東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~   作:ねっぷう

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第16話 「強襲、怪物スラッグ」

鈴奈庵の娘、本居新子は両親から、禍王の”四人の歌姫計画”を知らされる。新子は仲間の茨木華扇と共に、歌姫計画を打ち破るために旅立った。

元憲兵団のバンを仲間に加え、北の歌姫を目指して妖怪の山を上る一行。行く途中で不思議な洞穴と墓石を見つけ…?

謎が謎を呼ぶ…一体敵は誰で、ここで何が有ったというのだろうか?

 

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第16話 「強襲、怪物スラッグ」

 

元天狗のアジトに隠されているであろう北の歌姫を目指して、妖怪の山を歩き続ける新子たち。気温がかなり下がり始め、細かい雪もパラパラと降ってくる。

しばらく歩いていると、目の前に滝が見えてきた。滝の前にしゃがんで水を飲もうとした華扇が、滝の奥に洞穴があるのを発見した。その洞穴の前には四角い石碑が建てられているようだ。

 

「これは…?」

 

華扇が石碑の前にしゃがみ込む。

 

「確か西の歌姫の時もそんな石碑が有ったような…まさかここに歌姫が…?」

 

「いや、違うはず…。歌姫がこの洞穴に居るとしたら、もっと気分が悪くなるはずだわ」

 

ここに居ても、山のどこかに居るはずの北の歌姫の魔力が凍える風に運ばれてビンビンと体に突き刺さって来る。だがこの洞穴には歌姫はいないだろう。もっとも、何かが中に棲んでいないとは限らないが…。

 

華扇は石碑に降り積もった雪とホコリを手で払う。すると、石碑に血で描かれ、黒く変色した文章が浮かび上がった。

 

”アマノジャク 鬼人正邪 ここに眠る”

 

「…はぁ」

 

黙って石碑の前から立ち上がり、華扇がため息をつきながらそこから離れる。

鬼人正邪…変な名前の奴だな。

 

「これは…」

 

新子は墓石のすぐそばに泥で汚れた木の欠片のようなものが落ちているのを見つけた。何かと思って拾い上げてみると、どうやら本当に木のガラクタだったようだ。

何だよ、と悪態をつくと墓石に向かって軽く放り投げた。

 

「洞穴に入ってみましょう。流石にこのままじゃ凍えてしまうわ」

 

「私に任せて。中に何かいるかもしれないわ」

 

バンは鉄板で補強し、作り直した憲兵の仮面をかぶり、こめかみにあるスイッチのような部分を切った。バンが言うにはこれで視界を赤外視にすることができるらしい。

3人は慎重に洞穴の中に足を踏み入れた。中は外に比べれば温かいが、ホコリでまみれていた。壁には布が垂れさがっており、盛り上がった土の上にはボロボロの毛布が置かれ、床には炭化した焚き木が置いたままだった。

 

「ここに誰かが住んでいたらしい。もう50年は前の事のようだけど…」

 

新子がふと部屋の隅に目をやると、下の方の壁に何かが書かれているのが分かった。

 

”60年もマガノ国の闘技場で戦った スラッグの脱走の騒ぎに乗じて ここまで来た

 私は怖い あの禍王が 知ってしまった 止めてくれ

 4人の歌姫の声 止んだ時 永久の安らぎ 大地を満たす”

 

これも外に有った墓石と同じく、黒ずんだ血で描かれていた。

 

「どういうことだ…?」

 

バンがそう呟く。

 

「たぶん、ここに住んでいたヤツは昔マガノ国で暮らしていたんだ。そして、逃亡しこの洞窟にたどり着いた。その過程で禍王の4人の歌姫計画を知ってしまった…だからここで追っ手に殺された…?」

 

「殺されたんだったら、わざわざ墓なんて立てるかしら?」

 

3人はしばらく黙った。歩きつかれていたし、少々ここは気味が悪い。憲兵のバンでさえも不安そうな表情を見せている。

 

 

 

「…見つけた」

 

青い毛並みの大きな犬のような動物に乗った5人ほどの集団が、滝の裏に入っていく新子たちを見ていた。

集団はすぐに滝の周りに近づいた。

 

 

 

「水でも持ってくるか…」

 

新子は以前香霖堂で買った水筒を持って、洞窟を出ようと歩き始める。洞窟の外に出て、滝の裏側から水筒に水を入れようと滝に近づく。

その時だった。ひょいっと滝の向こう側から何かが転がってきた。それは前にも見た、憲兵団の使う爆弾だった。

 

「な…!」

 

すぐに飛びのき、爆発の爆風で吹き飛ばされ、地面を転がる。間髪入れずにもう一つ、もう一つと爆弾が投入される。

 

「おい華扇、敵だ!!」

 

新子がそう叫ぶと、華扇とバンがすぐにやって来た。3人は同時に滝から飛び出ると、近くの岩の影に身を潜めた。

幸いにも、今隠れた時は憲兵はこちらを見ていなかった。このままあの洞窟の中を捜しに入るまで身を潜めるんだ…。

 

「今までの憲兵とは違うみたいだが…」

 

「私にもわからない」

 

新子の問いに、バンが少し間を置いてから呟いた。確かに、あの憲兵隊は灰色ではなく迷彩柄の軍服を着ており、首には赤いスカーフを巻いている。

 

「あ、アレは…」

 

しかし、遠くの空から竿打が飛んできた。しまった、このタイミングでは…。

 

「あの鳥は…間違いない、奴らの鳥だ。おい、洞窟の中を調べろ」

 

隊長らしき憲兵がハンドサインで何かを示す。すると2人の憲兵が滝をくぐって洞窟の方へ向かって行った。

 

─今だ!

 

3人は同時に岩の影から飛び出し、憲兵に襲い掛かった。

新子が隊長らしき憲兵に殴りかかるが、寸前のところでそれに気付いた憲兵が電気棒を振りかざし、新子を弾き飛ばした。

 

「お前たちか…大きな鳥を連れた2人の女…。ん?お前は何だ?禍王様からの情報には無かったが…」

 

隊長はバンを見てそう尋ねた。

 

「私は元バン隊に所属していた者だ…」

 

「何だと?貴様、寝返ったのか?」

 

「生憎だがそう言う事になるかな。だが私はもう憲兵ではないぞ、ただの”バン”という名の戦士だ」

 

「ふん、ボンクラ隊の役立たずだったか…。だが、このカーン隊は違うぞ、我々は禍王様より勅命を受けた精鋭部隊…!」

 

腰に下げた2本の刀を抜き、バンに斬りかかる。バンも短剣でそれを受け止め、蹴りを繰り出して距離を離す。しかし、もう一人の憲兵が電気棒で殴りかかり、バンが吹き飛ばされる。

電気で痺れる頭を押さえながら起き上がり、落とした短剣を再び手に取る。

 

「不可思議な行為だな、バン隊…本来禍王様に造られ禍王様に尽くすために生まれた同じ憲兵が、何故反旗を翻す?」

 

2本の刀でバンの短剣と打ち合う。バンもたった一本の短剣で相手と互角に渡り合い、その間の短い時の隙間に言った。

 

「だったら禍王に告げてやるがいい、お前の作品は欠陥だらけだったぞ、とな」

 

2か月間味わった屈辱、そのおかげで頭がおかしくなってしまったのかもしれない。ただ、あの2人を見ていたら…縛られたままでなく、自分のやりたいことがやりたいと思えるようになっただけだ。

 

「チィエストォオ!!」

 

バンの回し蹴りが、敵の手をかすめ、刀を一本取り落とす。すかさず胸元を短剣で切り裂いた。

 

「ナイスだバン!」

 

新子は憲兵の腕を掴み、そのまま足を踏みしめる。そしてその憲兵の身体を持ち上げ、勢いをつけて地面へ叩きつけた。そのまま勢いをつけて更に叩きつけ、さらに勢いをつけてもう一度叩きつける。

 

「ガンガンスマアッッシュ!!」

 

残り3人の憲兵が新子に飛びかかる。が、彼らは華扇が放った腕の包帯に足を巻かれ、宙づりにされてしまう。成す術もなく投げ飛ばされ、大きな岩に激突してずるずると崩れ落ちた。

 

「くそ…ッ」

 

これまでの死線をくぐってきた彼女らにしたら、今さら憲兵の精鋭隊が出てきたところで大した敵ではなかった。

予想外の痛手を負った精鋭隊はよろよろと立ち上がり、消散を図っている。

 

「さぁ、どうするつもりだコラ…」

 

落とされていた刀を拾い上げた新子が、その刃を向けながら脅すように声を上げる。

 

だが…突然、低い咆哮が轟いた。竜や麒麟、妖怪のものではない。人間がただ叫んだような、そんな不思議な咆哮だった。精鋭隊も何だ何だと辺りを見渡し始める。

 

「何なの…?」

 

華扇がそう呟いた時、滝の上で何かが動いた。滝に背を向けるように立っていた新子たちはその姿が見えなかったが、それを見た憲兵は驚きの声を上げた。

 

「怪物スラッグ!」

 

怪物スラッグは滝の上から飛び降りた。ドスン、と重たい音を立てて憲兵たちの目の前に着地した。

その姿は、まさに怪物と呼ぶにふさわしかった。鼻先の尖ったトカゲのような頭部には目と鼻は無く、首から下は猫背の人間そっくりだった。身体は緑色の皮に覆われており、腹は白く、鼻先から背中、そして尻尾の先にかけては茶色い体毛が生えている。鋭い爪を持つ筋肉質な腕を地面に置き、蹄のある後ろ足で地面を踏み鳴らす。

再び咆哮をすると同時に、憲兵に向かって飛び跳ねる。刀で斬りかかろうとする憲兵を、筋肉質な巨体に見合わないスピードで避け、鞭のようにしなる尻尾を叩きつけた。

 

「ぐぅッ…!!」

 

憲兵は地面に刀を突き立てて吹き飛ばされるのを防ぐ。

さらにスラッグはさっき新子たちが身を潜めていた大岩を持ち上げて見せる。そしてその大岩を思いきり投げつけた。

 

「なんて力だ…」

 

新子は目を見開きながら呟いた。そこで新子は、ハッと気付いた。この前里の近くまで行ったとき、杭に鎖でつながれていた緑色の怪物…あれと同じだ。

 

「スラッグはマガノ国の闘技場で飼われている戦闘生物だ…。山には闘技場から脱走した個体がウロウロしている…一度暴れ出したら誰も止めることはできない」

 

バンが説明を挟む。正にその通り、地面に当たって砕けた岩の破片すらも縦横無尽に投擲する。

スラッグが動くたびに、首と後ろ足に取り付けられた、千切れた鎖がジャラジャラと音を立てる。きっと、自分で千切って逃げ出したに違いない。マガノ国の為に戦うこの生物も、鎖から解放されたことにより自分の好きな事をして生きていくのだろう。

 

「もういい、ここはスラッグに任せて退却だ。お前たちはここで死ぬまで闘うがいい…」

 

「あっ、コラ待て…」

 

憲兵たちが逃げた時には、スラッグの興味は新子たちへと向いていた。

 

「ゲゲゲゲ…」

 

低い唸り声と共に跳躍し、華扇に向けて腕を振り下ろした。華扇は刃のように形を変えた腕でガードする。スラッグはよだれを垂らしながら吠え、後ろへ飛びのいた。

そしてもう一度走り出し、掴みかかった。それを躱した華扇は、一瞬スラッグの口の中を覗いてしまった。

 

「コイツ…口の中に目が…!」

 

顔に無いと思っていた目は、口の中に隠されていた。ギョロギョロとあたりを見渡し、目の近くに有る二つの鼻の穴がひくひくと動いている。

新子がスラッグの背中に飛びついた。驚いたスラッグは喚き散らしながら身体を振り回して新子を振り落とそうとする。負けじと首に手を回し、憲兵の刀で喉元を斬りつけた。

しかし、砕けたのは刀の方だった。スラッグの鱗と硬い筋肉は刀を通さなかった。そして折れた刀を掴み、それを後ろ手に新子へと突きつけた。新子の腕に刀が刺さり、スラッグの背から地面へと落ちてしまう。

 

─血の匂いだ。血の匂いがする。憲兵のクソ共とは違う、澄んだ血の匂いだ。たまたま鉢合わせた憲兵をいたぶってやるのはつまらない、妖怪と人間と戦う時が一番楽しい。憲兵みたく臭くないし、何より個体ごとに違った反応を見せてくれる。

あそこにいる変な憲兵はどうでもいい、闘いたいのはあの二人…!

 

新子に駆け寄った華扇のほうへ目を向け、再び吠える。

背中の毛を逆立て、手を地面に付ける。

 

「アイツ、すごいパワーを持ってる…身体能力の高さたけじゃない、内に秘められた魔力だって、並大抵の魔物ってレベルじゃない…」

 

確かに、これなら河童を苦しめてきたケチャルコチルが、さらに死ぬほど恐れているのも分かる。

スラッグは走り出した。余りの脚力から繰り出される踏み込みに、地面がめくれ上がる。

 

その時だった。

新子たちの間を何か黒い影が通り抜けた。この感覚は…まさか…!

影の中からゆっくりと姿を現したのは、黒いフードを被った巨体。緑色に光る顔が、新子をじっと見つめている。空で竿打がけたたましく鳴いている。

黒いマントの隙間から、白い指が伸びる。白い蛇のようにスルスルと地面を這いながら、足がすくんでいる新子に向かう。

 

「コイツは何なんだ…!」

 

バンが短剣で白い指を斬りおとそうとする。白い指に剣がふれた瞬間、真っ赤な血がどばーっと噴き出す。しかし、その血しぶきは更に多くの指となって新子たちに襲い掛かった。華扇も腕をドリル状に変化させ、黒い化け物に向かおうとした瞬間。

丸太のような腕が3人を突き飛ばした。

スラッグだ。奴が新たな敵に目を付けたのだ。しかし、足を踏み鳴らして威嚇するスラッグも、明らかにおびえているのがわかる。頭を下に下げ、化物の巨体を見上げるように構えている。

だが運のいいことに、化け物の注意もスラッグへと向いた。白い指の方向を変え、スラッグへと向かわせる。尻尾で指を薙ぎ払い、噛みついて千切ろうとするが、スルスルと首筋に絡みつく指の前にはスラッグも苦しみの声を上げた。

河童の夢見の泉のほとりで出現した時とは明らかに力が増しているように見える。しかし不思議なことに、新子の能力が全く発動しない。

 

「くそっ…!」

 

新子が刀を持ち直し、背後から黒い化け物を両断する。マントが敗れ、緑色の顔をこちらへと振り向かせた。その時、これを待っていたかのようにスラッグが自身に絡みつく白い指を噛み千切り、化け物の頭部を殴った。

化け物の姿が揺らぎ、そのままくしゃっと地面の影と同化し、そこからどこかへと消えてしまった。

 

「ケエエエエエ…」

 

スラッグはまだこちらを見ていた。今のコンディションでの勝算を推し量っているようだ。だが今では厳しいと考えたのは、スラッグは影が逃げた方向とは別の方へ走り去っていった。

 

「またやって来たのか、アイツ…」

 

「でも、あれは多分誰かが遠隔で操っている分身のような物じゃないかしら…例えば、北の番人とかの…」

 

「何はともあれ、天狗のアジトはもうすぐだ。進もうか?」

 

 

 


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