東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~   作:ねっぷう

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第10話 「竜」

鈴奈庵の娘、本居新子は両親から、禍王の”四人の歌姫計画”を知らされる。新子は仲間の茨木華扇と共に、歌姫計画を打ち破るために旅立った。

グリフォンの協力を得て、一人目の歌姫、”南の歌姫”を討伐することに成功した。

一行は次なる歌姫が隠されている”竜の墓場”を目指して、西へと歩みを進めるのだった。

 

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第10話 「竜」

 

「旅の仙人様、また私に…一人で帰れというの?また…襲われてしまうかもしれないのに?」

 

コトが横でキーキー喚いている。しかし、今はそれどころではなかった。巨大な窪みの縁でへたりこんだまま、声も出せない。吐き気がして、体に力が入らないのだ。

私は何か重い病気にでもかかってしまったのだろうか?コトはこんなにも元気に喚いているのに。

 

「仙人様」

 

とうとうコトの声もふるえだした。華扇の肩を掴み、大きく揺らす。なんて冷え切った手…服越しでも素肌が凍ってしまいそうだ。

 

「触らないで…」

 

「え?」

 

「今はそれどころじゃないの…」

 

華扇はコトの手を振り払い、脅すように睨みつけた。

 

「貴方は私の小指程の力もない。邪魔なのよ…そんなに怖かったらどこかに隠れていて!」

 

何故だか異常なほどの苛立ちを感じる。こんな純粋な妖怪に?ただ、この子は私に助けを求めているだけなのに?

窪みの中心から波のように押し寄せる歌姫の邪悪な力、そして新子から伝わってくる温かい力が私の中で戦っている。その温かい力が言っているんだわ、今やることは…すぐに新子に寄り添い、共に歌姫を倒す事!

 

コトはぐっと涙をこらえ、最後にすがるように下に居る新子を見ると、走り出した。窪みとは反対側の斜面を駆け下り、やがて大きな岩の後ろに姿を隠した。

 

華扇は窪みの中心へ向かおうとする。だがめまいが酷く、前に倒れ込んでしまった。そのまま斜面を滑り落ち、途中で石につっかかって止まった。

さっと舞い降りてきた竿打が心配そうに首をかしげる。起き上がろうとするが、視界に映る竿打の顔はぐるぐると歪んでいる。

 

「イバラ!」

 

突然大声が耳に届いた。新子だ。新子が私を呼んでいる。

コトの声、歌姫の声よりもずっと耳障りが良く、心にかかった霧が払われたようだ。

 

気力を振り絞って立ち上がると、一気に新子の元へ駆け寄った。

 

「どうすればいいかわからねぇ…。この中心のずっと深いところに歌姫はあるんだ。だがな…どうにもよ、私の能力もこれ以上通用しねぇ…この竜の墓場の歌姫の力は赤い砂丘の歌姫よりも何倍も強力だ…。邪悪な力が四方八方から襲い掛かって来る…」

 

「そんなに喋れる余裕があるのよ、きっと大丈夫…ほら、私が一気に土を削って…!」

 

華扇の包帯の腕がねじれてドリルのように変形し、そのまま回転しながら地面に突き刺さる。

 

「…きゃあああああああ!!」

 

その時、華扇が悲鳴を上げた。身を斬るように冷たい突風が岩に吹き付ける。暗い影が頭上を走り、太陽を覆い隠した。

新子は華扇と同じく、頭上に恐ろしい姿を見た。でっぷり太った真紅の巨体が空からドスン、と降りてきた。転がっていた竜の頭骨が巨体に押しつぶされて粉々に砕ける。棘のある翼がナイフのように空を斬る。先端に鱗と棘の塊がついた細い尾。

赤い巨体はこちらへ振り向いた。太った胴体から不格好に伸びた長い首、そして兜を被ったような頭殻の隙間からのぞいている黄色い目は殺意に狂っている。

 

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華扇の言葉が新子の頭の中に蘇った。

 

─そんな場所に何百年も眠っていたんじゃ、少しくらい体や頭がおかしくなっていても不思議じゃないわ─

 

短い腕にはとても釣り合わない程大きく長い鉤爪が素早く振り下ろされた。二人は転がるようにそれを躱した。今まで二人の居た場所に爪が命中し、地面がえぐれる。

 

竜は怒りの雄叫びをあげた。ガラスを砕いたような甲高い声。鼻先がいびつに変形した顔の口を大きく開き、液体に近い炎を吐き出す。泡立つ真っ赤な粘液が牙の隙間からしたたり落ち、岩を溶かした。

 

視界は蒸気で全く見えない。新子はすぐにカバンからバットを取り出し、カバンを遠くへ投げる。

 

「竜!アタシが神の友の予言した女だァ!」

 

しかし、竜は怒りに我を忘れていた。雄叫びを上げてふたたび新子に襲い掛かって来る。血のように赤い体に怒りをたぎらせて。

 

「言ったでしょう、もう竜は歌姫の番人に成り下がったのよ!戦うしかないわ!」

 

華扇のドリル状の腕を突き立てるように竜に向けて攻撃する。しかし、竜は頭を振り回し、その一撃をはじき返す。華扇も負けじともう一度攻撃を仕掛け、振り回される爪の猛攻をかいくぐって白くやわらかい胸に腕を突き刺した。

竜が悲鳴を上げる。胸にくっついた華扇を爪で払いのけると、喉を鳴らしながらその場で足を踏み鳴らす。また足元にあった竜の骨が踏まれてへし折れた。

 

綺麗に地面に着地した華扇が、笑顔で新子に向き直る。

 

「新子、今よ!」

 

新子は持ったバットを握りなおすと、大きく振り回す構えをとる。

竜がこちらへ振り向いた瞬間、一気に地面を蹴って竜に近づき、小さな丸っこい脚に一撃を叩きつけた。

 

「オンギャアア…!」

 

小さく唸ると同時に、竜はバランスを崩してしまう。短い片足が浮き、当然もう片方の足でその太った巨体を支えられるわけはなく、後ろ向きに倒れ込んだ。

 

「やった!」

 

だが、竜はすぐに黄色い目を新子へ向け、身体を転がして四つん這いのような体勢になった。細長い尻尾を振り回し、先端部分の鱗と棘の塊のコブを新子に叩きつけようとする。

 

新子はとっさに前にバットを構えてコブの一撃をガードする。流石の衝撃によって新子は後ろに吹き飛ばされてしまう。

起き上がった新子は絶句した。四つん這いになり、腹を地面に密着させながら吠える竜の翼の下で、尻尾に殴られた華扇が鉤爪に押さえつけられている。

竜の頭がふくれた首のさきでぐるりと回り、身動きの取れない華扇を睨みつけた。そして一声吠えると、口から炎を吐きつけた。

華扇の服が炎に包まれる。竿打も主を助けるために竜の首や頭をつついたり引っ掻いたりするが、竜は気にも留めずに勝ち誇った雄叫びを上げる。

 

新子が怒りに我を忘れかける。腕の筋肉が痙攣し、内に湧き上がっていた温かい力がどす黒く増大していく。

ふいに竜が唸った。蒸気で曇った視界をはっきりさせるかのように、首を振っている。空を見上げ、渦巻く蒸気にじっと目を凝らす。そして潰れたような鳴き声を上げた。ガッと開いた口からギザギザな舌がしきりに覗く。厚ぼったい翼をばたつかせ、棘のある短い尾を近くに有る竜骨に乱暴に打ち付ける。

 

その時、まるで一陣の風に吹かれたかのように辺りに立ち込めていた渦巻く蒸気がさっと吹き飛んだ。華扇を包んでいた炎も瞬時にしてかき消される。

空に目をやった新子の心は踊った。

彼女は見た。颯爽と舞い降りて来る巨大な姿を。夕日のように真っ赤に輝く身体、燃える石炭のような赤い目。真紅の帆のような鋭い形状の翼、炎が一筋なびくようにすらりとした尾!

 

「竜…?竜が二匹も生き残っていた…!?」

 

華扇がそう言った。よかった、命に別状は無さそうだ。

 

そうか、こういうことだったのか!どうして今まで気付かなかったんだ?

 

「違うぜ、華扇!竜が二匹いるんじゃない…あれこそが竜なんだ!本物の竜が、ついに目覚めたんだぜ!」

 

幻想郷の神獣が許すはずのない禍王の歌姫計画…。だから禍王は神獣を一匹ずつ確実に殺していった。その真っ先の被害者、西に棲んでいた竜の生き残りが、ついに姿を現した!

 

岩場の不細工な竜は針のような歯を剥き出して唸り、身構えた。鉤爪で宙を掻き、口から炎を吐く。

だがその時、空からもう一匹の竜が襲い掛かった。勝負は一瞬でついた。

実際、それは戦いですらなかった。新子の願いによって現れた竜は真の竜の心を持っており、地面に転がるニセモノには、それが無かった。ニセモノはか弱い人間や力のない妖怪を切り刻んで焼くことはできても、その力は幻想郷最強の種族と謳われた神獣に及ぶはずもなかったのだ。

たった数秒の内に、ニセモノの竜は喉から血を流してあおむけに転がっていた。痙攣する尻尾を闇雲に振り回して、そのひと振りがまた地面にあった竜の頭骨を砕いた。

ホンモノの竜はそれを見ると、長い筋肉質な腕でニセモノの頭を殴りつけた。ニセモノは顔を岩にぶつけ、そのままピクリとも動かなくなった。

ホンモノは頭をもたげ翼を広げると、荒々しい勝利の咆哮を轟かせた。空気の味を確かめるように口の周りを舐めると、まだ咆哮が周囲にこだまする中、空に舞い上がり、飛び去った。

 

新子は華扇の方に向かって岩場を歩き出した。ニセモノの身体が行く手を塞いでいる。

真紅だった鱗は乾いたように黒ずんでいるが、まだ確かに息はある。新子が用心深く近づくと、ニセモノは小さな目を開け、憎しみを込めて睨みつけた。

だが新子も臆することなく、ニセモノの竜を睨み返す。しばらくの睨み合いが続いたのち、次の瞬間、ぶくぶくと膨れた醜い体が波のようにうねり始めた。鱗が暗い水面のごとくチラチラ光る。

 

新子は飛びのいた。信じられないことが目の前で起こっている。波打つ竜の身体が溶け始めたのだ。

やがて竜の姿はすっかり消えた。その場に残されたのは、深手を負ってぐったりと横たわる…妖怪兎のコトだった。

 

「コト…お前だったのか」

 

その瞬間、新子の頭の中でいくつもの謎が解けていった。

コトを助けた日の晩、新子の心にずっと暗い不安感が射していたのも、次の日にコトと別れてからそれが消え失せ、谷でコトが変身していた竜が頭上を通り過ぎてからまた暗い気持ちになったのも、コトが禍王の手下だったと考えれば説明がつく。そして竜の墓場の中心にいても、コトが毒にやられることはなかった。だからあんなにうるさく喚いていられたのだ。

そして何より、あの竜の不格好な姿。コトが竜に化けていたのだ!

 

血の気の無いコトの唇に不敵な笑みが浮かんだ。

 

「馬鹿め、あんなに簡単にだまされるとはね。耳の一つくらい、そして憲兵団のカス共も、お前たちの信用を買う為なら安いものだったよ…。新子、お前の忌々しい能力さえなければ、すぐにでも竜に変身してバラバラに引き裂いてやったのに!」

 

「アタシと華扇が最初に魔法の森を通った時、ずっとこそこそと後を付いてきて邪魔をしていたのはお前だな?」

 

「けけけ、そうよ。ガルルガの報告を受けて、お前達をずっと見ていた。赤い砂丘にいる間はずっと森で待って、砂丘から出たらまた後をつけた。橋にも細工してやったね、失敗に終わったけど…」

 

「あんな幼稚な方法でか?」

 

新子がしゃがんでコトの顔を覗き込みながら挑発的に言う。コトはそれを無視して続けた。

 

「私は、お前たちがこの竜の墓場にやってくるのをひたすら待った!西の歌姫は私の力の源、近付けば近づくほど私の力は増す…。お前たちは私の事を少しも疑わなかった、私の方が一枚上手だったのさ!」

 

「いや、そうは思えないけどね」

 

左腕を包帯の右腕で押さえながら、煤まみれの華扇がふらふらと歩み寄ってきた。そしてコトを見下ろしたままそう言った。

 

「ふん…。あの竜に私はやられたけど、まだ他にもいるんだよ…。私が死んだことは禍王様もすぐお気づきになる!私が西の番人だからね!そうなればお前たちに生き残るすべはない、他の手下がお前たちを殺そうと手ぐすね引いて準備を始める、お前たちを殺そうと襲い掛かるでしょう…。そして残る北と東の番人も、報告を受けさらに力を蓄え始める…そうなればお前たちと幻想郷に未来はないわね…!」

 

「禍王は、一体あなたに何を約束したの?」

 

「偉そうに口をきくな、茨木華扇!私がお前が一番嫌いなんだ!林で憲兵団に掴まったふりをしていた私を見るまで、私の事など知らなかったくせに!この私、竹林の兎のリーダーである因幡、その子息の因幡コトのことを何か知っていたとでもいうのか!」

 

「いや、知らなかったわ。知ってる訳ないじゃない、あなたはずっと身を潜めてたんだから」

 

「こいつと話しても無駄だぜ」

 

新子が立ち上がりながら言った。

 

「こいつにあるのはウヌボレと怒りだけだ」

 

「そうね、私は故郷の竹林の外じゃ誰にも知られてない…。だけど、ご主人様は私の存在を認め、価値をわかってくださったのよ。ご主人様はある日の夕暮れ、話しかけてこられた。あれは、仲間と新天地を求めて登った妖怪の山で、仲間をすべて失って、ただ寂しさのままにうずくまって景色を一望していた時の事だ。ご主人様はこの私のすばらしさをわかってくださった…お仕えすれば、たくさんのご褒美でこたえてくださった。それがずっと続くはずだったのに…ずっと…」

 

コトの息が浅くなり、黄色い目に涙が溜まり始める。

 

「私は禍王様のしもべ。だからご主人様の為に、西の歌姫を守ることにした。その見返りに私を偉大な魔法使いにしてくださった。私には、他の塵兎共が夢にも思わなかったことができる。変身して空を飛べる、敵の身体を切り刻み、炎で焼き払い、悲鳴に酔いしれるのも思うがままよ」

 

口元に再び笑みが浮かぶ。

 

「禍王様のモノと成れば、もうマガノ国を恐怖しなくて済む…禍王様が勝利をおさめた暁には、私が竹林の…!」

 

その目は虚空を睨んだかと思うと、絶え間なく痙攣していた両腕がぴたりと動かなくなった。

コトは息絶えた。二人はコトに背を向け、次なるやるべきことの為に窪みの中央へ歩き始めた。だが、華扇は空を見ていた。その顔に緊張が走る。

 

「竜が戻って来るわ!」

 

新子もその方向を見た。本当に竜が戻って来る。真紅の身体を大空にきらめかせて飛んでいる。竿打が地面に降り、身を固くする。二人は突風から逃れようと近くの岩にへばりついた。巨大な影が頭上を覆う。

 

風が突然止んだ。おそるおそる二人は顔を上げた。竜が窪みの縁に降り立ち、おだやかに二人を見つめている。


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