東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~   作:ねっぷう

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第12話 「包囲網」

鈴奈庵の娘、本居新子は両親から、禍王の”四人の歌姫計画”を知らされる。新子は仲間の茨木華扇と共に、歌姫計画を打ち破るために旅立った。

赤い砂丘で南の歌姫を倒し、竜の墓場で西の歌姫を倒した一行は、一時里へ帰還するのだが…。

 

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第12話 「包囲網」

 

しわしわの小さな雑草だけが伸び放題の砂利道。その道の脇には粗末な小屋が点々と建てられており、そこにやつれきった顔の人々が身を寄せ合って座り込んでいる。

場所は新子たちの旅から移り、帰還する場所である人間の里。その中央は、里の外側の方と比べて貧困化がかなり進んでいる。臭い空気が立ち込め、憲兵団を初めとしたマガノ国の者が多く闊歩する原因は、昔からある工場だと、皆が思っている。

マガノ国の工場。人間の里の中心部に建てられており、ここでは奴隷として捕まった人間や、マガノ国から派遣された従業員が働いている。この、見ただけで気分が悪くなるような灰色の工場がどかんと建てられているから、ここら一帯は他と比べて不毛なのだ、とほとんどの者が考えている。

 

 

その工場の中、とある一室に、ある男が居た。暗い部屋の中で赤い煉瓦の壁をじっと見つめており、何かを待つような、または何かを怖がっているかのように身構えている。

 

「こっちへこい、虫けらめ」

 

壁の煉瓦の隙間から真っ黒い霧のようなものが滲み出す。霧はどんどんと集まり、まるで二つの目玉のように渦を巻き始める。その目玉から、ひどく邪な声が響いた。

男は声に驚き、体をびくっと震わす。だがすぐに前に進み出て、目玉の前に膝まづいた。目玉から発せられる赤い光に照らされて、ようやく男の姿が見えるようになった。

背の高い、色黒の男だ。顔立ちは整ってこそいるが、邪悪さにおいてはひどく歪んでいた。紫色のマントを羽織り、オールバックにした髪が揺れている。男は怯えたような表情で顔の汗をぬぐった。

 

「はい、ご主人様。この私、”熱風”はここにおります。何をおぼしめしでしょうか?」

 

かぼそく、消えいってしまいそうな声。

 

「…四人の歌姫。東西南北に設置させた、幻想郷を腐らせる魔力の産物。あれは?」

 

「はい、ご主人様。今も、邪悪な力でこの地を蝕み続けております。それぞれが番人に守られており、皆、あなた様のお越しを待っております」

 

「ようしようし、そうか。では、人間の里の南と西で起きた変化に気付いているか?」

 

「変化…ですか?いえ、私もつい昨日、北口から里に入りましたので何とも…」

 

「まあいい。四人の歌姫はいい仕事をしてくれているぞ…。幻想郷の莫迦共は、死して愛する土地を捨て去るまで、何故大地が不毛の地となったのか分からなかったな!」

 

「そうでございますね」

 

男はごくりと唾をのむと、手を地面に付きながらか細い声で喋った。

 

「変化と言いますと…南及び西に恵みが戻り始めた、事でございますか?」

 

「そうだ。何故こうなった?幻想郷に不穏な風を感じるぞ」

 

「非常に言いにくいのですが、南と西の歌姫が…始末されたようです!番人とも連絡が付きません!」

 

渦巻いていた二つの目玉がさらに大きく膨れ上がる。目玉は男を睨みつけ、赤い閃光が部屋を包み込む。

 

「何だと、虫けら。それは本当か?」

 

目玉の声は明らかに怒りに震えていた。

さっきまでの囁き声ではなく、怒鳴り声に変わった。

 

「一体誰が?どんな塵が?私に牙を剥くようなことを?」

 

「ガルルガの報告によれば、大鷲を連れた二人の女のようです…」

 

「大鷲を連れた…二人?」

 

「ですが、ご安心くださいご主人様。ご覧ください、奴らの居場所は手に取るようにわかるのです」

 

「ほう」

 

「これを楽しむことができるのは、この熱風めとご主人様だけでございます…」

 

「お前もだと?虫けらよ」

 

低い笑い声が響いた。

 

「はっ、笑わせるな。奴らがどうしたにしろ、この歌姫計画は実を結ぶのだ。そうなればもうお前など用済みだ。お前のご機嫌取りにはあきあきだからな」

 

熱風は頭を下げたまま、何も言わなかった。

 

「私にはたくさんの計画が有るのだ、熱風よ。幾重にも張り巡らせた計画がな。すべては、たった一つの目的のためだ。それは、幻想郷を我が手におさめること。全てを見渡せる山、豊富な地下鉱物資源、私には幻想郷が必要なのだ」

 

「わ、わかっております。ご主人様。幻想郷は、必ず貴方様の物になりましょう。四人の歌姫さえあれば…」

 

「お前は何もわかっていない!他の計画がうまくいけば、四人の歌姫がなくとも幻想郷は私のモノとなるのだ。もうすでにあの地から邪魔な妖怪は消え失せ、残った人間どもも、殺すも生かすも滅ぼすも私の思うがまま」

 

大きく渦巻いていた目玉は、再びしずまった。

 

「ふぅ…だが万が一だ。罰として舌を引っこ抜いてやった、あの忌々しい妖怪の予言が当たったら…。人間の中から誰かが立ち上がり、私の計画を踏みにじる時が来たら…」

 

「しかしながら、ご主人様。予言が当たることは断じて有り得ないと思いますが、もしやこの二人の女こそが、あの妖怪の予言なのでは?」

 

「もう手を打ってある。この身の程知らずの女共には、お似合いの運命を用意してやろう。わざと捜させて、はやく死に追いやってやるのも一興だがな」

 

「そうでございますね」

 

「…では!その女共を一刻も早く見つけるために、幻想郷に手下を放つ!人間の里も完全に包囲してやる!人はもちろん、鼠一匹、風に転がる枯草さえも出入りさせん!お前からも里の全ての憲兵に伝えろ」

 

「は!」

 

 

 

人間の里。新子と華扇が旅に出てから、実に一月近くが経っていた。

 

「なぁ、あの本居新子、最近見ないな」

 

「家にも居ないらしいぞ。それに、いっつも家の横に座ってる乞食の女も一緒に消えたらしい」

 

そう建物の影に座り込んでいるのは、チンピラ風の青年二人組。どうやら話しているのは、新子の話題らしい。

 

「まさか、とうとう憲兵にやられたとか?」

 

「まぁ、俺らからしちゃ、どっちにしろアイツが居なくて困ることはねぇ…」

 

「おい、本居新子が…どうしたって?」

 

悠々と、2人の背後から話しかけた男。

2人はびくっとして振り向いた。

 

「ゲ…あ、アンタは!」

 

赤毛のモヒカン頭の巨漢だった。筋骨隆々の身体に圧倒される2人を、鋭い眼光で見下ろす。

 

「だ、誰だァ…コラ…!」

 

「お前、バカ!知らないのか、この人はなぁ…”ツムグ”さんっていうのよ」

 

「ツ、ツムグ…!聞いた事あるぜ、憲兵でさえも関わろうとしないって…しかも、唯一、一人だけで本居新子をコテンパンにしたっていう、あの…」

 

その時、空に耳をつんざくような金切り声が轟いた。この声は聞けば誰でもわかる、ガルルガの鳴き声だ。ガルルガが里の上空にやってくるのは、そう珍しくはない。

 

「あぁ…またガルルガか。最近多くね」

 

「いや、今日は絶対おかしいぞ…!」

 

だが、この青年が思った通り、今日は明らかにいつもとは違った。里の上空に現れたのは、七羽のガルルガ。どれもけたたましく叫び声をあげ、空を旋回している。

更には、赤黒い雲が空に立ち込め始めた。ゴロゴロと雷のような音を轟かす、邪悪な雲だ。

 

─…では!その女共を一刻も早く見つけるために、幻想郷に手下を放つ!人間の里も完全に包囲してやる!人はもちろん、鼠一匹、風に転がる枯草さえも出入りさせん!お前からも里の全ての憲兵に伝えろ─

 

禍王が新子と華扇を里に入れないために、完全な包囲網を作った。

 

 

 

 

新子たちが西の歌姫を倒した次の日の昼頃。歌姫が隠されていた場所に、コトの小さな亡骸を埋葬した。

幻想郷の西の地から毒は消え去った。ここ、竜の墓場を形成している竜の骸たちも、供養された事だろう。

 

その後、二人は竜に別れを告げ、当初の予定通り、人間の里へ戻るために歩みを進めるのだった。

 

「さて、これでいったん里に戻ります。そこで少し休んでから、再び出発…」

 

「次は北の歌姫が隠されている、妖怪の山へ向けてだな」

 

西の番人であったコトが言った通り、もう禍王は南と西の歌姫が倒されたことに感づいているかもしれない。南から西と来れば、次はきっと北にやって来るはず、と敵は思うだろう。しかし、すぐには北へ行かない。しばらく経ってから、敵の警戒が少し解けたところを突いて、一気に北の歌姫を攻め込む。それが最初に決めた予定だ。

 

竜に別れを告げた時、竜は里まで自分が運んでやろうと言ってきた。だが、いつガルルガが襲ってくるか分からないし、竜が生きていたとなれば、禍王はきっと必死になって竜の生き残りを始末しようとするだろう。だからそれを断り、歩いて里まで向かう事にした。

ここから里への道は今までの道に比べれば比較的安全だ。

 

帰ったらまず何をしよう。久々にまともな風呂に入りたいし、それよりも両親の顔が見たい。

 

 

だがしかし、新子のそんな願いは、敵わなかった。

 

まず異変に気付いたのは、華扇だった。里に近づくにつれ、だんだんと空が曇ってきた。さらに歩くにつれ、雲は赤くなり、ようやく視線の先に里の周りを囲っている外壁や水路が見えた頃には、空は真っ赤な雲で覆い隠されていた。

さらには、地上を無機質な目で注意深く監視しながら上空を旋回する七羽のガルルガ。外壁の周りに並んで立っている憲兵団、その近くの杭に鎖で繋がれた、涎を垂らしながら敵と戦いたくてうずうずしている恐ろしい緑の怪物。

それらを見ただけで、今は里への帰還は不可能だと悟った。

 

 

その日の夜。里からかなり離れた林の中でたき火を囲う二人。

 

「…まるでアタシらの行き先が分かってたみたいに…」

 

「だとしたら、どうやって奴らは行き先を知ったの?追っ手が居るなら、すぐに竿打が気付いてくれるはずだし…」

 

近くの木の枝にとまっている竿打に目を向ける華扇。

 

「これからはもっと慎重に進むべきか」

 

そう話しているうちに、喉が渇いてきた。水筒も空っぽだし、朝から何も飲んでいない。そういえば、この林の奥に湖が有ったはずだ。昔から存在だけを幻想郷縁起に記してあったので知っていた湖。その幻想郷縁起にはただの湖、昼間であれば妖怪も居ないのでここまで立ち寄っても余程の限りは安全だと書いてあったが、今はどうかはわからない。慎重にいかなければ。

新子はたき火の前で例の小箱をいじる華扇を尻目に見ると、湖が有った方へ歩いていった。

 

草むらを抜けると、まず無数に転がった岩が目に入った。その岩に囲まれるように、透き通るような水の小さな泉が湧いていた。

 

さっそく泉に駆け寄り、手で水をすくう。水はとても冷たく、口にいれると少し甘い味がした。

それを飲むと、たき火の場所へ戻り、そこで夜を過ごした。

 

 

 

また夢か…。

新子はそう思った。新子は自宅の鈴奈庵の前に居た。暖簾とこのドアは間違いなく鈴奈庵だ。ドアを開け、中に入る。

中は真っ暗だったが、カウンターの中でこちらに背を向け、机に覆いかぶさるようにして、ロウソクの明かりで何かをしている人影が有った。

 

「父さん!」

 

父親の横には、ひもで束ねられた紙束と、黄ばんだ紙切れ、数冊の幻想郷縁起が置かれていた。秘密の隠し場所から持ってきたのだろうか。手元に何が有るのかは、体が邪魔になっていて見えない。

 

父親の事を呼んでも、全く気付く気配はない。姿も足音も悟られることはなかった。これは夢の世界だ。丁度今日、里にも帰れなかったから、こうして家族が夢に出てきているんだ。寝ている間は記憶の整理をしているともいうし…。

 

部屋の奥、カウンターの方へ進むごとに新子の鼓動は激しくなった。夢だと分かっているのに、何故だが周りの風景がリアルすぎる。一歩進むたびに、足が重くなる。父親は後ろからでもわかるほどめっきり老け込んでいた。

父親は先ほどから使っていた竹の物差しをわきへ置いた。物差しを握る手は痩せこけていて、静脈がくっきりと浮かんでいた。

新子は愕然とした。アタシらが鈴奈庵を発った時、父さんはこんなだっただろうか?アタシが居ない間に苦労事が続いて精神的にも参ってしまったのだろうか?

その時、父親が突然うめき、新子は飛び上がった。

 

「やはりそうなのか。間違いない…ああ…何て恐ろしい策略なんだ…もっと早く気づいていれば!もっと前に思い出していれば…くそっ、俺は馬鹿だ…!」

 

机を叩きながら、そう震える声で静かに声を漏らす。

 

「一刻も早く伝えなければ…新子たちはまだか?まだ帰ってこないのか?伝えたいことが山ほどあるのに…!」

 

「父さん!アタシだ、新子だよ!こっちを向いてくれ!」

 

新子は我慢できずに、後ろから叫びかけた。

父親がはっとして顔を上げる。そして、おそるおそるこちらに顔を向ける。

 

その時だった。背後でドア勢いよくドアが開け放たれた。

 

父親がさらに驚いたように体を震わせ、そちらの方に顔を向けてしまった。新子もそれにつられてそちらを見る。

ドアに立っていたのは、背の高い色黒の男だった。口を曲げて微笑みながら父親を見ていた。

 


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