東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~   作:ねっぷう

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第27話 「大切な名前」

鈴奈庵の娘、本居新子は両親から、禍王の”四人の歌姫計画”を知らされる。新子は仲間の茨木華扇と共に、歌姫計画を打ち破るために旅立った。

ついに、四人の歌姫全てを倒した新子。しかし、禍王の恐ろしい最終計画が始動してしまうのだった。七羽のガルルガに苦戦を強いられる新子たち。だが、そこに颯爽と現れたのは…?

 

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第27話 「大切な名前」

 

「どうやっても止まらないよ」

 

気が付けば、新子はそう言っていた。竜が吠えて、鎌首をもたげた。牙を剥き、灰色の流れに向かって真紅の炎を吐く。だが、新子は黙ったままだった。振り返って、灰色の円の中心を見ている。崩れ落ちた黄色のドームは、灰色のごつごつに覆われて見えない。周りには工場の輪郭が見て取れる。だが、輪郭だけだ。崩れた建物、塔、ブロックや石に至るまでの全てが分厚い灰色の膜に覆われていた。そして、工場が有った場所の灰色の液体の中で、何かが立ち上がっていた。

5、60メートルに達しようかというほどの高さを持つ何かが居る。巨大な三角形の頭部に、3つの触手のような足。三角の頭部から前方に突き出た角から、更に細い腕が3本見える。

三角形の建物はフラフラと直立し、目のような2つの模様を光らせた。すると、邪悪な光が発生し、足元の液体を照らし始めた。光に照らされた液体はしばらくして完全に固まった。月の光に輝くこともない。

 

これは、アタシらが戦える相手ではない。灰色の波は広がり続けるだろう。この人間の里をまず最初に呑み込み、工場も家畜も覆い尽くす。谷も丘も埋め尽くされて一緒くたにされてしまう。

灰色の波が通るところ、誰も逃れられない。死は平等に訪れる。人間にも、わずかに生き残っている妖怪にも、魔法の森の大きな鳥にも、赤い砂丘の獰猛な怪物にも。河童にも、妖怪の山のケチャルコチルも、元はマガノ国の怪物だったスラッグさえも取り込むだろう。マガノ国が全ての憲兵を含めた軍をすぐに引き上げた理由が分かった。

 

灰色の波は、あの三角形から発せられる光を受けて固まり、川をぬかるみに変え、家も作物も怪物も木々も人も皆、石の殻に閉じこもってしまう。そして波は進み続ける。山に登った者は、波が到達するのを頂上で震えながら待つことになる。

色々な生き物が息づき、様々な表情を持つ、幻想郷の大地。沢山の秘密も秘めていた。そのすべてを失って、幻想郷は冷たい灰色のだだっ広い死んだ大地になってしまうのか。

 

これは禍王からの復讐に違いない。予言の女が立ち上がり、自分に反逆した事への。何年にもわたり抗い続けた幻想郷への復讐だ。

禍王は読んでいたのだ。必ず誰かが、大地の荒廃に異常を感じ、必ず歌姫の在り処を調べるだろうと。歌姫計画を知ったものが、これを踏みにじりに来るだろうと。敵の陰謀のピースが一つ一つはまっていく。新子は歯ぎしりした。

アタシらは考え無しに敵の餌に飛びついてしまった。これまでのことを考えると、いとも簡単に騙された自分が信じられなかった。

最後の歌姫を守る石碑の碑文は、警告ではなく、アタシへの挑戦状だった。あれはアタシに最後の致命的な一歩を踏み出させるためのダメ押しだったんだ!

 

でも、今そんな事に気付いても、もう手遅れだ。禍王は最初からどう転んでも幻想郷を我が物に出来るように事を運んでいたんだ。幻想郷が灰色に覆われて固まったら、その上に自分の帝国を築けばいい。

新子の心に、手のつけようのない激しい怒りが燃え上がった。

禍王はアタシらがどうやって幻想郷を滅びへと誘うのか、見て楽しんでいたんだ。旅の途中で倒れれば、幻想郷は歌姫によってじわじわと死にいたる。歌姫を全部退治すれば、死はたちまちにして訪れる。どちらにせよ、敵の勝ちなんだ。

 

新子がそう思った時、不気味な雄叫びと共に、北の空に七羽のガルルガが現れた。そして、妖怪の山に巻き付くようにしがみついているのは、赤黒い渦を巻くような雲だった。その雲の中心に、二つの赤い目玉が光る。

新子の中で禍王への怒りが一瞬で恐怖に変わった。ケツァールがくるりと振り返り、雲から離れて猛スピードで向かってくるガルルガに向き直った。竜が身体を震わせると、赤い目で新子を見つめた。

 

「敵は我らの攻撃に気付いたな。見ろ、大将のお出ましだ。あのドロドロを守ろうと、敵の親玉自らが出向いてきたぞ」

 

まるで馬鹿にするような口調。虹色の炎に焼かれた灰色の焦げ目をチラリと見た。

 

「これくらい、大した痛手では無かろうに。敵は余程、我ら神獣が怖いようだな。たった二匹の神獣で手一杯のようだ。さて、お前たちを降ろさなければ。あの憎き鳥どもはケツァールを仕留めた後、こっちに来るぞ」

 

「だめだ!今ならまだに逃げられる…!」

 

真紅の瞳が揺れた。

 

「逃げるくらいなら、闘って死ぬ。もう、隠れる事にはうんざりだ」

 

「どっちみち、灰色の波が広がれば、隠れるところなんてない。私たちから離れないで、新子が居れば、まだ戦える」

 

「そうだぜ!神の友なんかじゃない、このアタシたち、”友だち”のために一緒に戦おう。今は空が一番安全なんだ」

 

竜の目が見開かれる。

 

「さぁ、仲間と肩を並べて闘うのよ」

 

「…いいだろう、今はケツァールと肩を並べ、闘ってやる。そしてともに死ぬのだ。だが、命あるうちは、できる限り敵を痛めつけてやろうではないか。死にゆく我らの大地の為に。我らの祖先、そしてもう生まれることのない我らの子孫の為に」

 

竜はだっと飛び出すと灰色の海の上を全速力でガルルガに向かった。新子は拳を握り、目をつぶった。すると、瞼の裏に『幻想郷縁起』の一節が浮かんできた。

 

【禍王、狐の如く狡猾にして、諦めることを知らず。そのケダモノの怒りと嫉妬においては、千年の時も一瞬に過ぎない】

 

『幻想郷縁起』は禍王の事をケダモノと呼んでいる。あれを書いた人は、アタシらが今まではっきりと理解していなかったことを分かっていたんだ。始まりはどうだったにせよ、禍王は今や、魔法を使える人知を超えた強大な独裁者以上の存在だ…いや、独裁者以下かもしれない。

遥か昔、奴は恐らく、黒い三角帽を頭にかぶり、箒に跨った、ただの魔法使いだったのだ。奴は恐怖というものを知り、苦い敗北を味わった。そして、自分にそんな感情を抱かせた幻想郷への復讐のために、山を越えて自分がモノにできる土地を捜したんだ。

禍王はその当時は人間だったかもしれない。だが、今はもう人ではない。奴の人間性は嫉妬と憎しみと悪意とに、とうの昔に焼き尽くされて灰になってしまった。残ったのは、思い出だけだ。

人がケダモノに変わった。魔力を糧として、目の前のものすべてを破壊し、堕落させる、悪の力に。決して枯れることのない力に。

 

どうしてアタシは禍王を倒せるだなんて思ったんだろう?奴は何百年もの間、目的に向かって突き進んできた。そしてアタシたちは、奴の網の中でもがいていた。何も知らず、祖先の犯した過ちを愚かにも繰り返してきたのだ。

 

二匹の神獣の咆哮が雷の如く轟いた。七羽のガルルガの、血も凍る叫び声が空を裂く。風に乗って焦げた毛の匂いや腐ったような悪臭が飛んでくる。だが新子は、音も匂いも感じなくなっていた。

 

そうだ、そうなんだ。かつて、この幻想郷で戦争が有った。初めて攻めて来たマガノ国軍と、幻想郷の民たちの戦争が。戦いは総力戦となり、マガノ国は敗北した。それがたとえ、仮の敗北であったとしても、勝ったことには変わりない。祖先の犯した過ちはあっても、祖先が手にした栄光はある。

 

─敵は余程、我ら神獣が怖いようだな。たった二匹の神獣で手一杯のようだ─

 

そうか!禍王はあらゆる可能性を考えて、計画を立てた。でも、神獣の事は計算に無かったんだ。それもそのはず、禍王は神獣を一匹残らず滅ぼしたつもりでいたのだから。

新子は顔をぴしゃりと叩いた。ガルルガはもうすぐそこだ。狂気に目をぎらつかせ、すぐにでも切りつけられるよう、かぎ爪を構えている。ガッと開いたクチバシの大きくせり出した下顎に、肉を抉る突起がのぞく。

 

「だから、ガルルガ…テメェらの力を借りるぜ!」

 

新子はそう言うと、体に湧き上がる力を一気に体外に放出した。放出された霊力は形を取る。青い巨体に太くたくましい剛腕、敵を睨みつける鋭い顔つき、竜のような力強い後ろ足、長い尻尾。青い化身はガルルガに向かって気合の雄叫びを放つ。

旅の初め、アタシはガルルガに襲われた。あの時は”魔に対して力を発揮する程度の能力”を使っても、ガルルガには手も足も出なかった。でも今度は違う。あの時とは違うんだ。

 

「『東の反逆者』!!」

 

『東の反逆者』のうなじに手足の先を突っ込んだ新子は、その化身を自分自身であるかのように操る。化身は竜の背から飛び跳ね、ガルルガに殴りかかる。

一発拳を振るうごとに、頭に言葉が浮かぶ。その言葉を、意識しないうちに叫んでいた。

 

「ロック!」

 

すると、その竜の名前に導かれるように、次々と言葉が頭に浮かんできた。博麗神社で聞こえた、外国語のような奇妙な言葉だ。

 

─ロックワブルアーゴルカムナセトレーナ─

 

そうか、これは外国語なんかじゃない。名前だ!神の友が生涯で一番大切にしていた、5つの名前!

竜、麒麟、グリフォン、天狐、ケツァールの名前。新子はもう一度拳を握り、言葉を叫んだ。

 

「ロック!ワブル!アーゴル!カムナ!セトレーナ!助けてに来てくれ、幻想郷の為に、神の友のために!!」

 

竜のロックがびくっと震えた。ケツァールも振り返り、虹色の目を燃やしてじっとこちらを見ている。

だがその時、七羽のガルルガが頭上に現れた。ガルルガは新子たちを取り囲み、血に飢えた狼のように吠えて牙を剥く。カギ爪と歯が新子たちを八つ裂きにしようと襲い掛かってくる。

ガルルガは一団となって四方八方から襲って来た。半分が襲い掛かって敵の気を惹き、もう半分が翼の影から隙を突く。ガルルガは凶暴で何者をも恐れず、おまけに疲れを知らなかった。無数の戦いを勝ち抜いた傷を体に残し、狡猾さに満ちている。だが、歴戦のガルルガでも、一度に二匹の神獣と戦うことなど滅多にない。そればかりか、今度は竜の力を持った青い化身と、華扇も相手なのだ。

ロックがカギ爪でガルルガに斬りつけ、炎を浴びせた。ガルルガが怒りに吠える。新子も再び竜の背中から飛び出し、ガルルガの耳を引っ掴んで殴りつける。華扇もドリルに変化させた右腕を振り回し、敵を寄せ付けない。その頭上から、負けじと恐れ知らずの竿打が舞い降り、ガルルガの首や頭をつついては怒りの火に油を注いだ。

その時、一羽のガルルガがよろめいた。ケツァールのクチバシの一振りに首を掻き切られ、身をよじりながら落ちていく。地面に叩きつけられたガルルガは、一瞬で灰色の波に飲み込まれてしまった。

 

二匹の竜は雄叫びを上げ、新子たちもわっと沸いた。だが、残りのガルルガが怒り狂い、奇声を上げて突進してきた。鋸のような歯と鋭いカギ爪がケツァールの喉元を突き刺す。ケツァールが痛みに吠えた。

翼や背中が緑色に変色している大きなガルルガが、巨大なコウモリのように逆さまになって首に食らいついている。クチバシから滴るケツァールの血の匂いに色めき立って、残りのガルルガが群がる。よろめくケツァールは頭から尻尾の先までをガルルガの紫色の甲殻と翼に覆い尽くされてしまった。

 

「アイツはもう終わりだ。奴らはこうやってトドメを刺す」

 

ロックがぼそりと言った。

 

「だめだ、あの下に入って!」

 

新子がそう言うと、ロックは旋回し、ガルルガとケツァールがもみ合っている下に入った。新子たちの頭のすぐそばで、緑色のガルルガがボロボロの翼でケツァールの首を抱き込み、気味の悪い体をぴったりと押し付けている。だめだ、今殴れば、この巨大な拳ではケツァールにまで当たってしまう。

 

だが、華扇はロックの首の上に立ち上がると、いとも簡単にガルルガの首の上に飛び移り、バランスをとった。そして腕を変形させたドリルが回転し、切っ先が光る。そして、回転するドリルをガルルガの下顎の付け根に突き刺した。ゴロゴロ…と恐ろしい音が響き、ガルルガが悲鳴を上げた。顎の下には大きな穴が開き、首の内部が見えている。華扇はすぐにロックの背中に戻ると、ロックは凄い速さでその場を離れた。後ろで、緑色のガルルガが石ころのように落ちていった。

 

今度は勝利の声は上がらなかった。ケツァールが空中で身をよじり、襲い来るガルルガに向かって口を開いて頭を振り回し、炎を吐く。だが、動きがぎこちない。弱っているのだ。

ロックも弱っていた。双頭の犬との戦闘で疲れた上に、無理な飛行を続けたことでさらに消耗していたのだ。閉じていた傷が開き、真紅の体のあちこちにどす黒い血がにじんでいる。

 

ガルルガたちはそれに気づいていた。ロックの羽ばたきが不規則な事、血の匂い。ガルルガたちはもがくケツァールを捨て置いて、もう一匹を仕留めようと金切り声を上げて猛然と迫ってきた。数こそ五羽に減ったが、戦いの疲れなどみじんも感じさせぬに、血に飢えて凶暴だ。

五羽のガルルガは真紅の炎をかいくぐると、ロックの脇腹に体当たりをした。ロックはよろめき、落ちかけた。巨大な翼を懸命にはためかせ、棘のある二股の尾を振り回す。ガルルガが後を追い、取り囲んで再び攻撃をした。

 

「私はこれまでのようだ。だがせめて、私も一匹くらいは道連れにしたいな」

 

その時だった。空一面に大きな羽毛がぶわっと舞った。ガルルガが驚いて吠え、わっと散る。上空から颯爽と現れたのは、南の領域のグリフォン。茶色と白の巨大な翼。クチバシを大きく開いて吐く炎が黄金色に輝く。ガルルガはグリフォンに向き直った。クチバシを大きく開けて怒りに吠える。その時突然、一羽のガルルガがふっと消えた。

 

ボキボキ、バキッ

 

嫌な音がしたその先に、まるで雑巾を絞るかのようにガルルガを前足で捩じりこんだ緑の巨体が見えた。息絶えたガルルガの体をバラバラに引きちぎり、北の麒麟が神々しい雄叫びを上げる。残されたガルルガも金切り声を上げ、猛然と襲い掛かる。すると、轟音と共に白銀の炎が煙を突き抜けて来た。三羽のガルルガはさっと急降下したが、一羽だけ出遅れた。白い炎を受けて翼が燃え上がり、真っ逆さまに落ちていく。

 

その時、恐ろしい声が、北の空に広がる赤黒い雲から轟いた。

 

 


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