東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~   作:ねっぷう

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第26話 「恐ろしい真実」

鈴奈庵の娘、本居新子は両親から、禍王の”四人の歌姫計画”を知らされる。新子は仲間の茨木華扇と共に、歌姫計画を打ち破るために旅立った。

ついに、四人の歌姫全てを倒した新子。しかし、禍王の恐ろしい最終計画が始動してしまうのだった。

 

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第26話 「恐ろしい真実」

 

新子は震える手で、冊子を閉じた。

 

─『四人の歌姫』…─魔法使い…新子─…いますぐ止めろ…

 

とぎれとぎれの父の言葉が、前とは違う恐ろしい意味を持って新子の頭にこだまする。

 

「悲しすぎる話よね」

 

新子の肩越しに覗き込んでいた母が呟いた。これを読んで気付いた。父はこう言いたかったんだ。

 

─『四人の歌姫』を読め。「魔法使い」が「新子」だったんだ。「今すぐ止めろ」

 

「でもこれのどこが興味深いと思ったのかしらね?あの人も、よくわからないところがあったから」

 

─もっと早く気づいていれば!もっと前に思い出していれば…くそっ、俺は馬鹿だ…!

 

「父さんはこの冊子を見つけて、この話が意味することに気付いた時には、もうアタシははるか彼方だったんだ」

 

「この話の意味すること?何を言っているの?」

 

新子は考えた。夢見の泉の水で見た夢で、熱風が鈴奈庵に押し入ってきた時、父さんは何をしていたのだろうか?『幻想郷縁起』は机の上の遠い位置にあったし、ひもで束ねられていた紙束は、きっとこの冊子だろう。それに父さんは物差しを使っていたぞ。この冊子には、どこにも物差しを使った跡なんてない。

ということは、父さんは何か別の事をしていたはずだ。『四人の歌姫』の話で、父さんは何かにピンと来たのか。熱風が来たとき、父さんは重大な発見がさとられてしまう証拠を、身近なところに隠したんだ。

 

「…あ!!」

 

新子は声を上げた。

そうだ、隠していたじゃないか!引き出しに、あのカウンターの引き出しに!幻想郷縁起で熱風の目をごまかし、その証拠を引き出しに隠していた。だとすれば、もう一つ、机の上に見えた、あの黄ばんだ紙きれ。もしそうだとすれば、あの紙切れは…!

 

新子は駆けだした。息せき切って、また丘を下る獣道を走る。途中で何度も転んで怪我をしたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

そしてようやく、鈴奈庵にたどり着いた。胸がゼエゼエとなり、ズキズキと肺と心臓が痛む。

カウンターの引き出しを強引に開け、例の証拠を捜す。…あった!黄ばんだ紙、そして定規。だが、肝心のアレが見当たらない。

 

どこだ?どこにある?

 

新子はカウンターの周辺を探った。どんなに物を引っ張り出しても、目当てのものは見当たらない。いや、待てよ。確か、引き出しにはさらに秘密の隠し場所が有ったはずだ!

引き出しの底板は、2重になっていた。板を一枚外すと、そこには手書きの幻想郷の地図が入っていた。そうだ、やはりそうだ。父さんは、この紙と定規で証拠をつかんだのだ。アタシにもわかる。父さんが何をしていたのか。

新子は黄ばんだ紙を机の上に広げた。確か、13代目の家田家当主の遺言書だ。

 

”禍王の恐ろしい計画を決して────はいけない。そうすればこの幻想郷に、もう一度───────訪れるだろう。禍王の計画は──だ。だから”

 

これを、父さんはこうではないかと考えていた。…あった、もう一枚、比較的新しい白い紙が。

 

”禍王の恐ろしい計画は決して放置してはいけない。そうすればこの幻想郷に、もう一度美しい平和が訪れるだろう。禍王の計画は最悪だ。だから”

 

これが父さんが考えた文章だ。父さんは、13代目が伝えたかったことはこうではないかと考えていた。だが、実際は違う。

 

真逆の事だったんだ。白い紙の裏に、更に文章が書き足してあった。そのさらに下には、小さく「稗田の屋敷跡地で見つけた冊子」と記入されていた。

 

”禍王の恐ろしい計画を決して挫いてはいけない。そうすればこの幻想郷に、もう一度禍王が悪意を以って訪れるだろう。禍王の計画は罠だ。だから”

 

紙の上に汗が滴る。この13代目は、父さんよりも早くにこれに気付いていたんだ。だが、知ってしまったがゆえに、殺されてしまった。このことを血で紙に書き、父さんに託したが、父さんは全く別の曲解をしていたんだ。

 

 

宴会の場に、新子が汗だくでげっそりした顔で現れ、シートの上に倒れ込んだときには、皆の楽しげな声がぴたりと止んだ。

華扇が驚いて飛び上がり、バンやツムグが眉をひそめる。

新子は、『四人の歌姫』の冊子、黄ばんだ遺言書と本当の意味が書かれた白い紙、定規、幻想郷の地図、鉛筆を全て目の前に広げた。そして冊子を、華扇の手に押し付けた。

 

「アタシたち、騙されてたんだ。禍王がこの話を真似たのは、『四人の歌姫』っていう名前だけじゃない。奴はその筋書きも取り入れて、それをもとに策略を練ったんだ。父さんがこの冊子を見つけてくれなかったら、誰もこのことに気付かないところだった」

 

新子は震える手で地図の上に定規を置いた。

 

「でも、父さんはこの話を読んだ。だから危険が迫っていることに気付いて、アタシに伝えようとしたんだ。最後は、熱風でさえも何か勘づいていたのかもしれない」

 

華扇、バン、ツムグ、にとりがその話を読み始めると、新子は定規を地図のある場所に当てた。

 

─線…地図…!邪悪…中心─

 

父の遺した言葉を一字一句思い出していく。

新子は、南の歌姫が隠されていた「赤い砂丘」の中心に点をつけ、西の歌姫が隠されていた「竜の墓場」、北の歌姫が隠されていた「妖怪の山」の丁度あの天狗の城があったあたりに、そして東の歌姫が隠されていた博麗神社の位置に点を書いた。そして定規を使い、「竜の墓場」と「博麗神社」を結ぶ線を引いた。続いて、「妖怪の山」の点と「赤い砂丘」の点を結ぶ線を引いた。

皆が、新子のもとに集まっていた。『四人の歌姫』の話が手から手へと渡り、読み終えた者は、新子の前に置かれた地図と、そこに引かれた線とまじまじと見つめている。2本の線は、幻想郷の中心であり、人間の里の中心でもある例の工場の場所で交わっていた。

 

「なぜ、里の真ん中が酷いありさまなのか、ずっと疑問に思ってたわ。里は幻想郷の真ん中にあって、四方を歌姫で囲まれているなら、外側が腐って、内側は無事なはず。なのに、逆だったもの」

 

華扇が険しい顔で呟いた。

 

「やつは自分の計画に、ここが必要だったのか」

 

「これが、父さんがアタシに見せようとしていたものだ。父さんは、アタシを止めようとしてたんだ。もし最後の歌姫の声が止めば、飢餓とか荒廃とかよりもずっと恐ろしい何かが幻想郷に放たれるって、悟っていたんだぜ…」

 

「だから東の歌姫の最後がやけに呆気なかったんだ…。3つの歌姫が倒されて、大地の大部分は豊かな地に戻り、禍王の人間を飢えさせる遊びももう終わり。そうなったら今度は自分で仕掛けた罠を試したくて、我慢できなくなった。だから、最後の歌姫と熱風の魔力を取り上げたんだ。…ふん、アイツの考えそうなことね」

 

バンが静かに言った。新子は、さらに正邪の意味深な言葉たちを思い浮かべ、声に出す。

 

”この幻想郷を守っているのはこの私なのだ。この鬼人正邪こそ、お前たち人間の守護者なのだよ”

”4人の歌姫の声 止みし時 永久の安らぎ 大地を満たす”

 

「永久の安らぎ…」

 

華扇も一緒になって復唱した。希望の色を称えていた言葉が、突然冷たく響いた。

そう、正邪はこのことを何らかの方法で知ってしまったんだ。だから、自分が死んだと見せかけ、歌姫の番人になった。すべては幻想郷を守るため。歌姫を倒されないように自分が守っていれば、幻想郷は滅ばないで済む。

確かに、お前の言う通り、無知とは恐ろしい。ここへ来て、お前にはぎゃふんと言わされてばかりだ。

 

「はやく、何とかしなくちゃ…」

 

─私は速いぞ、新子。天狐はまだ体力が回復していない。だが私はもう平気だ、私に乗るがいい─

 

 

竜のロックは、新子と華扇を背中に乗せると、一気に空へ舞い上がった。眼下の人間の里に、ぽつりぽつりと家の明かりが灯り始めた。暖炉のそばで眠る人、子供を風呂に入れる人、粗末な食事の支度をする人。みな、外で何が起こっているかも知らずに安心しきっている。2人は竜の首にしがみ付いて、身を斬るような風に吹き飛ばされないようにしていた。

 

と、その時、華扇が声を上げた。何だと思って新子もそちらを見ると、同じものが目に映った。思わず息を呑む。人間の里の真ん中で、何か巨大な物が立ち上がりつつあった。まるで、水に映った黄金色の月のような、巨大な丸い物体だ。

 

「一体、アレは何?」

 

華扇の声がかすれる。竜は低く唸ると、どんどんスピードを上げていった。人間の里の中心、マガノ国の工場がすぐ目の前に見えて来た。その工場の下側から、巨大な、毒々しい黄色のドームのようなものがせり上がってくる。不気味な工場をおもちゃの家のように押しのけて。

新子は言葉を失い、どんどん膨らむドームに見入った。

 

”ひめやかに流れる川の如き歌声。その危うきは、暗きに潜む”

 

だが、歌姫の声はもう止んだ。そして、あの話のように、華扇の仕掛け箱のピエロのように、ずっと闇に身を潜めていた禍王の復讐の念が、頭をもたげた。押さえつけるものがなくなったのだ。

工場を破壊し、地面の中からのし上がってくるドームは、大地のおできのようにおぞましく膨れ上がっていく。

 

「どれくらいそばまで行こうか?」

 

竜の声はそこで途切れた。里の反対側のはるか空の上から、雷のような咆哮が聞こえたのだ。何かが、恐ろしい速さでこちらに向かってくる。月の光を反射して、くねくねと身をくねらせる虹色が見えた。その瞬間、竜は身をひるがえして急降下した。地面がぐんぐん迫ってくる!

竜は凄い勢いで着地した。土埃が竜巻のように舞い、狭い小屋に身を寄せ合っていた人々が、何だ何だと外に出てくる。竜は爪で新子たちを背中から降ろすと、飛び立とうと再び翼を広げた。

 

「やめろ、闘うんじゃねぇ!このままここにいろ!」

 

新子は叫んだ。

 

「アイツに臆病だと思われてたまるか!」

 

恐ろしく歯を剥いた口から蒸気が上がる。

 

「神の友の名において、頼む!」

 

すると、竜は不満げに唸ったが、翼を半分閉じ、動きを止めた。もう虹色の巨体は真上に迫っていた。蛇をそのまま大きくしたような姿だが、その大きさはけた違いで、今まで一番大きかった麒麟をも優に上回る。太いクチバシを引き結び、虹色の大きな目は怒りに満ちている。首まわりの棘と羽毛が逆立ち、胴体にくっついた翼は目いっぱいに広がっている。

残る最後の神獣、幻想郷の中央領域に住む、ケツァールだ。

 

─ケツァールよ、襲わないでくれ!この竜はアタシの頼みでここに来たんだ─

 

新子は心で呼びかけた。だが、ケツァールの度を超えた怒りが、新子の体を稲妻のように突き抜ける。新子は気力を奮い立たせ、もう一度呼びかける。

 

─ケツァール、アンタは怒りの為に大切なことを見失っている。恐ろしい邪悪がアンタの領土に現れたんだ。なわばり破りの竜よりもずっと恐ろしいのが。目をしっかりと開け、よく見ろ!”神の友”の名において…─

 

ふたたび、神の友という言葉が威力を見せた。新子は緑を中心とした色合いの虹色のケツァールがためらっているのを感じた。そして、ケツァールは空中でくるりと向きを変えた。新子は立ち上がり、前を見て、思わずうめく。ドームは一段と大きくなっていた。悍ましい塊が完全に工場を破壊し、風船のように盛り上がっている。新子は愕然として、ただ見つめた。ドームは、下の方こそ変わらぬ毒々しい黄色だったが、てっぺんのほうは淡く光って、張り詰めたようになっている。まるで今にも…

 

メリメリ ブチッ

 

そのとき、身の毛もよだつ音と共に、ドームのてっぺんがパックリと裂けた。そこから、クリームのようにねっとりとした悍ましい灰色の物体がドバーッと空にむけて噴き出した。

竜とケツァールが吠える。新子と華扇があっと叫ぶ。そして、もう一つの声。それは、彼方から響く、邪な笑い声だった。ほとばしる液体はドームの殻を伝って地面に向かって流れだす。かなり粘度が高いようで、ゆっくりと溢れていくようだ。

 

「何なの、アレ」

 

華扇が恐怖に目を見開いて叫ぶ。

赤い目をした勇気ある野良猫が、味見でもしようとしたのか、液体に向かって走り出した。だが、液体が身体に触れた瞬間、猫は硬直し足をぴくぴくさせて倒れた。灰色のねっとりとした液体は痙攣する猫を一瞬で飲み込むと、そのまま流れ続ける。

 

それを見た人々が恐怖に叫び、一目散に逃げだす。

 

「毒があるのか…それに、アイツは生きてる」

 

そう、あのねっとりとした灰色の液体は、育っている。大地と空気を餌に、増殖しているんだ。

その時、咆哮と共に、一筋の炎が放たれた。ケツァールが急降下して、丸く広がる灰色の波を襲ったのだ。虹色の炎が丸い灰色の湖のすみに、大きな点を焼き付けた。そこは固まり、液体は動きを止めた。だが、それもつかの間。周りの液体が盛り上がったかと思うと、猫を飲み込んだようにあっという間に焼けた場所を飲み込んでしまった。

ケツァールは旋回し、もう一度炎を吐いた。また同じことが起こる。焼けた場所は瞬く間に飲み込まれ、灰色の縁は広がる一方だ。竜は我関せずという顔で、ケツァールの奮闘を見ている。

 

「我らは空に戻ろう、新子に華扇。ケツァールは忙しいようだ、すぐに我らを襲う事は無かろう。ここももうすぐ危なくなる」

 

竜の言う通りだ。2人は再び竜の背に乗った。竜は飛び立ったところで、くるりと振り向いた。

 

「手遅れにならず、よかったな」

 

ついさっきまで新子たちが居た場所は灰色に飲み込まれていた。幸いにも、中央の貧民街地域には人っ子一人残っていなかった。皆、里の外側の地域まで逃げたのだ。よかった、と胸をなで下ろした。

ケツァールは灰色の海の上空を旋回しながら、虹色の炎を吐き続けた。だが、灰色の液体は増殖を続け、刻一刻と速さを増して広がっていく。


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