東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~ 作:ねっぷう
鈴奈庵の娘、本居新子は両親から、禍王の”四人の歌姫計画”を知らされる。新子は仲間の茨木華扇と共に、歌姫計画を打ち破るために旅立った。
ついに、四人の歌姫全てを倒した新子。しかし、喜ぶ間もなく、彼女のもとに死んでいたはずの天狐が現れ…
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第25話 「箱の仕掛け」
死んでいたはずの天狐が今、頭上に居る。信じられない、どういうことなんだ?確かに天狐は博麗神社に来る途中の森の中で息絶えていたはずだ。身は朽ち果て、もう復活の余地などなかったはず。
「私はずっと呼んでいたのですよ」
天狐が目を閉じながら、新子たちに語りかけて来た。透き通るように綺麗な女性の声だ。
「先ほどから何度も呼びかけていたのに、神社に住まう邪悪の歌声によってかき消されてしまっていました。ですが、こうして邪悪が滅されたのを感じ取り、こうして直接やってきたのです」
「…じゃ、じゃあ、さっきアタシの頭に話しかけてきたのも、アンタだったのか?」
今度は目を輝かせながら口を開いた。
「そうです!」
「だったら、あの死体は何だったの?」
華扇がそう聞いた。すると天狐の笑みはふっと消え、一気に悲しそうな表情になった。何だか、今までの神獣と比べて感情の起伏が激しい奴だな、と新子は思った。
「…アレは私の兄です」
「兄だって?」
「300年ほど前、私たち兄妹は”神の友”に出会いました。近々、強大な敵が幻想郷に攻めて来ると伝え、私たちのもとへ邪悪に打ち勝てる力を持つ女性が現れるまで眠って身を潜めろと言いました。兄と私はこの丘の洞窟で眠りにつきました。兄は洞窟の中で、私は洞窟の中の地面をさらに掘った穴の中で眠ったのですが…上に居た兄だけが死んでしまったのです」
「それは御気の毒に…」
華扇が静かに言った。天狐は深いため息をつく。
「眠りから覚めた時、兄が死んでいるのに気付きました。私は目覚めたばかりで自力で穴から出る事が出来ず、貴方に助けを求めたのです。ですが、今度は邪悪の力によって私の声までもかき消され、こうしてやっとの思いでここまで来たときには、すでに勝負は決していただなんて…!ああ、私は東の領土を治める天狐として恥ずかしいですわ!」
「おいおい、忙しいんだな…」
「ですが、西の領土のトカゲが、私の領土を救ってくれたことに変わりはありません。そこは感謝しますね」
「何だと、東の獣が。私の苦労も知らずによくもそんな軽々しくものが言えるのだな」
その日の夕暮れ時。ここ、博麗神社では200年ぶりの宴会が催された。ここで開こうと思ったのは、華扇のきっての頼みだ。どうやら華扇にはここがかなり思い出深いそうで、どうしてもここが良かったらしい。
背の高い雑草を刈り取り、そこにブルーシートを敷いて、里で作られた料理や、河童たちが腕を振るって用意した御馳走がところせましと並べて用意されている。さらには、憲兵に奪われ、工場に保存されていた酒を大量に持ってきた。
だが新子だけは、少し時間が必要だった。今だに穴の中でぐったりしている竜の様子を見なければならないし、天狐の話もゆっくり聞きたい。ようやく空が青みがかってきた時、新子は宴会の席へと向かった。
新子が顔を見せたとたん、わっと歓声が上がった。新子が驚いて顔を見上げると、シートの上に人々がひきめき、笑顔でこちらを見ている。
新子は、馴染みある顔をじっくりと眺めた。
こぼれんばかりの笑みを浮かべた華扇の横には、同じく旅を共にしてきた大鷲の竿打がとまっている。バンも微笑み、にとりは乾杯のかまえだ。歓声を上げるツムグに、満面の笑みを浮かべるアリス。他にも新子の知り合いや、戦いに大きく貢献してくれた里の人々も混じっている。
だが、やはり一人だけ居ない。新子は席に着くことなく、こっそりと鳥居をくぐり、丘を下った。それを華扇だけが見つめていた。
新子は丘を降りて里に戻り、鈴奈庵までの道を走った。憲兵団が居なくなった歓び、そして急に息を吹き返し始めた作物や川の魚を見ようと、住民のほとんどが家の外に居た。元は里の中心で暮らしていた家も持たない人々もそこに居て、一緒になって畑の整備をしていた。
その様子はとても微笑ましいが、新子の心は少し沈んでいた。
鈴奈庵へとたどり着いた。店の入り口のドアには「閉店」の看板が掛けられている。裏の玄関から入ると、母親が椅子に座ってスープを飲んでいた。新子に気付くなり、無理に作ったような笑顔で笑いかけた。その顔の目の下には涙の跡が残り、眼は赤く腫れていた。
「ついにやったのね、新子」
「ああ、やったよ…母さん。今はみんなが博麗神社に集まって宴会をやってる。…父さんは?」
「店の方で安置されているわ。明日には葬儀屋さんが来て、お葬式を開くつもりよ。あの人が生まれ育った店で寝かせてあげるのが、あの人が喜ぶと思うから」
「その通りだな」
新子は店の方へ通じるドアに向かい、店に入った。
今では懐かしい、カウンターの裏。返されたまま、棚に戻していない本が積んであり、本のチェックリストの紙が置かれている。
そのカウンターの横に置かれた石の台の上に、白いシーツと布をかぶせられた父親が寝かせられていた。
「安心して眠ってくれ、父さん」
布をかぶせられた父親の顔に触れ、そっと囁いた。
と、その時、カウンターの机の上で背中を丸め、物差しを使う父親の姿が見えた。やはり物差しで何をしていたのかはよく見えない。
─やはりそうなのか。間違いない…ああ…何て恐ろしい策略なんだ…もっと早く気づいていれば!もっと前に思い出していれば…くそっ、俺は馬鹿だ…!
新子が瞬きすると、その姿は消えていた。幻だったのか…。
その場を後にし、もう一度自宅の方へ戻る。
「母さんは行かないの?」
「…そうね、華扇さんもいるし、行ってみるのもいいかもしれないわね」
母さんはスープが入っていたカップを流しへ置き、机の上に置かれていた冊子のような紙束をわきに挟んだ。新子と一緒に家を出て、皆が居る博麗神社へと向かった。人が往来したことで通りやすくなった獣道だが、新子は母と手を繋いでそこを通った。父さんが居なくなった今、これからは2人で店をやっていかなければならない。それに、2人は生きていた、その親子の温もりを感じたかった。
2人が会場へたどり着くと、そこは大騒ぎになっていた。騒ぎの元は、どうやら華扇と竿打のようだ。華扇は竿打の傷がまだ開いているのを見つけて、不思議に思って調べようとしたとき、傷口に何かが詰まっているのを見つけたのだ。
「きっと奥に埋め込まれていたのがだんだん上がって来たのよ。魔法の森で竿打を襲って傷をつけたのも、熱風だったのね。そして傷口に、これを埋めたのよ」
華扇は詰まっていたものを手の平に乗せて差し出した。小さな灰色のガラス玉だ。内側に何本もの赤い筋が渦巻いている。新子は身震いしてそれをつまみ上げると、肉を焼いていたたき火の中に投げ入れた。ガラス玉はシューシューと音を立てて白熱したが、すぐにひび割れ、とけてしまった。
「私たちの居場所がなぜいつも敵に知られていたのか、これで分かったわね。竿打はずっと禍王の目を運んでいたのよ」
とその時、里の男たちが大きな荷物を運んできた。
「どうやら、幻想郷中の憲兵団はマガノ国へ戻っていったようだ。奴らの野営地にあったごちそうを全部運んでくる。これからぞくぞくと持ってくるぞ」
すべて、上手くいった。新子は自分に言い聞かせた。みな歓声を上げて、シートの上の皿にうずたかく積まれたおいしそうな食べ物にかじりついている。果物、チーズ、焼き魚にどんぶりに盛られた米、大きなパン。何だか胸騒ぎを感じるのは、疲れているからだろう。
それでも新子はくつろぐことができなかった。引き絞った弓のように、神経がピリピリしている。
シートの席からまた歓声が上がった。力なく見やると、華扇が残念そうに、例の木の仕掛け箱を見せている。彫刻のある三つの面からツルツルした棒が飛び出しているというのに、ふたは頑として開かないのだ。
「きっと、もう一つカギがあるんだ。私にやらせてくれ、からくりは得意なんだ」
にとりが身を乗り出した。
「いや、私がやるわ。私は手先が器用なのよ」
アリスも話に加わった。
「ダメダメ、この箱は私が開ける。私に開けられなきゃ、もともと開かずの箱だったってことさ」
華扇は偉そうに言うと、指で小箱を押した。その瞬間、かすかにカチッと音がして、4本目の棒が突き出た。華扇がぽかんと口を開ける。
すると、ポン!小箱の蓋が弾けるように開いた。笑うピエロの顔が飛び出し、ばねの先でビヨンビヨンと跳ねる。
「おおっ!」
華扇が小箱を落とした。みなも悲鳴を上げたが、すぐに涙が出るほど笑い出した。ビックリ箱が草の上に転がった。ピエロの顔がしきりに揺れ、ぜんまい仕掛けの笑い声が小さくなっていく。新子は鳥肌が立った。
「こんなものを私は毎日せこせこ弄っていたのか!おまけにくだらない理由で寿命が縮んだ!」
華扇が声を荒げながら、ピエロを戻そうとしたが、入りきらない。突き出した4つの棒が邪魔をしているのだ。そして、この仕掛けは一度しか挑戦できないらしい。
「箱を捨てろ、壊しちまえ!」
気が付けば、新子は叫んでいた。胸の鼓動が、太鼓をたたくように激しい。
「望むところよ」
華扇はむすっとして言うと、ドリルに変形させた右腕で小箱を粉々に砕いた。細かくなった木くずが舞い、草の上に散らばった。
新子は自分を責めた。アタシはどうしたっていうんだ?こんなおもちゃごときを怖がってどうする?
「いやあ、本当に素晴らしい仕掛けだったな!」
バンが涙を流して笑っている。
「4本の棒で蓋をとめて、ピエロを押さえていたんだわ。1本外れても、何も起きない。2本、3本と外れても、まだ何も起きない。そして4本目の棒が外れたとたんに、ボンッ!あの時のお前の顔ったら!お前にも見せてあげたかったよ!」
バンは我慢できないとばかりにまた笑い出した。皆もつられて笑いだす。
新子はなんだか息苦しくなって、急に立ち上がると、外に出た。建物の左側に周って、神社の縁側に座り、深呼吸をして冷たい空気を吸う。続いて、母親がやってきて、新子の横に座った。
「気持ちは分かるわ。あんなことがあった後だもの、陽気に騒ぐなんて、ひどいことかもしれないね。でもお父さんも、皆の笑い声を聞いて喜んでるんじゃないかしら」
新子の頭にまた、机に覆いかぶさる父親の弱弱しい姿が浮かんだ。机の上を見ながら、何かぶつぶつ言っている。
ああ、どうしてこんなにモヤモヤするんだ!これ以上何があるって言うんだ?父さんは、何かを発見したんだ。何かとは何だろう?「俺が間違っていた」?それに、工場で熱風と戦っていた時も、何かを言おうとしていた。一体、何を言おうとしていたんだ?
母の咳払いに、新子は顔を上げた。母は新子の顔をじっと見つめ、さっきの冊子を差し出した。
「父さんが棚の奥で見つけたのよ。とても興味深いから、是非新子が返ってきたら読ませてあげたいって言ってたの。今渡すのがいいと思って」
新子はそれを受け取ると、母を喜ばせるために、冊子を開いた。題名の描かれた最初のページをめくり、次のページに目を落とす。それは、目次でも前書きでもなかった。新子は体の芯まで冷たくなった。
『四人の歌姫』 ~ヤクモユカリの話より
何百年も昔、幻想郷の人間の里に、妖怪の4姉妹が住んでいた。清らかな心に甘い歌声の持ち主で、名を、セナ、フラ、コア、ミラといった。4人はいつからとも知れぬほど長いこと、里で暮らしていた。
姉妹は共に歌う事を愛し、その歌声は夜となく昼となく、温かいそよ風のように幻想郷中を流れた。時折外の世界からやってきた人間が通りかかったが、大抵の人々は姉妹の歌声を、葉の擦れ合う音や、草むらの動物たちが立てる音、砂の流れる音だと思ってしまう。ほんの一握りのものだけが、甘い歌声が聞こえると言ったが、みなから馬鹿にされるのがオチだった。だが、それが歌声だと知る者たちは、死するその日まで耳にした歌声を忘れることは無かった。
ある日、妖怪姉妹の歌声を耳障りに感じた魔法使いは、四姉妹を捕らえ、幻想郷の東西南北の四隅べつべつに幽閉した。だが、四人の歌姫は引き離されても夜となく昼となく歌い合い、その歌声のおかげで、幻想郷に満ちる美しさと平和は保たれた。
魔法使いは怒り、黒い三角帽を頭にかぶり、魔法の箒に跨った。そして東西南北を順番に襲い、歌姫をひとりひとり殺していった。はじめにセナの声がとまった。つぎに、フラ。そしてコア。ミラはしばらく一人で歌い続けた。しかし、ミラの歌声も止まった時、幻想郷は沈黙に包まれた。
そのとき初めて、魔法使いは自分の失敗に気付いた。幻想郷の中心の空の果てに、姉妹の歌声に鎮められ、幾星霜の時を眠り続ける龍神が居たのだ。その龍神が、幻想郷に舞い降りた。全身に怒りをたぎらせて。
龍神は大声で吠えながら、空を舞った。森をなぎ倒し、妖怪を燃やし尽くし、地形すらも変えてしまった。恐れをなして、魔法使いは、箒に跨り、北の方角へと逃げ去った。
その日以来、龍神と四人の歌姫を目撃した者はいない。だが今でも、どこかから甘い歌声が聞こえるという人間は少なくない。風の音しか聞こえない者には笑われるのがオチだ。だがそれが歌声だと知る者たちは、死するその日まで耳にした歌声を忘れることは無かった。