東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~   作:ねっぷう

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第三章 煮えたぎる禍

『魔法使い追放の話』

 

霊夢が予言の夢を見てから、実に3年余りの時が経った。そしてこの日、博麗霊夢は息を引き取った。ここ数か月ほど寝たきりで、最後はたくさんの知り合いに看取られながら亡くなったという。急激な衰弱の原因は、若いころの霊力の酷使だったらしい。

葬儀には、古い知人らも多くやって来た。しばらく霊夢とはご無沙汰だった者も、突然の霊夢の死に驚き、悲しんでいた。そこには…霧雨魔理沙の姿もあった。一応の親友の葬儀という事もあって、しっかりと服装も整えていた。

 

「…あばよ、霊夢。これからは私が幻想郷を守っていくよ…」

 

魔理沙はそう呟くと、誰にも気づかれる事なく、葬儀の場を後にした。

 

 

魔理沙の研究はさらに激化した。もう幻想郷を脅かすような大異変は起こさせない。ただその一心で、邪法とまで言われた魔法にまで手を出し始めた。まだ自分が愚かだったころ、その愚かさゆえの昂ぶりで幻想郷を危機に陥れた。四人の歌姫の歌声で封じられていた龍神の怒りを解放してしまったのだ。幻想郷の守り神が、幻想郷を危機に陥れたのだ。

だがそれよりも、本当に妖怪とは必要な存在なのだろうか?あの四人の歌姫は、いつからああして歌っていたのだろう?

 

魔理沙がそう考え始めた時には、幻想郷の重鎮の妖怪たちに戦慄が走っていた。幻想郷の賢者たちは一つ処に集まり、現れた危険因子を探った。薄暗い小屋で、妖怪の死骸の前に立って何かをしている魔法使い。

その日は大嵐で、その嵐は既に過ぎ去っていたが、この魔法使いがどんな嵐よりもはるかに自分らにとって危険だと賢者たちは悟った。

 

はるか遠くの研究室の小屋では、魔理沙がうめき声をあげて悶えていた。追放の妖術に体を締め付けられ、怒りと共に、恐れ、驚く。手足が震えだし、心臓が冷たくなる。魔理沙はこの苦しみから逃れようと、研究室を出て、自宅の外の森を歩き出した。魔理沙は今や幻想郷で最も力のある魔法使いと言われるまでになっていたが、追放の妖術は強力だった。あまり長く抵抗はできないだろう。この幻想郷の誰かが、魔理沙がこの地に留まることを許していない。

魔理沙が目を開けると、目の前には妖怪たちが壁のように立ちふさがっていた。追放の妖術を使ってもなかなか離れない魔理沙を、直接始末しようとやってきたのだ。

 

「お前は幻想郷に相応しくない。美しく残酷に、この地から去りなさい」

 

そう声を荒げたのは、八雲紫だった。

 

「何だ、私の魔法の研究がそんなに気に入らないのか」

 

魔理沙は黒い三角帽を被りなおすと、挑発するように言った。

 

「それもあるわね。まぁこれから消えゆく貴方には教えてあげる、魔理沙。貴方は気付いてしまったからよ」

 

「私が…気付いただと?」

 

「あの四人の歌姫についてね。あの四姉妹は、私たちが作ったのよ。ある時、龍神が怒りを募らせていることに気付いた我々は、龍神を封じ込めるカギとなる妖怪姉妹を作った。そして龍神を、未来永劫空の果てに封じ込めようとした」

 

「何だと…アレはお前たちが…!」

 

「アレを貴方に全部殺された時は、とても焦って貴方をすぐ始末しようとしたけど、…結果、幻想郷としては良い方向に進んだので、その時は良しとしたわ」

 

「それで、今となって私を消すというのか?」

 

その時、無数の光弾の雨が降り注いだ。急いで手に持っていた箒に跨ると、それを回避する。

 

「もちろん」

 

妖怪たちが口々に喚いた。

その後、魔理沙への攻撃は三日三晩続いた。休む暇もなく弾幕が降り注ぎ、何処に隠れようと必ず見つけて追いかけて来る。ついに、魔理沙は自宅へと戻って来てしまった。

どうすれば…何かないのか、奴らの目をごまかす方法は…!

魔理沙は自分の研究室へ足を運んだ。そこで、見つけた。いくつか作製中だった魔獣たちが培養液の入ったカプセルの中に浮かんでいる。まだ肉体が完成したばかりで、これから命を与えようとしていたところだった。その魔獣をカプセルから引っ張り出し、自分が今着ていた服を着させ、床に立たせる。

その時、上空から何か巨大な物が家に激突し、爆発を起こした。

 

「…あれは」

 

紫は、上から爆発の後を探っていた。すると、瓦礫の中に、黒い布きれを纏った肉塊が横たわっていた。

 

「よし、微かな気の跡も感じない…どうやら死んだようね」

 

紫がそう言うと、賢者たちはその場から離れ、やがて消えた。

魔理沙はそれを見届けると、地面の中から姿を現す。そして転がっていた大きな布をマントのように身体に纏うと、三角帽を拾って被った。魔法の箒は破壊され、もう少しで命まで落とす所だった。魔理沙は目を閉じると、残る力を振り絞って自分を苦しめるこの地を離れ、北へと歩き始めた。

 

魔理沙が目を開けると、そこは岩場だった。上を見ると、巨大な妖怪の山、その後ろには高い山脈が聳えている。追放の妖術による苦しみはたんに弱まっただけでなく、すっかり消えていた。まるで、最初からなかったかのように。きっと、妖怪の賢者共は満足したのだろう。もう死んだ人間のことなど、興味が無い。

 

だが、これではっきりした。妖怪はこの世の癌だ。自分たちの勝手な都合で幻想郷を作り、人間を飼っている。そこに住む人間たちの文化、技術、そして進化の可能性を無理やり封じ込め、自分たちの都合のいいように支配する。

妖怪はなぜ殺す?それを知らないまま、人間は死んでいく。最後までみじめに管理されたまま。それこそが、人間の妖怪のサガ。

そもそも、妖怪とは世界に存在する生命体の進化の過程において絶対に生まれないもの。本来は存在するはずのない者たちなのだ。

 

魔理沙はうっすらと笑うと、美しい幻想郷の大地を見渡した。何と美しい事か。妖怪は幻想郷自身の進化をも止めようとしていた。現に私があの歌姫を殺さないで放置していれば、幻想郷はここまで広大で美しくはならなかった。

 

妖怪は、いずれ滅びなければならない。

 

 

目の前には、一匹の麒麟が身をかがめていた。とてつもない大きさで、恐ろしげだ。緑色の鱗と金色の体毛が月の光を浴びて輝いている。その目は大きくて滑らかな宝石のようで、口からは蒸気が上がり、涎が滴っている。魔理沙は麒麟に取引を持ち掛けた。

もし自分に仕えれば、私の魔法が生み出せる限りの宝を与えようというのだ。

 

「魔法使いよ、麒麟は人間にかしずいたりしない。我々は大地に仕えるものだ、失せよ!」

 

麒麟はうなり、目を細め、緑色の炎を吐いた。岩がじりじりと焦げ、魔理沙にも炎がかかり、マントから煙が上がり始めた。

 

魔理沙は麒麟から見えない、山の奥深くへと逃げ込んだ。

 

滝の裏側にあった暗い洞窟の中で魔理沙は体を休め、だんだんと力を取り戻した。魔理沙は自分の今までの暮らしを全て捨て去った。

岩の間に潜むおぞましい生き物たちはおそるるに足らなかった。この生き物たちは魔法使いの邪悪な力に引き寄せられ、こびへつらった。

今や危険が去ったが、それで満足する魔理沙ではなかった。内側から怒りが湧いてくる。たびたび、更に悍ましい妖怪と出会ったり、ボロ服の人間と出会うこともあった。男も女もいたが、全て同じく故郷を追放された人間や、外の世界からやって来た人間である。

この人間たちは、魔理沙を見て歓び、彼女のもとに集まり、野望をかなえるべくしもべとなった。魔理沙はこの者らを蔑んだが、目的を果たすために利用した。

しもべたちに教えられた秘密の道を通って幻想郷へ戻ることも試みたが、どの道を通ろうと神獣たちは行く手に立ちふさがった。

 

憤りながら、魔理沙は幻想郷に背を向け、しかるべき時まで待たなければならないと、自分に言い聞かせた。もはや、魔理沙の怒りと憎しみは恐ろしく膨れ上がり、心臓が石炭と化して燃えているようだった。

自分を拒む土地は、必ずものにしてやる、と魔理沙は心に誓った。棒切れから石ころまですべて自分のものにしてやる。妖怪を全て追い出し、怠惰の道を歩んでいた幻想郷を、進化の軌道に乗せてやる。そして妖怪の支配から解放された人間たちに、自分を主人と呼ばせるのだ。

 

何年もの間、しもべたちは魔理沙に従った。彼らは今では、彼女の意のままに動く奴隷と成り、心も体も完全に支配されていた。魔理沙は、より高度な闇の魔法にのめり込み、計画を練った。

しもべたちは、獣のように地を這えと命じられても、誰一人として魔理沙から離れようとはしなかった。彼らは岩山に潜むいやしい怪物とともに、主人の命令に従う為だけに生きた。そして、魔理沙が力を増す様子を恐ろしがりながら見ていた。

 

 

 

『神獣の卵の話』

 

ある日、妖怪の山の魔法使い、元の名を霧雨魔理沙という魔女は、洞窟を出て、はるか上、雪の積もる山頂まで宙を飛んだ。そして、頭上に浮かび上がる満月を見て、にんまりと笑った。過去にも行ったことのある穢れなき地。その強さを学び、弱点も見つけた。いずれ来る時の計画を立て、まもなく実行に移すつもりだった。

 

今やこの魔法使いは強大な魔力を持っていた。その手は、生も死も思うがままに操った。さっと触れただけで、育ちゆくものを衰えさせることができる。骨と肉のかけらで、半死半生の生物を作り出す。その輝く月で、魔法使いの陰謀はさらに大きく膨らむだろう。

魔法使いは体の向きを変えると、薄ら笑いを浮かべて幻想郷を見下ろした。きっと、妖怪共は私が死んだと思っているだろう。勝手にそう思わせておけばいい。復讐は、急ぐことはない。待てば待つほど、達成した時の喜びは大きくなるものだ。ゆくゆくは、妖怪は全て滅び、この大地は私のものとなる。あとは、手はずを整えるだけだ…。

 

魔法使いの顔と両手に、氷が張り始めた。もはや、暑さも寒さも苦ではなくなった。それでも、魔法使いはまだ生身の人間だった。身体が完全に凍り付く前に洞窟へ戻らなければならない。帰り支度をした魔法使いが、歩き始めた時だった。雪の下にある、何か丸いものに足がふれた。不思議に思い、雪を掻きのける。なんとそこには卵が一つ、石の巣の上に置いてあった。

卵はとてつもなく大きく、まだら模様の殻は厚くてごつごつしていた。魔法使いの心臓は高鳴った。神獣の卵に違いない!

 

魔法使いはしゃがむと、両手で卵を持ち上げた。ひどく冷たく、まるで氷のようだ。しかし、生きている。まだら模様の殻越しに、脈打つ小さな心臓が見えるようだ。丸めた透明なカギ爪と、眠っている赤ん坊の体に巻き付く尖った尻尾も、手に取るように分かる。

これまでどのくらい、しもべどもが泣きじゃくるのにも構わず、神獣の卵を捜しに行かせただろうか?何度、手ぶらで戻ってきたしもべに、怒りの鉄拳を振り下ろしただろうか?そして今、ずっと探していたものが、妖怪共を滅ぼす鍵となるモノが手中にあるのだ。

 

「卵の中の神獣は、私を主人と思うだろう。きっとこの卵は麒麟のものだろうが、うろこから牙から血肉に至るまで、この私が新種の神獣を作ってやる。私のために戦い、私が命ずれば仲間をも殺す、神獣軍団だ。これで幻想郷は私のモノと成るぞ」

 

魔法使いは卵をマントの中にしまうと、洞窟に戻っていった。喜びのあまり、また、これからの計画に心を奪われ、麒麟が胎生であるということを知らずにいたのだ。

 

温かい隠れ家に戻ると、マントから卵を取り出し、机の上に置いた。しもべに火をたくように命令する。それから椅子に腰かけ、ひたすら待った。洞窟がさらに温まってきて、丸一日が経ったとき、卵が動いた。何かを叩くような鋭い音が聞こえる。

 

魔法使いが椅子から飛び上がった。巨大な卵の殻に黒っぽいひびが入る。じっと見ていると、ひびが大きく、長くなり、やがて卵が二つに割れた。

ところが、中から出て来た赤ん坊は…奇妙で無防備で、ずんぐりした翼をもち、長い不格好な首に、体の割に大きすぎる丸っこいクチバシを持つ生き物…は、神獣ではなかった。ただの鳥の一種のようだ。

 

ひどくがっかりし、怒りに燃えた魔法使いは、拳を上げて頼りなく鳴いている幼鳥を叩き殺そうとした。

その時、何故か魔法使いは躊躇った。ひょっとしたら、クチバシをパチンと閉じる様が、罠のように見えたからかもしれない。いや、卵の殻の表面をひっかく太い指の先の爪のせいだろうか。もしくは、神獣が手に入らないのなら、あるもので間に合わせようと冷静に考え直したからかもしれない。

何にせよ、魔法使いが振り上げた手を降ろしたのは、憐みのためではない。生肉を掴み、引き裂き、血が滴る肉片を幼鳥に与えてじっと見つめる。

こいつは、もともと幻想郷に居た種ではない。このような鳥は、外の世界の伝説上の動物をまとめた書物でしか見たことが無い。おそらく、幻想郷にやってきてしまった母鳥が、山頂に卵を産んだのだろう。

そして魔法使いは、最初の侵略が始まる直前に卵を見つけた。幼鳥が肉片を喰い千切る様子から、訓練すれば殺し屋にできるのがわかる。クチバシやカギ爪の大きさからすると、成長すればかなり巨大になりそうだ。

その鳥の子供たちはさらに大きくなる。そう、より大きく、強く、残酷に。おそろしい改造を施せば、この鳥はクチバシに牙を持ち、背中に棘を生やし、無限にずる賢くなる。そして、非常に忠実なしもべと成り、命ずるがままに殺戮と破壊を行うだろう。

 

この改造には時間が居る。場所も必要だ。だが、場所なら間もなく手に入る。それに、いずれ私の野望が叶うのだから、時間が多少かかろうがかまわない。

魔法使いは血で汚れた手をぬぐった。計画を練る目が、見つめる先の月の光で、怪しく輝いた。

 


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