東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~   作:ねっぷう

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第四章 マガノ国

『月の都の話』

 

お月様には、兎が住んでいる、という話を聞いたことが有るだろう。それは間違いではない。実際に、月には兎が住んでいる。穢れなき高貴なる月の民という者たちもいる。

だが、彼らが住んでいるのは、月の裏側と呼ばれる場所である。世界には表と裏が存在し、表は外の世界、裏とは私たちの住む幻想郷のような異界の事をいう。表である外の世界からは何もない表の月にしか行くことができず、幻想郷のような裏の世界からは裏の月に行くことができる。

 

さて、この裏の月には、月の都という場所が有った。そこは一種の浄土であり、穢れの無い土地である。穢れとは生命現象による生と死によるもので、月の民はこの穢れを嫌う。技術水準もはるかに高く、外の世界を優に上回る。本の文字や絵は拡大縮小自在で、見たところ木製の門は触れずに開く。

そんな月の都は、二人のリーダーによって守られていた。たびたび地上からやって来る愚かな侵略者も簡単に追い払える。おまけにプライドの高い月の民は、これに満足し、安心していた。

 

ある年の冬。この月の都にも、リーダーの代替わりの時がやってきた。二人のリーダーはその座を降り、新たな若者に未来を託すのだ。そして、リーダー候補に三人が選ばれた。月の民の兵一番の剛力使い、玉兎の出だが類いまれなる努力によってここまでのし上がった剣使い、空間同士をつなぐことのできる能力を継いだ参謀だ。

さて、誰をリーダーに選ぼうか。人々は迷いながらも投票を終えた。結果は三人同点。その後、何度投票を繰り返しても結果は変わらない。そしてそれぞれの候補者の元、月の民は三派分裂を始めた。皆が疲れ、苛立ってきたが、考えを変える者はいない。何日も過ぎて、ついに十三回目の投票を終えると、月の民は苛立ちに身を任せ、争い始めた。

 

その時、フードの付いたマントを着た女が進み出た。身長こそ高いが、背を丸めて妙にぐったりしている。神聖なる月の都の大気に、もう耐えられないといわんばかりのやつれようだった。この女は初めから三人の候補者のもとへかわるがわる現れては、「我らの候補者こそ、月の民のリーダーになるべきだ」と、人々を扇動していた。そのため、三派にわかれた人々は皆、この男が自分が推す候補者を支持しているとばかり思っていた。

 

「私が良い解決法を提案しましょう。三人とも一番にすればいい。三人を三人とも、リーダーにすればいいのです」

 

本当ならば、そんな事できるはずがない。前任の二人のリーダーを決めた時でさえも、かなり長い間揉めたのだ、それが三人になるなど、もってのほかだろう。

しかし、疲れ切っていた人々は同意し、三人をリーダーとした。マントの女は満足そうに手を揉み合わせると、夜明け前に、影のように姿を消した。冷静になった人々が、リーダーが三人では月の都は機能しないと気付いた時には、もう遅かった。この時を待っていたかのように、禍々しい影が忍び寄っていた。穢れなき地は、瞬時にして穢れに満たされた。

 

そして、地上へ帰還した魔法使いの魔力は、以前とは比べ物にならない程だった。それこそ惑星すらも物理支配してしまえるような、余りにも大きすぎる悪の魔力。その魔力は、地球から遠く離れた月の都を地上に引きずり下ろすことなど容易かった。

魔法使いは引きずりおろした月の都を幻想郷の隣に置いた。住んでいた月の民は、存在そのものが穢れとなってしまう前に、地底深くへともぐりこんだ。

 

こうして、浄土とまで呼ばれた月の都は、現在のマガノ国となってしまったのである。

では、そこに住んでいた人たちは?それは、地底に住む者だけが知っている。穢れた地上で、自分たちの罪を償っているのだ。そして、今の空に輝く月には、二度とその都を復活させることはできないのだった。

 

 

『マガノ軍隊』

 

年月が経ち、幻想郷の北部に住む妖怪は、北に連なる薄く高い山脈の向こうからやって来るならず者たちの襲撃にも慣れた。

 

妖怪たちは山脈の向こうの地を「マガノ国」と呼ぶようになった。その地が禍々しい闇に包まれていたからだ。「マガノ国」内部を見て帰還し、話に語った者は居ない。

妖怪が観察していると、彼らを襲う者たちにはまるで家畜のように、「禍」という字の刻印がおされていた。そして、この刻印のある荒々しいケダモノたちは、敗北より死を選んだ。ケダモノは、低級妖怪を数の暴力で痛めつけることはできても、ある程度力のある妖怪には蹴散らされる。この者らが主人と崇める存在は、如何なる失敗も許さないのである。

そして、妖怪はあることに気付いた。ケダモノたちは捕虜をとることも目的としていた。打ち負かした妖怪を魔法で封じ込め、たまたま捕まえた猟師などの人間も「マガノ国」へ連れていく。それを見た妖怪は、彼らの不運を想像して震えあがった。

こうして襲撃はずっと続き、北部の妖怪にとっては日常の一部のようになっていた。「マガノ国」に潜む敵の親玉が恐ろしい計画を着々と進め、日に日に力を増していることに気付く者はほとんどいなかった。しかしついに、幻想郷の民が、マガノ国に潜む敵の怒りと嫉妬に満ちた真の力を実感するときがやって来た。山脈の向こうで赤い雲が湧きたち、強大な軍隊が北から流れ込んで、全ての生けるものを殺し、焼き尽くしながら進軍してきたのだ。

初めてその軍隊を見た人間は、皆悲鳴を上げた。指揮官は人間だったが、兵隊はよろよろとした死人のような生き物で、まるで小さい子供が粘土かパン生地で作った、いびつな人形のようだったのだ。そして、無数の兵の頭上には長い時を生きてきた妖怪ですらも見た事のない、ひどく恐ろしい鳥が飛んでいた。

その鳥ははじめ、怪鳥とだけ呼ばれていた。後に、外の世界出身の妖怪がこの鳥を見て、七羽のガルルガと名付けた。外の世界の神話に出て来るガルーダという神獣に似ていたため、それにちなんでガルルガと名付けられたのだ。

この七羽は明らかに野生ではなかった。まず、神話の挿絵で見たものよりもはるかに大きい。さらに、牙と棘を持ち、紫色の鋭い甲殻を持つ。殺しを目的に飼育され、あたかも山脈の向こうに居る主人と心がつながっているかのように誰も聞こえない命令に従う。

 

北部の妖怪は勇ましく闘った。麒麟と竜も闘った。ガルルガと戦い、空から舞い降りて炎を吐き、軍隊をなぎ倒した。ガルルガはまとまってかかってくる。可能なときは神獣を殺し、敵が多すぎるとみると安全な山脈の向こうへ逃げる。ずる賢く、並の妖怪では太刀打ちできない。

しかしすぐに、恐ろしい姿の兵隊も人間と同じように死ぬ事が分かった。兜と胸当ての甲斐もなく、何千という兵隊が妖怪によって殲滅された。だが、それだけ死んでもさらに代わりの何千という兵隊がまたやって来る。

妖怪はその兵隊を、マガノ兵と呼び、その名は幻想郷に知られわたった。マガノ兵は不器用で愚かな戦士だったが、あまりに数が多かったため、恐ろしい敵だった。限りなく残酷で、ひたすら暴力を振るうことが生きがいだった。

マガノ兵は退却という言葉を知らない。敵と戦うために倒れた仲間の山をよじ登る。身の安全など頭になく、指揮官ですらマガノ兵を怖れているようだった。

 

マガノ軍は強力だった。地上の妖怪はマガノ兵やその仲間の凶暴な魔獣によって無数に滅ぼされ、空に逃げた妖怪はガルルガに殺される。人間の里の住民は、いずれマガノ軍が里にまで押し寄せるのではないかと、不安を隠しきれなかった。

マガノ国に潜む敵は、遂にその力と野望を露わにしたのだ。魔法で造り上げた生き物を送り込み、幻想郷の妖怪を滅ぼして土地を支配下に収めようともくろんでいる。野望が叶うまで、決して満足することはないだろう。

 

人々が「禍王」と呼び始めた存在は、奇跡が起こらなければ倒せない。

 

 

『レジスタンス』

 

マガノ国は本格的に幻想郷に攻撃を開始した。まず、これに異常を感じた一部の神獣が立ち上がった。これこそが、神の友が予言していたことだろう。予言を聞いた時から実に100年近くの時が経っていたが、神の友よりその話を聞いた神獣は忘れてはいなかった。

しかし、彼らだけでは空のガルルガに思うように対抗できなかった。奴らは集団で襲い掛かり、一匹ずつ神獣を殺していく。

 

ならば、こちらが一致団結し、大連合を組んで迎え撃たなければならない。

 

この時代、もう博麗の巫女は居なかった。最後の巫女であった博麗霊夢は生涯独身で子息無し、その後も博麗の巫女が誕生することは無かった。

そこで大連合を組むために立ち上がった中心組織が、「レジスタンス」である。レジスタンスは弱者が損をする幻想郷のシステムに対する、力の弱い妖怪たちで構成された組織だった。レジスタンスは対抗していた対象を幻想郷からマガノ国へ変更し、その名を各地に轟かせた。

 

そして、このレジスタンスに加わる者は、日に日に増えていった。妖怪の山の河童に天狗、妖怪狸や竹林の兎、果てには吸血鬼や山の神までもが名乗りを上げた。

幻想郷の勢力の半分ほどの結束が固まったところで、長い冬が終わりを告げた。それと同時に、以前よりもはるかに膨大で強大なマガノ国軍が攻め入ってきた。実のところ、妖怪たちがこんなにも仲間をあつめる余裕が有ったのも、冬の寒さによって軍隊の侵攻が遅れていたためである。

 

 

丁度真冬の時期、幻想郷中を駆け回っていた天邪鬼の鬼人正邪は、煙の匂いがするのに気付いて、さっと物陰に隠れた。彼女こそレジスタンス創始者であり、今はその中心メンバーに属している。

目の前に雪を被った土手が現れた。そこに静かに上り、身を低くして這うように進んだ。ここは河川敷の空き地のようで、ざつに建てられた小屋が並んでいる。そのそばにある燃え上がる炎の周りには、何百人もの兵士が押し寄せていた。顔に血の気が無く、鈍い灰色をした巨大な金属製の兜と胸当てをしている。

それがマガノ兵だと、正邪はすぐにわかった。この唸り声と、醜い顔、粘土で作られたような毛髪の無い体は、誰も見間違うはずが無かった。正邪自身も、レジスタンスとしての活動として何回も相手をしたことがある。

マガノ兵は、何か食べ物らしき塊をしゃぶっていた。ほとんどの者が半裸で、寒空の下に震えている。ほんのわずかな者だけが、幸運にも古い毛布をごつい肩に巻き付けていた。

その時、すぐ近くで低い女の声が聞こえた。

 

「また今夜は雪になる。能無しの愚か者どもめ、どうせまた凍死した奴が出て、明日はもっと増えるだろうね」

 

「勝手に死なせておけばいい」

 

別の男の声がうなるように言った。

 

「ここでは喰って寝て、でなきゃくだらん喧嘩するだけだ。それにあいつらの臭さときたら胸糞悪くなる!この忌々しい冬が終われば、ご主人様は新しい兵をくださるだろうか」

 

声は正邪が隠れている場所のすぐ下から聞こえた。正邪は慎重に前に進み、土手の下を覗き込んだ。

そこには、女と男が立っていた。二人とも、毛皮のもこもこした上着をしっかりと着こんでいた。女は見たところ若く、片目に眼帯を付けていて、ノコギリのようにギザギザした歯が見える。男は顔が赤く、背が小さい。

この二人は人間だ、と正邪は思い、腹の底から怒りが込み上げてきた。この人間どもは禍王に跪いたのだ。いやしい手下を率いて、人間の癖に妖怪が死ぬのをただ見ていたのだ。

正邪は手袋をはめた手で雪を握りしめた。今すぐこの土手を降りて、あの愚かな人間を八つ裂きにしてやりたい。いや、だめだ。あの二人を殺せば、周りのマガノ兵が黙っていない。マガノ兵は目は悪いが他の感覚が鋭く、わずかな妖気さえも辿ってくる。流石に正邪ひとりでは、あの数のマガノ兵を相手に逃げられるとは思えない。

 

「まぁ、冬が終わればご主人様自らが総攻撃を仕掛けに来る。そうすれば幻想郷もあっという間に陥落さ」

 

「ねぇ過熱。どうしてアタシ達はこんな荒れ地に居なきゃならないんだろうね。何故本拠地に戻って他の隊と合流したりしちゃいけないんだろう」

 

女は不満げに言った。それに、過熱と呼ばれた男はそっけなく答えた。

 

「それがご主人様の御意志だ」

 

「あんな胸糞悪いモノじゃなくて、ちゃんとした軍隊が欲しいよ。もっと素早くさっさと動いてくれりゃあいいのに。大体、こんなに目が弱くちゃ話にならいよ。暗くなるとほとんど役立たずだ」

 

「でも強いじゃないか。戦い方を本能レベルで覚え込んでる」

 

「まあ、戦いしか知らないからね。でもさ、野獣だってもうちょっとマシな頭を持ってるよ。ご主人様は少しばかりせっかちすぎるんじゃないかね?侵略を始める前にちゃんと仕上げてくださればよかったのに」

 

過熱は顔をしかめて小声で言った。

 

「気を付けろ、焦熱!ご主人様に背くような事を言うのは危険だぞ。こんなに離れていても、ご主人様は全てお見通しだ」

 

過熱は心配そうに空を見上げる。そして焦熱という名前らしい女は震えながら唇をかんだ。正邪は腹ばいのままじっとしていた。心に燃え上がった怒りの炎はとっくに消え去っていた。

さて、過熱と焦熱に気付かれずに引き返せるだろうか、とぼんやり考える。

 

「焦熱、まずいぞ!」

 

いきなり過熱が大声で言った。焦熱は顔を上げて情けない悲鳴を出した。

正邪も上を見上げた。茶色がかった灰色の雪雲を背に、黒っぽくて恐ろしい影がくっきりと浮かび上がる。その影は、河川敷の上をグルグル飛んでいる。鞭のような尻尾があり、巨大な翼を羽ばたかせている。

 

「ガルルガだ!」

 

焦熱の顔が恐怖でよじれる。

 

「焦熱!お前ってバカは!どうしてご主人様に背くようなことを言ったんだ?お前はもう終わりだぞ!」

 

過熱はそう吐き捨てるとさっさと向きを変えて雪の中を歩いて行ってしまった。

 

「いやだよ!ここにいておくれ!言い訳ができるように助けておくれよ!」

 

焦熱がよろよろと過熱の袖にしがみ付く。しかし、過熱は服が破けるのも構わず、焦熱を突き飛ばした。泥まじりの雪の中でもがきながら泣きわめく。のっそりとマガノ兵が振り向き、不思議そうに焦熱を見た。

頭を抱えながら焦熱が金切り声を上げる。

 

「アタシは背いてなんていません!本気で言ったんじゃないんです…」

 

正邪はチャンスだと思った。身体を持ち上げ、元来た道を這って進んだ。雪が降り出した。焦熱の鋭い悲鳴があたりに響き渡っている。そのうち、ガルルガの大きな足に捉えられ、死に突き落とされる焦熱の叫び声が聞こえてくるだろう、と正邪は思った。

だが、いつまでたっても叫び声は聞こえない。焦熱は相変わらず泣きじゃくっている。それから、驚いたような過熱の喚き声が上がった。

 

「アレはガルルガじゃない、竜だ!真紅の竜だぞ!」

 

マガノ兵が怒号を上げ、金属製の胸当てをガンガン手でたたく。その音を遠くに聞きながら、正邪は走り出した。

 

レジスタンスの新たな仲間は獲得できなかったが、いい情報を手に入れた。マガノ国軍は、冬が終わったら総力を持って幻想郷を攻撃してくる。こちらが迎え撃つ準備ができる期間は、この冬の間だけだ。その間に、もっと仲間を増やし、作戦を立てなければならない。

正邪は手で口を押さえて笑いながら、雪の中を走り去るのだった。

 


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