東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~   作:ねっぷう

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第3話 「旅立ちと洗礼」

「まぁ、つまり!貴女の能力は幻想郷をマガノ国の魔の手から救う希望となるかもしれないということです!!」

 

「…そうかよ、だったらやってやろうじゃんか。憎たらしい禍王の計画を、このアタシが挫いてぎゃふんと言わせてやる」

 

本居新子の能力、”魔に対して力を発揮する程度の能力”は悪意ある者、中でも特にマガノ国に関連した者に対しては絶大な効力を発揮する能力なのだ。相手が持つ性質や意志が邪悪であれば邪悪であるほど、それに比例して新子自身も強くなる、というわけだ。

 

「私と共に、禍王の歌姫計画を打ち砕く!それでいいのですね?」

 

「ああ…」

 

鈴奈庵の娘、本居新子は、仙人である茨木華扇と共に禍王の歌姫計画を挫くことを決めた。

 

 

 

「そして、私が調べ上げた、四人の歌姫が居るという場所です」

 

華扇は旅人から聞いたり、自らで幻想郷を旅しながら書きあげた、四人の歌姫が設置されている場所の書かれた幻想郷の地図を机の上に広げた。

まず東西南北の順に、最東端にある、小高い丘の上に建っている博麗神社。最西端にある、外の世界から流れ着いた物が溜まり、強力な妖怪や魔物、更には竜までもが住まっているという竜の墓場。幻想郷の北に位置する巨大な山であり、マガノ国との国境に最も近い妖怪の山。そしてここ人間の里から南に行くと広がっている広大な魔法の森、そのさらに奥に広がる砂漠の赤い砂丘。それもどこも誰からも怖れられる魔境ばかりだ。

 

「約200年前、マガノ国の怪鳥が幻想郷の東西南北の端を旋回していたそうです。この魔境に…歌姫は隠されている!」

 

華扇曰く、マガノ国からやってきた怪鳥が歌姫を東西南北の魔境に隠したのだという。

 

「えっ、ちょっと待てよ…竜の墓場ってあの…!」

 

そう、この中で最も危険であり怖れられているのは西の竜の墓場だ。ここにはその名の通り、かつて竜であったものが肉塊や骨となって鎮座しており、それと同時に強大な妖怪やマガノ国からやってきた魔物の生息地でもある。竜と言えば、幻想郷縁起に書いてあった記述によれば300年前から200年前かけての100年間で栄えた、幻想郷最強と謳われた種族だ。だが200年前の禍王との決戦を境にマガノ国の放った怪鳥によってその姿を次々と消し、今や絶滅したと伝えられている。それが竜の墓場と呼ばれる所以なのだ。

 

「そうだ。マガノ憲兵団ですら近付かないという…」

 

新子の父親がそう呟いた。

次に恐ろしいとされるのは、南の赤い砂丘。ここへ行くには紅い砂丘と同程度に危険な魔法の森を抜けなければならない。何故なら森に囲まれるように、森の南奥に砂丘があるためだ。

 

「新子、まずどこの歌姫から…倒しますか?」

 

華扇はそう新子に質問をした。それは少し新子を試しているかのような口ぶりだ。

新子は少し考えてから言った。

 

「…赤い砂丘、だな」

 

「ほう、それはどうして?」

 

「半分は気分だ。もう半分は、一番危険だっていう竜の墓場があるだろ?アタシらは密かに事をすすめなきゃいけねぇ…でもいつかは禍王に知られるはず。だから時間が経つほど追っ手や刺客は増えて強くなる。だから先に困難な竜の墓場から始めてぇが、どっちにしろ西の竜の墓場に行くにゃあ広大な魔法の森の一部を跨がなきゃならない。だから…どうせなら先に赤い砂丘と竜の墓場から攻略したい」

 

残りの博麗神社は里から最も近く、道中も安全だ。妖怪の山も、その名前の割には妖怪はマガノ国によって追い出されているからほとんど居ないし、何より華扇はかつてその妖怪の山で暮らしていたと言っていた。だから比較的簡単な魔境の歌姫は後に回すことにしたい、というのが新子の考えだ。

 

「…そうですか、私も同じことを考えていました」

 

「新子、先に南と西の歌姫を倒したら、一旦ここへ戻りなさい。戻ってまた一休みしたら次の歌姫を倒し、倒したらまたここへ戻って休み、最後の歌姫を倒す…。いいわね?」

 

と、母親が言った。要はヒットアンドアウェイだ。禍王が、南と西の歌姫が順番に倒されたと知ったら、次の歌姫の場所に厳重な警備を置くだろう。だがいくら厳重にしてもその時には新子たちは里で休んでおり、警戒を解いた頃合いを見てその魔境へ突入する、という訳だ。

ちなみに、東の歌姫が居るという博麗神社だが、ここは魔境というよりもただ人が寄らない場所で気味悪がられているだけだ。里の東の方に行けば神社を遠目に見ることはできるのだが、ここだけは真っ白な霧に包まれており、時折姿を見せる建物はきれいに残っている。おそらく、神社としての神聖な何らかの力が働いていて憲兵団や魔物も寄せ付けないのか、それとも歌姫の魔力か…。

 

「どうする、今すぐ行くのか?」

 

「いえ、今日はゆっくり休みましょう。旅立つのは、それからでも遅くはない」

 

新子と華扇は明日の朝、四人の歌姫討伐に赴くこととなった。

 

 

 

夜。新子は自宅の屋根の上に登って、そこに座り込んで五月の満月を眺めていた。視線を下にずらせば、見えるのは荒んだスラム街だ。丁度、この鈴奈庵は廃墟区域と貧民街の境目に建っており、北を見れば廃墟、南を見ればいくらかマシな街並みが広がっている。鈴奈庵自体は比較的まともな建物の部類に入るだろう。

にしても、この幻想郷を蝕み続けて荒廃させているのが、東西南北の魔境に置かれた、四人の歌姫。それが居たから妖怪はここを追われ、幻想郷は禍王の手に落ちた、か。さっきは言われた事全部を信じてしまったが、今思うと…。

 

「調子はどうですか?」

 

とその時、後ろからそう声を掛けられた。茨木華扇だ。つい今日の夕方まで家の横に物乞いとして居着いてたが、実は仙女だった…らしい。雰囲気からして説教臭そうだし、とてもうさんくさい感じがする。

 

「どうって…別にィ」

 

新子はそう素っ気ない態度で返した。

 

「怖く、ないのですか?」

 

「ばっ…馬鹿言え、この新子にこえぇモンなんてあるかよ」

 

「新子はいつの間にか強くなっていたのですね。…私は、禍王が来る前の幻想郷を知っています。そこはまさに楽園と呼ぶべきに相応しい、楽しくて美しい場所でした」

 

そう言いながら在りし日の思い出を懐かしむように、風に揺れる髪の毛に触れる華扇。その仕草は、同性である新子でさえ思わず見惚れてしまうような、色気と艶やかさがあった。

 

「でも…禍王の侵略によって私は住処を追い出され、戦うことを余儀なくされた。何とか戦いには勝利したものの、次に襲って来たのは異常なほどの大飢餓。次々と滅んだりこの地を去ってゆく仲間の中で、私だけはここに残り続けました。あの最悪な禍王を…いつの日か懲らしめ、あわよくば打ち倒すために」

 

少し怒りをまじえて強めに呟く華扇を黙って見上げる新子。だがそれと同時に、かつての仲間を失った悲しみや、禍王に対する憎しみと恐怖も感じ取れた。200年もの間、この女性は事を荒げることもせず、ただ静かに反撃の機会を待ち続けていたんだ…。

 

「わりぃ、さっきこえぇものなんてないって言ったけど、やっぱありゃ嘘だ。里でゴロツキやチンピラの相手をしたり、憲兵団をのしたりするのとは訳が違うんだろ」

 

「えぇ。私だって死ぬかもしれませんね」

 

「まぁそん時は…そん時だ」

 

二人は声を上げて笑った。明日はいよいよ旅立ちの日、お互いに不安な気持ちはある。だがそんな事など忘れて、二人は夜の暖かい風の中、ただ談笑しあっていた。

 

 

 

新子は後ろ髪を頭の後ろにまとめ上げ、シャツの袖を二の腕までまくる。そして家の外を出ると、自分よりも先に支度を終えた華扇が待っていた。

 

「準備できましたか」

 

華扇は微笑みながらそう言うと、指を口に当てて口笛を吹いて見せた。綺麗に遠くまで届くような音が響いた十数秒後、突然新子の上に何かが現れ、地面が暗くなった。驚いて上を見上げると、大きな鷲が頭上から降りて来たではないか。

 

「で、でけぇ…!」

 

こんなデカい鷲は見たことが無い。地面に降り立つ際に発生する風圧を腕で防ぎながら新子はそう思った。

 

「私が飼っている大鷲、”竿打”といいます」

 

そう、これは華扇が飼っている大鷲だ。普段は里のはずれの林で華扇からの命令があるまで待機しているのだ。白い顔に黄色い湾曲した立派な嘴、鋭い目つき。地面に食い込む脚の爪はいかにも危なそうな雰囲気を醸し出している。若いころは命令した物を間違って持って来たり、道に迷ったりすることもあったそうだが、今では立派に仕事をこなせるまでに成長しているらしい。

 

「これで森の上を越えてしまおうかと思っています」

 

「新子…行って来い。そして生きて帰ってきなさい」

 

父親が新子の肩に手を置いてから、静かにそう言った。

 

「大丈夫だ、まずは南と西の歌姫を倒したらいったん戻って来るんだろ…心配するなよ」

 

低く飛び上がった大鷲の両足に華扇が掴まり、その華扇の背中におぶられるようにしがみ付く新子。そのまま大鷲は翼をはためかせ、空高く舞い上がりいよいよ飛び立っていった。今、本居新子と茨木華扇は禍王の計画を挫くための旅に出たのだ。

大鷲に運ばれながらこちらに手を振る新子と華扇を、両親はただ無事を祈りながら手を振り返していた。

 

 

「さて、ルートですが、このまま森を飛び越えて砂丘まで一気に行きましょう」

 

「それなら簡単だな」

 

魔法の森は砂丘と同程度に危険な場所だ。わざわざ森に入って危険をおかすよりも、上からスルーして行ったほうが安全だろう。と、いよいよ濃い緑に包まれた森が見えてきた。

 

「ですが、空を移動するには一つ問題が…。あら…!」

 

華扇はそう言いかけたところで、背後から聞こえた甲高い音を聞いて後ろを振り向いた。北の方角から、何やら大きなものがこちらへ飛んでくる。

 

「言った傍から来たわね。怪鳥ガルルガ…!」

 

「あぁ?ガルルガだって?」

 

怪鳥ガルルガ。山の向こうのマガノ国に棲み、全部で七羽存在するという戦闘を好む巨大な怪鳥だ。幻想郷縁起の挿絵にそっくりなガルルガの姿は、実際に見ると感情の無い残虐な目が恐怖を掻き立てて来る。ガルルガは禍王の命令で時折幻想郷を空を監視していて、不審な動きを見せる飛行物体があればすぐさま飛んできて叩き落とすか、殺してでもそれを排除しようとする。かつて幻想郷に生息していた竜と戦い、滅ぼしていき、東西南北に歌姫を運んで隠したという怪鳥の正体も、このガルルガだ。

 

「危ない!」

 

猛スピードで迫って来るガルルガを、竿打は回転しながら間一髪で避ける。だがガルルガも甲高い叫び声を轟かせながらもう一度向きを変えて攻撃をしようと戻って来る。嘴の下顎はシャベルのように大きく前方にせり出し、その顎の下から後頭部にかけて生えているたてがみ、ピンと斜めに立っている大きな耳。七羽いるうちのこの個体は片目が傷ついて潰れており、今までどれほどの敵と戦ってきたのかがわかる。棘だらけの紫色の甲殻は、怒りや興奮に合わせて強度を増すらしい。さらに翼は翼膜が分厚く発達してして、ガルルガの巨大な体躯があそこまで空中で俊敏に動くのも納得がいく。

 

「やはり空を飛ぶのは厳しかったか…。このガルルガに発見される前に砂丘までたどり着きたかったが、こうも早く見つかるとは…」

 

薄い羽毛の生えた腹を見せながら頭上すれすれを飛行するガルルガ。そして長い首を曲げ、尖った嘴を竿打に向けて叩きつけるように真っすぐに繰り出してきた。初めて見た時はなんてでかい鳥なんだ、と思った大鷲の竿打も、この巨大な怪鳥ガルルガの前にはまるで大人と幼児の如き体躯の大きさの違いと、圧倒的な力量の差がある。一度目のついばみは避けられたものの、その後すぐに放たれた体当たりに激突した竿打はバランスを崩し、宙を不安定に舞いながら下へ落下していく。

 

「テメェ、この…!」

 

竿打の背中を蹴って飛び上がり、ガルルガの顔のすぐ前までジャンプする新子。拳を振り上げ、対象を殴る構えをとる。今の新子には、”魔に対して力を発揮する程度の能力”が働いている。

 

「いくら能力が発動しているとしても、そのガルルガには…!」

 

その能力は対象の魔が強ければ強いほどそれに比例して新子の力も上がるが、華扇の言う通り、所詮人間の力ではガルルガに痛手を負わせ、追い払う事はできなかった。確かに振り下ろされた鈍器の如きパンチはガルルガの頭をわずかに移動させるほどの威力を持っていたが、それまでだったのだ。微かな鈍い痛みに苛立ったガルルガは甲高い奇声とともに細長い鞭のような尾をしならせ、新子に叩きつけた。

 

「うぐ…!」

 

落下する新子に追撃を加えようとするガルルガ。

だが、華扇は左腕の包帯をほどきながら伸ばし、大きく広げた手で新子を掴む。そのままこちらへ引き寄せ、ガルルガの追撃を回避し、新子を抱きかかえながら竿打とともに下へ落下していった。まだ森ではない、森の近くの林の中に、木の枝をへし折りながら一羽と二人は地面に到達した。

 

「いてて…」

 

「ここでやり過ごしましょう。ガルルガは好戦的な性格で知られるけど、人間のような小さい者は相手にしないし、今は禍王の命令で無駄な戦闘は避けろと言われているはず…!」

 

華扇は竿打に音を立てないようにと言い聞かせ、新子と共に林の中に身を潜めた。ガルルガはしばらく鳴き声をあげながら頭上を旋回し、翼による風圧で林を揺らすが、それでも姿を現さないターゲットを諦めて、やがて北の方角へ戻っていった。

 


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