゾウの三人は、マガノ国に囚われた人間と妖怪を救い出すため、新たなる旅へと出るのだった。

 

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第3話 「破魔師シャム」

 

新たなる旅の最初の目的地は、地底への道が存在するという妖怪の山だ。人間の里の北門から出発した、本居新子、茨木華扇、二ッ岩マミゾウの三人は、妖怪の山を目指してひたすら歩いていた。

日差しが真上に達したころ、三人は緩やかな坂に差し掛かった。

 

「ここは『戦いの丘』と呼ばれている丘よ。かつてのマガノ国との戦いが行われたのよ」

 

華扇がぼそっと呟いた。

 

「ふーん…」

 

丘は緩やかだが、かなり高い。一番上まで昇りきると、今まで登ってきたのと反対側の斜面は、ごつごつした岩が点在し、急になっていた。足でも滑らせれば、無傷では済まないだろう。

 

「危なっかしいのう、戦での傷跡がまだ残っとるわい」

 

マミゾウはぴょんぴょんと岩の上を飛び移りながら斜面を下っていった。下駄しか履いていないのに、よくあそこまで動けるものだ。

 

それからも、三人は黙々と歩みを進めた。三年前までは枯れた林と干上がった川しかなかったこの平原も、今ではすっかり、見違えるほどに豊かになっていた。時々、巨大な足跡が残されているのが分かった。神獣の竜や、ケツァールが降り立ったあとだろうな、と新子は思った。彼らは、今はこの辺りは飛んでいないらしい。

 

「お、ありゃあ…」

 

新子は前方に、キラキラと光るモノを見た。どうやら、あそこには湖があるらしい。

 

「あれは『霧の湖』じゃな」

 

「へぇ、あれが霧の湖か」

 

霧の湖という名前は、昔に幻想郷縁起で見たことが有った。何でも、悪魔の住む館、紅魔館のそばにある巨大な湖なそうな。

 

歩いてるうちに、そこまで来てしまっていたようだ。

三人は湖の近くで休憩をとることにした。湖に近づき、そこに座り込む。湖は大きく、反対側は霧で覆われていた。

 

「ふい~、久々にこんなに歩いたな」

 

「儂もじゃ…やはり疲れるのう」

 

「貴方は妖怪でしょ、この程度でくたびれるはずがないでしょうが」

 

華扇がそう言いながら、カバンから干し肉を取り出した。キセルを吹かすマミゾウの横で、新子は湖を縁取っている岩場を見ていた。僅かな波を立てる水が岩に当たって砕けちり、湖面には小さな魚の群れが見える。

その時、岩の近くで何かが動いた。さっきまで、岩と水しぶきしか見えなかったところに、細身で小柄な男がいた。おそらく折り畳み式の椅子に座り、本を読んでいる。

 

「あんなところに人が居るぜ。旅人か?」

 

「…いや、あんな奴は人ではないぞ」

 

横で、マミゾウが震えた声で言った。ピリピリと緊張した妖気が放たれ、新子は思わず驚いた。あの温厚そうだったマミゾウが、怒っている。あの男を見て、明らかに怒っていた。

 

「あの人がどうかしたの?」

 

と、華扇が尋ねる。

 

「新子や、この間…儂が話したことを覚えておるか?」

 

「話したこと…?」

 

「儂は、本に封印されておった。妖魔本となった儂を封印から解いたのはお主じゃ。では、儂を本に封じ込めた魔法使いとは…」

 

「まさか…!」

 

「そうじゃ…”破魔師シャム”…!面白半分に妖怪を退治し、人間から金を巻き上げる…魔法使いさ。奴は、昔は人間の里に居た。妖怪退治の依頼を高額で引き受けていたんじゃ。そのうち、マガノ国の連中と組んで、自分で仲間を懲らしめる芝居を打って、そうして礼金を取り上げるようになった…そのあたりから、奴は禍王の手下になったのじゃろう」

 

「アイツは禍王の仲間なのか?」

 

「そうじゃ。禍王は大戦の後、何とかして幻想郷の妖怪の数を減らそうとして、数々の刺客を放った。その一人が奴じゃ」

 

「でも、あんな奴里では見た事ないぞ」

 

「そうなのか?では、その間奴は一体何を…」

 

「大方、姿を隠す魔法でも使えるんでしょうね」

 

「奴は禍王の手下…きっと、新しい魔力を授かったんじゃろうな…気を付けねば」

 

三人は岩の影に隠れた。

破魔師シャムは、ちょっとしたごちそうを用意していた。椅子の横にある机には、パンとチーズとソーセージの乗った皿が置かれており、食べ物に水がかからないよう、そして日陰になるように紅白のパラソルが置かれている。

気が付けば、新子は拳を固めていた。落ち着け、と自分に言い聞かせた。今大事なのは、どうこの場から立ち去るか。

シャムは読んでいた本から顔を上げ、満足そうなため息をついてパンを齧った。そこで気付いたが、シャムはサングラスをかけていた。あのパラソルといい、奴は優雅にバカンスでもしているつもりなのだろうか。

 

「儂に任せてもらおうかな?」

 

マミゾウは隠れたまま、人間の姿へと変化した。両手を袖の中にしまって腕を組み、何気なく歩き出し、シャムに声をかける。

 

「こんにちは、旦那。いい天気ですな」

 

シャムがびくっとした。ゆっくりと声の方へ振り向く。

 

「驚かせてしまいましたか。いやすみません、私にもうお気づきかと思っていましたので…」

 

シャムはじっとマミゾウを見つめている。マミゾウの演技は素晴らしかった。マミゾウは感心したような顔でパラソルの周りを歩いた。

 

「私、今猟師をやってる主人の様子を見に行こうとしているのだけど、いやぁ、道が険しくてね。あの人はこんな大変な思いをして狩場に向かっているものなんですね~。日差しも強くて、あまり運動しない私には大変で…ご一緒してもいいかな?」

 

「あ、ああ…」

 

シャムは椅子から立ち上がると、マミゾウに椅子を譲った。その時、初めて破魔師シャムの全体像が見えた。短く刈り上げた頭に、小さい背丈。その小柄な体格にしては大きすぎる服を着て、サングラスをかけた顔は歪んでいた。

マミゾウは小さく礼を言って椅子に座り、シャムは岩の上に腰かけた。

 

「いやぁ、この湖の流れは最高だね。厄介な事なんて忘れてしまうようだね」

 

「厄介な事?」

 

シャムが身を乗り出した。

 

「ええ、私と主人は肉売り屋をしているのですが、この景気の良い時でも、なかなか商売がうまくいかないんです。店もボロボロだけど、買い替える余裕が無い。周りの人は叔父から貰った宝石を売れと言うのだけど、アレは一家に伝わる大事な物なんでね~…」

 

「ほほう!それはお困りだね、奥さん。でも、今日お会いできたのも、神のおぼしめし。あっしがお力になれるかもしれませんぜ」

 

どうやら、破魔師シャムは金貸しもしているようだ。マミゾウは上手い事、シャムを釘付けにした。

シャムはいいカモが現れたと思っているだろう。

 

「あっしは人助けのために生きてるような男でね。人を困らせる輩有れば行って懲らしめてやり、金が無いという人あれば恵みを与える。奥さんはその人助けにあたる人物と見た。ここはあっしが店を建て直せる金をお貸ししましょう。いかほどいるね?」

 

シャムとマミゾウは金のやり取りを始めた。やがてマミゾウがわざとらしく叫んだ。

 

「ええ、それだけあれば十分ですよ!」

 

「そりゃあけっこう!金はあっしの棲み家に腐るほどあるんでね」

 

シャムは一枚の小さな紙と袋を取り出し、机の上に置いた。袋からはジャラジャラと音がし、硬貨やお札が入っているようだ。

 

「すまんの、私は見てのとおり、眼が悪くて小さい文字が見えないの…」

 

マミゾウが顔を紙に近づけ、シャムが目を輝かせる。

 

「いや、大したものじゃないよ。シャムがこの金を貸しましたと、ちょこっと書いてあるだけだね。奥さんがこの金を正当な手続きで手に入れたと証明するわけよ。まさか、盗んだなんて思われたくないでしょう?」

 

「もちろんだよ」

 

「さあ、ペンがここに」

 

シャムは脇に置いていたバッグの中からペンを取り出した。奴は完全に注意がそれに行っている。この隙に、アタシらはここを去ればいい。マミゾウは変身できる能力があるから、どうとでもなる。

二人は、シャムの死角を通ってその場から離れ始める。

 

「お名前は?」

 

シャムはマミゾウに尋ねた。

 

「名前ですか…。”順平”と申すのじゃがな」

 

その瞬間、シャムが真顔になった。

 

「もしかして儂の事を知っておるのかな?」

 

「お前何者や!?」

 

シャムが怒鳴り、本を投げつけながら立ち上がった。机が倒され、食べ終わった皿やペンが宙を舞う。

ついに、破魔師シャムが邪悪な本性を現した。サングラスの下からちらっと覗いた目が怒りに細められ、両手を広げる。

 

「アブラカダブラ!!」

 

その魔法の呪文と共に、シャムの右手には炎、左手には冷気を纏った氷が生成された。その両腕を振るい、マミゾウに攻撃を仕掛ける。マミゾウはぴょんと飛び跳ねると、空中でボンと煙を発生させ、元の妖怪の姿へと戻った。

妖気の壁でシャムの攻撃を防ぎ、バチッという音と共にはじき返す。

 

「お前、妖怪だったのか!」

 

「覚えてもおらんのか?そうじゃろうなァ、150年も前の事だものなぁ」

 

「アブラカダブラ!」

 

シャムは再び呪文を唱える。すると、何もなかったはずの空間から何本もの剣が現れ、マミゾウに向かって一直線に飛んでいった。

 

「何の!」

 

マミゾウは自身を大きな塀のような壁に変化させ、剣を防いだ。

 

「…思い出したぜ、お前は…ずっと昔に俺が本にしてやった狸だな!?」

 

「当たりじゃ。思い出してくれたようで…嬉しいわい」

 

両者は、同時に両腕の形を変えた。マミゾウは鋭い槍に、シャムは幾つもの突起のある棘へと変化させ、ぶつかり合う。

互いの肩に槍と棘が深く突き刺さり、妖気と魔力の爆発が起こった。

 

「あいこ、じゃな…」

 

「あいこだと?ドアホウが…」

 

マミゾウに突き刺さっていた棘が、突然、物凄い勢いで回転し始めた。回転に負けたマミゾウの体がはじけ飛ぶ。しかし、マミゾウは咄嗟に肉体を小さな分身へと分けて散らした。

 

「おーおー、小さいのがわらわらと…。でも、もうおせーよ!!」

 

シャムは両手を合わせ、それを離すと、巨大な炎で作られた馬を出現させた。馬は猛烈なスピードで飛び出し、分裂したマミゾウを引き潰そうと襲い掛かる。

これが、シャムの無限の魔力による魔法。魔力を以って魔をしとめる、そうして今まで妖怪を蹴散らしてきた。始めの頃は封印するのが精いっぱいだったが、今ではその魔法の威力は何倍にも膨れ上がっており、どんな奴だろうと粉砕できる。

 

「ま、間に合わん…!」

 

マミゾウがそう呟いたその時、強力な一撃が炎の馬を殴りつけた。顔面に攻撃を喰らった馬は、吹き飛びながら消滅していく。シャムが驚いて、馬が消え去った場所に目をやった。

 

「お主ら…」

 

そこには、包帯をドリル状に変形させた華扇と、新子が立っていた。新子は下に置いたカバンに刺してあった、金属のバットを取り出して構えた。3年前、香霖堂で購入し、多くの戦いを共にしてきた武器だ。

 

「せっかくの新しい旅の仲間がやられてんだ、放っておくわけねぇだろうがよ!」

 

新子はバットを振りかざしてシャムへと迫り、渾身の力で叩きつけた。

 

「なんて力だ…!」

 

シャムは魔法の壁で防ぐが、あまりの威力に後方へ吹き飛んでしまう。しかし、そこへすかさず華扇が忍び寄り、ドリルの腕で攻撃を繰り出した。シャムは地面から氷の柱を出現させ、自身を上空へと押し上げた。

 

「だが俺の相手にはならねーな!アブラカダブラァ!!」

 

シャムが両手を合わせ、そこから極太のレーザーを発射する。物凄い閃光と共に放たれたレーザーは新子と華扇の体をかすめた。それによって新子は手に持っていたバットを落としてしまう。その間にも、シャムのレーザーはどんどん範囲を増し、新子たちを巻き込もうとする。それを見て、サングラスの下のシャムの目が不気味に釣り上がった。

まずい…。新子が落ちてしまったバットに手を伸ばしたその時。何とバットがひとりでに浮き上がり、レーザーを突っ切りながらシャムの方へと突進していった。

 

「何だと…!」

 

シャムが驚きの声を上げる。その瞬間、バットの先端がシャムの顔面にめり込んだ。レーザーははじけ飛び、消滅した。新子は何が起きたのか分からなかった。

しかし、このチャンスを逃さなかった。顔を押さえるシャムを蹴り飛ばし、胸ぐらを掴み上げる。

 

「よくも俺を追い詰めてくれたな…。だが、ここで負ける俺じゃあない!」

 

新子の手に痛みが走った。シャムがナイフを取り出し、新子の指を切り裂いたのだ。血が流れだし、思わずシャムから手を離してしまう。その瞬間、シャムは両腕を地面に付き、まるで獣のようにその場から走り去った。

華扇とマミゾウが後を追うが、既にシャムの姿は無かった。

 

「奴め…また姿を隠す魔法を使ったのじゃな」

 

三人はあたりを見渡し、シャムを捜した。

 

「あそこか!?」

 

新子は地面の草に足跡が出来ていくのを発見した。足跡は目にもとまらぬスピードで、湖から離れていく。三人は追いかけた。しかし、辺りに立ち込めている濃い霧が目をくらましてくる。

 

「くっ、これが霧の湖って呼ばれてる所以か…!」

 

「いや、待って」

 

華扇が引き止めた。何やら、上を見上げて何かに驚いているようだ。

 

「いつの間にか、こんな所にまで来てしまっていたようね…」

 

新子も一緒になって見上げると、そこには大きな建物が聳えていた。目の前にはボロボロの黒い門があり、塀の向こうには赤い外観の洋風の館がある。巨大な時計台の針が霧の隙間から射す日光に輝いた。

 

悪魔の館、『紅魔館』が目の前に現れた。

 

 

 

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<登場用語・人物紹介>

 

・戦いの丘

かつて、「幻想郷の戦い」が起こった丘。戦いにより痛んだ地形がそのままの形と残っており、丘の地中深くには数多の戦士が眠っている…とか。

 

・破魔師シャム

マミゾウを本に封じ込めた張本人であり、謎の魔法使い。150年以上前、人間の里で霊能力を使って妖怪を退治し、多額の報酬金を巻き上げていた。その後、その妖怪退治の腕を禍王に買われ、マガノ国の手下となり、他の仲間と手を組んで自作自演をして金を奪うようにもなった。

 


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